交渉 ~ノイル ①~
ノイルは歩みを遅らせ溜息をつく。視線を前に向ければ洞窟の出口が見え陽の下へ戻る人間の背があった。
それを見据え、先程の警告からどうするべきかと思いまた足を1歩進める。
外にはエルフ達が待ち構え姿を見せた瞬間、矢を射られる可能性もあるだろう。それでも場を凌ぐだけなら出来るとも思うが首を横に振る。
その際後ろに付いてくる同胞の娘が犠牲になる事は想像に難くなく、それを見過ごせる程冷酷でもなかったからだ。
「ココ、詰んだの・・・欲をかくといいことはないということよな。」
「私が尾行に気づけなかったばかりに申し訳ありません・・・。どうか私の事は気にせずお逃げ下さい。」
ノイルは更に歩を進め笑みを向けた。
「良い良い、それが出来ぬから妾は野心を抱いたのよ。それの終着が早まっただけの事よの。」
強ばる頬を釣り上げ笑みを形作り陽の下に姿を表す。
視界が眩み慣れるに従い洞窟周りを囲む木々が見え視線を地に向けた所でノイルは動きを止めた。
「・・・・・・。」
妖狐族2人の視線の先ではエルフ族とアンリ、サラが敷物を広げ花見の支度をしていたからだ。
アンリは重箱を配りつつ洞窟から姿を表し硬直したノイルを見てふむ、と頷く。
「ケモミミはいいものだ。正直、凄く触りたい。」
アンリの横でラズは酒類を運びながら口を開いた。
「本音が漏れてますよ。どうか真面目モードでお願いします。」
「俺はいつでも真面目だ。ラズこそしっかり見えてるのか?
ケモミミ!もふもふ尻尾!何よりも着物美人!!素晴らしい、強硬手段に出なかったのは正解だったと自画自賛したい。」
アンリは拍手を求めてラズに視線を向けると酒を下に置き拍手をしてくれた。周囲のエルフ族も続きそれに応えるように手を上げた時に呆れた声が届く。
「お主らは何をしとるのかえ?」
視線をノイルに向けたアンリは首を傾げ、
「見ての通り褒めてもらっているのだが何か?」
「・・・ラズや、主も苦労しとるようよな。」
フフ、と微笑み拍手を止めたラズはノイルに向き直り1歩踏み出す。
「こうして会うのはどれ程前になるでしょうか。あの時にしっかりと殺せなくてすいません。」
「ココ、化かすのは得意ゆえな。簡単には死んでやれんわな。」
2人は微笑で睨み合い張り詰めた空気が生まれ、全員が神域に辿り着いた2人の戦いを見れるのかと緊張を生む。その中アンリだけは気にせず2人の間に入り手を叩いた。
「さぁ始めようか。満開とは言えないが贅沢言ってたら出来ないからな。」
「「「お前は空気を読めよ!!」」」
全員が声を揃えた。
ディストラント郊外で休憩中のリゼは手紙を広げ空を仰いだ。朝食と共に転移されてきた紙にはノイルと会ってくると書かれ、長達には事前に説明された経緯だが不安に押し潰されそうで視線を森の方角へ向ける。
「アンリさんは大丈夫デスヨ。」
声に振り向くと小さな身体を背伸びしてメモを覗くアキナがいる。
「だといいがな、私が知りうる限りの情報は伝えた。それでも危険過ぎる相手だ・・・私も信じたいがどうなるかな。」
不安を感じ瞳に涙を湛えたアキナの頭に手を乗せ、
「向こうも頑張ってると信じ私達はやる事を進めよう。」
リゼの言葉にアキナは袖で目尻を拭い頷いた。
ノイルは重箱から黄色いソースのかかった猪肉を箸で掴み口に運ぶ。僅かな酸味と辛味が感じられその後に甘味が広がるそれをもう一つ掴みアンリに視線で説明を求めた。
「ハニーマスタードソースだ。蜂蜜と酒、塩胡椒をマスタードに合わせ最後に酢を少し加えてある。」
「ココ、良い味だ。これら全てお主が作ったのかえ?」
ノイルが示す重箱は5つに別れ具が敷き詰められていた。酒のつまみが多いのは鬼の好みに合わせたのだろうと思い視線をサラに向けると自分の取り皿に肉を積んでいた。
「まぁね。新年は争い中でおせちを作れなかったからリベンジだよ。あっそちらのお嬢さんは酒を飲まないならこれをどうぞ。」
アンリは別に盛られたおにぎりの皿を示し、
「ヤマドリと筍が取れたから炊き込みご飯にしてみた。」
ノイルが頷くと妖狐族の娘は手を伸ばしそれを口に含み目尻を下げた。
「美味しい・・・です。」
「なら良かった。後でラズにハンモックを作らせるからお腹いっぱいになったらそこで休んでなよ。酒飲み達の話は君にはつまらないだろうし。」
ココ、と笑ったノイルは酒を1口飲むと笑みを消し口を開く。
「そろそろ本題に入ろうかえ。
アンリ、お主の事は知っておるが故に説明は要らん。要件のみ話すが良い。」
「うーん、要件があるのは貴女だろう?俺が行動を起こしたのは色々探りを入れる貴女に苦情が多くてね、このままほっとく面倒になる気がしたから来ただけだよ。」
表情を驚から険にしたノイルは眉を顰めると酒を飲み干し、
「鬼の娘よ。良い酒じゃ追加を貰えるかの?」
「あぁ、飲める奴は好きだ。気に入った。」
瓢箪から酒をグラスに移しアンリを見据える。
「ココ、端的に言うなら同胞の保護を求めようかえ。なんなら対価にこの首をやるわ。先の騒乱をけしかけた首だ、土産にもなろうよ。」
「首は要らないよノイルさん。同盟ならいつでも受け入れてるから今日にでも来ればいい。」
は?と声を出したノイルを見たラズは首を傾げる。
「何かおかしいですか?
ルークスさんが全ての責任を取ると意地を張っている以上貴女を責めたら彼に恥をかかせる事になります。
その表情からすると・・・貴女が懸念していた事は終わっていますので大手を振って来てはどうでしょう?」
改めて混乱し始めたノイルは手を前に出し待ったをかける。頬に鈍い汗を感じ、
「ど、どういうことじゃ?なら、何の為に妾はアンリの弱みを握ろうと頑張っていたのかえ?」
「知らん。コイツの弱みなら1時間も見ていれば勝手に変な行動しはじめるからそれでいいだろ。だいたい奪った記憶にその事は無かったのか?」
「ねぇねぇサラ、今俺凄く傷付いたから泣いちゃうよ?良いのかな?」
サラがデコピンをアンリの額に放つと勢いそのままラズに倒れた。
ラズの正座した太股の上に頭を乗せたアンリは数秒悩み髪を漉いてほしいアピールを行う。
苦笑したラズが言われるまま動くのを見たノイルは着物の下にまで汗を感じ目を閉じ思考を走らせた。
展開が早すぎる・・・とてもついていけん。
だが、今までどんな窮地も乗り越えて来たのじゃ、今回もなんとかなる筈だ。
奪った記憶からアンリの今後を予測したノイルは大丈夫じゃ、と自身に言い聞かせ目を開けた。
目を開けた時初めに思考に走ったのはアンリが居なくなっている事だ。
ラズもサラも変わらぬ位置にいる、ならばどこに?と思う瞬間それは来た。
九尾に触られた感触から振り向こうとした時声が耳に届く。
「もふもふ捕まえたーー!!」
アンリは全ての尾を腕に抱え倒れ込んだ。
動揺を隠さず首だけで背後を見たノイルは横に瓢箪が転がり、アンリの頬は赤く染まり鬼の酒を一息で飲み、酔っ払いになった事がわかった。
現状を理解したノイルは腕を背後に回しアンリの頭を掴むと大きく息を吸い、
「酔いすぎじゃこの痴れ者!!?しっかりせんか!!」
ノイル以外、全員が笑い周囲に木霊した。




