視察 ②
マイがアンリ達に連れられ魔族の仕事の視察を始めて一週間が過ぎ、それらを纏めた報告書を教会に送った所で伸びをする。
通信魔具が置かれた2階の部屋隅から視線を机に向けると難しい顔をしたアンリとラズがいる。
朝食後から地図を開き話し合いを続けているがまだ終わっていないようだ。
「ねぇアンリ、忙しそうだけど今日の案内は誰がしてくれるの?」
地図から顔を上げたアンリは振り向き視線をさ迷わせると紙にメモをし転移で送る。
「後でディストラントからケイトを連れてくるからそれに付いていってくれ。ちょうどマルフェスに嗜好品を届けるから暇なら賭場で遊んで来なよ。」
アンリは懐から貨幣の入った皮袋を取り出すとマイに投げる。
「清貧の思考には反するだろうが経験と土産話にもなるだろう?それは布施だから増やすも減らすも貴女次第だ。」
「そうね、殆ど経験無いのは確かですので良い機会と受け取りましょう。」
マイは懐に皮袋をしまうと立ち上がり1階への階段に歩みを進める。扉に手をかけた所で振り返り、
「ケイトを待つついでにプリンの施しも求めても?」
「どうぞ、でも保存庫の隅に置いてある重箱は触らないでくれ。」
手を振り階下に向かう背を見送りアンリは再び地図に視線を落とした。
マイは酒場の外に設置された椅子に座り視線を隣の就労斡旋所に向けていた。
掲示板に張り出されている内容や魔族達の会話から森の掌握範囲を推測しつつグラスを傾ける。
この地に来て一週間で巡った地下迷宮の採掘場、霧の谷付近にある果実園、獣人族が支配する最東の狩場、そして東の森中央には復興を始めた虫人族のコロニー。
他にも行ってはいないがケンタウロス族など同盟を結んだ魔族達の集落でも仕事が行われていると説明されている。
「これらがどう動くか・・・それ次第ではアンリを・・・。」
「刺激しなければどうもならないわよ。アイツは馬鹿だけど争いを好まないからね。」
声に視線を向けたマイは向かいに立つケイトを見る。
「お待たせ、やっと納品が終わったわ。
にしても何で私が運搬をやらなきゃならないのよ。」
「お疲れ様、好きな飲み物を奢るわ。で?今の話詳しく教えてくれる?」
ケイトは店員に高めのワインを注文すると机に肘を乗せ頷く。
「争いを好まないって事でしょ?言葉の通りよ。
アイツは攻撃権利を奪われた流奴なの。だからほっとけばただ商売をしているだけの無害な馬鹿よ。」
「本人から聞いてたけど本当なのね・・・。よくそれで人狼・・・獣人族の襲来を退けたわね。」
アンリ達から聞いた事を思い出しつつ運ばれてきたワインをグラスに注いだケイトと乾杯をし先を促す。
「全部を知ってる訳じゃ無いけど色々利用し助けられて優位に進めたのよ。その辺りはカイネさんに聞いた方がいいと思うけど?
ただ私が確実に言えることはアンリとは敵対しない方が良いわ。サラさんやラズさんが怒ることもあるけど本人が一番、危険思考を持ってるから。」
「・・・アイツは鬼やエルフと敵対する危険性を超えるの?」
ケイトは頷く。
「アンリは馬鹿やってるけど加減も道徳も無いのよ。ただ思い付いたから、楽だからで容易くえげつない謀略を駆使しようとするのよ。
加えて転移魔術を修めてるから戦いから逃げる事にかけては当代一じゃないかしら・・・。」
マイはグラスを空にし追加を頼むと机に肘を乗せケイトと視線を近くする。
「そうね・・・それは認めるわ。因みに貴女から見てアンリは教会の敵かしら?」
数秒悩んだケイト首を横に振った。
「アイツは教会の信用を担保に商売してるから敵対はしないと思うわ。多分。」
最後に不安を感じたマイだがここで追求しても答えは出ないと思い立ち上がる。
気持ちを切り替え、目尻を下げると賭場を指差しケイトを誘う。
「あそこはまだ入ってないのよね。案内してくれるかしら?」
「マイさん?教義的に不味いんじゃ・・・。」
フフ、笑みをこぼし指を祈りの形にしたマイは目を閉じ頷く。
「主よこれは経験で必要な事です。どうか目をお瞑り下さい。
・・・これで許された事にします。駄目なら免罪符の出番なのでまぁ大丈夫でしょう。」
この人も根底はカイネさんと似ていると思いケイトは頬を掻き頷く。
「程々でお願いしますね?帰る時のお金は残すようにお願いしますよ・・・。」
「見学がメインですから大丈夫です。さぁ行きますよ。それに今だけは勝てる気がしますから安心して下さい。」
こりゃ駄目だ、と呟いたケイトの手を引きマイは目的地へ足を踏み入れた。
薄暗い洞窟奥、焚き火の明かりだけが辺りを満たす中妖狐族の若い娘は地に頭を付け口を開く。
「私達の隠れ里が幾重にも囲まれつつあります。どうか・・・どうか御助力を!!」
娘の言葉に冷や汗を浮かべたノイルは地に擦り付けるように下げられた頭を見て言葉を作る。
「・・・何故、主はここにたどり着けたのかえ?主程度の力で抜けられる囲いならどうとでもなろうよ。」
「長代行が隙を作る為に捕まり、仲間達が死力を尽くし包囲に穴を空けて下さったからここにいます。」
ノイルは口元に手を当て着物の襟を正すとそうかえ、と呟く。
思考を張り巡らせ数多の結論を導いた所で諦めの表情を作った。
「嵌められたの・・・。これこそが相手の思惑かえ。」
「そういう事。いやはや苦労したよノイルさん。」
妖狐族の2人の視線を受け止めたアンリは笑みを作り頭を下げる。
「どうしても貴方の居所がわからなかったので同族に案内してもらいました。もちろん集落の包囲は既に解いてますので御安心下さい。」
「・・・アンリかえ。主の事は多少知ってはいたが容赦ないの、我等同族を思う気持ちを利用するとはなかなか思い切ったの?」
アンリは頭を上げ視線をノイルに合わせ、それを受けたノイルは震える娘に奥へ行くように示し焚き火の前に歩み出る。
「要件を聞こうかの。当然、主も妾達も笑って明日を迎えられる商談であろうな?」
「貴女の返答次第になるかな。どの道、外はエルフ達に囲ませてるから逃げられないよ。
もちろん、俺を人質にとっても良いけどその時は容赦無く射殺す様に伝えてるから時間稼ぎにもならないしね。」
ノイルは伸ばしかけた腕を止め頷く。額を伝うのは明確な恐怖からの冷や汗であり、目の前の人間が秘めた決意に似た覚悟を感じ緊張から唇を舌で濡らす。
「主も覚悟は出来ておるのか・・・。」
「うん、話し合いで済むのが一番だけど無理なら目的は貴女を殺す事に変わる。
俺は商人として決断が鈍らないように全てに値を付けてるんだが俺の命の値より貴女の方が価値がある。だから俺1人を引き換えにしても儲けが出るって事だ。とはいえ死にたい訳じゃないから話し合いをしてくれると嬉しいな。」
1歩前に足を踏み出したノイルは背を向けたアンリに一つの疑問を問いかける。
「もし、妾が・・・同族を意に返さず居所を知らせぬ者だったらどうしたのじゃ?」
「うーん、その時は俺が囮になって呼び寄せてたよ。意味も無く荒らすだけの愉快犯だったら隙だらけの俺は見逃せない獲物だろ?貴女がどうあれやりようはいくらでもあるさ。」
再び歩き出したアンリの背に、これはかなわんわなと思いココ、と笑う。
振り返り名も知らぬ同族の娘に付いてくるよう示しアンリの背を追った。




