視察 ①
マディスは白髭に手を当て目を細めた。笑みを作り机に報告書を置くと笑い声を部屋に響かせる。
怪訝な顔で近く司祭に顔を向け机に置いた紙を示した。
「マイを振り回す者がいたようだ。本人は困惑しているようだが永き退屈を埋める出会いだったのかも知れん。」
「それは・・・それは良い事ですね。主のお導きで御座いましょう。」
司祭の破顔した笑みに頷き、
「そうだな。危険かつ厳しい仕事ばかりで楽しむ時間を失ったマイに夢中になる事を知って欲しいと思い何度外に送った事か・・・それがやっと、やっと見つかったのかも知れん。
いいか、今日は飲むから止めるなよ。」
「教皇様、それは程々にお願いします。前回、二日酔いで神事に挑み醜態を晒した事を覚えてますか?」
ぬぅ、と唸ったマディスは眉を顰め頷く。
「海を割った預言者の再現かと思うほど信者が儂を避けたのを覚えてとるよ。あれは地味に傷ついたな・・・。」
「祈りの最中に嘔吐するからです・・・。
誤魔化す為に教皇様は処女懐妊されつわりになったとしましたが誰も信じてませんでしたね。」
「儂、男だからな・・・。聖母様の再現は性別的に無理と何故気付かなかった?」
司祭は頭を掻き視線を逸らした。
「私もまだまだ咄嗟の機転が利かない未熟な身という事ですので今回は嗜む程度に抑えて下さい。」
舌打ちをしたマディスはつまらなそうに顔を背けるも頷く。
「あの時はマイが酌をしてくれたから酒が進んだけだ。今日はいない・・・それはそれで寂しいが心配する事にはならんから安心せい!!」
落ち込みつつも胸を張るマディスに溜息をついた司祭は諦めの表情を作った。
マイは転移魔術で逃げるアンリを追いかけるのは無理と諦め、仲介をカイネに頼み込み連れてきてもらった城塞都市の湯屋にいた。
1つ伸びをしてから肩まで温泉に浸かり大きな溜息をつく。
「どうした、馬鹿なのは知ってたが自覚したか?それなら明日にも神から祝電が届くだろう。」
「フフフ・・・くたばれ馬鹿が!
私はただ魔族達の集合生活に少し驚き過ぎただけよ。で、アンリにはいつ会える?」
カイネは湯船に浮かぶ桶からワインを手にしグラスに注ぎ首を傾げた。
「夕方までここには戻らないと言ってなかったか?」
「知らないわよ!?ならどこにいるの?」
「確かディストラントの店にいる筈だ。表に魔族を出す訳にいかないから従業員の面接をすると言ってたな。」
改めて溜息をついたマイはカイネからグラスをひったくり一息に煽り立ち上がると浴槽から出口へ向かう。
「ならそろそろ帰宅するでしょ?行くわよ。」
カイネも無言で立ち上がり、背を向けたマイの腰を掴むと投げっぱなしジャーマンで湯船に叩き込んだ。
アンリは帰宅後直ぐに工事をしている仲間達の朝食作りの確認に向かう。
作り置きを転移で運び、現地で温めるだけの事だがそれでも人数が多い為にリルトを班長に編成した調理班に任せていたがそれでも目を通さなければ何かあった時に矢面に立てないからだ。
「明日は兎肉のシチューとパン、果実ですよね?殆ど終わっていますから後はやりますよ。」
一通り見終わりリルトの言葉に頷くとその場を任せ家の厨房に入る。これから夕食作りと溜まった報告書の整理があり今日も寝るまで忙しい事が確定していた。
「何を作るかなっと・・・。」
呟きながらサンシュユの枝で作ったヨーグルトとカレールーを手に取り皮袋に入れ香辛料と蜂蜜、塩胡椒を加え揉み混ぜ、そこに鶏肉を入れて漬けこみ焼くだけでタンドリーチキンが完成する。
後はパンとサラダ、それにリルトからシチューを分けて貰えば夕食作りは終わるがそこで顎に手を当て悩む。
ここには酒飲みが多くつまみが足りない事に気付いたからだ。
常に燻製や干し肉は常備してあるが非常食も兼ねているので何か作った方がいいと思い食材保存庫の扉を開ける。
酒と味噌を混ぜ黄身を漬け込んだべっこう玉子の容器を手に取り布を膜代わりにした黄身を皿に取り分けた。
満足気に頷くと同じタイミングで扉が開き湯上りのサラとラズが部屋に入ってきた。
「ただいまです。夕食はもう少し先ですか?」
「戻ったよ~っと。カイネが例の厄介者連れてるらしい、気を付けろよ。」
「ほいほい、おかえり。カイネから報告受けてるから気にしないで良いよ。夕食はあと一品なんだけど脳味噌料理と肺料理、どっちが良い?」
どちらも食べた事のある2人は顔を見合わせ頷く。
「「お任せで。」」
「ならカイネがいるし肺料理だな。ちょっと待っててくれ。」
アンリは保存庫から下処理をした猪の肺を取り出すと一口サイズに切り分けお湯に入れる。
灰汁を取りながら調味料の醤油、酒、輪切り唐辛子、酢、柚子の皮を合わせておき絞った肺肉と合わせ揉み込み、玉葱のスライスの上に置き上に白髪ネギを飾り付けて完成した。
椅子に座ったサラとラズはタンドリーチキンが焼けるのを待ちつつべっ甲玉子を肴に飲み始める。
2人と会話を楽しんでいると扉が開き頬に治療魔術をしているカイネと右肩を抑えたマイが会釈をし部屋に入ってきた。
マイは部屋を見渡しアンリを見つけると改めて頭を下げ、
「やっと会えました・・・。あの、そのですね。肩の骨が砕けたので治して貰えますか?」
カイネに視線を向けるが既に席に座り食事をする為に箸を手にした所だった。
アンリは警戒しながら恐る恐る近寄りゆっくり手を伸ばすと確認の言葉を作る。
「不意打ちしないよね?信じてるからね?本当だよ?」
「しないですよ。何より貴方を害さないを約束に連れてきてもらった身です。信じてください。」
サラが頷き嘘で無いことの確認が取れたので治療を開始した。
食事が終わる頃サラと飲み勝負をしていたマイはグラスを机に打ち付け袖を鳴らす勢いでアンリを指差すと鋭く目を細めた。
「こんな所にいないでテオロギアに来なさい!私からマディス様専属の料理人に押してあげるわ。」
「ん~。お偉いさんの相手は面倒だからやだよ。それに俺は信者じゃないよ?」
マイはグラスを煽ると胸を叩き頷く。
「信者になればいいじゃない!神の教えに従う事の何が不満なのよ?」
「俺は今忙しいんだよ・・・。だいたい聖書にあるだろう?金持ちが天国に行くのはラクダが針の穴を通るより難しい、って。俺小遣い制だけど貯蓄は結構あるよ。天国に行くの無理じゃね?」
サラは、なおも食い下がるマイのグラスにとどめの酒を瓢箪から注ぎ頷く。
「まぁまぁまずは飲み干せ。勧誘はそれからだ。」
「上等よ。この程度まだまだ飲める・・・と思う!」
飲み干したマイは1度動きを止め顔を青くし勢いよく机に頭を打ち付けた。
「机が無ければ素晴らしい五体投地だな。さすが鬼の酒、容赦ない。」
「客人をからかうのも程々にしといてくれ、看護するのは俺なんだぞ・・・。」
マイを背負い客室へ運ぶアンリを見送りカイネに親指を立てたサラはラズも含めて再び乾杯をした。




