最悪の日 ③
カイネは振るわれたマイの袖を右手で掴むと重心を後ろに倒しつつ左足を相手の足の付け根に突き出し腰を残し上半身を倒したマイをそのまま巴投げで背後に飛ばす。
マイは投げられた瞬間、身体を反転させ左手と右足から着地し即座に体勢を立て直すと、カイネに向かい身を倒し詰め寄り今日3度目の喧嘩が始まった。
それらの光景を見ながらサラ達は集まりアンリを隠すように壁を作る。
言葉の意味通りにすれば最悪の結果を生むだろうと思い4人は更に1つ歩を進め互いの視線を交わした。
「聞こえなかった事にしてアンリを帰らせる。それでいいな?」
「それしかないでしょう。幸いカイネとじゃれ合っている今なら行けるはずです。」
「片付けは私達がやるから早く・・・」
振り返りながらリノアの言葉尻が消えた。
疑問に思った3人も振り返るとそこには照れた顔でモジモジしているアンリがいる。
「おい、何をしている!?早く転移しろ!」
「え・・・いや、だって人生初の逆ナンを受けたんだ。聞こえなかった振りなんて勿体なくて出来ない・・・出来ないよ。」
「「「「帰れ!!!」」」」
アンリは絶望的な顔で慌てて手を前に出し首を横に振った。
「落ち着け、いいかよく見ろ。
黒髪ロング、強気シスター、逆ナン・・・背徳的でドキドキが止まらないよね?」
「お前が落ち着けよ!相手は殺しに来ているかもしれないのを忘れたのか!!?」
「わかってる・・・そうだな、わかったよ。でも黙って帰るのは失礼だから断ってくるよ。」
アンリはカイネ達に近づき口元に握った両手を置くと内股でポーズを作り叫んだ。
「止めて!俺の為に争しょわなぎぃで!?」
2人の喧嘩も止まりアンリは静寂を否定するように視線をさまよわせ頷く。
「まさか2回も噛むとは・・・。チャンスと焦ったのは認めるから沈黙は止めよう。後頼むからちゃんと言えた事にしてくれないか?」
エリザが無言で蹴りを入れるがスーツによって阻まれた為にサラが頬を摘み後方に投げた。
短い泣き声と同時に地面を転がるアンリを見て頷き視線を前に戻すと冷めた目を向けているマイがいた。
「何か残念な人がいた気が・・・。」
「気のせいだ。疲れてるんだろう帰ってゆっくり休め。」
「いいのですか?私の誘いを断るなら教会は手を引きますが。」
転がっていたアンリは急ぎ立ち上がると殺気だったサラを諌めつつ前に出る。
「お互い落ち着こう。わかった、マイさんの言う通りにするよ。」
「おいっ!! 」
サラが怒気をはらんだ声を出し場が静まり返り、エリザとリノアは歯を鳴らし座り身を抱くように縮こまる。
「もう1度言ってみろ。言葉次第なら四肢をへし折ってでも連れ帰るつもりだ。」
アンリはサラに向き直り五指を広げた手を出し待ったをかけ口を開いた。
「いいから落ち着け、教会頼みで始めた事業なのはわかってる筈だ。都合が悪いからと投げ出したら俺の信用は・・・価値はどう証明すればいい?」
サラはそれでも引かないつもりで足を1歩前に出そうとしてラズに阻まれた。
「大丈夫ですよね?戻って来なければ私達の信用を失う事になりますが・・・。」
「多分な、それにここは引けないだろ?仲間達の仕事を失わせない。それが同盟の前提であり、何より商人としての矜持だ。任せとけ。」
ラズは頷き暴れだそうとしているサラを宥める為にカイネと2人で抑えに入った。
アンリは会釈をしマイに向き直ると笑みを作り、
「行こうか、ディストラントには馴染みにしている店がある。デートのエスコートは慣れてないんで多めに見てくれよ?」
マイは頷き馬車に向かう背に付いていく。
先程のやり取りから私の仕事は理解しているだろうに・・・。説得する自信があるのか諦めか、それを見極めましょう。
ディストラントへ向かう馬車内の空気は張り詰めいた。
チラリと盗み見たアンリは腕を組み決意を固めた表情で座っている。ならばと思い確認の言葉を作る。
「私の仕事は知っていますね?」
「カイネから聞いてるよ。教義にそぐわない人間を始末する粛清者だろ。」
「そうなります。教皇からの指示で貴方の善悪を測り、場合によっては殺します。」
アンリはマイに視線を合わせ肩を竦める。
「定義がわからないな。宗教的に死後の終着先を前提にしているなら天国へは行けないから悪だろう。何しろ信者ではないのでね。」
マイは目を細め先を促す。
「俺としては善悪を過程ではなく結果で決める事にしている。
目標を達成出来ないなら悪、出来たなら善とな。
その間の時間も犠牲もどうでもいいと言っておくよ。
これは教会の定義とは外れているだろ?」
「そうですね。それは貴方個人で見た測り方です。」
アンリは頷き口角を上げる。
「善悪を測るのが当事者ならそうなるだろう。起きた事を判断するのは観測者と時代の仕事だからな。
俺はこの世に絶対的で不偏的な悪などないと思っている。」
「例えですが善良とされる人が殺されてもそれは悪ではないと?」
アンリは溜息をつき頷く。
「それは罪だろう。そして裁くのは神ではなく人の法だ。罪と悪を一緒にするなよ。」
「・・・・・・。」
沈黙を受けアンリは肩を竦める。
「いいか?行うことそれら全てが人生を彩るものだ。そして反感を持つものからすれば傷になる。
だから人は個人で見方の変わる善悪ではなく統一された法に従い、制限されつつも社会を作ったんだろうさ。
もっとも俺が住む魔族の領土には法もないから貴女にとやかくいわれる理由もないな。」
言葉を終えたアンリを教義を軽く見る者と判断したマイは指輪に右手を添え首を切り裂く為の武器を取り出そうと腕を動かす。その時アンリが手を出し静止させた。
「待てって、こんな所で死んだらサラに殺される。」
「1人で何度死ぬ気ですか・・・。」
「鬼なら地獄に落ちても引き戻せるんじゃないか?知らんけど。」
「ある訳ないでしょう・・・。でまだ言い残す事が?」
アンリは頷き腕を組み直す。
「商人だからな、命乞い代わりに利益になる話をしよう。
これから行う工事全てに教会の旗を掲げるよ。それなら教義にそっているし権威復興に利用出来る筈だ。
そして事業には教会が抱える流奴を雇う。財政面での負担が減り彼等の自立にも繋がる得な話だろ?なんなら寄付金もおまけしちゃうぞ。」
マイは顎に手を当て思案し先を促す。
「俺には利用価値があるって事だ。善悪の判断は死んだ後に神が決めてくれるから貴女は今を見てくれないか?」
「・・・・・・・・・。」
再びの沈黙に手応えを得たアンリは馬車が止まると同時に出口を指差す。
「店についたようだ。そこで飲みながら話そうよ。」
「清貧の意味を知ってる?」
「もちろん。だからこう言おう、得を積むため施しを受けてくれないか?」
マイは吹き出し頷く。
「ものは言いようね。受けるわそして覚悟してね。私は酒にも強いのよ。」
多くの言葉を交わしつつ場が進んだ頃マイは運ばれてきた酒を震える手で掴んだ。目の前には酔った素振りもないアンリがいる。
どういう事だ、と思い蒸れた汗を法衣の下に感じる。
「お互い新しいのが来たな。カンパーイ。」
「あ・・・えぇ、乾杯。」
一気に飲み干すアンリに負けじとグラスを空にしそして机に頭を打ち付け倒れた。
マイの腕を恐る恐るつついたアンリはガッツポーズをして店主に親指を立てる。
「飲みの戦いを知らないようで助かったな。聞こえないだろうが男か商人が馴染みの店に連れてった時は警戒するもんだって覚えときなよ。」
「旦那は最初以外ずっとジュースなのに粘った方ですよ。」
ハハハ、店主と笑いアンリはハイタッチをしてから会計を済ますとマイを背負い立ち上がる。
「ありがとな。次も頼むよ。」
「いえいえ、いつでも来てください。良い夜を。」
店主に見送られ店を後にした。
マイは酷い頭痛と共に目を覚ました。
頭に手を当て周囲を確認し自分の泊まっている宿場の部屋だとわかり安堵を覚える。
最後の記憶を思い出そうと体勢そのままに記憶を遡ると酒を飲み交わしたアンリの顔が浮かぶ。
恐る恐る衣服や指輪内の確認を行い問題ない事がわかり改めて安堵の吐息を作り数秒後頭を抱える。
「仕事中に・・・飲み負け倒れて、生きっ恥だ・・・。」
頭痛を堪え身体起こし窓を見ると陽が落ち始めていた。
「えっ、まさか私、1日中寝てた・・・の?
あ、あれ?報告書どうしよう・・・。」
言葉にし現実を思い出し再び頭を抱えた。




