最悪の日 ②
アンリは川横に作らせた簡易炊事場で炊き出しの支度をしていた。
工事の専門的な説明は出来ない為今やれる事をやろうとしたらいつもの調理に落ち着いたからだ。
視線の先にはケタケタ笑うカイネとしかめっ面で睨むマイがいてどちらも殴り合った治療は終わり一段落したところだ。
「なぁなぁ、これで何をすればいいんだ?」
「私に聞かれても・・・サラさんはいつも見ているのでは?」
「知らん。だいたいアンリの調理は手間が多くて面倒だ。」
炊事場の横に手伝い兼護衛のサラとラズが寸胴や蒸籠を持ってウロウロしているが無視してカイネ達に近づいた。
「マイさん、調子はどうですか?」
「・・・すいません、手間をかけました。この馬鹿まで治したのは気に食わないが礼を言いましょう。」
頭を下げたマイに頷きカイネに視線を移す。
「一応レア王の管轄でやってるんだから揉め事は控えてくれよ。ただでさえ信用0からの商売なんだから。」
「悪い悪い、寝坊する馬鹿がいたからついな。教皇がいないと気が緩む癖は変わらないな。」
カイネがマイを覗き込むように視線を合わせまた笑う。それに応えるようにマイの拳がカイネの顔をヒットしまた殴り合いが始まった。
「ダメだなこりゃ・・・。」
アンリは巻き込まれないように離れサラ達の下へ向かい調理の指示をだすついでに聞いてみた。
「あの2人仲悪いな、カイネがマークするって事になったが離した方が良くないか?」
「そうか?楽しそうじゃないか。拳だけならじゃれ合いだろう。」
ラズも頷き目を細め微笑を作る。
「思うままぶつかり合える人がいるっていいですよね。それよりアンリさんに聞きたいことが。」
ラズは終活ノートの切れ端数枚を差し出し首を傾げた。
「このえげつない戦術・・・?は何ですか。」
「ん?終活として対応を考えておいた秘策だよ。復讐したいと思う人がいたらこうすれば良いと示唆するつもりで考えた。
コンセプトは誰でも出来て安心、安全。どうかな?これなら被害無く徹底的に国を滅ぼせると思うんだが。」
ラズはサラに紙を渡し頷く。
「おそらく滅ぶでしょう。
恐ろしい閃きと賞賛したいところですがこれを他人に見せては駄目ですよ。」
「一芸特化だもんな。柔軟性が足りないからもう少し考えとくよ。」
ハハハ、と笑うアンリを見たサラとラズは項垂れ視線を交わす。
「そういう事では無いのですが・・・。」
「言うな。アンリの危険度が振り切ってる証明になるだろ。」
合わせるように溜息をつき調理を再開した。
昼食としてアンリが用意したものは肉まん、カレースープ、アップルパイだった。どれも温めるだけで提供出来るように下拵えを終えたものだ。
マイは食事に満足し法衣を直し立ち上がると周囲の散策を始める。
後ろをカイネが付いてくるが気にせず昼休み中の魔族を視線に収め思考を走らせた。
土蜘蛛、ホビット、ドワーフ、夜魔、エルフそして鬼ですか・・・。
幅広い魔族が共に分け隔てなく接している姿は長く生き戦いに身を投じた者として戦慄するものがあった。
おかしい、我が強く弱者を虐げる事に戸惑いを感じない魔族が何故?
これがあの人間のスキルとすれば支配系か操作系となるがこれ程の数を制御出来る筈がない・・・。ならば・・・。
「おい、何故お前が来た?教皇から離れる事自体そうある事じゃない筈だが。」
「貴女に説明する必要がありますか?」
カイネは肩を竦め笑みを深くする。
「無いな。あぁ無いとも。だからこそおかしな行動をする前に教えとこうと思ってな。」
2人の間に殺気が満ちマイは武器を取り出せるように指輪に手を置き僅かに重心を下にする。
肩の力を抜き、呼吸を1つし口を開く。
「私は教皇の指示でここにいます。それを知った上で何か?」
「いやなに、お前が来る事自体が教皇が弱気だって事だ。神官から王族への権力の移動を目に出来て楽しいよ。」
ギリッと歯を鳴らしたマイは睨む目をカイネに向ける。
指輪に手を置いたまま振り向いたマイに1歩近づいたカイネは腰を屈め見上げるように視線を合わせた。
「アンリを利用しろ。あいつは知恵が回り行動力もある。更に、育つなら影響力は計り知れないものがあるだろう。
教会の庇護下に置くのは悪い話じゃないだろう?」
姿勢を戻したカイネは振り返り手を挙げ歩を進める。
「よく考えろよ粛清者。失ったものを取り戻せるチャンスはそう多くない。」
歩み去る背を見送ったマイは五指を血が滲む程握り込み視線を調理中のアンリに向ける。
数秒の葛藤があり、
「それでも・・・私の仕事は決まっているのです。」
マイは憂鬱な気持ちで工事中の川に足を投げ出すように座り視線だけ横に向けている。
説明会に参加した多くの者は説明会を終え対応を協議する為にそれぞれの宿場に戻り残った者も魔族達から技法を学んでいた。
休憩中の魔族達も作業を始めたようでどうしたものかと思う。
教皇からの指令では善悪を測れとの事だがマイはそれを決めあぐねていた。
短期間で魔族を掌握した術を知らないのにここでの行動だけで決めていいのか・・・。
過去の経験からアンリは悪人の部類に入ると直感が囁いているがそれを確認する事が出来ないでいる。
視線をアンリに向けその周囲を囲む者達に移動させ溜息をこぼし頷く。
「異常な戦力を有する商人・・・どうあれやるしかないですね。」
立ち上がり伸びをすると片付けをしているアンリの下へ近づき声をかけた。
「アンリでいいのよね。今から2人で話さない?私からのデートの誘い断らないでしょうね。」
アンリもサラもラズも沈黙で見つめ合い、リノアとエリザは警戒と気の毒な視線をマイに向ける。
カイネはマイの後ろで崩れ落ちるように笑い殴られた。




