商談 ②
重い沈黙の中机に料理が並び終わり侍女達が一礼と共に扉を閉めた。
レアはどうしたものか、と思う。
明らかにテンションが落ちたアンリとそれを慰める鬼を見てからサムトに視線を向けた。
サムトは小さく頷き咳払いをしてから正面を見据え口を開いた。
「き、気を取り直して食事をしましょう。ほら、事業の話があるのでしょう?」
「そうだな・・・前から覚悟はしてたんだが言葉にしたら動揺してしまった。申し訳ない。」
アンリが深く頭を下げナイフとフォークを手に頷く。
それに安堵した雰囲気が流れ全員が続いた。
アンリは肉をナイフで押しふむと頷く。
牛肉か、ソドムでは労役か乳牛が主だったがこの国では食用が普通なのだろうか・・・。
「ここでは食用の牛がいるのか?飼料代と肉量を思えば効率的とは思えないんだが。」
ムーラがおぉ、感嘆の声をあげ笑みを深めた。
「詳しいですな。察しの通り牛は特別な時以外は食しません。扱いには慣れてないとシェフが苦戦しとりましたよ。」
「そっか。貴重な肉を用意してくれてありがとうございます。」
アンリは切り分けた肉を口に運び視線をサラに向けると案の定目が合った。
「ソース欲しいのか?」
「頼む。塩胡椒だけで満足出来なくなっている。」
アンリは溜息と同時に立ち上がり部屋の隅に移動する。
「ちょっと席を外します。お気になさらずどうぞ。」
「私の分も持ってこいよ。後あれだ、マヨネーズも欲しい。」
カイネに手を振り転移魔術式起動させたアンリが姿を消すとレア達は目を丸くさせ互いに視線を合わせた。
「本当に使えるのか・・・。」
「サムトよ。商人が商談で口にした事は信じねばなるまい。疑うならば話が進まないであろう?」
「しかしレア様、自在に扱える者など5代前の英雄様位ではないでしょうか?」
レア達の話を聞いていないサラは野菜をアンリの皿に移す作業に熱中していると再び魔術式が光りアンリが小壺を2つ持って現れサラとカイネにそれぞれ渡した。
「新作の柚子のジンジャーソースだ。まだ寝かせてる段階だが試してくれ。」
壺の中身はすりおろした生姜、玉ねぎ、人参を白ワイン、ザラメ、醤油で煮詰め蜂蜜、黒胡椒で味を整え火を止めてから柚子を絞ったソースだ。
サラが壺の蓋を開けると甘い香りが広がり、それを肉にかけ1口食べたサラは2度、3度と頷き目尻を下げ瓢箪から酒を煽る。
「いいな、いいじゃないか。これだけで酒が飲める。」
「それは何よりだがドレスに瓢箪は合わないからグラスを使えよ。」
笑いながら素直に従う鬼と置かれた壺を交互に見ていたサムトの視線に気付いたアンリは壺を渡し頷く。
「お試しとしてどうぞ。ちょっと酸味が強いので量には気をつけて。」
ソースが全員に行き渡ったのを確認しレアに視線を向け、
「先程帰宅した際に仲間達に治水、利水工事の話をしてきた所ドワーフ、土蜘蛛、ホビット達ならやれるらしい。
こちらが請負うなら農業改革に注力出来るのでは?」
「仕事が早いな。だが工事となれば人目もあり魔族に堂々と活動されては民が怖がるだろう・・・。」
アンリは当然ですね、と口にし笑みを作りカイネを見た。その笑顔と雰囲気に寒気を感じたレアは僅かに身じろぐ。
「なので教義を利用します。
こちらから教会に次の事業として魔族による工事を提案しときます。
陛下が試験的な候補地を提供する事を教会に伝えてもらい、それを俺達が受注すれば教会が主導の公共工事として活動が出来るのでは?」
「私が細かい補佐をしてやる。これを受けるなら敬虔な国として僅かだが補助金の手続きもとろう。」
カイネはワインを1口含み続ける。
「既に教会を通してハーピーを使った事業を成功させているコイツは教会本部からも覚えが良い、恩を売れるチャンスだな。」
レアは改めて寒気を覚えた。あまりに手回しがよく、得が多すぎる商談だからだ。
どうするべきか・・・。
レアが思考を働かせる中アンリが次の言葉を紡ぐ。
「この場で決めなくてもいいですよ。見積りを出してからの話と思ってください。
ただ受注させて貰えるなら支払いは利子無しで分割から後払いと融通をきかせます。」
レアは顎を擦りムーラに意見を求めた。
「アンリ殿が仰ったようにこの場で決を出していい話ではありませんな。独断で決めるにはあまりに事が大きすぎる話です。」
「ではそのようにしよう。改めてこの話を聞く機会を作ろう、それまで返事を待ってくれ。」
「もちろんです。深く御検討をお願いします。」
一礼したアンリに頷き食事が再開された。
客室に戻ったカイネは防音魔術を描き1歩離れ魔術式を確認した。
「懺悔室用の魔術だったか?聖職者必須魔術だな。」
「いや密談の為に覚えた魔術だ。それより良くやった!金の音が聞こえるようだ。」
カイネはドレスを靡かせクルクル回り始めハハハ、と笑い出し、サラとケイトは隣の部屋に着替えついでに避難した。
「満足したら止まってくれ。明日からもやる事多いから早めに寝たい。」
アンリの声に動きを止めたカイネは頷く。
「そうだな、何にせよ事業が始まらなければ金にはならん。工事の方はムーラに圧力かけるか?」
「ほっといても俺達に決まるさ。
王様達には前例の無い商談を飲ませたんだが担保代わりが俺の店では心もとないと思って教会を関わらせてみた。
魔族への信頼の肩代わりを教会に頼む為にも工事はプラン通りに進む筈だ。」
ヴァンは明らかに引いた顔でカイネとアンリを交互に見て狼狽えながら言葉を作る。
「あくどい・・・。慈善的な提案じゃなかったんですか?」
「儲ける為の商売に慈善的な要素は無いよ。利用できるものを使って自分を優位に持っていくのが商人だ。」
「当然だな、ガキでもあるまい綺麗事だけで大金が得られると思っていたのか?
戦いにも役立つからアンリを見習って搦手の1つも考えてみたらどうだ。」
ヴァンが部屋の隅でしょんぼりモードに入ったので話題を変えることにした。
「まぁまぁ、しかしカイネの知り合いがここにいたとは驚いた。」
「あぁ、しかし老けてたな。・・・あいつはソドムの前に赴任した教会に捨てられてた赤ん坊でな。
泣いてばかりで手のかかるガキだったが今は国の参謀とはな。」
懐かしむように天を眺めたカイネは薄く微笑む。
「夜になると泣くから首をこう、ククッと絞めて寝かせ・・・なんだその目は。」
「子供にも容赦ないんだなって思っただけだから気にしないで良いよ。」
アンリの言葉にヴァンが更に引いた目で頷くのを見て溜息をつく。
「お前ら素人がやったら窒息死か頚椎損傷だろうが私位になると総頸動脈と椎骨動脈を同時に絞め瞬時に落とす技を持っている。良いか、耳の後ろ・・・だからその目を止めろ。」
「いや・・・だってカイネの寝かせ方おかしいだろ。」
不機嫌になったカイネは実演で2人を絞め落とし眠りにつかせた。




