ディストラント
城下町、陽が傾き帰宅を急ぐ者、買物を済ませた者が行き交う大通りを馬車が進んでいた。
王家の紋が印された馬車に頭を下げ道を譲る人達は顔を上げると皆一様に首を捻っている。
馬車後方の出入口に腰掛けメモを取っている見慣れない男がいたからだ。
アンリは閉められた布を背に店に並ぶ商品や道中すれ違った人達が手にした物を観察していた。
流通の程度から保存方法を確認しつつふむ、と頷き視線を建物や通りに向ける。
大通りは石畳だが所々が剥がれたり割れたりしていてそれ以外の小道に至っては土が剥き出しの所も多く、それらから公共事業が進んでいない事と財政難が深刻な事が伝わった。
「道も悪く、家は二階建てが少しある程度と・・・。なぁ、水源は井戸か?それとも水路?」
声を掛けられた護衛の騎士は視線をアンリに向け、
「城壁外にある川が主な水源になりますが、お恥ずかし事に治水工事が途中で取りやめになり安定した供給は出来ておりません。」
「そっか、ありがとう。」
アンリは新たにメモをし、馬車内へ戻ると2人に深い笑みを見せる。
「やれる事が多そうないい国だな、交渉次第では公共事業の権利を得られるかもだ。」
「クク、素晴らしい事だ。だが気をつけろよ、大きく動くなら敵も増えるからな。」
カイネの視線を受けたサラは頷く。
「アンリ、何があろうと私から離れるなよ。それ位出来るな?」
「子供扱いしなくてもスキルが警告してくれるから大丈夫だって。」
サラとカイネは顔で見合わせ、それもそうか、と頷く。
納得したカイネは再び座席に寝そべり、サラは横に移動しスペースを作る。
「あと少しで着くだろうがそれまでゆっくり休んどけ。」
「そうだな、じゃあ膝枕して。」
アンリは返事を待たずにサラの膝に頭を乗せ横になるとカイネのニヤニヤした表情が正面にあった。
「仲良いな。いつもか?」
「カイネはわかってないな、たまにしてもらうからいいんじゃないか。メリハリというやつだ。」
「そうかそうか、サラの珍しい顔も見れたし追求はやめといてやる。」
サラは振り返ろうとしたアンリを抑えながら逃げ場を探すように顔を逸らしカイネの笑い声が馬車内に響いた。
王城内、執務室は緊張に満ちていた。
ムーラとサムト、数名の側近達は持ち込まれた大机の上に広げられた事業書、計画書を眺め唸りをあげる。
レアは大きく息を吐き倒れるように椅子に腰掛けた。
「わからん・・・。これらは可能なのか?
そもそも魔族を抑えるとあるが信用出来るのか?」
沈黙が部屋を満たす中サムトが頷く。
「まさか獣人族をまとめあげたとは思いませんでしたが、連れていた者達なら出来るのかも知れません。」
そうか、と呟いたレアも頷く。
「サムト程の者が言うなら信じよう。してアンリ殿は客室か?」
「はい、着替えや打ち合わせがあるとかで使いの者達とも合流しました。」
「ならば待つとしよう。食事の用意を急げ、これが可能なら歓待せねばな。」
側近の1人が敬礼と共に部屋を出るのを見送り、全員がまた机を囲み協議を始めた。
「その格好なによ?」
ケイトの冷めた視線を受け止めたアンリは襟を但しネクタイを整え鏡から振り返る。
「王様に会うからな、俺の国の礼装でスーツという。ラズの糸で作った完全防御式商談装備だ。」
「そんな格好してる奴いないでしょう!?」
ケイトがフックを脇腹に叩き込むが青く光る魔術障壁に阻まれた。
アンリはニヤリ、と笑い両腕を広げて天を仰ぐ。
「理解したか?つまり俺は無敵だ。」
「ラズさんの魔力ね・・・なら顔を狙うわ。」
ヴァンの視線の先ではケイトが大外刈りで倒したアンリに馬乗りになり頬を左右に引っ張っていた。
「おい、そろそろ行くぞ。あまり待たせるのも悪いだろ。」
「ホコリが舞うからその辺にしとけ。」
声に振り返ったケイトは動きを止めた。
サラとカイネが着替えを終え、ドレス姿で現れたからだ。
「綺麗・・・。」
こぼした呟きに頷くヴァンと見ようとやっきになっているアンリがいた。
ケイトは目を輝かせ立ち上がり、アンリに向き直る。
「私達の服は?」
「ないよ、採寸してないからな。」
無言で背負い投げを叩き込んだ。
レア達は執務室内で改めて緊張していた。
会合内容が公にならないよう大広間や玉座の間は使わない事に決めていたが万一鬼が暴れだしたらどうしようかと思う。
それを思うと僅かに震え、しかし表情にはださずその時を待った。
扉が叩かれ、レアは1度唾を飲み込み机の上に肘を乗せた組んだ指の上に顎を乗せた。
「入れ。」
短く告げた言葉に従い扉が開かれる。
レアの視線の先、前に会った使者2人と初めて見る3人を確認し、その中央にいた妙な服の男が一礼と共に沈黙を作り頬を掻いた。
「おいおい、今思ったけど俺、王様に対する礼儀作法知らねえよ。どうする?1度帰って勉強してきた方が良くないか?」
カイネがアンリの耳を掴みそのまま机に投げつけた。
「気にするな、これで礼儀も何も無い。さっさと始めるぞ。」
カイネに続くようにサラ達もそれぞれの席に座りアンリも耳を抑えながら中央に座った。
机の対面で呆然としている者達を見回したアンリは首を捻る。
「どうした?あぁ、あれだな、進物まだかアピールだな。これをどうぞ。」
アンリが机の上に指輪から取り出した貴金属、竜の牙などを並べ、それぞれを指差す。
「これが土蜘蛛族のリゼさんからで、こっちが竜人族のナードさんからで・・・」
「ちょっと待ってくれ!?」
片手を前に出したレアは冷や汗を浮かべ想像と違う流れにどうしよう、と思う。
1度立ち上がり窓を開けそこから新鮮な空気を肺に満たし振り返る。
「アンリ殿、整理する時間が欲しい。いいだろうか?」
首を傾げたアンリは小さく頷く。
「いきなり取り乱すなんて変な王様だな。疲れてるのか?」
レアは何も言わずその場で項垂れた。




