会話~魔術師になる~
部屋の中を天井に吊られた魔具が明かりを照らす。
中心に料理が並べられた机があり、その前で椅子に座るシスターがいる。
それを見ながらアンリは動きを止めた。
元の世界へ戻れない事を聞き少し呆然とするが今は落ち込んでる時ではない。
サラが何か言いたげにこちらを見ているが手で制して料理を取り分けながら口を開く。
「そっか。まぁ仕方ないか・・・。」
「あまり落ち込まないんだな?もっと慌てると思ったんだんだがな。」
「いや、ショックだよ。覚悟はしてたけど1人なら泣いてるかもな。」
「その割には平静に見えるけどな。」
「美人の前で情けない姿は晒せないって意地だよ。」
「おぉ、嬉しい事言うな。なぁサラ?」
そうだなと言いながらサラも椅子に座るのを見て席に着く。
「とりあえず食べようか。」
「まぁいいや、なら食べながら話そうぜ。美味そうじゃないか。」
肉ばかり取るサラと争うカイネの3人で食事が始まる。
しばらくしてからカイネが、
「名前はアンリで良いんだよな?」
「あぁ、アンリって名付けて貰ったよろしく。」
「よろしくな。無気力じゃ無いのはいい事だ。さっさとスキル鑑定だけ済ますよ。」
言葉と同時に何か呟きアンリの額に手を触れる。
「アンタのスキルは直感だな。」
「直感?」
「そう、超直感って言った方が良いかな。スキル保持者が損になるような事に対して警告するスキルだ。」
サラが肉と酒を口に運びながら納得している。
「感覚系か、戦闘できるなら強力だが・・・まぁこれで森で生き残れた理由が分かったね。」
「嫌な予感はスキルによるものだったのか。」
思い出し冷や汗を感じる。
「良かったな。スキル次第じゃ森で死んでたよ。」
荷物からワインを取り出しているカイネの言葉が聞こえる。
「さて面倒は早めに済まそう。魔術師にさっさとなろうか。」
「適当すぎないか?」
「説明してもどうせわからわからないだろ?」
「うん・・・じゃあお願いします。」
「良い返事だ。流されやすい性格か?」
そして頭に手を当てられて洗礼が始まる。何か厳かな言葉が続き最後に、
「迷った馬鹿な子羊を魔術師に、祝福をしたまえっと。」
適当な祝詞が続き手が離される。
「終わったよ、アンタは魔術師だ。」
「最後適当じゃないか?今ので大丈夫なのか?」
「良いんだよ、気持ちが大事なんだから。明日には魔力と記憶力が増えてるよ・・・たぶん。」
最後は気持ちも入って無いだろうと思ってると本を渡された。
「これは?」
ページを捲りながら聞いてみる。
「魔術書だ。やるから読んどきな、回復を覚えればその足も治せるし損はないから重点的に覚えろよ。」
「今すぐ治してくれよ。」
「甘えるな、練習代わりに丁度良いだろうが。」
投げやりに言われまた食事が始まった。
「このマヨネーズっての良いね。売ったら稼げそうだ。」
カイネがサラダ用に置いた器を指さす。
「私も気に入ってるが作るのが大変なんだ・・・手伝ったが上手くいかなかった。」
アンリは力任せに混ぜて器を破壊されたのを思い出し、
「道具を工夫すれば簡単に作れるけど今はないからな。」
一通り食事が終わり片付けをしていると満足したのか、2人はご機嫌で今日作った調味料を前に呑みながら話しを弾ませる。
「これらを売れば結構な金額になるぞ。教会の前で定期的に売ろうぜ。」
「無理だ、私には作れないからな。だいたい私達が店に居たら誰も寄ってこないだろ。」
「売り子は雇えば良いだろ。他にもなんか作れるか聞こうぜ。」
片付けが終わり寝る支度をしてると声がくる。顔を向けると酔っ払い2人が手招きしている。
「アンリ、寝るには早い、こっちに来て呑め。酌をしてやるから白状しろ、神が言葉を求めてるぞ。」
だいぶ酔ってるな・・・。
「今日作ったのを知りたいんだとさ。」
サラの言葉に頷き調理場を示す。
「良いけど、試作品とかまだあるから持ってくるか?」
「まだあるのか!?」
アンリは席を立ち調理場の隅に積んだ箱から幾つか取り出し机に並べる。
「結構種類あるな・・・暇なのか?」
「暇だよ、悪いか。」
「いや、良いことだ。神も喜んでる。」
喜んでるのは鬼とシスターだけだと思いつつ説明する。
数種類のドレッシングから胡椒と角切りにした猪肉が沈んだ液体を舐めているカイネが頷き、
「肉入りって事はサラの為か?」
「マヨネーズ以外でも野菜食べて欲しくて作ってみた。まだ試作だから味に調整が必要だけどな。」
サラが俯くが無視する。
「親みたいだな。じゃあこっちは?」
「それは保存食だよ、猪肉のオイル漬け。にんにくと鷹の爪と塩胡椒で作ってみた。香草と一緒に食べればパンとかワインに合う筈だ。」
それを聞いたカイネが自分の荷物に入れようとするのをサラが阻止する。
「おい戻せ!」
「わかってるって冗談だよ。」
「まだ味が馴染んでないから美味しくないよ。早くても1週間位はかかるかな。」
「明日から干し肉や燻製とかもやるつもりだ、果実の皮を砂糖に漬けてるから飴も作りたいかな。」
カイネは変な物を見た様な目を向けてくる。
「聞いてた以上に面白いな。長く生きてるがこんなの作ってる奴は他にいなかったよ。」
「やる事ないからな・・・長く生きてる?」
疑問を感じカイネの顔を見るがどう見ても成人前位の顔立ちだと思うが・・・。
それを感じたのかサラが教えてくれる。
「コイツ死なない呪い?を受けてるらしく千年位生きてるよ。前言った魔族を攻めまくった勇者の仲間だったらしいからな。」
アンリはしばし言葉を失い、
「マジで?」
「「マジです。」」
ハモられた。
突然の事に頭を抱え深く考えてるとサラがカイネを示す。
「私より色々詳しいから気になる事あれば聞いときなよ。カイネ、真面目に答えろよ。」
「はいはい、迷える馬鹿を導くのも仕事だしな。メシの礼だ。何が聞きたい?」
頭を上げると置いといた魔術書に目が止まり言葉が漏れる。
「そういえば・・・何故言葉や文字が分かるんだろう。」
それを聞いたサラが笑い、
「今更か。」
「それは私等と勇者クロムの冒険が関係してるな。」
カイネと視線が合い少し考える仕草の後言葉が続く。
「簡単に言うとクロムのスキルだ。[概念創造]だったんだがそれで文字と言葉を世界で共通する概念を作ったんだ。初めは魔族と言葉で接しようと思ってたからな。」
一息付き、
「だが結果は聞いているか?言葉じゃなく剣や力で接する事になり。人の領土が増えまくった頃、理想と現実に板挟みだったクロムの精神は限界を迎え壊れた。それで私達の旅は終了さ。後は英雄譚でも読めば面白おかしくした私達の旅がわかるよ。」
「今度読んでみるよ。しかしスキルって便利だな。」
「アイツのは強力だったから尚更な。世界の改変なんて神域のスキルだ。」
「確かに。でもそれならカイネは何でこんな所に?英雄なんだからもっといい所に住んでそうだけど・・・」
「祭り上げられるのが嫌だったしやる事もあったからな。好きに国境を渡れる聖職者になって隠遁生活中だ。」
これ以上詮索するなという雰囲気がある。
ワインを貰いながら話題を変えようとして思い出す。
「前に日本人が来てたって聞いたけど。」
「あぁ、居たよ馬鹿の世界一を決める大会があれば優勝出来ただろうね。」
カイネは笑みを浮かべ話してくれた。
「アイツはスキルに恵まれてて村まで自力で来たんだよ。私が流奴の説明したら冒険者になるって言いながら木刀を振り始めたのさ。夜には自分の名前を考え、昼は技名を叫んで素ぶりしてる奴だったな。」
ふむと頷いてから先を促す。
「戦士の洗礼をしてやってギルドのある国への地図を書いて送り出したんだ。だが私が見送ってる距離でゴブリン達に囲まれだしてね。一応助けるか聞いたけど大丈夫って言うから見てたのさ。」
カイネは笑いだすのを堪えながら言葉を続ける。
「よくわからない技名叫びながら木刀を振ってたけど舌噛んだのか下げた頭にゴブリンの棍棒が当たってね。こっちを見ながら助けてとか言ってたけど私は笑い死ぬ所だったから無理だったよ。」
アンリは目の前で机を叩いてるカイネに少し引きながら質問をする。
「因みにその人のスキルって何?」
「即死系さ。良いスキルだが使いこなせないなら意味はないな。」
サラが笑いを堪えながら言葉を吐き出す。
「何で技名叫ぶんだろうな?1回見れば動き覚えられて当たり前だろうに・・・何より叫んでたら疲れないか?」
「遠くの敵も寄ってくるしな。まぁそんなお人好しだから主に愛されて天に連れてかれるのさ。もしくは馬鹿過ぎて憐れんだからかもな。」
まぁ、と区切り更に続ける。
「地上にいるより主の御前で芸をしてる方が合ってるから本人も幸せだろう。」
我慢出来なかったのか2人して笑ってるのを見て先人の冥福を改めて祈る。
今日はこれ以上話が無理と思い考えが纏まったらまた聞く事にして寝ようと席を立ち寝室に向かう事にした。
しかし酔った女性は可愛いらしい筈なのにこの2人は・・・。
扉を開けベッドは3人では狭いからと壁に掛けたハンモックに乗った所で扉が開く。
「おいおい、サラ見てみろよ。アンリが上だぜ。」
「うるさいぞ。お前が外で寝るなら降りてくるよ。」
「客人に野宿とかどんな接待だよ。アンリ降りろ、お前が上だと明日の朝食は誰が作るんだ?それとも私等を踏んで降りる気か?」
言われて気付く。
「あぁ、そうだった。ならどっちがこれで寝る?」
降りてハンモックを指さす。
「カイネお前が寝ろ。もしくは外だ。」
「アホか、お前が寝ろよ。」
「聖職者は身分が上だろ?寝るなら浮く位が丁度良い。私等下々の者はそんなお前を見て寝るよ。」
「あぁ成程、降りる時はお前の腹に飛び降りる事にするが良いよな?」
それにサラは肩を竦め、
「くたばれ馬鹿と言って良いか?」
「そうか足りないか、なら捻りを加えて降りてやるよ。どうだ?」
2人が睨み合うのを見て項垂れる。
「2人が嫌なら俺が寝るよ。」
「「それはダメだ。」」
息合ってるなと思いながら、
「ならどうする?下で3人寝るのか?」
揉めたが結局決着がつかず3人下になる。扉に近い方で横になり、
「「狭い!!」」
今度は3人が同時に叫ぶが疲れからか目蓋が落ちそのまま寝る事になった。