事前交渉
アンリは厨房での作業を終え机でレウから受け取った懇願書を眺めていた。
仲間達はそれぞれの仕事を始めた為家にはレウとシルトがいるだけだった。
「いや~勝つだろうとは思っていましたが本当に勝つとは。お怪我は?」
「皆が頑張ってくれた無事だ。それよりどういう事だ?わざわざ来なくても俺達は竜人族を軽視するつもりはないよ。」
レウは頷き笑みをこぼす。
「サラ様が関わる以上挨拶に伺うのは当然と思って下さい。貴方達がそういう形式に興味ないのはわかってるんですけどね。」
「伝令役までやるとはレウさんも大変だな。で、そっちのシルトさんはお目付け役か?」
シルトは首を横に振り背筋を伸ばし頭を下げる。
「補佐役です。レウさんに何か不都合があった時の代役でもありますのでどうかよろしくお願いします。」
アンリが下げられた頭に手を伸ばし角に触れると勢いよく起き上がった。
驚愕を帯びた目を向けられたのでアンリは肩を竦めレウを見る。
「竜人族の挨拶って角を触る事じゃ無かったか?」
「私の時の事を言ってるならアンリさんが勝手に掴んできただけですよね。」
アンリは顎に手を当て過去を振り返り、あっ、と声をだした。
「あの時俺の事変人扱いしたせいで俺の威厳は無くなったんだ。謝ってくれ。」
「フフフ、自業自得でしょう。アンリさん相変わらず思考回路おかしいままですね。」
ヒーンと泣き真似をしながら机に突っ伏したアンリと口に手を当て笑っているレウを交互に見たシルトは自分が異常空間にいる事を理解した。
シルトは湯船に肩まで浸かり溜息をつく。
先程まで行っていた事前交渉も一段落つき夕食前に休憩に入った所だった。
視線を横に向けるとレウが身体を洗っている後ろ姿があり、問いかけるように言葉を作った。
「あの人間はいつもあんな感じですか?」
「そうですね。敵対行動を取らない限り何してもいい代わりに何されるかわからない人と思っておけばいいですよ。」
泡を洗い流す背にはぁ、と返事をしてまた溜息をつく。
「それでもあの人間が私達の未来を左右するんですよね?何か取り入った方が良くないですか?」
「その程度で揺れる人なら楽何ですけどね・・・。」
レウは湯船に身体を収め縁横には置いてある薬草を粉末にした入浴剤を入れかき混ぜ一息つき、
「まぁ深く考えてもあの人相手だと脱線し過ぎて無駄になりますから止めときましょう。」
シルトはなんとなく理解出来たので頷く事にした。
アンリはリノアと厨房での作業を開始していた。進物として送られた果実を並べ頷く。
「リンゴだぞ。レシピが充実するな。」
「竜人族が育ててるのは知ってるけど食べた事ないわ。」
「そっか。なら適当に作るから手伝ってくれ。」
アンリは皮を向いたリンゴを細く角切りに油で炒める。醤油、酒、砂糖を加えすりおろした生姜を加えソースを作った。
横にいるリノアはメモを終えると指でソースを拭い口に運ぶとフフ、と笑みをこぼした。
「美味しい・・・。」
「肉にかけるフルーツソースはこんな感じだ。どんな肉にも合うからサラが肉、肉、言い出した時用に覚えといてくれ。」
リノアは想像したのか身震いをして、
「変な物出したら殺されそうでサラ様にお料理差し出す何て出来ません。」
「そうか?サラが作ると焼いて塩振るだけだから大丈夫だと思うけどな。」
アンリは初めての食事を思い出しつつリノアに下拵えをした猪肉を渡し焼きを任せ次に取り掛かる。
川魚を三枚卸しにした後下味を付け小麦粉で揚げる。
醤油、酢、砂糖、塩をリンゴの千切りと混ぜ合わせ魚にかけてマリネを作り皿に盛った時、扉が開きレウとシルトが戻ってきた。
「もうすぐ出来るからゆっくりしててくれ。身に付けてた鎧はガイアスとハンネスが整備するって持って行ったけど良いか?」
「はい、最近整備出来て無かったので助かります。」
シルトも頷き、興味があるのか厨房に近づいて来た。
「アンリさんは料理が出来るのですね。」
「何故か作る物が売れるから商人をしてるだけでこれが本業だ。」
シルトは動きを止めレウを見て首を傾げる。数秒の沈黙の後アンリを指差し、
「商人・・・?芸人じゃないのですか?」
レウとリノアは顔を背け肩を震わせ笑いを堪えた。
陽が落ち森が闇に染まる頃アンリは外の石窯でアップルパイを焼いていた。
くし切りにしたリンゴをワイン、砂糖、蜂蜜で煮た物を試作では作ったパイ生地と合わせた簡単なものだが既にお代わりを待つ者達が部屋の中で皿を叩いて催促していた。
溜息をついたアンリは護衛の口実で外に連れ出したルークスに声をかける。
「申し訳ないが状況が変わった。」
疑問を含んだ視線が向けられそれに応えるように続ける。
「土蜘蛛族を最初にしようと思っていたがレウさんが来た以上竜人族を後に出来なくなった。
だが動きがわからない土蜘蛛族への対応も急がなければならないのが実情だ。」
ルークスは空を見上げ覚悟を決め頷く。
「地下迷宮へは1人で行く。俺に事前交渉を任せて欲しい。・・・もし戻らない時は好きに動いてくれ。」
「やっぱりそうなるよね・・・だから代案だ。竜人の長と土蜘蛛族の長を招こうと思っている。」
アンリは立ち上がり見上げるようにルークスと視線を合わせる。
「今後を決める大事な場だ。森の最大派閥である獣人族の代表として貴方にも参加してもらいたい。」
「突然だな。それに言葉通り同盟だったのか・・・正直傘下だと思っていた。」
「ここにいる魔族全員が同盟だよ。傘下は1人もいない。皆はどう思っているかは知らないけどね。」
ハハ、と笑う姿を見てルークスは頷く。
こういう人だからこそ癖の強い魔族を纏められるのだろうと思い、また仲間を守る為には容赦が無いのだろうと納得をした。
「了解した。その場での決定は獣人族の総意として参加しよう。」
「ありがとう。2部族の招待はこっちでなんとかするからルークスさんはやる事をしてくれ。仲間達と話す時間が必要だろ?」
頷いたルークスは静かに1歩を作る。まずは獣人族の代表者を集め無ければならないと決めそのまま走り出した。
見送ったアンリは石窯に振り返りアップルパイを取り出すと部屋へと戻り今後の話をする事にした。
シルトは書類と返礼の品を指輪にしまい夜の空を見上げ翼を広げた。
「では長に会合の件を伝えてきます。」
言葉を残し1度跳躍すると羽を羽ばたかせ浮かび上がる。振り返り手を振ると風を纏い霧の谷がある方向へ飛翔した。
「働き者だな。レウさんはまだこっちにいるのか?」
「はい、地下迷宮へ同行するつもりです。その場での話次第では会合が無くなるかもしれないでしょう?」
まあな、と呟き部屋に戻るとサラとラズが酒に潰れたカイネとリノアを抱え寝室へと運んでいた。
いつも通りだな、と気にしない事にして机に散乱した皿を片付けながら口を開く。
「俺達は明日にはここを立つ。着いたら転移で連れてくからそれまでゆっくりしててくれ。」
「アンリさん忙しいですね。全て終わったら霧の谷にある温泉に招待しますからその時はゆっくりして下さい。」
アンリは頷き、皿を流しに置くと魔術鍛錬の支度をしながら今後の対応について思考を進めた。




