幕間 ~広がる波紋~
獣人族敗北の報せはシーズ大森林全域に広がった。
動向を注視し、今後の対応を決めかねていた者達は別の対応に追われ、和平交渉を経て未来を保証されていた者達もまた慌ただしく動き始めた。
魔族達の話題の中心は鬼と、共にいる人間が占め、噂や誤報も蔓延した結果東の森内部で生活している者達は情報を集めては部族会議を繰り返していた。
東の森の一角に山々が連なり付近は年中霧が立ち込めている区域がある。
竜人族が支配下に置く霧の谷だ。
許可なく近寄る者はいない谷に風を引き連れるように飛翔する者は濡れた山肌に幾つも空いた洞穴の1つに入ると翼を畳み歩き出す。
明かりが灯された通路には所々に扉があり突き当たりにある扉をノックし開いた。
扉近くには竜人族の大人が整列し奥には玉座があった。
「報告致します。ルークス敗北の報せは間違いないようで混成軍の拠点では大規模な宴の支度をしておりました。
現状各魔族に動く者はおらず動向を伺っているようです。」
「ご苦労、下がり休むがよい。」
斥候の部下が頭を下げ退出したのを確認した竜人族長ナードはククク、とこぼし続くように高らかに笑った。
「やられたわあの女狐め、誑かすのは人のみと高を括った儂の負けじゃ。のう、レウ?」
「王が定めた事ですから不満はありますが何も言うことはありません。」
「そう怒るな。お前を軽んじた訳ではない。ただあの大軍を下せる勢力があるなど思えんかったのよ。」
失敗したわ、と呟きまた笑う。
「過ぎた事を責めるな。心労をかけるなら儂は寝込むぞ。仮病故面倒が終わるまで戻らぬからな。」
「はぁ、わかりましたからちゃんとしましょう。で如何されますか?」
ナードは同族の視線を受け止め大きく頷き立ち上がる。
「サラ様に交渉を試みるとしよう。他部族より早く動けば権威は保てるであろう。
使者は顔見知りであるレウに任せる。良いな?」
頭を下げ了承したレウは数秒の葛藤を経て口を開いた。
「後で文句言われるのも嫌なのでお伝えしますが交渉相手はアンリさん・・・サラ様と共にいる人間になると思われます。」
「その者はどのような人間だ?」
うーん、と首を捻り眉を顰めたレウは数秒悩み頷く。
「常識を失った奇人です。有り体にいえばイカレていますのでお覚悟を。」
「・・・儂、持病のサボり癖が出てきたから寝てていいか?」
全員が朗らかな笑顔で腕を×に交差した。
木々が拓け草が生い茂る丘の中腹に石造りの通路があった。
丘を掘り地下空間に繋がる入口前で小鬼族と会話をしていた土蜘蛛族の戦士フィナはため息をこぼすと通路に足を向けた。
歩む先は暗く、湿りを帯びた空気が満ちている。幾つもの分岐を進み、張り巡らされた糸を避けながら階段を下り辿り着いた大部屋では頭を抱えた女王の前で怒声混じりの部族会議が行われていた。
土蜘蛛族の会議は今後に関わるとあって熱を増し、掴み合いに発展している者を避け女王リゼの前に跪き頭を下げる。
「獣人族の軍が一部を除き自らの領土へ帰還し始めたそうです。与せぬ魔族は討伐対象となると噂が流れ各魔族は逃亡か帰順するかで揺れているとの事です。」
「・・・・・・そうか、面倒事になったな。古き馴染みゆえノイルの言葉を鵜呑みにしたが間違っていたか。」
ギリッと歯を鳴らし六つある手を叩き注目を集める。
「此度を件、責は私にある!我等がどうするか、どうなるか、議論は尽きぬがそれは変わらぬ事よ。
必要ならばこの首をもって鬼の怒りを鎮める事を許す故最善を尽くし皆が納得出来る結論をだせ!」
「女王!?」
ザワつく同族を見渡したリゼは全員を見渡し力ない笑みを浮かべた。
「仕方なかろう。判断を違え一族を窮地に追いやったのは私だ。」
「待ってください!!あの女狐を捕え差し出しましょう。それでサラ様の怒りを逸らせるかも知れません。」
リゼは小さく首を横に振り肩を落とす。
「無理よ、無理。ノイルには幼き頃世話になったから知っているが実力は魔王達と変わらぬ神域に達している。
激動の時代を生き抜き知略を身に付けたあの怪物を誰が捕えられるというのだ。」
室内を満たす沈黙が現状を表し土蜘蛛族に暗い影を落とす。
「私の事は気にするな。それとも責任を取る覚悟がない者を長にしていた腑抜けと笑われたいのか?」
小さくこぼした笑いは一層力なく、諦めを含んでいる事を全員が理解した。
「ココ、有象無象が慌てよるの。静観ではなるようにしかならんと何故理解出来んのだ?」
城塞都市を作る際サラが投げ飛ばした岩の上に座ったノイルは両耳を立て偵察に来ている者の話し声を聞いていた。
つまらん奴らよ、と思い笑い声が届く城塞都市に意識を傾ける。
「楽しそうな集まりよの、こっそり参加出来ぬものか・・・。」
目を細め城塞都市を囲む壁を眺め小さく無理よの、と呟く。
まだ地ならしは終わってはいない上にルークスが生き残ったのは誤算であった。
ルークスから記憶を奪った件を聞いたカイネやラズから暗躍がバレる恐れがあり、そうなれば取り入るのも難しくなるだろうと思い上手くいかぬものよの、と呟く。
「どうしたものかの、この森が平定されぬなら新たな軍を起こすのもまだ楽しいかもしれぬな。」
言葉に出しその先を思いココ、と笑い声首を小さく横に振る。
ここを落とすなら自身が率いねばならぬと思いそれでは責任を押し付けれる手駒を欲した初めの理念を捨てる事になる。
面倒を抱えず気ままに、それでいて同族を庇護下に置けるようにしたい。それが望みでありその為にはどうあっても混成軍を纏めている者に取り入らねばならぬと思い方法を模索する。
数秒の思考を経てフェミナ達と見た人間を思い出すと眉間に手を当て空を仰ぐ。
「ダメじゃ、あの人間の考えが読めん・・・。」
こぼした呟きから新たな問題を理解し頭を抱えた。
ラズは壁上を歩きながら視線を壁内に移す。
そこでは木組みを立て屋台を作り飾り付けをしていて、壁上にも補修作業をしている者達がいた。
通り際会釈を受け、それに応えながら進み南門付近で森に違和感を感じ歩みを止める。
「・・・?」
城塞都市を囲む森には偵察と思われる気配は感じていたがこれは違うと狩人の本能が訴えていた。
「懐かしいような、何とも言えない魔力ですね・・・。」
強力な力だが敵意を感じないそれをどうしたものかと思い辺りに視線を向ける。
戦える者はいるが多くは作業中でありそれを止めてまで確認させる事ではないだろうと思う。
何かあるなら自分が相手をすれば済む事であり余計な負担をかける程の確証がある訳でもない事から意識だけ違和感を得た方向に向けまた歩みを進めた。
「この魔力、ノイルさんでしたか?あの方に似ているような・・・でも確かに殺した筈ですし。」
古い記憶を確かめるように首を捻りながら見回りを続けた。




