シスターの来訪
陽光が照らす中アンリは畑に水を撒いている。
先程まで猪の骨を折り、煮込んで出汁をとっていたがそれも終わり柵の奥に骨を捨てた後手持ち無沙汰になり今に至る。
水撒きも終わった所で小屋に戻り今朝の事を思いだす。
頭が痛い・・・。
頭痛に耐えれず目を開けると目の前に女性の胸がある。
大きい・・・誰のだ?
状況を把握しようと思い姿勢を起こし気づいた。頭を抑え、
「あぁ、やっぱり夢じゃ無かったんだな。」
そこは蚊帳に覆われたベットのある寝室。
薄暗い部屋の中を見回しまた視線を落とす、視線の先で寝ているのはサラだ。
酒に潰れた昨日の事を思い出す。
こちらを向き寝息をたてる顔を見ていると1つの欲が出てくる。
角触ってみたい・・・。
怒られるかなと思いつつも手を伸ばす。
ツンツン
おぉ硬い、今度もっと触らして貰おうと決めてバレる前に朝食を作る為部屋を出る事にする。
川から罠を上げると蟹がいた。
解体しようとしたが生きてる相手には無力なのが悲しい・・・。
起きてきたサラに頼んで真っ二つにしてもらった後調理をする。
蟹を洗い出汁をとり玉ねぎと人参でスープを作る、昨日の内に肉を香味野菜に挟んでおいた物を焼き、にんにくと醤油、唐辛子に酢を加えたタレで味付けをする。
朝から肉か・・・。
ちょっと胃が重くなるのを感じ、大量の肉を保存する方法を考えながら皿を運ぶ。
「主食となる物が欲しい。」
遠慮せず言ってみた。
「酒じゃダメなのかい?」
「酒は主食じゃないからダメ!」
そっかと項垂れた鬼を可愛いと思っていると街に行って米や麦を買って来てくれる事になった。
「ありがとう、調理頑張るからよろしく。」
そしてサラに弁当を持たせ見送ったのが朝の事だ。
今は肉が傷む前に保存食を作ってようと思い準備する。
日がまばらな薄暗い森を男が走る。
木々の間を必死の形相で駆け抜けながら悪態が零れる。
「クソ、なんなんだアイツは。」
男は盗賊だ。様々な所で盗みを繰り返し旅をしていたが今朝、村に着いた時一仕事しようと手をだした場所が教会だった。
今までは布施や調度品を盗んだりと楽な場所だったのが理由だが今回は最悪の場所となる。
ドアノブをスキル[酸]で壊し、中で金目の物を集めていると突然腕を撃たれた。
「!?」
激痛に歯を食いしばり駆け出し、脇目も振らずそのまま逃げ続けてここまで来たが追ってくる気配がある。
それを撒こうと走るのに必死だった為足元の根に気付かず足をとられつまづき倒れた所で笑いながら女の声がきた。
「そんな格好してたら新品の尻の穴を作りたくなるじゃないか。」
逃げきれないと判断し、すぐ声の方向に向き直り頭を下げる。
「許してくれ、頼むもうしないと誓うから!!」
視界の端、木々の間から女が現れる。黒の法衣を纏ったシスターだ。
右手には銃の形をした魔具が握られこちらに向いている。
「ハハハ、許しを請うなんて余裕だね。もう諦めたのかい?」
震える男を無視して声が続く、
「腐食系のスキルか・・・これなら鍵は意味無いね。」
女の左手には変形したドアノブが握られていた。
「お願いだ、何でもするから見逃してくれ。」
「なら、慈悲深い我等が主に聞いてみなよ。自分は許されるのかを。」
シスターを見て、神に祈りを捧げ顔を上げる。
「神様は許すと言ってくれました。」
その直後眉間に穴が空き男は息絶えた。
「なら良かったじゃないか、向こうで許してもらえて。」
男の荷物から盗品をだし踵を返す。
「朝から動くと眠くなるね。」
そんな事を呟き歩きだした。
サラは上機嫌で森を歩いている。
遠目に魔獣や獣が見えるが今は興味ない、左手に袋を持ち右手に丸めた毛皮を持って進んでいると前に見知った女が歩いている。
「カイネ、こんな所で何してるんだい。」
「アンタか、不届きな馬鹿を始末した帰りだよ。」
カイネの手に持つ教会の備品を見て同じ方向へ向かう。
「盗賊か?教会に遊びに来たのか?」
「あぁ、朝から起こしやがってこんな所まで追う羽目になったよ。」
「それは災難な盗賊だね。今頃あの世で後悔してるだろうさ。」
「だと救いがあるけどね、アンタは村に行くのか?珍しいね。」
「米や麦が欲しくてね、強奪してもいいんだが毛皮を売るついでさ。」
右手の毛皮を掲げ伝える。
「ふーん、肉ばかり食ってるアンタに調理出来るのかい?」
「今は調理出来る男がいてね。これはそいつが作ったものだ。」
袋から弁当を出し見せる、中にはジャガイモを潰し焼き固めた物に肉や野菜が挟んである。
「1つ貰うよ。」
カイネはそれを口にし、
「香草と塩か、美味いな。」
「芋にラードを練って焼いてたよ、味付けも色々種類があってね、弁当にくれたんだ。」
「そいつは流奴か・・・また変わった奴が来たな。もう1つ貰うぞ。」
「私の分を残しとけよ、今度教会に連れてくから世話してやってくれ。」
今度はにんにくと胡椒が効いた物だった。
「暇だし夕方にでも行くよ、私の分のメシそいつに用意させとけよ。」
「良いのか?そいつスキルもわからないしジョブも付けてやりたいんだが。」
「良いよ任せな、何よりこれなら行く価値があるさ。」
弁当を指さす。
話しながら歩く2人の前に集落が見えてきた。混合村ソドムだ。
「私は買い物に行くからまたな。」
「絶対メシ用意させとけよ、寝る所もな。後その男が言ってる麦ってのは製粉したやつだと思うぞ。」
「そうなのか?ならそうするよ。」
2人は別れそれぞれの目的地に向かう。
市場は人混みに溢れている。
混合村の名が示す通りここは人と魔族が共存してる所だ。
目当ての店に辿り着き店主に毛皮を渡す。
「これはこれはサラ様。よく来てくれました」
「前置きは良いからさっさと換金してくれ。他にも用があるんだ。」
「失礼しました。すぐ行いますので少々お待ちを・・・」
毛皮を持ち店の奥へ消える店主を見送る。
「こちらで如何でしょうか。」
提示された金額に頷き受け取る。店を出て歩き始めると人通りは多いが歩けば人が避け道が出来るのを見て舌打ちをする。
鬼だからってそんなに怖いかね。
自身の種族が畏怖の対象である事は理解しているがそれでもイラつきを感じ、買い物を進めた。
買い物を終え教会に向かう、カイネに伝える事があったからだ。
市場から少し離れた場所にある建物の扉はドアノブが無かった。
仕方ないので扉を押し中に入る。
中は椅子が並び正面に祭壇代わりの机が置かれている。その奥の壁に扉があるだけの空間だった。
机で酒を飲んでいるカイネがこちらを向くのが見え、
「後で行くって言っただろ?まだ用があるのか?」
「家にいる男の事でね。そいつ攻撃が出来ないんだが生きれる国はあるかい?」
「攻撃が出来ない?」
事情を説明するとカイネの笑い声が教会に響く。
「ハハハ、私を笑い殺すつもりなら良いセンスの冗談だよ。」
「・・・真剣な事だ。」
「冗談じゃないのか。なら何処も厳しいだろう・・・戦えない人間が生きれる情勢じゃないからな。一応調べてみるが期待は出来ないな。」
わかってるだろ?と言葉がくる。
「そうか・・・それでも頼む。」
「そんなにそいつが気に入ったのかい?」
「共にいる間は守ると約束したからな。やれる事はやる、鬼は嘘をつかないのさ。」
それに頷いたカイネは、
「そかそか、それならジョブは魔術師にしとこうか。それなら攻撃出来なくても日常生活に不便はなくなるだろう。」
「魔術師か・・・そうだな、説明は私がするからそれで頼む。」
伝え踵を返す、扉まで近付いた所で声がくる。
「アンタが引き取るってのも選択にあると思うがね。」
それに応える事無く扉を開け教会を後にする。
村から出た所で自分を避ける人間や魔族を思い出し振り返る。
「鬼と住みたい何て思う人間はいないだろう・・・」
呟き小屋に向かい歩きだす。
サラは小屋に近付くにつれ辺りに漂う匂いに気分が上がり歩を早める。
「戻ったよ~。」
小屋の扉を開けるとアンリが鍋の前で作業をしていた。
「何してるんだい?」
「おかえり、調味料を作っててね。買い物はどうだった?」
「頼まれてた物は揃えたよ。夕方にシスターが来るから3人分の食事を頼む。」
「シスターが?作るのは良いけど俺の料理で大丈夫かな・・・」
「アンリの料理が良いみたいだから頼むよ。」
そう言われて中身のない弁当を受け取る。
弁当を分けたんだろうと思い頷く。
「シスターが来たらスキルの鑑定とジョブの洗礼をするからな。ジョブは魔術師で良いよな?」
「ジョブ?」
「あぁ、やれる事が増えるから頼んどいた。」
「そっか、よく分からないけど任せるよ。」
ジョブが何なのか分からないが既に決まってる事のようなので気にせず作業を続ける。
日が傾き空が赤く染まった頃調理を始める、今日は米があるから鍋で炊きあげる。
その間に肉と野菜を細かく切っておきスープを作る事にした。
猪の肉を薄くし叩いて伸ばし小麦粉をまぶし揚げ、香草と作ったラー油と塩で味をつける。
調味料として朝から作った猪と野菜の出汁を煮詰め、ラードや塩胡椒等の調味料を混ぜ練固めた自己流の中華風調味料を使い野菜炒めを少し濃いめに味を付け仕上げる。口直し用にサラダを用意して完成した。
料理を机に運び終わった頃いきなり扉が開く。
「来たぞ。私のメシは出来てるか?」
シスターは荷物を置き椅子に座る、首だけ振り向き、
「初めましてだな。カイネだ、お前が面白い流奴か。最初に言っとくが元の世界に帰る方法は無いぞ、残念だな。」
笑いながら重大な事を言われたのだった。