やれる事
アンリは悩んでいた。
ここは小屋の中で目の前には机があり、その上に調味料と食材が並べてある。塩胡椒等、基本的な調味料は多くあるが食料が収穫出来た野菜と卵が2個しかない。
「異世界でも食材は変わらないんだな。」
思わず呟く、それらを見ながら木で魚を取る為の罠を編んでいる所だ。
「しかし何で調味料だけ豊富なんだよ・・・」
先程の事を思い出し今日何度めになるか分からないため息をつく。
魚を釣ろうと思ったのだか無理だった。
生き餌だと針が攻撃と認識されて防御結界が出て、餌を変えても咥えた魚にも針が攻撃になってしまい釣ることが出来なかった。
罠作りなんかやった事ないが文句は言えない。やれる事が少な過ぎる以上思いついたらやるしかないと作業を続ける。
数時間前に狩りに行くからと森へ向かった鬼に名前を決めて貰えたのは助かった。日本的には女性の名だが鬼からすればか弱い人間だ。文句など無い。
それに自分ではずっと悩んでる自信があるからこれだと決めてもらう方が楽だった。
「さて、こんなのでどうかな。」
不格好な罠に生き餌を入れて川に向かい朝には何か取れれば良いと期待して沈めておく。ついでに祈り小屋へ向かう。
「いたた・・・」
左足を擦りまた食材達を眺め考えはじめる。
陽光照らす森の中を1人の女が歩く、サラだ。その左手には獣の皮で出来た袋があり中には幾つかの山菜と果実が入っていた。
右手に持つ瓢箪のような物を口に当て中身を飲みながら思う。
面白い男だ・・・しかし半日以上この森を歩いていたのに何故生きていたんだ?
シーズ大森林は魔族の縄張りも多く魔獣や獣もそこかしこにいるのに無事だったのが腑に落ちない。
何かのスキルだと思うが・・・隠密系か運気操作?あとは・・・。
風が通り過ぎ違和感を感じた為思考を止め、辺りを見渡すと遠く木々の間に猪がいる。それを確認し笑みが浮かぶのがわかる。
「喜べアンリ、今日はご馳走だ。」
呟き獲物目掛け走りだす。
木々の間を縫うように駆ける、逃がす訳にはいかない。
客人がいる、祝いには充分な獲物だ。
駆け寄る音に相手も気付きこちらに向かい威嚇をしているが気にしない。お互いの距離が近くに迫った時その巨体が駆け出した。
迫る身体はサラを潰そうと速度を増す。
それに慌てる事なく荷物を下に置き1歩2歩と前に進み対峙する。
勢いを増し巨体が迫るが、
「よっと。」
右から蹴りを放つ、勢いをそのままサラの横に抜け木にぶつかり倒れた猪に近づくと頭を掴みそのまま横に曲げ骨を折る。
下に置いた荷物を拾い、猪を片手で持ち上げ近くの川へ歩き出す。
「早く冷やさなきゃ傷むからなぁ。」
気軽な口調で水音がする方向へ急ぐ、小屋近くへと繋がっている川だ。
猪の腹をナイフで裂きそのまま川に沈め、また瓢箪の中身を1口飲みナイフを眺める。
「アンリの物勝手に持ってきたけど悪くない切れ味だね、頼んだらくれないかな。」
笑いそんな事を言いながら木の幹に背中を預け周囲を見渡しまた食材を探し始める事にした。
アンリが机に広がるようにだらけていると声がした。
「戻ったよ。」
「あぁ、おかえり、何か取れた?」
そこで顔をあげ声の方に向き直る。
「大物だよ、解体手伝ってくれよ。」
サラの笑顔がそこにあった。
空が夕に染まる頃調理を始める。
調理場には水の入った鍋が一つと網がありその下に薄い石のような物がある。
鍋の横には解体した大きめの肉と果実や野菜があり調味料を並べ準備は出来ていた。
先程まで猪の毛皮を剥いだり部位事に解体をしていたので少し疲れているが自分の役割はここからだ。
サラは川で水浴びを終え髪を梳かしながらのんびりしている。
火の調整がコンロじゃなく魔具と呼ばれる石なのが不安だったが調理を開始すると思いの外便利だった。
「これは火の管理が楽だな。」
帰れるなら元の世界に持っていきたいと思う程だ。
肉を厚めに切り塩を振り臭みと余分な水を抜いておき、玉ねぎを薄くスライスした物で挟んでおく。
切った野菜を軽く茹で水を切り、茹でたジャガイモの皮を剥き深めの皿で潰し酢と塩胡椒を和え冷ます為に横に置く。
「マスタードがあれば・・・。」
そんな事を言いながら暇過ぎて作ったマヨネーズと茹でた野菜を和え、ポテトサラダを作っていると声がきた。
「そういえば疑問があってね、自分のスキルは分かるかい?」
その言葉に首を傾げるとそれに納得したのかまた言葉がくる。
「スキルは皆一つは持ってるものだ、アンリは多分だが危険回避が出来るスキルの筈なんだか・・・」
「そんな事言われても分からないよ。」
正直心当たりが無かったから答えは出ないので代わりに、
「サラのスキルは?」
「私のは大したスキルじゃないよ、ただ真贋が分かる位さ。」
「真贋?」
「わかりやすく言うなら偽物や嘘が分かるって事だ。」
なるほどと納得する。
「俺のスキルは何だろ・・・」
「まぁシスターに会えば鑑定してもらえるから気にするな。」
大事っぽい話しなのに打ち切られてしまった、それを残念に思いながら調理を進める。
肉を網で焼き皿に乗せその上を皿で覆う、余熱が入ったら胡椒を少し掛け1口サイズに切り分け皿に盛り付け柑橘の絞り汁をかけておく、ラードで炒めた野菜を乗せ横に塩と野草を乾かし粉にして混ぜた物を置き今日の料理が完成した。
もう少しこだわりたかったが初日から頑張りすぎると続かないと思い運び出し机に乗せるとサラから声がきた。
「手が込んでるね、焼くだけかと思ってたよ。」
「それは調理とは言わないだろ?今日は簡単なお試しだから感想聞かせてくれよ。」
結果は上出来だった。味の好みに差が無くて良かった。
特にマヨネーズが気に入ったようで作り方を教えとく、ホイッパーが無いから箸を束ねて作るしかないのだが。
今まで調味料は基本塩胡椒しか使わなかったらしく色んな味に喜んでいるのが可愛らしい、その姿から調理に関してこだわりが少ないのだろうと理解出来た。
「これも美味いよ、料理得意なんだな。」
「そこそこだと思うけど。」
肉をつつきながら言葉がくる。
「悪くない、むしろ良い味だ、これが続くなら幸せだな。」
照れるような事を平気で言われた、それを誤魔化すように、
「元の世界では金が無くて色々試したからな、ここで活かせて良かったよ。」
調理士の免許は取ったがその道で挫折したのは黙っておく事にした。
「何で調味料あるのに使わないんだ?」
「使い方がわからないんだよ、私達は基本食えれば良いって思ってるからさ。あれも適当に揃えたものだから使い道が出来て良かったよ。」
「そっか、でも俺が作る間はそんな物出さないからな。」
「明日から楽しみだね、期待してるよ。」
その言葉に任せとけと頷く。
サラは瓢箪から液体を煽り肉を食べながらこちらに向き、懐から俺のナイフを出す。
「これくれないか?使ってみたけどいい物だし駄目かい?」
「サラが持ってたのか、探したんだぞ。」
少し悩んだが恩人の願いだと思い、
「良いよ。ちゃんと手入れして使ってくれ。」
その言葉にありがとなと言い嬉しそうな顔が見えこっちも嬉しくなる。
「話変わるけどサラはイメージと違うね、鬼はもっと怖いと思ってたよ。」
「人を襲うからかい?それなら人同士争うだろう、でも友人のように接する者もいる。それと同じさ。
何でも巡り合わせだ、それが悪ければ襲うし良ければ分かり合える。そんなものだよ。」
「ならサラとこうして居られるのは運が良かったって事か。」
「そういう事だね。」
笑いながら心底良かったと思い神に感謝する。
後日知った事だが調味料は森を抜ける街道で不運な商人から奪った物だった・・・。
片付けが終わり夜が深くなったがそこから先が失敗した。
サラがいつも持っている瓢箪の中身は酒だった、水を入れて振れば酒になる魔具だったのだ。
それを飲んだが度が強い、確かに美味いが飲み過ぎてあっという間に天地が分からなくなり倒れ付す。
やばい、地面はどっちだ・・・。
そこで意識が途絶えた。