受難
プラタの従者であるニームは樹木の上で楽しげに微笑んでいるラズから視線を逸らす。
耳を澄ませば遠く戦闘の音が聞こえ今なお同胞達による抗戦が行われているのがわかり駆け付けたくなる衝動を抑えた。
「そろそろロイズさんに次を誘導してもらわないといけませんね。」
「あのラズ様・・・。もう充分では無いでしょうか?」
周囲に幾つも蓑虫のように吊るされたまま息絶えた獣人が揺れる中ラズはニームを視界に収めると首を横に振る。
「まだやっていない事が沢山ありますよ?例えば・・・。」
ラズはニームが出した毒を瓶に詰めた物を手にすると糸で拘束した鬼熊族の戦士の頭を木に打ち付け固定し眼球に毒を垂らす。
口を縫い合わされている為声はくぐもった呻きになり首を激しく振りながら激痛を表す姿をラズは満足気に眺め頷く。
「部位によっては1滴でも効果的とわかりましたね。このように色々試さなければわからないことがあるのですよ。」
「はぁ。」
「気の抜けた返事ですね。彼等の痛み、苦しみから抗う姿をちゃん見ていましたか?そのような態度では散る命に失礼です。」
ニームはすいません、と頭を下げるも目の前で行なわれる行為に顔を青ざめさせていた。
獣人達は憎む敵だが今やっている事は戦士に対する行いではないと思う。
それを止められないのは単純にラズが怖いからであり自身の弱さが原因だ。
ニームの思いを知らぬラズは鬼熊族の頬を短刀で突き刺しひねるように開くと残る毒を垂らす。激しく暴れていた身体が動かなくなるまで観察した後興味を失ったのか視線を外し紙にメモをする。
「やはり怪我をさせなければ死ぬ事はないようです。足止めなら噴霧で良いのですが殺すとなると矢に塗る方が効果的ですか・・・。」
「獣人族の多くは毒耐性を持つのでそれも難しいかと・・・。」
ラズは1つ手を叩きニームの手を取る。
「では次はどこを狙えば効率いいか試しますから頑張りましょう。」
武装帝国の中心にあるギルドの本部内の執務室でクラシスは連絡係のフィンから渡された書類に目を通していた。通信魔具からも新たな情報が入りその全てを確認するとその中に1つ見慣れない送り主があり嫌な予感を感じる。
1つ呼吸を挟み気持ちを落ち着け文面を開く。
送り主 ソドム教会
鬼にやられた怪我は治ったか?
お前が落としたギルドの内部調査書を預かっている。
なかなか取りに来ないから欲しそうな国に売りつけようと思ってるがいいか?駄目なら急いで来い。
私は気が長くないからのんびりしてると面倒になるかもな。
PS.布施も持ってこいよ。神に感謝を伝えるなら祈りより供物が喜ばれる。
クラシスは頭を抑え深く呼吸をしもう一度文面を復唱するように読み返す。
これはマズイ・・・。ギルドから情報漏洩が起きたなど噂が立つと今後の仕事にも信頼にも影響がでるかもしれん。
自分に原因があるのも理解した所で倒れるように机に頭を打ち付けた。
「マスター遂にご乱心ですか!?」
「遂にとはなんだ・・・。急ぎソドムに向かう。転移魔具の使用申請を神官達に通しといてくれ・・・。それと直ぐ合流出来る上級以上のギルドメンバーを神殿に集めておくように。」
「それ程急ぎの用を忘れていたなんて信じられません!奥様に報告してもいいですか?」
クラシスはガバッと起き上がり手を前に出し待てのポーズをとる。
「お土産を買ってこよう。君が欲しがっていたハーピーの羽飾りの帽子と羽ペンでどうだ?」
「素晴らしい英断と判断します。この話を漏らさぬ為には猫又印の肉球スタンプも付ければ完璧と進言しましょう。」
「任せてくれ。色は君が好きな緑と黄色を約束しよう。」
フィンは無言で頷き親指を立て部屋を後にする。
姿が消えるまで笑顔で見送ったクラシスは窓を勢いよく空け絶叫した。
陽が傾き森を赤く染める中、ナイトーさんの背に乗るアンリ、イマル、アキナは揺られながら虫人族の下へ向かう。
「だ、大丈夫かな?いきなり襲われたら無抵抗主義で何とかなるかな?」
「兄さんを盾に俺達は逃げるんで今の内に言い残す事があれば聞いときますよっと。」
「アンリさんは虫人族を保護した良い人だから大丈夫デスヨ。」
アンリははぁ、と溜息をこぼすが虫人族に対して行った事を思えば仕方ない事である。
それを知らない2人の気軽で変わらぬ態度が羨ましいと思いつつ気持ちを切り替える。
「守ってくれとは言わないが仲裁だけは頼むぞ。後は俺が適当にだまくらか・・・説得する。」
「兄さん本音漏れすぎて不安が募りましたわ。」
「アンリさん正直デスからネ。本音を言わないだけデ。」
「俺のいた国は本音と建前は別だからな。」
アンリはハハハ、と笑いまた溜息をこぼす。
しばらく進み木々が密集した地域に入った所にプラタはいた。子供達と護衛に付けていた部下達と共に木の上に新たなコロニーを作っているようだ。
「お、お疲れ様。ニームを借りて悪かったな。」
片手を上げ挨拶したアンリを一瞥したプラタは顔を背け作業を進める。アンリに隠れたイマルが背をつつき、
「兄さん、兄さんなんか怒ってますよ?何かしたんですか?」
「何かしたというか・・・けしかけたというか・・・。」
「コソコソ喋るな!忙しいのが見てわからんか!?」
3人はビクッと震えナイトーさんの背にしがみつく。
「いやその、プラタさん話があって・・・。住居作りはこの2人と部下達が手伝うから時間を作ってくれないかなぁっと。」
「・・・いいだろう。なら貴様達、我等がコロニーを作るのだから手を抜くなよ?」
「はいデス。安心安全、迅速行動デス。」
2人はナイトーさんの背から降り手を鳴らすと木々の間からそれぞれの部下が現れる。
「ではでは、こちらはお任せあれ。お2人はデートを楽しんで来てください。」
「・・・・・・。」
「デートじゃないから黙らないで!?」
プラタはしぶしぶナイトーさんの背に乗りアンリを睨む。
「おかしな行動をしたら容赦なく針を突き刺すからな。」
「イエッサー、じゃあ行こうか。」
ナイトーさんがトコトコ歩きだすとプラタは疑問が浮かぶ。
殺されると思わなかったのか・・・。それとも気にしない程度の些事だと思っているのか?もしそうなら殺す、例え報復があろうと同胞達への侮辱は許せん。
小さく息をのみ口を開く、
「やはりお前を許せんからここで殺すと言ったらどうする?」
「・・・それはない、殺されるとしたら訪れた時だと思っていた。それを抑えた貴女は感情に任せる人ではなく理性で行動する人だ。
俺を今殺すならば何か追加の理由が必要だからやはり有り得ない。」
「気に食わん・・・が、その通りだな、ならばこう言おう。何故我等を利用した?
他にも手はあった筈・・・なのに何故我等だったのだ・・・。」
言葉尻は小さくなり言葉にした事に後悔が湧くがそれでも長として問わねばならない事だと思う。
プラタは1つ呼吸をし気持ちを立て直す。
「答えて貰うぞ、返答によっては・・・」
「虫人族の所だけじゃない。」
言葉が遮られた事、聞こえた言葉の意味で渦巻いていた感情が停止した。
「え・・・?」
「他も利用している、そう言ったんだ。もう使えない策もあれば状況によっては使わざる得ない仕込みもある。そして使った策の1つがプラタさんの所だった。」
アンリはここが生死を分ける分岐点だとスキルの警告から感じている。
唾を飲み込み轡を握る手が震えるのを抑え言葉を続ける。
「先程も言ったが俺はこういう戦い方しか出来ない。しないのではなく出来ないだ。
それでも仲間を守る為に他の全てを利用すると決めた以上容赦も手段も選ぶ余裕が俺にはないんだ。」
プラタは言葉を聞き思う。
我等は戦いに真剣だったのか?この男程考え手を尽くしたと言えるだけ本気で取り組んでいたか?
否、我等はただ数を集め地の利任せだったではないか。
利用された事は悔しいがそれがこの人間の真剣な行動だと思えば少しだが納得出来る。
「他の策も聞こう。アンリ、お前の戦士としての戦い方を私も学びたい。」
「俺のというよりカイネと考えてるんだがな。それでもいいなら話すよ。」
再びコロニーへ戻るまで2人は戦略談話をする。
暗くなった森を抜けコロニーに辿り着くとプラタはナイトーさんの背から降り頭を撫でアンリに振り向き、
「有意義な時間ではあったがイカレてると言われないか?」
「たまに・・・、最近よく言われてる気もする。」
プラタはそうか、と呟き哀れんだ目をアンリに向け小さく首を横に振り無言で子供達の下へ歩を進める。
入れ替わるようにイマルとアキナがナイトーさんに乗ったのを確認してから木々を見上げ溜息をこぼした。
「最後のあれ傷ついた・・・。」
アンリは2人に慰められながら家に向かった。




