葛藤
開戦から5日が過ぎの虫人族のコロニーは荒れ果てていた。
3日目までは互角に戦えていたが地の利を崩された今は平地で戦う甲殻族、蟻人族も数に押され次第に数を減らしつつある。
「これでは戦線を維持出来ぬ・・・。」
ライが零す言葉の間にもまた1人槍に貫かれ息絶えた。
初めから差があった兵力差は今や取り返しがつかない程広がり残る虫人族は1万程になっていた。
「ライ殿!今は撤退するしかないかと。」
「わかっておる。全員引け!!神木に集い密を高めよ。」
撤退を援護していた妖蜂族がいる木が倒され落ちてくる。それを獣人族が囲み雄叫びと共に剣を振るった。
「虫ケラ共が引いていくぞ。殺せ!殺せ!殺せ!歯向かう敵に情けはいらん!!」
「虫ケラ共に死を!!」
獣人族の侵攻が再び始まる。
「押し切られるか・・・。」
プラタは柵を設けた自陣の中で自身が作る毒針を矢に番え放つ。撤退してきた虫人族の援護をしながらも戦局が絶望的になり全滅か服従を選ばなければならなくなった事を理解した。
子供達を此処に残さなくて良かった・・・。
独断で決めた事だがその判断は間違っていなかったといえる。
覚悟を決め、
「この中に命の惜しい者はいるか!?獣人共の下走りでも生きたいと思う者はいるか!?」
数秒の沈黙、互いに顔を見合わせる同胞達が胸を張り、
「「「おりません!!!」」」
「ならばここからが我等の戦いよ。遠く離れた子供達に届く武勇を見せつけろ!!」
雄叫びがあがり落ちきっていた士気が再び高まった。
まだ戦えると思い全員に伝わるように大きく頷く。
「流石ですなぁ。しかしプラタ殿はここから引いて下さい。」
「その通りです。此処に残るは我等だけで充分でしょう。」
プラタは目の前で片膝を付いたワグールとライの言葉に声を詰まらせた。
「なっ、何を言う?私が始めた戦いだぞ!最後まで戦わないなどあるものか!!」
「それでも引いて下さい。貴女には汚名を被せる事になりますが子供達の未来を担って頂きたい。」
「この場は我等の負けです。ですがまだ次がある。貴女が生き残らなければ次も無いのです。どうか理解して下さい。」
プラタは首を横に振り口を開こうとした。
怒りもあり、悲しみもある。だがそれらを上回る覚悟を秘めた顔が目の前にあった。
2人から言われなくても理解していた。
どう足掻いてもこの場は負けると、そしてこの後の戦いがどうあれ虫人族の今の地位は失われる事も。
逃がした子供達は同胞にとって宝であり紡ぐべきものである事も理解している。
「それでも・・・。それでもこれは私が始めた戦いだ。後を紡ぐ役目は他にもいよう。」
「いえ、適任はおらず責任をとれる者も貴女しかおりません。始めた責任を思うなら無様でも生き抜き事の終わりまで見届けて下さい。」
ライは立ち上がりプラタから背を向ける。背後に集いつつある同胞達へ声を出す為だ。
大きく息を吸い、
「プラタ殿にはこの場を離れてもらう!我等が宝を未来を任せられるのは偉大な女王しかいない。全員時間を稼ぐ為に死んでくれ!!」
静寂が生まれ示し合わせたように全員が片膝を付き敬意を示す。
「未来の為にお引き下さい。それが貴女の責任です。」
ワグールの言葉に合わせ全員が頷いた。
「ここは極楽です~。ずっと居たいなぁ。」
レウは朝風呂に浸かっていた。フフフ、と笑い横に置かれた石鹸に手を伸ばす。
「お店で売って無い柑橘系の香りですね。」
「皮を潰して作るんだが面倒らしくて個人用しか作ってないからな。欲しいならアンリに言えば分けてくれる。」
「サラ様!?すぐ出ますので少々お時間を下さい!」
レウの慌てようを無視してサラは別の石鹸を泡立てる。
「カイネとアンリが画策し始めたから暇でな。気にせずゆっくりしてろ。」
「何かあったのですか?」
サラは泡を湯で流し湯船に浸かると頷く。
「ロイズからプラタが数名の従者を連れて此処に向かってると連絡があった。
そんな事よりレウは何時まで此処にいるんだ?」
「いや、お恥ずかしながら居心地が良くて・・・。食事は美味しいですしお風呂も掃除も洗濯も全てやってくれるので家に帰りたくなくなりますね。」
「まぁわかる。アンリがいなくなればこの生活も終わりと思うと手放せん。」
2人は視線を合わせ笑みを零す。
ラズは短刀を腰に差し1つ伸びをする。目の前ではカイネとアンリが地図とメモを机に置き考え込んでいた。
「面倒ならプラタさんを殺しましょうか?私が行きますよ。」
「駄目だ。虫人族は充分利用させてもらった以上彼等の意思を尊重したい。」
カイネは頬に手を当てアンリを見る。
「お人好しめ、消えてもらった方が今後が楽だろうが・・・。」
「わかっているがプラタは獣人達の情報を持っている。それにロイズからの懇願なら聞かない訳にはいかないだろうが。」
カイネもまぁなと頷く。そこに朝食を食べていたヴァンが首を傾げ声を出す。
「何故迷うんですか?戦力として妖蜂族の長なら充分過ぎる価値があるのでは?」
カイネとラズは頭に手を当ててから哀れんだ視線を向け溜息を付く。
「お前は表面しか見てないからそう思うんだろう。縦社会を築いだ長が来たなら保護している虫人族はどっちに従うと思う。」
「あぁ、なるほど。でも此処に向かってるって事は負けたって事ですよね。敗戦を招いた長に従わないのでは?」
「籠城させないようにアンリさんが仕組んだのですから敗戦は当然です。勝ち目が減っても人が離れない、それ程慕われた長なのですよ。」
アンリの構想で一番警戒したのは虫人族が固く守る事だった。
そうなれば獣人達は戦力を減らす事なく矛先を俺達に向ける可能性があった為子供を引き取る事で虫人族から守りの選択肢を無くし玉砕覚悟で獣人族の数を減らしてもらいたかった。
「軽蔑してくれていい。子を思う親の気持ちを利用して俺は準備を整える時間と戦力を作ったのだから。」
ヴァンはいえ、と理解を示しカイネは苛立ちを隠さず口にする。
「全滅してくれてれば仇討ちとでも吹き込みガキ共に弩を与え兵士にする予定だった。だがプラタが生き残った以上思い通りには使えん。」
「予定通りにならなくて嫌になるな・・・。」
アンリは愚痴をこぼし紙に指示を書き転移でロイズに送る。
「プラタを招き次第交渉に入る。最悪戦略を考えなおす事になると思っておいてくれ。」
「交渉終了まで子供達を護送しているハーピー達を止めますか?」
アンリは首を横に振り否定する。
「保護すると言ったのは俺からだ。こちらの事情で覆す事はしない。」
「お人好しめ。」
カイネの呟きでこの場の話し合いは終わった。
遠く後方で戦いの音が届く中、ロイズはプラタと相対していた。
上級に分類される妖蜂族の長なら最上級と遜色ないと思いロイズは最大限の敬意を表す。
「幻影族の長よ顔を上げろ。要件があるなら手短に頼む我等は急いでいるのだ。」
「こちらを、アンリさんからです。」
プラタはその名に聞き覚えがあり僅かに狼狽える。
手紙を受け取り内容を確認しロイズに視線を合わせた。
「貴方はあの集落の住人か。」
「はい。アンリさんを信じてくれるならばこの場でお待ち下さい。」
プラタが頷き緊張から解放されたロイズは肩の力を抜き1つ吐息をこぼす。数分後に右腕に書かれた転移魔術が青く光りそこから別人の手が生え地に新たな転移魔術を起動させた。
「これは・・・?」
「アンリさんの下へ通じています。この大きさだとそれほど持たないのでお早く。」
プラタ達はその言葉に慌てて転移魔術の上に移動した。




