教会 ~前触れ~
教会内には普段の閑散とした雰囲気はなく椅子に座り談笑をしながら食事と酒を呑む人で溢れている。
その喧騒から扉を挟んだ部屋で机を囲み食事をしているサラ、カイネ、ラズ、レウの四人がいた。
「ハーピー達の所にもお客さん並んでましたし今回も盛況ですね。アンリさんのお店私達も楽しみにしているんですよ。」
レウは自分の後ろに置いた荷物を手に取り広げる。
今日一番の収穫は甘い香りのする魚の燻製だ。既に味が付いているようで付属してある濃縮した出汁と水を合わせて米を炊けばいいと説明された物だ。
「ほしい物があるなら早めに来ないと無いですし最近日曜日はやっていないので今日来れて良かったです。」
「必要なら直接買いに来い。今はハーピー族の住処近くの泉にいるからな。」
「それでは駄目です。来る度に新しい物があるから良いんじゃないですか。」
サラは首を傾げるがラズは納得したように頷く。
「サラさんは手伝わないから知らないですが取れる物によって品物を変えてますからね。」
「アンリの工夫に気付かなかったのか?それに言えば何でも用意する程甘いのはサラにだけだ。」
サラは胸を張り酒を口に含み頷く。
「アンリとはそういう約束だからな。あの日アイツに会えて良かった。」
おぉと皆が冷かそうとした時扉が開きアンリが小鉢と肉を乗せた皿を持って現れた。
「今回のはどうだ?餃子ばかりで飽きると思って口直しを持ってきた。」
アンリが今回作った餃子は猪肉と鹿肉を混ぜネギ、ニンニク、中華調味料風で味を付けた物をベースに数種類あるが油を使うためクドさを感じる。
それを何とかする為目をつけた物を机に置く。
「小さいですが金柑ですね」
レウはまだ食べるには時期として早い筈と思うがアンリが出した以上何かあるのだろう。
1つ手に取り口に含むとまず甘さが舌に伝わる。それに押されるように噛む事で柑橘類特有の酸味と渋味が口に広がり油のクドさを洗い流すのがわかった。
「砂糖に漬けたのですか・・・?」
「あぁ、そのままでは餃子の味を壊すからな。酸味が強いから切り込みを入れて中まで浸かるようにした。」
柑橘類は傷を付ければ痛みが早くなるそれを最高の味で出す為にどれほどの時間と工夫をしたのだろうか・・・。
金柑のある所を見つけるのも苦労した筈だ。魔獣彷徨く森をアテもなく探し回る事になったでしょう。
レウは頷き、もう1つ金柑を食べ更に頷く。
「素晴らしい心遣いお見事です。」
アンリが一礼しそれに会釈で応える。
「で、こっちがサラが好みそうなステーキ。鹿肉だが鉄蓋を駆使して普段よりも柔らかく仕上げたから味見してくれ。」
「口直しに肉とは私をよく理解している。」
サラは受け取りソースを肉に絡ませ口に含む。
口の中で広がる味は蜂蜜とバター。醤油の香りも僅かに残る肉は柔らかく鹿肉を焼いた際の固さは感じられない。
「最高の焼き加減だ。これからはこの焼き方で頼む。」
「私達には無いのか?神の家でその使徒を蔑ろにすると天罰が落ちるぞ。」
「もちろんあるが1人で持つには多くてな。天罰も落ちるならカイネが先だからまだ安心出来る。」
アンリが扉に声をかけるとリルトが残りの皿をトレーに乗せて現れそれぞれの前に置き一礼して立ち去る。
アンリも続くように扉に向かう。4人が見送り扉が閉まるとラズが肉を口に運び頷く。
「美味しいですね。焼き加減だけでこうも変わりますか・・・。」
「皆様は普段からこういう物を食べてるのですか?その・・・これすっごく美味しいので羨ましいです。」
サラとラズは頷きカイネは2人を睨む。
「ずるいよな。教会に住んでる私とフランにも持ってこいって話だ。」
「昼は送ってもらってるだろう。」
「アンリさんが帰る時教会に転移魔術を仕込んでいくそうですから期待していいのでは?」
カイネがガタッと立ち上がりラズの肩を掴む。
「本当か?本当なんだろうな!?あぁ神様ありがとう明日から礼拝を3分伸ばすから期待してろ。」
「感謝の言葉がおかしいですよ。」
カイネはラズの言葉に肩を竦め椅子に戻る。
「神は寛大だからこんなもんで良いんだよ。感謝し過ぎると次が困るだろう?」
3人は無視して食事を再開した。
リノアはアンリの横でメモ片手に調理を手伝う。
客人扱いが終わり食事を作って貰えなくなり同胞から泣きそうになる程怒られたからだ。
交渉に食事を組み込むべきでした。あの場の空気に流され最善だと思いましたがこんな落とし穴があるとは・・・。
「夜魔姉邪魔だからそこどいて。あと餡が無くなるから混ぜといてくれ。」
「あっはい。」
えっと、とメモを見返し分量を確認して肉餡を作り皮に包んでいるエルフ達に渡す。
手を洗い鉄板で作業をしているアンリの側に戻ると以前からの疑問を口にした。
「アンリは何故回復と転移を学んだのですか?」
転移魔術は閉じる際切断する事を利用した処刑が行われた時代があり消費魔力量も多く避ける傾向により使い手が殆どいない。
回復魔術もある程度なら薬で何とかするのが主流で収納魔具の普及によりその傾向が強くなった今、使い手は人間の国お抱えの治療班位の筈である。
なのでその2つを選んだ理由がリノアにはどうしても理解出来ない。
「適正がその2つだからな。他にもあったのかもしれないが攻撃出来ないから覚えても仕方ないだろう?」
「そうでしたね・・・。あの失礼ですが不便ではないですか?」
アンリは首を横に振る。鉄板に水をかけ蓋をしてから振り返る。
何を馬鹿な事をとも思うが自分以外にはない制約なら理解出来なくても仕方ないかと口を開く。
「選択する手間が省けて逃げる事に集中出来るから気にならん。後はサラに頼めば何とかしてくれるから問題ないよ。」
リノアはしばし唖然とした。
発想も視点も違う人ですね。失った事に悲観し足掻くのではなく切り捨てる事を良しとした。
「なかなか出来る事ではありませんね・・・。」
私には出来ないでしょうと思う。きっとかつてを思い出しなんとかしようと躍起になるのが目に見えている。
ん?と首を傾げるアンリに微笑み肩を掴み鉄板に向かせる。
「何でもありませんよ。さぁお客さんが待っていますから頑張って下さい。」
「と、まぁこんな所ですね。」
机に広げた地図を示したレウは駒を森の中心近くに印した側に置く。
「来週中には獣人族の進行は妖蜂族の長プラタのコロニーに侵攻するでしょう。彼女も形振り構わず虫人族を集め対抗するつもりの様ですが数が違い過ぎます。」
「土蜘蛛族は動かなかったか・・・。クソ、あの引きこもり共が。」
カイネの悪態にラズも首を捻る。
「静観する程余裕があるとは思えませんから密約でも交わしたと考えるべきでしょう。」
とはいえ、と続け地図に印したハーピー族の住処を指で示し頬に手を当てる。
「コロニーが落ちたなら2週間程で次は私達ですね・・・。」
「どれほど耐えるかだけで確実に落ちる。これは確定している事だ。」
カイネも頭に手を当てサラを覗きみる。気にした様子もなく瓢箪から酒を呑んでいる姿は流石鬼だと思う。
「なんだ?来るなら迎え撃つだけだ。私に出来る事は他にない。」
「サラに戦略性を求めるのは間違いだな。アンリと相談する。」
レウが首を捻りカイネを伺うように見て、
「アンリさんは戦略に聡い方ですか?」
「いや、だがある意味怪物だ。思考がぶっ飛んでるから思いもよらない事を平然とやろうとする。」
2人が深く頷くのを見てレウも何となく理解した。
「皆様大変ですね・・・。」
その言葉に3人が天井を見上げ溜息をついた。




