人魔大戦 〜北側戦局 ②〜
星空を遮る葉群れの下、死霊族と傭兵団の戦いは始まっていた。
森にある丘を土台に木柵と土嚢で作り上げた簡易の防衛拠点から放たれるのは、対魔の術式を付与した銃撃だ。
断続的な射撃を指揮するフードを被った初老の男は足を失い這いずり迫る相手を指差す。
「死体は程良く水分が抜け、ガスも含み、よく燃えるから火を使えれば楽なんなんだがねぇ・・・。」
「駄目ですよシャウラ副長代理。手札に森林火災の対処方法がありません。」
「わかってるよヒルデさん。というか貴女は戦闘員ではないのだからさっさと帰宅しても良いんだよ。」
「いえ、ルフラの御歴々からこの地の戦果報告の依頼も受けているので調書をまとめられる戦果が得られる迄は帰れないんです。」
難儀だねぇ。と顎髭を撫でながら笑うシャウラは、切断系術式を展開させると躙り寄って来る敵に放ち輪切りにする。
「とはいえ、彼等は既に生命の枠外にいるからねぇ。頭を潰そうと心臓を撃ち抜こうと動きを止めない怪物相手に成果なんてそうそう・・・。」
「貴方なら出来るでしょう。それが可能だからこその副長代理の立場です。」
黒に染められた森から現れる敵を視認するより早く銃撃の指揮を飛ばしたシャウラは肩を竦める。
「ただただ戦歴が長いだけのしがないおじさんを買いかぶり過ぎるのは良くない。うん、良くないぞ。」
「謙遜を・・・。」
暗闇から次々と姿を表す敵の先回りするかのように指示を飛ばし続けるシャウラを『狸ね。』と内心で思うヒルデはその背を見る。
古くから傭兵団に名を連ねてはいたのは知っているけどご意見番に近い立場で、戦場に立った話は聞いた事が無かった・・・でもこの人こそ埒外の化物ね。
完全な防衛拠点とはいえないまでも、短い時間と限られた物資で要所を固める陣地を作成した事は勿論、建設と索敵に優れたスキルを駆使し不死者の進軍を止めきる手腕は見事としか言えないわ。
ヒルデの思考の間にも手慣れた作業のように進む戦場で足を失い木柵の外で這いずる死霊族達の群れに魔術師達が術を投じ片付けていく。
隣の拠点でも、死霊族もろとも木々や巨石事と網で巻き込み動きを止め、新たな防壁の代用にしている所もある。
「ロイさんやナキさんが指揮を取るならこうはいかないでしょう。」
「ハハ、団長達は実働タイプだからねぇ。人を動かすより自分で片を付けてくる方が早いって人達だもの。」
「脳筋って事ですね。」
「まだまだ若いって事にしてあげるのが優しさだよ。」
笑いながら野戦砲の部隊に森の中の狙うべき方向を指差す。
「こっちから敵さんの大群が来てるみたいだから少し撃ち込んでおこうか。」
「「「了解です!!!」」」
牛馬を操り砲車ごと野戦砲の位置を変える動きが生まれる。砲弾と火薬の装填と準備を終えた合図の為に1人が敬礼と共に声を作る。
「シャウラ副長代理指揮官!」
「呼びにくいからおじさんで良いよ〜。」
「いえ、あの・・・シャウラ様でどうか。」
「礼儀正しいねぇ。うん、どんどん撃っていいよ。砲身を冷やすのも忘れないようにねぇ。」
笑うシャウラの横で耳を塞ぎ口を開け後ろに下がるヒルデは、断続的に撃ち込まれる砲弾の破砕音と、油を用い砲身を冷やす臭いから戦場の熱が増していく感覚に包まれていく。
死霊族と傭兵団の激突地点から僅かに北に移動した地でも別の戦闘が行われていた。
剣を片手に木々を縫い移動し、迫る死霊族の身体を切り伏せていく男の戦闘を木陰に隠れ覗くように観察していたアンリは、ふむ、と顎に手を当てた。
死霊族の戦い方を見ておきたいと思い帰還を遅らせ足を運んだが中々収穫ある見物で何よりだ。
男の腰に付けられたランプが照らす範囲のみでその動きの全てを捉えられている訳では無いが、振り上げられた剣の軌道に沿い飛ぶ腕や肉片の陰影から思考を加速させる。
こう暗く遠目で誰かはわからないが、かなり強い。少なくとも俺なら2秒で殺されるな。まぁ誰が相手でもそんなもんだから比較にはならんが、あの数の死霊族をものともしないのだから強いのは確かだろう。
情報収集も兼ねて男にコンタクトを取るかどうかを悩むアンリは、視線をそのまま背後に向け言葉をかける。
「誰か知らないが背後に立つとは礼儀がなっていない。何か要件があるなら姿を表しなさい。」
「おや、流石アンリ様。気配を殺した隠密に気付かれているとは。」
「カリオストさんか・・・こんな所にやってくるとはサボりかな?エミちゃんには内緒にしといてやるから少し話そうぜ。」
暗闇が揺らぎ姿を作るカリオストは、手招きするアンリの背を見る。
暗闇の中、木陰に隠れ覗きをする魔王・・・文字にすると駄目の象徴そのものですな。
「なんか失礼な事考えてない?」
「いえ何も。ただ見たままを真摯に受け止めただけですのでお気になさらず。」
「そうか・・・なんか憐れみの視線を受けた気がしたけどまぁ良いや。あそこで戦っているのは誰か教えてくれる?」
「傭兵団の長、ロイですね。大物ですよ。」
マジかよ。と呟き、一歩前に出ようと足を踏み出したアンリの肩を掴む。
「お待ち下さい。」
「なんで?今後の良き関係構築の為にご挨拶と名刺交換くらいさせてくれても・・・。」
「駄目です。というより向かえば斬られます。そのような醜態を晒されるなら私がその背を貫きます。」
「・・・わかった。カリオストさんが先に名刺交換したいんだな。
確かにビジネスに於いて先に出会うのは大きなアドバンテージとなり得る事もある。ここは譲るよ。」
朗らかな笑顔で、どうぞ。と譲られた動きを見て、額に手を当てたカリオストは、大きくため息をつく。
相変わらず・・・いえ、ここは、流石と評するべきでしょうか。しかし、この狂人を相手にどのような言葉を尽くせば良いのか・・・魔王の一角が敵に殺されたとなれば士気に関わってしまうというのに・・・。
鈍い汗と共に動きを止めたカリオストに首を傾げたアンリは、己の言動を振り返り、彼を戸惑わせてしまうおかしな点があったのかを考える。
ビジネス以外に先に出会う事で優位になる事・・・その上で彼がはっきりとした意見を口に出来ない内容・・・そうか恋愛感情か!
確かに恋は先着順にチャンスはある。己のアピール時間と機会は多い方がいいからな。
そして恋愛感情の鬱積は得てして殺害動機に繋がりやすい側面もあるものだ。そう思えばカリオストさんが俺の背を貫くと言ったのも納得出来る。
ウンウン、と頷くアンリは、カリオストの肩を叩き親指を上げたポーズで歯を見せる笑顔で言葉を続ける。
「思えば俺は偏執だったのだね。金の為とはいえ貴方に誤解を与え、懸念を抱かせてしまった。これこそあってはならない事だ。」
「アンリ様・・・?」
「だがその憂いはここで終わるとも。俺は、貴方の恋路を邪魔しない。応援もする。そして祝福をしよう。さぁ勇気を出して行ってらっしゃい。」
拍手と共に送り出される状況に狼狽えたカリオストは、衝動的にアンリの顎に右フックを引っ掛けその意識を外に追いやった。
「あっ・・・思わず手を出してしまいました・・・。」
生い茂る木々を舞うように避け、囲む死霊族を切り伏せていくロイは、木々を薙ぎ倒し迫る風切り音と断たれた幹の倒木音に即座の回避行動に移った。
枯れ葉を散らし体勢を整えるロイに迫る死霊族の群れの脛を薙ぎ払い息をつく。
この馬鹿げた魔力量・・・エミルか。
喉を鳴らし、薙ぎ倒され拓けた空からの月光を受け銀髪を輝かせるエミルを見ると深く紅い瞳が細く笑みに形作られた。
「貴方の顔は知ってるよ。ロイね。」
「あぁ、あんたはエミルだろ?領土を間違えてるようだからさっさと帰りな。滞在費も通行税も免除してやるからよ。」
「ふふ、そんな人間の決め事なんて踏み倒すに決まってるじゃない。」
歪に吊り上がる口端と膨れ上がる殺意を前に正眼に剣を構えたロイは、呼吸を整え戦闘に備える。




