人魔大戦 〜北側戦局 ①〜
満天の星空の下、月の光が届かぬ深い森を進軍していく者達がいる。
道無き道を歩む足取りは行軍の疲れを見せず一定で、号令の1つも無い暗闇で乱れも無い。
理想の軍隊そのものの行軍を取り続ける彼等は、皆一様に生気の無い表情で虚空を見つめ草木をかき分け、道を作り進んでいく。
その進軍の列、中央付近で木々を縫うように先へ飛翔する同族達を見送るエミルは振り返り、毛皮にくるまる震えるアンリを視界に収め先程の問いに対しての言葉を送る。
「突然やってきて不死者について聞きたいなんて、私の弱点でも探ってるのかと思った。」
「エミちゃんの弱点は胸が小さい事だろ。」
「ふふ、頭と腹、どっちを貫かれたい?」
「おいおい落ち着けよ。幼児体型にも需要はある。貧乳原理主義者や過激派絶壁信仰にも寛容なつもりだよ俺は。」
裏拳の直撃で地面を転がるアンリを足蹴にしたエミルは、こめかみに青筋を浮かべつつ、相変わらず馬鹿な人間だと思い言う。
「貴方が魔王の地位じゃなきゃぶっ殺してるからね。」
「イテテ、部下達の前で立場で差別する宣言は勇気があるね。ストライキ待った無しだ。」
拳を振り上げると即座に転がり逃げるアンリと巻き込まれないよう避難する部下達にため息を溢し話を続ける。
「もういいから落ち着いてよ。貴方の目的はオリヴィエ攻略についてでしょ。」
「乱したのはエミちゃんなのに・・・まぁ良いや。
人魔共存の為にも彼女を手厚く招待したいんだ。穏便に済ますにはどうするのが正解かと思ってね。」
「どうするも何もそいつ不死者じゃないよ。
普通は、治癒阻害の呪いを無視して即座に傷を塞ぐなんて中々出来ないもん。そもそも指揮系のスキル保持者らしいから余所とパスを繋げて傷を散らしてるって考えた方が良いと思うよ。」
立ち上がりながら、余所と?と首を傾げるアンリに頷く。
「結構昔になるけど魔具を用いて負傷を分散させる戦術のパーティーに挑まれた事があるの。そいつらの不可思議に似ている気がするかな。」
「ふむ、因みにその時は、どう対応したんだ?」
「え?普通に首を千切ったり空まで上げて落としたりしてたら全員死んでたけど・・・。」
「なるほど、オーバーキルには対応出来ないと。当然か。」
土埃を叩き落とし、衣服を整えたアンリは、周囲の死霊族のエスコートを受け歩みを再開する。
エミちゃんの推測通りならちょっと厄介だな。補佐術者の限界判断が出来ず誤って殺してしまっても問題だし、彼女を守護するナニカを壊してしまっても後々禍根を残す事になるだろう。
となれば、制圧の方向で進めたいが擬似的な不死を可能にした敵司令官を穏便に拉致する方法・・・使えそうな筋弛緩系の毒の代表は、フグ毒かハチミツから培養出来るボツリヌス菌だが解毒方法が無い上、成人女性の致死量の確認もしていない。
「これもまた準備不足だなぁ。」
自身の無能を責めながら代用出来る他の毒について、記憶を巡らせるアンリの姿を真似するように周囲の死霊族達も同様に首を傾げ、それを見たエミルは半目になる。
「ねぇ、うちの連中に変な癖覚えさせないでよ。」
「うん?あぁ、考えるのは良い事じゃないか。自立した大人なら尚更ね。」
「世の中なんて考えても仕方ない事ばかりよ。戦場なんて特にね。」
「世知辛い話だね。人生は無常だ。」
スケルトン兵やゾンビ達と顔を見合わせ、ねー。と動きを合わせるアンリを蹴り飛ばし視線を先へ向ける。
馬鹿に惑わされてきづかなかったけどなんか妙な気配がするなぁ・・・敵と対峙した雰囲気というか、開戦前の空気というか・・・。
「アンリ。貴方はさっさと帰った方が良いよ。多分待ち伏せされてるみたい。」
「本当か?全然わからないけど。」
「なんとなくの勘だけどね。敵陣に向かっているのに1人の斥候も出くわさないなんておかしいし・・・どっかで潜伏の情報洩れてたかも。」
「ふむ、部下達の鬱憤晴らしのお楽しみで村とか襲ったりしてたみたいだからそこからか?」
「ちゃんと全員殺してた筈なんだけどなぁ。まぁ良いよ。どのみちやる事に変わりないもん。」
口元に笑みを張り付け浮遊したエミルは眼下のアンリに向け言葉を続ける。
「じゃあ私は、楽しんで来るからバイバイ。」
「あぁ、ご武運を。」
貴方もね。と言葉を残し、羽ばたき1つで木々の上に消えたエミルに手を振ったアンリは、歩みを止めたまま木々の隙間から僅かに洩れる空を見る。
潜伏の情報が漏れていたならこっちも少し手を加えるべきか?
砦の防衛だけで手一杯だから共闘は無理だけど、他の暇人共に話くらい通しておいてもいいかもなぁ。
変わり続ける戦局を思い、想定通りいかないもんだなぁ。と言葉を溢したアンリは再び歩みを再開させた。
生い茂る樹上に潜伏するロイは、幹に背を預けたままの姿勢で酒を煽り、冷える身体に熱を灯し視線を下に向けた。
視界に収めた眼下には、蠢く死霊族の行軍が連なり、その歩む侵攻方向には自軍の要となる兵站線と最大規模の物資積載所がある。
ヒルデの情報は正しかったか・・・ハハ、まさしく命拾いだ。
星空に視線を移し、再び酒を口にするロイに焦りは無かった。
寄せられた情報に物流に強いアンリが関与している事から、森にある丘や河川の位置、湿地帯や傾斜から兵站線の敷ける地形は読まれていると判断し、メノム近郊から近い襲撃地を予測していたからだ。
不死を売りにした幼月の軍勢とはいえ、対策が取れ、布陣を敷けていればそう焦る相手じゃあねぇ。問題なのは、人の弱さを嗤うクソッタレの吸血鬼達のみだ。
「ふぅ、夜だと死なねぇからなぁ。」
何度となく剣と爪を交わし、脅威を退けた経験から夜さえ凌げば勝てる相手なのは知っている。そして朝から日中と一日を占める大半は俺達の味方だ。
夜間は、消極的な防戦で構わない。むしろそうあるべきだ。侵攻された地を奪い跳ね返し、蹂躙するのは日中で良い。
ただ、と言葉を置き、死霊族の背を見る。
身体が朽ちていない奴等が多いな・・・むしろ生前を保つかの如く補修されている奴もいる。今までの幼月の所業からは考えられない細やかな仕事は道化が手を加えているからだろう。
「何をしでかすかわからない怪人・・・厄介な奴だ。」
言葉を口にし腰の剣に指を這わす。ゆっくりと意識を戦いに落としたロイは、正面に展開させている自軍からの接敵の合図を待つ。
早く来い。と思い、直ぐにでも。と逸る気持ちを胸に秘める。
クソみたいな文官仕事じゃないってだけでこうも昂ぶるのはまだまだ若いって事かねぇ。堪えの利かないガキみたいで恥ずかしいが幸い見られる相手もいねぇ。
念願だった暴れられる瞬間を前に高揚を隠さないロイは、獰猛な笑みでその時を思い焦がれる。




