不死者講義 〜ラズの見解〜
煤と煙の臭いが立ち込める王都。
煤で汚れた王城に続く大通りに並ぶ家や店だったとおもしき建物は、火災旋風の直撃による熱膨張によるヒビで崩壊し、瓦礫の撤去も終えていない状態であった。
その惨状から離れた丘に立つ屋敷の窓辺に立ったアンリは、窓縁にこびりついた煤に気付き、先の戦闘がどれほど悲惨なものなのだったのかを思い目を瞑る。
話には聞いていたがこれほどとは・・・己の想像力の欠如を痛感せずにはいられないな。
胸に手を当て目を開けたアンリは、1つ息をつき後ろに控えるロイズに向き直り口を開いた。
「随分と苦労をかけたね。しかし、良くやってくれた。」
「私は何も、全てラズ様とフランさんのおかげで・・・。」
「あの奔放な2人を御して仕事をこなせるのはロイズしかいないよ。素晴らしい仕事だ。」
「過分な評価です。」
照れたように頬を掻く姿に笑い、机に広がる資料や契約書に視線を向け、メナスと交わした会合の片付けをしようと足を運ぶ。
「戦争を抱えている身で言うのもなんだか、スラグ王国の統治が安定するまでまだ時間がかかるだろう。
もうしばらくはこの地で、手腕を発揮してもらう事になるが問題あるか?」
「待遇も仕事も問題はありませんが、ラズ様が手を下した死体の量が少々・・・処理を行うにも王都の混乱で掃除屋も雇えませんので。」
「なるほど・・・ここは海が遠いからなぁ。火葬は?」
「先の戦いで施設も何もかも・・・もしあったとしてもこの混乱具合ではどうにもならないかと。」
ふむ、と頷いたアンリは、端を整えた資料の上に手を置き思う。
王都は水源を地下水路に頼る為、水深のある湖や海が遠い立地だ。それは遺体の隠匿に適した沈める行為が出来ない事を意味する。
ならば埋める手段しか無いと思うが、埋葬可能な深さを掘れる地に周囲の目を避け定期に運び出すのは中々に面倒な事だと思う。
「とりあえずラズにも話を聞くか。一応手慣れているから案位あるだろ。」
資料をしまったアンリは、ロイズの案内でラズの仕事場である地下室に向かった。
手元の灯りを頼りに薄暗い階段を下り、湿る石畳を進むアンリは、扉の先から漂う死臭に鼻を顰め、布を口元に当てくぐもった言葉を作る。
「これはヤバいな。戦場の非じゃないぞ。」
「すいません。なにぶん換気が不十分なのでどうか。」
頭を下げたロイズが扉をノックし開くと濃い臭気の向こうからラズの朗らか挨拶が来た。
「あ、来ましたね。お迎えにあがらずすいません。」
「いやいや構わないよ。ただ・・・労働環境としては劣悪だが大丈夫か?」
「え?あぁ、確かにすすり泣く声や呻き声が煩いですが、それもこれも生命の輝きと思えば愛おしいものですよ。」
ロイズと顔を見合わせ、なるほど、と諦めに似た感情を強くし室内に足を踏み入れる。
口元を覆う布がずれ落ちないよう紐で固定しつつ、部屋の隅に設えた簡易の檻の中にいる拘束された者達から中央に置かれた赤黒い染みの台座と拷問器具、そして入口横の机とその後ろに置かれた報告書と薬品が並ぶ棚へと視線を移していく。
「なんか遺体の処理で困ってるとか聞いたんだけど何処に置いてあるんだ?」
「え?それならあそこに山積みにしてますけど・・・困っているんですか?」
ラズが指差す部屋の隅に視線を向けたアンリは不自然な灰と木屑の山に気付き額に手を当てた。
「見ないようにしてたけどやっぱりこれかぁ。この量をほっとくと疫病が発生するぞ。」
「大丈夫ですよ。いざとなれば生かしているこの屋敷の領主の罪にしてメナス卿に断罪させますから。」
「罪の所在的には問題無いが、流行病的には全く解決策になってないぞ。」
つい、と視線を逸らしたラズの横を抜け、無造作な遺体置き場に近付いたアンリは改めて肩を落とした。
粘り気の強い赤黒い液体・・・だいぶ腐敗が始まってるか。
下手に隠したせいで全容がつかめないが、消臭目的の灰と木屑に覆われては空気が足りず細菌分解に頼りきるのは難しいだろうなぁ。
となると土も増やして常在菌による分解促進。さらに、撹拌補佐の方向性強化で考え、病の運び手となる蠅や鼠以外で遺体を食べる肉食性で土中でも活動するもの・・・。
うーん。と首を傾げるアンリは、数秒考え心当たりを思い出し手を叩く。
「ミルワームだ。確かジャイアントミルワームなら釣りの餌としてマルナで取り扱いがあった。」
「あぁ、流石ですアンリさん。森の分解者である彼等ならきっと力になってくれるでしょう。」
「これが最善かはわからないが今より良くはなると思うよ。後は土と籾殻も必要だから直ぐに手配しておく。」
「有難うございます。ではでは、これからも殺し放題好き放題の生活を送っても良いのですね?」
良いのかなぁ?と思うが、檻の中にいる者達は、メナスの戴冠を認めず抗い敗れた者達だ。生かしておけば政治的に面倒になると頷く。
「喋らせる情報が無いなら手早くね。今後は彼等の家族も一族も含めた粛清の嵐があるんだから時間はかけられないぞ。」
「そうでしたね!そうですとも!!バンバン殺ってメナスさんの治世に貢献しなくては!!!」
改めてうーん、と首を傾げながらもまぁ良いかと決めたアンリは、テンション高めに拷問器具に手をかけ始めたラズを呼び止める。
「先に手紙で送った不死者対策について聞きたいんだけど・・・。」
「え?せっかくだから実演した方がわかりやすくないですか?」
「俺、ホラーとかスプラッタ系見ると一人でトイレとか行けなくなるタイプなので遠慮しておくよ。」
「アンリさんはそのような繊細な性格してないと思いますけど・・・。」
まぁ良いです。と糸鋸を手放したラズは、そうですね。と言葉を置きアンリを見る。
「不死者にも幾つか種類がありまして、死なないのか?死ねないのか?は当然として、大まかに治癒特化系、再生増殖系、はたまた魂事身体を乗り換える憑依転生系とあります。痛覚の有無も重要なポイントですよ。」
「ふむ、続けてくれ。」
「はい。大前提として死ねないタイプの不死者は、相手するだけ人生の無駄です。遠からず虚無から心が壊れるのでほっておいて構いません。
ですが、条件付きで死なないタイプであれば攻略は可能かと。」
先を尖らせた鉄板に指を這わし、例えばと言葉を紡ぐ。
「腕を切り離した場合、治癒特化系は、腕を身体から離すか、間に物を挟めば事は済みます。なんなら毒とかを断面から入れても面白いですよ。
反面、再生増殖系の方々は、新たに腕が生えてくるのでこの対処は出来ません。」
「前者はエミちゃんで後者がフェミナさんだよな。」
「そうですね。どちらも初めて戦った時に首を落としましたが元気いっぱいに反撃されてちょっと引きました。」
笑顔で話すラズに引いているロイズに同意を示しながらも先を促す。
「このタイプは再生に使うエネルギーが膨大な弱点がある為、エネルギー切れまで継続的にダメージを与える方法が有効です。燃やすか毒か凍傷なんかもオススメですね。そして、最後は・・・。」
「死霊族系に多い肉体に拘らないタイプだな。」
アンリの腰に付いている人形に視線を落としたラズは頷く。
「依代をベースに魔力で編んだ身体を用いる者と完全に他者の肉体を使う者がいます。前者は強力な戦闘力を有し、複雑な思考も可能ですが依代の代替えが効かず、換えが効く後者は知能や自我が低く単純な行動しか出来ません。」
「なるほどね。ラズはオリヴィエさんはどの分類だと思う?」
「直接見ていないのでなんとも言えませんが・・・私なら捕獲して解体しながら考えますね。殺せそうも無いなら親族や友人を標的にし、精神的に追い詰め鬱や自暴自棄に持っていくと思います。」
更に引いているロイズに、例えですよ?と弁明するラズの声を横にアンリは深く思案する。
非情である事も強者の必須条件だからラズの提案は当然・・・だが、戦後の講話や外交を視野に入れるなら用いれる手段としては少々問題があると言えるか。
「参考になった。忙しい時に時間を割いてもらってすまないね。2人は何か求める物はあるか?」
「僕は特に。同胞に良く尽くし働くように伝えて貰えれば。」
「私も特に・・・ミルワームの手配だけよろしくお願いします。」
「欲が無いなぁ。では報酬はツケにさせてもらうから困った事があれば気軽に言ってくれ。」
転移魔術式を床に記したアンリに頷いた2人は転移に巻き込まれないよう距離を離す。
「アンリさんは前線に戻るのですか?」
「いや、先にもう一人の不死者の専門家に話を聞きに行くよ。間違えられない判断を下す以上、知識は多い程良いからね。」
「あぁ、エミルさんですね。よろしくお伝え下さい。」
了承の笑みで魔術式を起動させたアンリは、2人に振り返る。
「じゃあ、健康に気をつけてね。革命後の忙しい時期だからメナスさんの事も頼んだよ。」
「えぇ、アンリさんもお気を付けて。また会いましょう。」
手を振る2人に見送られ屋敷を後にした。




