プロローグ ~約束の地~
霊峰と呼ばれる信仰集める山を4つの人影が登る。
先頭を歩くのは鳶色を基調にした衣服を纏った金色の髪に金色の目をした女神にも見える程美しいエルフの女だ。
その隣に黒の法衣を来た黒髪のシスターが歩く、
その手には美しい中性的な顔と聖職者に似つかわしくない小銃の様な物が握られていた。
少し離れた所でバテ気味に歩くのは黒い魔術用ローブと儀礼用の短剣、そして小さな人形を腰に付けた青年だが隣にいる女が異様だった。
茶色の髪を背中に流した美しい女だ。
艶のある白い布地に黒と金で飾られた衣服を纏い手には瓢箪の様な物を持っていた、そして整った顔立ちに似合わない額から生えた角が女の存在を鬼と主張している。
「疲れた・・・。」
青年がこぼした言葉に隣を歩く鬼が苦笑しながら前へ促す。
目的地に着いたようだからだ。
前の2人がこちらを振り返り待っている所に辿り着くと青年はその場に座り込んだ。
上を見れば全天の闇を彩る星明かり、それを見ながら深いため息をつく。
視線を前に向ければ目の前にあるのは崩れ落ちる寸前といった様相の遺跡だ。
背後を見れば遥か遠くに光と人の営みが見える。
「あぁ帰りたい・・・。」
青年が吐いた言葉にシスターが銃型の魔具を後頭部に押し付け応える。
「愚痴しか言わないならその口を縫い合わせ額から喋れるよう風穴を空けてやろうか?」
青年は引き攣った顔で冗談だと伝え素早く前へ進み遺跡を観察する。
夜という事もあるのだろうが入口の階段は暗く明かりをかざしても先が見通せぬ程深いようだ。
先を伺う青年の背後でエルフが安心させる様に声をかけてきた。
「アンリさん大丈夫ですよ。道は覚えていますから。」
アンリと呼ばれた青年は内心道云々の問題ではないと思いつつこの2人に言われれば行くしかない。
行かなければ酷い目に会うのは今までの経験からわかっているのだから・・・。
遠い目をして覚悟を決めた青年の肩を叩きながら鬼が笑いながら言葉を掛けてくる。
「大丈夫、何があっても守ってやるさ。」
その言葉に頷き入口横の広まった空間へ進む。
「サラがいるなら大丈夫か。」
と傍らにいる鬼にだけ聞こえるように言い、微笑んだ顔を見て準備に取り掛かる。
街で待たせてる仲間を転移させる術式を地に施していると後ろで僅かに苛立ったサラの声が聞こえた。
「カイネ、次アンリに魔具を向けたら殺すぞ。」
カイネと呼ばれたシスターは楽しそうに僅かに目を細め挑発をする。
「保護者気取りか?やれるものか見てやるよ。」
その言葉を聞いたサラの気配に殺気がこもる。
「保護者じゃなく守護者だ、間違えるな。」
おぉ悪い悪い、と言いながら更に目を細めた笑顔を浮かべた。
「その調子ならここに来るまでの魔獣共程度じゃ全然遊び足りないだろう?私もだ、時間もあるようだし遊ぼうか。」
「お前と一緒にするな・・・だがアンリを脅した以上対価を払わせなければならない。」
2人が戦おうとしている気配を背中に感じながらアンリは高速で思案する。
此処で暴れられたら魔術式もだが遺跡が崩壊する・・・神様助けて、あぁ・・・でも神の信徒と鬼が暴れようとしてるんだったじゃ駄目か諦めよう。
祈りも無駄だと素早い決断で退避しようとするとエルフと目が合った。
「私が2人を止めましょうか?」
その言葉に頼りたい気持ちはあるが具体的な方法を聞いておかなければ大変な事になりそうだと判断する。
良く理解している事だ。知りたくもないがこのエルフが3人の中でも特に危険人物だと言う事を・・・。
背中に冷や汗を感じながら退避を止めて聞く事にする。
「ラズさん?どうやって止めるのかな?」
はい、と嬉しそうな笑顔でラズと呼ばれたエルフは指から糸を生成している。
「この距離ならサラさんの身体でも弓で四肢を貫けます。私の糸を結んだ矢を四肢と一緒に2人の後ろの岩に打ち込もうと思います。」
俯くこちらに気付かず更に楽しそうに言葉は続く。
「カイネはともかくサラさんの怪力では糸が持たないので岩ごと斜面に落とせば大人しくなるかと。」
絶対に許可できない事を楽しそうに言う姿を見て自分が止めなけば本当にやりかねないと判断し覚悟を決めラズに向き直る。
「何とか2人を宥めるからその方法は最終手段だ。」
少し悲しそうな顔を横目に2人に近づき声をかけた。
「ここで暴れるの駄目。ラズが怒るぞ。」
なるだけ堂々としかし自分ではどうしようもないのは分かってるからラズの威を借りて説得する。
「ラズのお仕置き怖いよ~。何より見てたらご飯食べれなくなるから落ち着こう。」
「「・・・・・・・・・」」
暫しの沈黙が心臓に悪い。
だがラズをよく知る2人だけに戦う気が無くなったのか一瞥しあいこちらに歩いてきた。
その姿を見て後は食事をして落ち着けば大丈夫だろうと思い指輪型の魔具から弁当を取り出し準備をする。
背後でカイネが苛立ちながらサラと話す。
「あいつらも登って来てりゃこんな時間無く行けるのによ。」
「無理言って集めている上に外部から助けもいるんだ先行しておかなければ面子がないだろう。」
「王を先行させる馬鹿がどこにいるんだ。王の面子はいいのか?」
「その位問題ないアンリの器はでかいからな。」
アンリは器と言うか転移魔術式の設置を出来るのが自分しかいないから来てるだけなのだが2人には関係ないようだ。
「その位わからない程お前は狭量な器か?小さいのは胸だけで充分だろ・・・」
言葉が終わる前にカイネの魔具がサラの顔面を撃ち抜いた。
轟音が鳴り衝撃に吹っ飛び斜面を転がるサラに追い討ちをかける為走りよるカイネ。
その2人を見ながら諦めた様に項垂れた頭上からラズの声がかかる。
「止めなくて良いのですか?」
魔術式と弁当に影響無いのを確認してからラズに向き直りため息を吐き出すように、
「良いよ。今のはサラが悪いしいつもの事だから。」
それでも少し思案はする。
カイネは胸をバカにされるとキレる、それは絶対で暴れさせないとこっちが危ない。
サラは種族的な性質で戦いを遊びと捉える時がある適度に発散させないと周りが危ない。
更に2人の実力は拮抗しているしカイネは呪いで死ねない、サラは鬼神だから魂の核が壊れなけば問題ない。
「あの2人なら大丈夫だよきっと・・・たぶんね・・・」
答えながらサラが落とした瓢箪型の魔具を拾い弁当の支度を終える。ラズに弁当を渡し並んで座る。
「皆来るまで時間あるし観戦しながら先食べてようか。」
もちろん何かあったら守って下さいとお願いして食事を始めた。
カイネは斜面を疾走しながら魔具に魔力を込め射撃する。
リボルバーの切替で属性を変える事もできる自慢の逸品だが相手は鬼、それも神域に届いた怪物では効果は薄い。
聖魔術を唱え対魔用の術式を全身にかけ射撃を牽制にしながら更に距離を詰め無防備な脇腹に拳を届かせる。
ゴン!と鈍い音がしてカイネは舌打ちをする。
鬼属の特性金剛体に阻まれたのだ。
やはりこの程度の術式では駄目か。
通常の打撃や銃撃、斬撃ではダメージは与えられない事を理解している以上拳と脚部に更に肉体強化の聖魔術をかけ魔具を腰に付け魔力を溜めつつ四肢による連撃を続ける。
ふざけた身体だ、重心すら崩れない。
反撃が来るが躱し構わず前に出る。
怒りでテンションがおかしくなっているのが分かる。
拳に更に魔術をかけ顎先に当てる。
許せない言葉だ・・・。
初めに挑発をしたのは自分だがそれでも許せない言葉だった。
だが何よりも許せないものが相手の胸にある。
大きい・・・そしてこんなに硬いのに何で揺れてんだ・・・おかしいだろ?
カイネが求めるものがそこにあり誇示され続けてるとすら感じる。
サラの胸部に加速術式をかけた後ろ回し蹴りをカウンターで押す様に当て、その重心の崩れを見逃さず追撃をかけた。
サラは銃撃を受けながら失言を思い出していた。
胸はカイネの禁句だったか、前も同じ事があった気がするな・・・思い出せん、興味ないしな。
拳が迫るがガードをせず更に思案する。
胸など戦いの邪魔だから削ぎ落としたい位だがそれを言った時もこんな事になったな・・・ふむやはり思い出せん、だがアンリがそれを嫌がったのは覚えている。だからまだ胸がある訳だ。
攻撃が連撃に変わり鈍い痛みを感じながら拳をだすが躱された。
つまり胸はあった方がいいというわけだ・・・。
結論が出た所で相手目掛け左拳を振るうがそれに合わせるような蹴りを受け後ろにたたらを踏む。
追撃をかけようと接近する姿を視界に捉え、体勢をそのままに右拳を振る。
今度は避けられないように地面を蹴り瞬発力をそのまま拳に乗せた一撃を当てた。
甘い手応えがしてカイネが数メートル斜面を転がり上がるのが見えた所で自分の腕に短剣が刺さっている事に気づく。
「おぉ、いつの間に・・・。」
それを無造作に引き抜き倒れた相手に視線を戻した。
カイネは星明かりを見ながら冷静さを取り戻しつつあった。
寸前でガードをし後方へ飛んだ為ダメージはそれ程でもないがそれでも視界がチラつき悪態をつく。
「馬鹿力が・・・。」
咄嗟に放った対魔用の洗礼を受けたミスリルダガーも大したダメージにはなっていないのは理解している。
回りを見渡し状況を理解した所である事に気付いた。
サラの胸に触れスキルを使ったら自分の胸も大きくなるのでは?
素晴らしい閃きだと確信する。
そう・・・自分のスキル[同調]だ。
今まで精神的な事や魔力的な実像の無いものにしか使った事はないが直接触れたなら可能なのではないか?
やってみる価値はある。
仲間達には急速な胸の成長を不審がられるかもしれないが、敬虔な神の使徒が信仰集める霊峰で肉体変化の奇跡を体現したとすれば納得するのではないか?
無理か・・・いや恐らく大丈夫だ・・・たぶん、きっと。
ならばやる事は決まった。
地に手をつき身体を起こした所でこちらを見ている鬼を睨む、正確にはその胸を。
自身が仕える神の教えを思い出す。
-富める者は施しを-
素晴らしい教えだと確信する。
大きな者は小さき者へ与えるべきと神も言っているのだ。
神の使徒足る自身が神の教えを体現するそれは決して
「間違いではない!!」
気合いと共に地を蹴り距離を詰めようとする眼前の相手に駆け寄るその胸に僅かな可能性と未来を信じて。
サラは腕の痛みに鬼術を唱え回復させながら坂の上のアンリを見た、彼ならこの程度即座に治せるからだ、だが笑顔で手を振る姿を見て治療を諦める。
安心する・・・心が満たされたならこの程度の負傷で心配させるべきではないな。
眼前の相手を見据え悠然と距離を詰める。
「今の治療を求めてたんじゃないですか?」
隣で魚の唐揚げを食べながらラズが声を掛けてきた。
「わかってるけど治したら戦いが長引くから・・・」
ちょっと俯き加減に玉子焼きを箸で掴み答える。それに、そうですねと返事を聞き2人の戦いに視線を戻す。
カイネは冷静だった。
目的が見え成すべき事が分かったからだ。
成功したなら輝かしい未来が待っている。
体型が分かりづらい法衣を着なくていいし海でも川でも堂々と出来るのだ。
負けられない!!
問題は相手に気付かれないように胸に触ることだがこの際身体ごと貫こうと決めていた。
どうせ貫かれた程度でこいつは死にはしない。
触れてさえいればスキル発動はどうとでもなるのだから腕全体に対魔、貫通、幻惑を最大限重ねがけし戦闘を続ける。
今の自分なら力任せの反撃など避けるのは容易い、幻惑により腕の動きを読みづらくし攻勢をかける。
全力だ。
そうこれは試練なのだ。
理想を得る為には乗り越えねばならない事がある。
ならばこの時こそ全力を尽くす!
全ては理想の為に!!
サラは楽しんでいた。
今まで何度もあったカイネとの戦いだが今日の戦いは特に楽しい。
かつてのように人が全力で挑んで来るのだ。
遥か昔を思い出し嬉しさがこみ上げ笑みが浮かぶ。
相手から伝わる気迫が、
身につけた技量が、
身体に伝わる力が、
相手の本気を理解させる。
引けない所だ。
力でねじ伏せてこそ鬼なのだ。
だからこそ全力で楽しもうと拳を握った。
相手を薙ぎ払うつもりで腕を振るう。
だがことごとく空を切りその度に鈍い痛みが身体を襲う、幻惑の魔術で軌道が読みづらいのだ。
手を伸ばせば触れられる距離の相手が霞の様に感じられる。
相手の技を術を力で覆すのが楽しいと思う。
故に攻略の為の一撃を放つ。
「どうだ!」
左足を震脚させそれを軸に相手の居る距離を薙ぎ払うつもりで最速の蹴りを放ったがそれすら空を切り無防備な間が出来た。
カイネは歓喜する。
待望の蹴りがきたからだ。
共に戦った時幾度と見た軌道と同じ蹴りだ。
それを宙に飛び躱しながら腰の魔具のリボルバーを拡散にして自身の右斜め後ろに放つ。
ここで決める!
轟音と共にその勢いでサラの右横に着地する。
衝撃で足の骨が軋み筋肉が悲鳴をあげるが構わず体勢を立て直し即座に貫手を放つ、肉が裂ける音がして目的に届いたと確信した。
「やっと捕まえた。」
「マジで?」
思わず出た言葉に笑顔で答えがくる。
「マジです。」
声が聞こえた時には身体は浮かび衝撃と共にカイネの意識は途絶えた・・・。
サラは楽しんでいた。
完全な奇襲、それも接近戦で相手が分かりなおかつ意識の外の攻撃を受けたは初めての事であり防げたのは偶然だった。
体勢を保つ為置いた右手に貫手が当たった為掴む事が出来たのだ。
やはり強者との戦いは面白い。
サラは右手を貫かれながら痛みを無視して相手の腕を掴み上へ腕を持ち上げ、そのまま離さず渾身の力で振り下ろした。
握ったカイネの腕は千切れ身体は坂の上へ転がり山璧に激突した。
「今回はサラが勝ったか・・・2人共治療しなきゃな。」
はぁとため息をし、ラズに目配せをしてカイネの元に向かわせる。
「やはり強いなあいつ。」
ハハハと笑いながら歩いて来るサラに回復魔術をかけ治療をする。
「腕大丈夫か?それにやり過ぎだ。本番はまだなんだぞ。」
「わかってたけど手加減出来なかったから・・・悪かった。」
観戦してた以上これ以上言えず置いといた弁当を差し出し伝える。
「カイネの治療もあるから先に食べてて、明日から頼むよ。」
そしてラズが連れてきたカイネに回復魔術をかけながらまたため息をつく。
「今日は寝れないな。」
項垂れる鬼の頭に手をやり励ますように良く勝ったと伝え2人の治療に専念する。
しばらくして目を覚ましたカイネは悲願が、理想が、と言いながら何故か負けた以上に落胆していた。
サラはそんな姿を見ながら瓢箪型の魔具から酒を飲み笑っている。
いつも後始末は俺がするんだよな。と思いながら2人の治療をしていると仲間達が魔術式からやってきた。
皆にラズが事情を話した所冷たい視線に晒される事になり、示し合わせたように2人は寝た振りをしているので代わりに何故か怒られる事になった。
そして治療後休もうとしたが捕まりまた説教を受ける羽目になったのだった。
到着から2日後の朝に全員を見渡し声をかける。
「それじゃ行こうか。頼むから守ってくれよ。」
全員の苦笑を見ながら遺跡に進んだのだった。
話は青年がこの世界に来る数年前まで遡る・・・。