人魔大戦 ⑨
戦場全体が張り詰め1つのきっかけで暴発してしまいかねない緊張の中、悠然とした歩みで丘下に進むサラは、待ち構えるナキを見つけると片手を上げ口端を吊り上げる。
「怪我は治ってるな。なら今日もお前が相手してくれるって事で良いのか?」
「ハハッ、色気のねぇ誘い方だな鬼女。美貌が泣くぜ。」
「女として見られたいなら戦場になんざ出てこないさ。」
周囲の部下達から身体強化や疲労軽減等の補助術式を受けるナキは、そりゃそうだ、と笑い剣を抜き、術式による強化された身体の感覚を確かめるように爪先で地を蹴りながら呼吸を落ち着ける。
「よしっと。やろうか。」
「あぁ、今日も楽しませてくれ。」
言葉と同時に土塊を蹴り上げたサラの奇襲で戦闘が始まった。
肉薄する距離で相対を始めたサラを注視していたアンリは、5m程の距離に突如現れた白髪の青年に気付き、驚愕の感情を得るがそれを顔に表さずに小さく息を整えた。
いつのまに・・・術式陣は見えなかったから移動系のスキルか?
もしそうなら逃げても即座に距離を詰められてしまうが・・・いや、スキルを探るのは後回しだな。
若い相貌に似合わない目立つ白髪に視線を移し、該当者を頭に浮かべつつ口を開く。
「貴方は確か・・・。」
「ラクトです。傭兵団とこの部隊の副長を努めています。」
「ご丁寧な自己紹介どうも。もしや先程の蠱惑的な挑発ポーズに釣られ来てしまったなら申し訳ない。
あれはサラのリクエストで行った事で男は受け付けてないんだ。ごめんね。」
「ご安心を。こちらもその気はありません。ただ貴方に用がありまして。痛い目に合いたくなければ付いてきてもらえますか?」
肩を竦めたアンリは、一度視線を地に移し靴の様子と周囲のぬかるみを確かめる。
「突然のお誘い恐縮だが、アポイントメント無しでの訪問はマナー違反だよ。菓子折りを持って出直して来なさい。」
「・・・魔王討伐にマナーは必要ですかね。」
はぁ、と溜息を溢したアンリは、ラクトに視線を戻し頷く。
「罪の所在も明らかにせず討伐とは実に野蛮な思考だね。互いの言い分を交わし、裁判員制度を利用しつつ法の下に理解し合う事から始めても良いのでは無いかな?」
「裁判員制度・・・?あ、いえ、戦場では言葉より剣の方が雄弁で優先です。」
「なるほど・・・それが貴方の流儀か。不本意ながら勉強になったよ。」
アンリが腰の儀礼剣を抜きゆっくりと掲げる動作に視線を向けつつ呼吸を整えるラクトは、勝機を思う。
何をしようとこの距離なら逃しません。制圧して頭部への一撃で昏倒・・・は、余計イカれてしまうかもなので腕と足の腱を切るのが最善ですかね。
アンリが行う一手を合図に動こうと柄に握る力を込め、相手を真っ直ぐに見据えたラクトは、神経を研ぎ澄ませその時に備える。
対峙するアンリは、上げた腕を動かせば戦闘が始まる予感と近接戦闘では勝ち目が無い事を自覚していた。
殺す気は無さそうだが交渉を行う気も無いと・・・とはいえ、この距離では転移魔術式を敷き、起動させる時間はないから逃げられないな。
となれば隙を作るか距離を取るかだが、単独で突っ込んでくるような武道派相手ではどちらも容易ではないだろう。
難敵だと認め、正面から見据えたアンリは覚悟を秘めた口調で言葉を作る。
「付いてこいと言われたがこちらからも同様の問いを返すよ。戦いなんか止めて友人として砦に招かれる気はあるかな?」
「・・・ありません。交渉決裂ですね。」
「交渉であったかも疑わしい拙さだがね。残念だよ。」
言葉と同時に剣を振り下ろす動きを合図に塹壕からの銃声がアンリ達のいた地点を駆け抜けた。
突如の銃声に身を躱したラクトは、銃弾の嵐の中、笑みを浮かべ立つアンリを見て声を上げる。
「自分もろとも!?貴方まともじゃないですよ!!?」
「正気で戦争が出来るのか?殺し合いをする者なんざ全員狂ってるんだよ。」
天を仰ぎ笑う声が戦場に響く。
「正しく見て、正しく引きつけデスヨ。そして頬に銃身をつけて笑顔で撃つデス。」
指を引くと同時に激音と共に硝煙が立ち込め、目的に向け銃弾が射出される。
使い慣れた弩よりうるさく、狙いも定まらない一方で後送式のマスケットは威力と速射性に優れているそれを塹壕内から上半身だけを出して銃撃をするイカれ隊の部下達が、容赦も呵責も無くアンリとラクトがいる付近目掛け撃ち続けている。
アンリさんは遠距離攻撃において予知に近いスキルを持っているデス。当たらない筈、だから撃っても大丈夫なのデス。多分、きっと・・・デス!!
言い訳だとわかっている事を胸に秘め、ボルトアクションを引き、紙薬莢を銃身に詰め、ボルトを締め直し構える。
アンリさんは、献身者・・・組織に必要なら命を失う事も是と考えるかもデス。
今引いた引き金の先が彼の死をもたらすかもと思うと装填速度に遅れが生じるが、全ては事前に説明され、納得した事だと思い直し構えを作る。
銃撃を続けるピクシー族とホビット族は、力で優越が決まる魔族の中、最下級に分類される自分達を重宝し、親衛隊として登用しているアンリに恩義を感じていた。
おそらくアンリ以外の者は、弱い自分達を重宝などしない事から彼に魔王として君臨し続けて欲しい思いが一族の総意であるにも関わらず、それを撃ち穿つかもしれない行いをしている矛盾に構える腕に震えを生じさせる。
防御魔術式を展開し、アンリに駆け寄るラクトを狙い撃つが、ライフリング加工がされていない銃口から放たれる弾は、狙いを逸れアンリの顔付近を通り抜ける。
いつ間違いが生じてもおかしくない状況に目を背け、銃から手を離したくなったその時、大きく無骨な掌がアキナの頭を包み優しく撫でる。
驚きから一度飛び跳ね、振り返り、その手がルークスのものだと理解し目を白黒とさせていると優しい声色の言葉が来た。
「案ずるな小さき戦士の長よ。どれだけ撃とうとアンリさんは死なん。それだけは確信して良い。」
「本当デスか?人は撃たれたら死ぬんデスヨ。アンリさんに当たったらきっと・・・。」
「アンリさんが受けた死の予言は銃創では無い。そうだろう?ならこの地で最も危険なのは剣を扱い迫る戦士だ。」
指を指す先には、肉薄する距離で剣と儀礼剣を交わす2人がいる。
白髪の戦士ラクトは、銃撃を避け、防ぎながらも隙を逃さない動きを作り、対するアンリは、拙い足取りと手捌きでなんとか凌いでいる有様だった。
「小さき戦士の長よ。その勇敢な戦士達よ。その手に持つ銃がアンリさんの助けになると信じ撃つのだ。ただ任された己の仕事を成す事こそ最善なのだからな。」
周囲の同胞の視線を受けたアキナは深く頷き銃を構える。
「ドンドン撃つデス。挽き肉にしてやるデスヨ。」
ルークスの言葉に覚悟を決め、その決意を体現していく。




