幕間 ~交渉 海魔族 ① ~
陽に照らされ白く輝く砂浜がある。その背後には林があり境には丘と岩場が続いていた。
島の中央から海へ続く川にある岩場で身を休めた女性は胸下まで垂れた髪を手で弄りながら視線を声がする方向へ向けた。
そこには波打ち際で楽しげな声がそこかしこから届き魔族も人間も笑顔で遊んでいる。
見る先ではトレント族に身体を持ち上げられた男が合図と共に海へ投げ込まれていたり、波打ち際の砂浜に埋められ水責めにあっている。
「あれは・・・何かの罰でしょうか?」
投げ込まれた男は先程までカメラ片手に女性陣を追い回していた気がするし、埋められている者もエルフ族や夜魔族に執拗にナンパ行為に励んでいた気もする。
深く考えると良く分からない世界に巻き込まれそうで視線を更に手前に向けると川と海の中間にある砂浜に刺したパラソルの下では黒を基調とした水着に白の服を羽織り、椅子を抱えるように座り酒を飲む鬼と3方を鉄板に囲まれ調理をしている人間の男がいた。
アンリが網で焼くのはセイレーン族が提供してくれた魚や栄螺、二枚貝、海老、烏賊等の海産物と持ってきた肉類だ。
背後に置いた桶に氷と水を入れ冷している酒類の瓶を掻き分け水を取り出すとそれを口に含み滝のように流れる汗を拭いタオルを頭に巻き直す。
「アンリ~。栄螺が食べたいんだが焼けたのはどれだ?」
「この辺りだな。好きな味があれば明日からの料理が楽になるから教えてくれ。」
アンリが示す辺りを見たサラは1度視線を川にやりそこで寛ぐ女性、セイレーン族のシーラに向け口を開く。
「さっき食ってたのはどうだった?」
「大変美味しかったですよ。サラ様の方は如何でしたか?」
「アンリが調理してるんだから何食っても美味いに決まってる。」
あら、と首を傾げそして目を細めたシーラは喝采を求めるアンリに拍手をしてから、
「先程のはハーブの香りがしましたが、ただ焼くだけではないのですね?」
「当たり前だ。BBQとはいえそんな物は調理とは言わん。俺が仕切るからにはちゃんとやる。」
アンリが栄螺用に用意した調味料は3つ。
酒と醤油に皮を剥いた山椒の枝を入れ香りを移した物。
刻んだ葱、唐辛子を味噌に加え寝かしていた物。
ハーブ類とニンニクを刻みバターに混ぜ込んだエスカルゴバター風だ。
アンリが栄螺に白ワインを入れ、バターを乗せるのを確認したサラはハーブの香りを確かめてから素手で殻を掴むと鉄ピンで中身を取り出し口に含み笑顔になる。
「なぁ、熱くないのか?軍手あるよ?」
「ん?あぁ、熱いというよりくすぐったいだな。なんなら炭火だって持てるぞ。」
ほら、と言って網下から炭を取り出し手の中で転がしてから砕いて見せる。
「そうか・・・改めて鬼って凄いな。
後その栄螺食べる時にレモン汁を入れるとまた違った感じになるよ。」
ほほう、と頷きパラソルから椅子を焼き場に寄せ完全食事体勢になったサラが焼けた物を片っ端から手元に寄せていくのに苦笑し食事の用意が出来た事を伝えるベルを鳴らしてから川に向かう。
焼き場に人が集まるのを背にシーラの前で歩みを止め、
「さて、これでゆっくり交渉出来る時間が作れた。
しかし、食材の提供までしてもらった上にお待たせして申し訳ない。」
「いえいえお食事後の日向ぼっこをしていただけですのでお気になさらず。それに魔王様への貢ぎ物は当然ですのでもっと堂々として下さい。」
「魔王と言っても肩書きだけだよ。普段は雑務をこなすだけの人間だから気兼ねなく接してくれ。」
シーラははぁ、と声に出しアンリの背後で行われている人魔入り乱れた食事風景を眺めつつ先日来ていた魔族達の言葉を思い出す。
確か、控えめに表現するならイカれていると言っていた。
控えめでそれなら本質はどうなのだろう?と、鈍い汗を背中に感じるが今の所問題が無い言動をしている為に気持ちを切り替え笑顔で頷いた。
「それで魔王様は遊ばずに調理を担当していたのですね。」
「いや?あれはやらされているんだ。
先日夜魔姉を怒らせてしまってね。水着面積削減フェアと称して男衆の水着が全員ブーメランパンツになる窮地を救う為だ。」
うんうんと頷き腰を降ろしたアンリは両手を広げ、
「色々な意味で実に危なかった。
何とかしてくれないならルークス達が再度侵攻をかけると脅されて必死に謝ったもんだよ。」
シーラは背中に増した汗を感じながら一瞬でおかしい言動になった事を理解した。
一族の中では長命な自分だが人生の中でそのような会話をした事も無ければ聞いたことも無い。
一体何があればそのような事態になるのだろうか?
視線の先で腰に手を当て胸を反らし頑張ってるだろ?とアピールするアンリを無視して別の話題を切り出した。
「何故我々に声を掛けてくれたのですか?」
「そりゃ必要だからだよ。海洋における知識と産物は大きな富を生む。」
「・・・本当に?」
あぁ、と頷くアンリに視線を向けたままシーラは考える。
先代達からの伝聞では過去の魔王は海魔族や水生魔族を必要としなかった。
水を操る特性を持つものの泳ぎに特化した進化は戦時の進軍に付いていくことが出来ず多くの同胞が殺され、冷遇された屈辱の歴史がある。
だからこそもう一度言葉にする。
「本当に私達が必要ですか?」
アンリは窺うような視線に出会った頃の幻影族を思い出し苦笑してから気持ちを引き締める。
自分では気付かないがサラやカイネ曰く交渉時に変な行動をしている事があるらしい。
思い返してみても心当たりは無いが皆の評価がおかしい人となっている事からもこれは異世界故の文化の違いと無視していい問題ではないだろう。
なにより今回の相手は海魔族を代表しているセイレーン族だ。上級に値する力を持つが冷遇され続けた過去を持つ相手に誤解させるような事があってはならない。
だからこそ力強く頷き思った事を正直に伝える為に親指を立て、
「勿論だ。何より髪に隠れた胸とかドキドキしちゃうからもっと早く来るべきだったと思っているよ!」
カイネは食べ終わった栄螺の殻を振りかぶると無言でアンリの背中に投げ付け、全員が同様の動きを作った。
スキルに従い地に転がりながら退避したアンリは立ち上がり背後に振り向くと身構える全員を睨みつけ、
「大事な商談中だぞ!!真面目な時間だから遊ぶなら向こうでやれ!!!」
「「「テメェが真面目にやれ!!!!!」」」
全員の抗議と一斉投擲にアンリは砂浜から林に逃げ出した。
違和感を感じ、頬を掻きながら数秒悩んだラズは皆の投擲姿勢をジェスチャーで止めるように伝え立ち上がるとシーラに向け1度頭を下げ、
「本当にすいませんけどアンリさんを真面目モードにして連れてきますので待っててもらえますか?」
「あ・・・はい。」
真面目モード?と首を傾げるシーラに背を向け疑問を口にされる前にラズはサラに目配せをして共に後を追った。




