幕間 ~諜報~
夕暮れ時、窓から入る陽が赤く染まる廊下をファルモットはびっこを引きながら歩いていた。
尻に手を当て、壁を頼りに歩く先の扉を開くと椅子に倒れ込むように座る。
室内で書類を整理していたグレイグは首を傾げ、座り心地を確かめているファルモットに声を掛けた。
「・・・面白い動きだがどうした?」
「酒場でナンパ・・・じゃねぇ。
・・・そう!聞き込み調査をしていたらリビエラに尻を蹴り上げられたんだよ!アンタがしっかり働かないから旦那の帰りが遅いってな。」
「流石俺の嫁だ。あるべき規律を守っている。」
項垂れたファルモットはちくしょう、と呟き、
「だがよ・・・嫁さん妊娠してんだろ?あまり行動的だとあぶねえぞ。」
「注意しとくよ。次からは棒で殴れで良いか?」
「俺相手だと本気で実行するから止めてくれ・・・。」
ハハハ、と笑い目を細めたグレイグは冗談だ、と前置きして続ける。
「さて、大森林に派遣する外交官が決まった。
腕利きを揃えたつもりだが自衛が限界だろうと思って欲しい。それと仕事の日程は、魔王の就任祝の宴からで、当日は顔合わせも兼ねリベルト王の護衛にも付いてもらう。」
名簿と各員の資料を渡し、
「後はソドムに送っている諜報員からの情報を確認してくれ。
魔族の領域内は、危険過ぎる為に詳細は不明だがソドム内でのアンリの動きは把握出来ている。」
「不審な点でもあるのか?」
「いや・・・。まぁあの村は色々おかしいだろう?
欲望と暴力が混雑した村だった筈だが、何故あの男が生きていられるのかと思ってな。」
アンリの情報が書かれている資料を渡すと顎に手を当て唸りファルモットも文字を追いある箇所で首を傾げた。
「なぁ、団長。アイツが攻撃出来ねぇってマジなのか?」
「ソドムでは有名らしい。諜報員によると蟻に咬まれて半泣きの姿や子供に追いかけられ逃げ回っている姿を見たそうだ。」
「あぁ、たまに毒性強い蟻いるもんな・・・アイツ本当に魔王なのか?って言うか人間か?」
「聞いたことは無いが流奴として奪われたものが攻撃権だったんだろう。
とはいえアンリの危険度は精神性だ。お前も知ってるだろう。」
頷いたファルモットはメナスとの会談を思い出し額に手を当てる。
「最初からふざけていたな。今思い出しても殴りてぇ。」
「らしいな。場を掻き乱し敵対者を謀る事を得意としている。そして何故か関わった者も若干おかしくなる。リベルト王がいい例だ。」
「そういえば王様昨日は車椅子でドリフト走行していたな・・・。花壇に突っ込んで鎌持った庭師の爺さんに追いかけられていたのを見たぞ。」
溜息をこぼしたファルモットは資料に視線を落とし情報を整理しつつ外交官としての仕事内容を思い口を開く。
「王様からも慎重にって言われてるから敵対行動は不味いだろ?あの馬鹿が挑発してきたら有無を言わさず殴りそうなんだが。」
「出来れば止めてくれ。お前1人なら逃げる事も出来るかもしれないが他の者は無理だ。」
だよな、と呟き項垂れる。
正直自信は無い。
仕事場は魔族の領域で常識の通じない商人が頂点に立っている魔境だ。恐らく配下の者もおかしい奴が多いだろうし自分は我慢が苦手な部類の人間だ。
だが、前回の戦いで化物がいる事も知ってるしな・・・。
頭を抱えたファルモットに苦笑混じりの声が来る。
「悩んでる所悪いんだが産まれる子供が男の子ならお前の名前を一部頂いて良いか?」
「唐突だな・・・なんでだ?」
「気恥しい事で2人きりじゃないと話せないから今がチャンスと思ってな。
我が子には強く諦めない子に育って欲しい。妻とも話したがその願いを込めてファルスと名付けようと思っている。」
「嫁さん良く了承したな。」
あぁ、と頷いたグレイグは目尻を下げ、
「叱る時に思いっきり怒鳴れそうだって笑ってたよ。」
「相変わらず苛烈性格してんな。お袋を思い出すぜ。」
ハハ、と笑い。
「仕方ねぇから団長の子供が自分の名の由来を誇れるような仕事をするか。」
「無理言ってすまんな。通信魔具は用意するから問題があれば報告してくれ。」
赤く染まる空を花畑の中心で眺めていたフェミナは花に手を当て背後に視線を向けた。
忍び足で近付こうと動く者に溜息をこぼし、
「何か用?後、お花を踏んだら本気で怒るからそのつもりで歩いてね。」
草花を掻き分ける動きが止まり、数秒の静寂の後にマナは顔を挙げた。
「ふへへ。バレてましたか。」
「貴女が妖花族の集落を出た時からね。で何の用?」
「本当は屋敷の者に伝えようと思ってた報告があるのですけどその前に質問です。
朝から東の森へ出掛けると聞いていたのにまだいるのはなんでですか?」
フェミナはふふ、と笑い。
「そのつもりだったけど何やら海へ行くとかで転移してしまったのよ。アポでも取っておけば良かったわ。」
「あ~そういう事ですか。スッキリしたので報告しますね。
部下がクラン公国に向かう悪魔族を見たそうです。あの地で死んだ人間の魂喰いなら問題ないと思うのですが一応の報告でした。」
えっへんと胸を張るマナに歩み寄り頭を撫で、
「ご苦労様。でも悪魔が来たとなると面倒ねぇ。悪さするようならエミルに押し付けようかしら。」
「エミル様も嫌がると思いますよ~。」
「そうね。ならマナの方で森付近の監視をお願い。」
マナが、え~。と頬を膨らませるとそれを指でつつき、
「私はお花に水やりで忙しいの。この時期手を抜くと枯れちゃうから困るの。」
「フェミナ様って人より花が好きですよね?皆にもそれ位優しいと良いと思います。」
「あら心外ね。皆にも水をあげてるわよ。
言う事聞かない子には、腹パンで涙と胃液を出させてるもの。」
視線を逸らしたマナに苦笑し手を離したフェミナは続ける。
「ちゃんと手加減してるからね?本気で殴ると水風船みたいに割れちゃうから掃除が大変なの。」
「フェミナ様~気遣いが違います~。」
「マナは大丈夫。私お花が好きなのよ?妖花族も同様だから安心して。」
明るい笑顔になったマナは晴れやかな顔で頷き、
「ふへへ。嬉しいです~。
そういえばアンリ様?をどうテストするのか聞いても良いですか?」
「そうね・・・。人の国を滅ぼせる力があるか?かしら。
弱い事は知っているのだけど可能性を見せて貰えるなら魔王と認めてない者達にも説明出来るわ。」
首を傾げたマナは花を手に取り考えながら口を開く。
「でも、クランとスラグを退去させてるので実力の一端は見せていませんか~?」
「侵攻を受けてからじゃあ、ね。」
あっ、と口にし、
「何かある前に攻める方法を考えているのか?ですね。」
「えぇ、私としては日和見の楽観主義者でも構わないのだけど、皆の納得の為には、魔族を統べる者らしい我欲を見せて欲しいわね。」
口端を吊り上げ笑みを作るフェミナは、冷酷な顔のまま空を見上げる。
「あぁ・・・どうか期待外れでないといいのだけど。」




