画策 ③
森へ帰還したアンリは細い交渉で得た書類や物を寝室に置いてから2階の会議用兼執務用の椅子に座りラズから損害報告を受けていた。
秘書達のサポートを受けながら書類に判を押し顔を顰め溜息をつく。
「死者が出た事は残念だ・・・。後で族長と遺族に謝罪に行くから用意を頼む。」
「戦場の判断は各自に任されていたのですよ?アンリさんが気に病むこと事では・・・。」
「想定が甘かったからの犠牲として俺が責任を取ることだ。
亡くなった者達に何をしてやれる訳ではないが遺族からの糾弾位は受け止めさせてくれ。」
秘書達がリストアップと準備に取り掛かるのを見送ったラズは苦笑しながらお土産の髪飾りに手を当てつつ思う。
全てを背負える程強くも無いでしょうに楽をしない人ですね・・・。
抱え込み重圧に潰されないように私なりに動くとしましょう。
ラズは小さく頷き、重い空気を変えるために思い出した事を伝える。
「そういえばプラタさんが説教があるから来るようにと言っていましたよ。何でもイカレ隊の命名に付いてとか・・・。」
表情を一変させたアンリはワチャワチャと両手を動かしつ諦めたのか机に伸びるように項垂れた。
「昨日から俺は何度説教を受けるんだよ・・・。」
「行いが悪いからですよ。観念して早めに済ましましょう。」
秘書達も動きを止め全員が同意の頷きを作った。
スラグ王国内の騎士団は2つある。
1つは貴族のみで構成された第1騎士団。
団長ヴェルダが率いるそれは多額の税金により軍備も整い隊員の国内での行動全てが国の為とされ罪に問われぬ特権階級を持つ者達だ。
もう1つは第2騎士団と呼ばれ幹部以上こそ貴族だが隊員の多くは平民出身であり危険な任務を任され、戦場における情勢の責任を取らされる立場の者達ではある。
王城の通路を足音荒く鳴らし歩く、第2騎士団長を任されているメナスは困惑と怒りを抱えていた。
困惑はクラン公国に潜入させていた諜報が送ってきた敗走の報告によるもので、僅かに2日程度の交戦で兵を下げた事に関するものだった。
報告が正しいのであれば前触れなく魔族が王城に侵入した事になり、それはにわかには信じ難い事でもある。
怒りは王の命令によるもので、ギルドからの紹介で来た今代の英雄と名高いラルフを元が流奴という事だけで戦力と捉えず単独行動許可を出した事によるものであった。
敵の兵力は予想より遥かに軽微な損傷であり、情報も殆どないというのに有用な人材を手放したに近い愚策に腸が煮えくり返る思いで第2騎士団の駐屯部屋を開ける。
中では既に報告を聞き集まっていた幹部達が作戦会議を始めており、それに溜飲を下げつつ席に座る。
「聞いての通りだ。わかっていると思うが我等が先陣となった。」
「無茶苦茶ですね。出立は明後日でしょう?情報も無いまま魔族の領域で戦えとかあの王は正気なのか・・・。」
「誰か馬鹿を治す医者を知らないか?サイモン王が治るようなら俺も受ける。」
「「「知らねぇよ!!」」」
幹部達は愚痴と共に軽口を叩いてから地図に視線を落として溜息をつく。
「非常に厳しい戦いになるだろう。クラン公国を落とした方法もわからぬし何よりあの国の副団長が負けたことが信じられん。」
「ファルモット卿ですか・・・死んだのですか?」
「生きてはいるらしい。だが軍は半壊で当人も戦果を挙げれないままの敗走との事だ。」
場の空気が重くなり沈黙が部屋を満たす。それを振り払おうとメナスは口を開いた。
「相手の情報を得る機会はある。クラン公国のリベルト王から国内の通過許可は下りているがその際商人アンリとの会談を用意してくれるらしい。
ヴェルダは流奴と話すことは無いと一蹴していたが俺は受けようと思っている。」
「情報を得る事もですがリベルト王への配慮も込めてですね。」
あぁ、と頷き困惑気味に頬を掻く。
「恐らく罠だろう・・・。だが礼を欠き押し通す騎士道などない。だが万一の際俺がいなくても行動出来るように隊員に伝達を頼む。」
メナスの覚悟に全員が頷き、それぞれが最善を尽くす事を団長に誓った。
教会の椅子に寝転び天井を眺めていたカイネは起き上がり額に手を当て気だるげに溜息をこぼした。
「暑い・・・寝れん。クソ、城内から空調管理の魔具を貰ってくれば良かった。」
「ココ、アンリはリベルトと交渉して貰ってきておったぞ。ついでに撮影用魔具・・・カメラだったかの。あれも幾つか入手しておったわ。」
「・・・フラン。言いたいことはわかるな?」
窓辺で風を得ながら本を読んでいたフランは頷き立ち上がると、
「盗んで・・・コホン。失礼しました。ここに移動させておきましょう。見付かった時は神が涼を求めていると言っておきます。」
「それで通ると思うのかえ?」
「問題ない。神が望んでおられるのだから信徒足る私達は従う他あるまい。」
ノイルは白黒シスターズが両手を合わせハイタッチをしているのを眺めながらほっとこうと思い懸念の話を始める事にした。
「スラグの対処は聞いてはおるのだがあれはヴェルダが会談に応じねば不発となるものであろう?
その際は全面的に争うのかえ?」
「どうかな・・・アンリは馬鹿だが良く考え手を回す奴だ。その時の対処位出来ているんじゃないか?知らんけど。
とはいえ、欲に忠実なお馬鹿さんで有名なヴェルダならノコノコ来てそれで終わりだろうよ。」
まぁの。と頷いたノイルも過去の風聞から第1騎士団長は欲目に弱い事は知っていたが臆病な癖にプライドが高く指示だけで前線に出たがらない事も知っている為に眉を顰める。
通路をフランが忍び足の練習をしながら扉に向かうのを見送りつつ伸びをして、
「想定が外れたなら被害が大きくなりそうでな。妾も知恵を回すが一応アンリにも考えさせておく事にするかえ。」
言葉と同時に立ち上がりフランの後ろに付いてくと振り返ったフランは首を傾げ、
「共犯希望ですか?」
「違うわ!アンリに話がある故、家へ向かうなら護衛してやるだけよ。」
「ほほう、では着いたらアンリさんの注意を引き付ける仕事も任せますね。あの人意外に注意深いのでしっかりお願いします。」
溜息を付いたノイルは頷きはせず歩を進めると背後から声が届いた。
「スラグの教会に連絡して探りを入れといてやる。後で連絡するから期待しとけ。」
背後に振り返ると閉じる扉の向こうからカイネが手を振っているのが見え、あれでも一応気にかけているという事だろう、と思い小さな笑みを浮かべ先を行く白衣のシスターの背を追った。




