商談 ~クラン公国 ②~
沈黙に包まれた部屋は空調の音と外から届く戦いの音だけが聞こえていた。
緊張と焦りから全身を熱くさせ額に浮いた汗を煩わしく思うリベルトは目の前の相手、アンリ達から資料に視線を落とした。
文字を追いながら思うのはアンリが先程と違った空気を放っている事だ。
王としての立場から多くの人を見てきた過去があり、その経験から相手が悪人の類なのは間違いないと思う。
現状を整理する為に脳に酸素を送るつもりで深呼吸をする。
外では戦いが続きその戦力は鬼としかわからないが気にする素振りの無い雰囲気と音が止まないことからこちらの兵で手に負える相手では無いのだろう。
それは雇った兵ではなく鍛錬と規律を守る国軍の損耗と国の象徴である城の崩壊を意味している筈だ。
そして対面するのは雑作もなく兵を倒す九尾の女とそれに従っている幻影族の3人、そして行動の振り幅の激しい王と紹介された狂人か・・・。
と、そこまで考え動きを止めたリベルトは視線をノイルとアンリに交互に飛ばしアンリを指差す。
「このおかしな人間が王・・・?」
「おい、失礼極まる言い方だな。俺のどこがおかしい?」
アンリは抗議の為に襟を整えネクタイの結びを確認し胸ポケットのハンカチーフの位置を正すと胸を張り両手を広げたポーズを取り、
「さぁ、怒らないから言ってごらん?」
「「「全部だよっ!!!」」」
全員が声を揃えた事に意気消沈したアンリは机に肘を乗せ頬杖を付くと口を尖らせる。
「お前らな・・・全否定とかそういうの良くないだろう。俺じゃなきゃ泣いてるぞ。」
「安心せい。主以外はそんな事にならん。しかし、紹介が遅れた事は事実よな。」
不貞腐れ初めたアンリを小突いたノイルはリベルト達に向け口を開く。
「こんなでも今代の魔王の1角よ。ここでの決定は東の森全土の総意と思って良い。」
「こんな、は余計だ。第一不本意で就任させられたんだよ俺は。」
リベルトは従者と顔を見合わせ数秒の間を置いてからとりあえず会釈をし気持ちを切り替え口を開く。
「まずは商談を内容の確認をさせてもらおう。」
「そうだな、幾つか話したい事はあるが1番重要なのはマルナからこの地を結ぶ大通商路建設の許可と貿易協定の参加をお願いしたい。」
手元の資料を読みながら外交関係を任せた臣下がこの場にいない事から判断を間違う訳にはいかないと思い頷く。
「先に聞いておくが魔族への侵攻を命令した理由はわかっておるな?」
「勿論、俺の商売がこの国にとって邪魔だったんだろう?
ディストラントを新たな貿易国とする判断をした時から今回の争いは起きると思っていたし情報を集めていた。」
息を飲む雰囲気をアンリを除く全員が生んでいた。
「だから聞いてくれ。手を取ってもらえるなら貴方の国はより良く栄える商談だ。」
「・・・聞こうか。」
会釈と共にありがとう。と口にし続ける。
「俺達が作る品、魔獣の素材はソドムの店を除けばディストラントにしか卸さない事にしている。それは最初に手を差し出してくれたレア王への礼儀として今後も変わらないつもりだ。
そしてその品の流れはマルナとクラン公国に商人を介して流れているな。」
リベルトの即座の頷きに情報収集をしていたのだろうと確信し、
「であれば知ってると思うがスラグは俺達の品を検閲で弾き流通させない国策をとっている。」
「そうだな。あの地は魔族軽視が強い。更に流奴も人扱いされておらん国だから尚更であろう。」
「差別主義は損をする事を知らないようで残念な話だよ。」
ハハハ、と笑うアンリは腕を組み、
「貿易協定に参加するなら商品をディストラントから直接買い入れる事が可能になる。それは大量購入による値段交渉も可能という事だ。」
「・・・そういう事か。だが商人を介さないで品を得るなら今まで得ていた関税の減少はどうするというのだ。それだけでもかなりの減収になる。」
「ココ、商人は変わらず介する、そうよな?」
ノイルの言葉に頷いたアンリは資料を差し出し、
「ディストラントから買い入れた分は輸出用として他国に売り捌くなら問題ないだろう。更に追加の品でマルナから塩や海の幸の加工品も通商路を渡り届くようにするつもりだ。
それにより今まで以上に物が溢れそれを売買する貿易国となる可能性を秘めている筈でこちらもそれを求め集う人や新しい物を得たい。
そして通商路のもう一つの価値がわかるか?」
首を傾げたリベルトに対し従者が頷く。
「商品以外にも旅人の安全が保証出来ます。」
「正解だ。国が警護し安全を確立した道があるなら付近の町や村に宿泊し金を使う者が増えるという事だ。それは国としての税収確保に繋がる話だろう。
こちらは先の事で悪いが可能なら観光関係に活用したい話がマルナから出ている。」
情報が増えた事に待ったをかけたリベルトは国の繁栄を予感させる話に高揚しているな、と思い1つ呼吸をし冷静を取り戻した。
「良い話だがそちらの利益は森で作る品の輸出量が増えるだけで良いのか?」
「この商談での利益としては充分だ。本音を言うならこの貿易協定は金を使わず商売相手を増やしたい側面が強い。」
「正直だな・・・。」
肩を竦めたアンリは肯定はせずに笑みを作り、
「一応、参加国に敵対する国家には商品の輸出を止めてもらう協定だ。成立後は今の所で言うならスラグへの輸出、商人の移動は認めれない。」
「参加国への間接的な支援という事か・・・だが停戦後は構わんのだろう?」
「あぁ、停戦協定を結んだ後なら好きにしてくれ。」
思考を働かせるリベルトは深く頷き、サインをする。
「よかろう。通商路の建設予定地の地図を用意してくれ。ついでに資材の確保も任せていいのだな?」
「もちろん、加工と資材置き場までの運搬を安く請け負うよ。」
再び頷いたリベルトは窓へ視線を送り向き直る。
「商談は終わりなら停戦協定を結ぶ話を始めても良いか?」
「最重要な商談が結べたからそれでも良いけどまだ商談はあるんだ。」
「・・・この場で無ければ駄目な話か?」
頷いたアンリと外から届く音が窓を揺らしたのに不安を増しつつ促す。
「手短に頼む。」
「重要な話なんだけどな・・・まぁ簡単に言うと流奴に関する提案だ。」
カイネは振るわれる剣の範囲を狭め選択肢を削ぐ為に壁際での戦闘を続けていた。
後退し空けた距離を即座に詰めるグレイグの行動から銃による遠距離攻撃を警戒している事が伝わり笑みが零れた。
「クク、必死だな。誰かに見られたら女を追いかけ回してたと妻に言われるぞ。」
「黙れっ!」
言葉と同時に踏み込み横薙に振るった剣は硬い音を響かせカイネの腕に阻まれた。
起きた事の意味がわからず僅かに硬直した間にスルッと懐に潜り込む姿があり全身から冷や汗を感じる。
防御魔術式は見えなかった・・・何故だ?いや、それより攻撃を避けなければ・・・。
タックルに備え腰を落とし受け止めた時左膝裏に激痛が走りそのまま崩れ落ちた。
確認の為に視線を向けた顔に膝蹴りが打ち込まれ強制的に天井に向けられた。
そこには心底楽しそうな笑みを浮かべるカイネの顔と手にしたミスリルダガーが見え原因に気付いた時伸びきった身体に鋭い蹴りを受け背後に吹き飛ばされた。
「まだやれるだろう?アンリ達の話が終わるまでもう少し遊ぼうか。」
咳き込み軋む身体を起こしたグレイグは壁に手を付き指輪から出した回復薬を左足にかけ続行の意思を示す。
「まだ・・・まだ負けていないっ!」
「負けてない?クク、もう気付いてるだろう。」
壁に背を預けたカイネは肩を竦め、
「お前らが侵攻を選んだその時から負けていたって事くらいな。」




