VSクラン公国 ⑥
鍋から湯気が立ち上る厨房で調理をするアンリの背を眺めながらサラはパンを切り分けていた。
人数分とラズに送る弁当分を切り分けたつもりだったが1切れ余りどうしようか、と首を傾げると厨房の入口でメモを片手に調理手順を書き写している女と目が合う。
アンリ達が厨房を借りる条件に宿屋の店主の知り合いに調理を教える事になり来た者だ。
「・・・・・・。」
「・・・リビエラだったな。そんな所で見ててもわからんだろう。」
「あ、いえ。邪魔をする訳にはいかないので・・・。」
2人の会話に振り向いたアンリも頷き、
「邪魔してるのは俺達だから気にしないで良いよ。」
「だそうだ。このパンもやるから味見もするといい。」
僅かに戸惑い、パンを受け取ったリビエラは会釈をしてアンリの隣に立ち鍋で煮込まれている赤黒っぽいソースに目を向けた。
「これは?」
「デミグラスソースだよ。
小麦粉をバターで炒めたルーに豚骨から取った出汁を入れて煮詰めた物だ。赤ワインと胡椒で味を付けてある。」
「出汁・・・?」
アンリが指差す別の鍋には豚骨とローリエ、セロリ、玉葱、人参、にんにくが煮込まれた出汁があった。
それらを見える範囲からメモに書き写していると石窯に入れた肉の確認を終えたアンリが振り向いた。
「じゃあ次は面白い付け合せだ。アリゴって言うんだが簡単に言うなら伸びるマッシュポテトだな。」
「それも教えてもらえるの?」
「勿論。簡単に作れるけどカロリー高めだから食べ過ぎには気をつけてね。」
厨房に向き直ったアンリは深めの鍋でバターとすりおろしたにんにくを弱火で炒めつつ茹でたジャガイモを裏ごしする。
にんにくの香りがバターに移った頃牛乳と刻んだチーズを入れヘラで混ぜながら裏ごしたジャガイモを少しずつ加え、塩胡椒で味を整えれて完成した。
ヘラを使い伸びを確かめ味見をしたアンリは内心でチーズの鮮度の悪さに舌打ちをした。
フレッシュチーズを使えばもっと美味しく仕上がる筈だが手に入らないからな、と思い項垂れる。
メモを終えパンにデミグラスソースとアリゴを乗せ口に運んだリビエラは大きく目を見開きアンリを見た。
「どうだ?もっと新鮮なチーズなら笑える位伸びるんだが俺の腕の無さも相まってこんなもんだろう。」
「いやいや、すっごく美味しいですよこれ!!」
サラも味見をし流石だ、と親指を立てまた口に運ぶ。
「食いすぎるなよ。一応注意する点は冷めたら固まるからその時は牛乳を加えて加熱すればいい。
後は肉が焼けたら完成だから気になる事があれば答えるよ。」
2人が料理の話をしている横でサラは気兼ねなくアリゴの味見をし続けていた。
森の中で両軍の戦闘方針は明確に違っていた。
先に通さない事だけを重視し地の利を生かしきる魔族に対し集団戦闘を持って突破を試みるクラン公国の軍は幾度と無くぶつかり両軍に死者、負傷者を増やしながら膠着状態に入った。
その1つ魔族の軍を指揮しているリゼは素直に敵を讃えていた。
数名のホビット族に担がれ軍後方へ運ばれていく同族に視線を移し拍手を送る。
「凄まじいな。同胞が倒される程の技量を持つとは思っていなかった。」
「随分冷静だな。怒り狂うと思っていたが?」
ハハ、と笑い木の根に腰を下ろしたプラタの声に応える。
「我等が出る戦いは犠牲無く終わるような遊びではない。全員がそれを理解している故に相手を賞賛するのだ。」
「そうか・・・。ならここからどうする?相手の後衛は野営の準備に入ったらしい。
エリザが探りに入りルークス達は奇襲の準備で一旦下がったようだが?」
「構わん。夜は夜魔族が主役となる時間だ。こちらも負傷者の救護と前線の維持だけ行えば良い。」
つまらなさ気に立ち上がったプラタは伸びをしてルークス達がいる後方に歩を進める。その背に、
「もうひと暴れするのか?」
「獣人共と行動するのは気に食わんがな。それ以上にアンリには恩がある。」
首を傾げたリゼに振り返り、
「あいつは毎週、我等の慰霊碑に献花と祈りをしている。どれほど忙しく暇のない時でも失われた我等の同胞に時間を割いてくれていた。
情けない話だが私がそれに気付いたのは最近だ・・・。」
溜息を着いたプラタは目頭を抑え歩みを進め口を開く。
「訪れる度に掃除がされ季節の花があった。その一部は森では手に入らない花でこの地にそれを取り寄せれるのはアンリしかいない。
・・・責任を感じているのが私だけではないと、そう言われた気がしたよ。
せめてあいつが出来ない事でその思いに報いたい。」
「そうか・・・、私も思う所はある故その感傷を笑う事はせん。この場の防衛がある故共に行くことは出来んがこう言わせてくれ。」
背を向け歩み続けるプラタに頭を下げ、
「共に戦う道を選ばず済まなかった。」
振り返らず手を挙げ応えたプラタは歩みを早めた。
身を回転させ剣を振るうファルモットは左足に矢が刺さる痛みに身を竦め舌打ちをする。
既に動きを見切られている事も理解し、それでも引けないのは相手が微笑んでいるからだ。
自分では相手の命を脅かす存在にはなれないのかと、悔しさに身を震わせる。
過去にも強敵との出会いはあり、それを乗り越えた今が自分だ。それを笑われている気がして怒りに身を任した。
対するラズは指運で矢を投じつつ迎撃の氷魔術を躱し笑みを濃くし素晴らしいと思う。
身体の使い方もスキルの使用方も魔術の精度もどれをとっても褒める所しかない。
慣れぬ戦い方だった筈がいまや馴染んだものになっているのは弛まぬ鍛錬と経験によるものだろう。
更に自分を味方に近づけぬように場を選び剣を交わす姿から正しく戦場全体を把握しているのが伝わり感嘆の吐息を洩らした。
これ程の使い手であれば殺すのは惜しいと思い、そして命をとしてでも成すべき事がある事に共感を感じる。
相手が必死になる事があるように自分にも過去に交わした約束があり、任された今がある。
それを成すために1歩踏み込み身に迫るファルモットの懐に入りつつ右腕に矢を突き刺しそれを押しながら左掌底で顎をかち上げる。
顔を浮かせた相手の視界の外で右腕に刺さった矢を握り勢いそのまま地に叩きつけた。
1つ大きく呼吸をしたラズは左腕が裂かれている事とファルモットの剣が逆手でない事から咄嗟の判断でスナップ1つで迎撃する為の対応をしようとした事を悟り1歩距離を開けつつ懐から取り出した回復薬を傷口にかけ口を開く。
「流石ですね。貴方の積み重ねた武はこの身を断つ域に届いていましたよ。」
「・・・そりゃどうも。だが負けたのは変わんねぇな。」
身を起こし腕から矢を抜いたファルモットは目の前で微笑むラズの傷口が光り消えていくのを見た。
「中級回復薬か。いい物持ってるな。」
「アンリさんが皆の負傷を気遣い買い揃えてくれた物です。」
「あぁ、上級回復薬は流通が殆どねぇからいい判断だな。羨ましい金の使い方だ。」
1度頭を振り叩きつけられた余韻を逃がしたファルモットは武器を捨て、スキルを解除しラズに頭を下げた。
「俺の命と引換にアンタの行動時間を3日くれ。」
「・・・フフ、魔族の私がそれを守ると?」
頬を伝う汗は痛みを堪えるものと今の言葉に込められた殺気から生まれていた。
それでも頷かなければ、と覚悟を決め思うのは祖国を追放された時の事だ。
国をルフラの侵略から守る為に戦い、多くの敵を殺し、奪われた多くの地を取り戻した。
凱旋の度に国民が喝采を挙げ部下共々迎えてくれたその時間は同盟締結を持って終わり、その時から同盟を円滑に進める際の厄介者扱いされ犯罪者のように身を隠す生活に変わった。
その後両国の取り決めで俺は国の独立自治権と関税のない流通経路を対価に国外追放の処分となり傭兵家業に身を落とす事になった。
あの理不尽に比べれば今回のは力不足だったで納得出来るわな・・・。
「頼む。アンタを商人の連れと見込んでの商談だ。」
ラズは静かに歩みを進めつつどうしましょう、と思う。
戦闘能力は勿論、立場や知識から出来るなら始末しない方がいい人物です。
しかし、相手の技量に感心し覚悟と場に流された今の自分はこの交渉を飲んでもいい気がしている。
迷い僅かな葛藤と共に短刀を振り上げたラズは了承を相手に伝える為に口を開く。
「この一刀の後、私は3日間貴方の国の者に手を出さない。それで宜しいですか?」
「恩に着る。アンタ最高にいい女だ。」
フフ、と笑いラズが腕を振り下ろし、起きた結果に溜息をこぼし目尻を下げ口を開く。
「これも天命・・・というものですね。」
ラズの手から短刀が消え別の物が握られていた。




