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八話  秀吉の成金趣味

 


 安土に移り住んで半年以上過ぎた頃、江の嫁入りが決まった。


 相手は佐治一成。

 母上の妹お犬の方の息子、つまり織田方の従兄弟となる。


 良縁と言えば良縁なのだが、どうして一番下で十一の江が最初に嫁ぐのかと誰もが疑問に思った。

 相手の佐治一成は十六。

 長女の茶々は十五、順番でも齢を見ても茶々が行くのが妥当だ。


 周りの者も、順を飛ばした末の妹の嫁入りをいぶかしみ、いろいろなうわさが飛び交った。

 ある者は、俺たち三姉妹は織田の姫であり秀吉も扱いには慎重にしないといけないため、まだ幼く言うことを聞きやすい江から嫁がせたとか。

 ある者は、上の二人はもっと重要なところに嫁がせようと狙っているとか。


 一番多かったのが、お市の方に似て美しい茶々を、秀吉が側室にするために手元に残したという噂。

 元々俺たちもそれを心配していた為に、その噂はとても唾棄すべきものだったが信ぴょう性があった。


 なら俺は何なのか。

 茶々を側室にするために手元に置いておくなら、順番で行けば嫁入りするのは俺のはずだ。

 なのに二女である俺すら飛ばして江を嫁がせる。


 もしかして秀吉は、俺が男だと気が付いているのではないか。

 秀吉の情勢が落ち着いた頃に、俺の秘密をばらして秀吉自ら処刑するつもりなのではないか。


 俺と茶々はその可能性を恐れた。

 できれば江の嫁入りの意図を誰かに問いただしたかった。

 茶々なら直接秀吉に意図を聞くこともできたはずだ。

 だけど藪蛇をつついて出すことを恐れた俺たちは、納得できないまま江を見送ることとなった。



 三姉妹が初めて離れ離れとなることが心細かった。

 だけど嫁いでいった江が、幸せな生活を送れるように祈った。


 江は小谷落城時、赤ん坊で浅井の記憶が全くない。

 浅井・織田の姫として育ち俺たち姉妹の長である茶々や、実質浅井の嫡男となる俺とは違う。

 このまま秀吉の元を離れ、いろいろな家のしがらみなど一切絶って幸せになってほしいと心から願った。



 だが、江の結婚生活は一年ももたなかった。

 恩義ある信長様亡き後、織田家を好き勝手に扱った秀吉にとって、俺たち三姉妹も政略の為の道具でしかなかった。


 茶々の具合が悪いと江をだまし大坂へと戻らせ、そのまま強引に離縁させた。

 江の夫である佐治一成が、秀吉の敵方が逃げる手助けをしたのが理由だという。


 江は無理やり離された夫や婚家を慕い、泣いて帰りたがった。

 江の嫁入りは実質養女として預けられただけであったが、どれだけ江が大事にされていたよく伝わり、切なくて悲しかった。



 江が佐治一成と離縁させられる半年ほど前、かねてより取り組まれていた大阪城が完成した。

 三法師さまをはじめ、羽柴家の家臣たちと俺たちは、大阪城へ移り住むこととなった。


 元々秀吉は三法師さまを担ぎ出す際、織田家の当主として安土城に三法師さまを据えることを約束していた。

 屋敷は残っているものの本丸は燃え落ちた安土城、再建してから三法師さまを移すのだと皆考えていた。

 ところが実際は、残った屋敷に三法師さまを住まわせただけ。

 

 そして今回の大阪城への入城となる。

 もはや三法師様を織田の跡継ぎとごまかすのさえもやめ、堂々と自分が天下人だと名乗り出たようなものだった。




 輿に揺られながら大坂の街に入ると、今まで聞いたこともないざわめきに包まれた。

 思わず何事かと小窓からそっと覗いてみると、溢れんばかりの人々が街道にひしめきあい、大阪城下町を通り抜ける俺たちの行列を驚愕の顔で見入っていた。


 大坂城下町の人々は秀吉関係者たちの豪華な行列に度肝をぬかれたようだが、俺も人と物の多さに仰天した。

 大名行列を前に皆神妙にしているのだが、人が多すぎてささやき声がまるでセミの大合唱のようにわんわんと迫ってくる。


「賑やかでございましょう? これでもまだ、大阪城下町の端でございますぞ」


 存外近くからかけられた声に我に返れば、輿の横を歩く護衛の武将と目が合った。

 はしたないと気づいて返事もせずに顔をひっこめたが、ますます大きくなっていく音の奔流に、まだ見ぬ大阪城の規模の大きさを想像してめまいがしそうだった。


 穏やかであった清州城や雪に閉ざされた北の庄城とは違い、この城下町だけで底知れぬ勢いにあふれた城であることをまざまざと感じさせられた。



 大阪の城下町も見事なら、城の中も開いた口がふさがらないほど豪華絢爛であった。

 城と言えば安土城や北の庄城などの、戦に備えた砦の役割をもつ。

 だがこの大阪城は、天下人秀吉が君臨するための御殿だった。


 もはや秀吉の天下はゆるぎないものだろう。

 だがしかし、しかし一つだけ言わせてほしい。


「なんという悪趣味っ!!」


 俺たち三姉妹に用意された部屋で、周りに誰もいないことを確認して俺は思わず叫んだ。


 入城した者たちを秀吉はもてなし、そして自ら城の中を案内して回った。

 その一つの部屋に、俺は、いや他の者も愕然とした。


「何なの、あの黄金の茶室! 信長さまの側にいながら、趣の何たるかをちっとも学ばなかったのか、あの田舎猿!!」


 茶とは静を尊び、もてなしの心意気を楽しむもの。

 だというのに秀吉が用意したのは、壁一面金色のごてごてした茶室に金一色の茶道具だった。


 確かに権力の象徴として黄金を用いる武将は数多くいる。

 かの信長さまも、安土城の天守に黄金の部屋を作られた。

 実は清州城にいた時信長さまは、安土城が完成した祝いに母上と俺たち姉妹を招待したことがある。

 あのときも豪華絢爛な装飾と、初めて見る六層建ての高いお城に驚いたものだ。

 信長さまの黄金の部屋は、八角形の特殊な形や描かれた宗教画もあいまって、幼いながら神聖な場所に思えた。


 しかし秀吉はなぜ茶室を黄金一色にしてしまったのか。

 自慢げに金色の茶室を紹介する秀吉に、その財力を驚けばいいのか、救いようのない品の無さを驚けばいいのか正直戸惑ってしまった。

 何とも言えない衝動に襲われ、自分の部屋に帰った後で思い切りもやもやを吐き出した。

 そんな俺の横で、茶々も思い出したように顔をしかめて打掛の袖で口元を隠した。


「どんなに権力を持って己を飾っても、芯は隠せないもの」


 茶々の静かな憤りに、取り乱している自分がはしたなかったと気付いてその場に座り直す。

 だけどまだもやもやとくすぶるものがあり、つい茶々に訊ねた。


「あの茶室を作る前に、誰か止めるように忠告できる者はいなかったのかな」

「元々あの茶室は千利休が監修していたらしいのだけど、どこでどう間違ったのかしら……。噂では利休が激怒して秀吉にくってかかったと聞く」

「そうだよね……」

 

 利休の茶は「わび茶」だ。

 茶室は狭く薄暗く、茶碗も質素で清楚。

 一切の華美をそぎ落とした中で、独特の心的世界を繰り広げるという。


 あの黄金の茶室は利休の世界と真逆をいく。

 すでに利休は茶人としての立場を越え、秀吉政権の内政を担当しているといっても過言ではない。

 秀吉子飼いの武将たちと同じように大阪城に屋敷まで頂いている。

 とはいえ町人出身の茶人が重用されている現状に、内心良く思っていない者も多い。


 この黄金の茶室は、天下人になろうとする秀吉の権威の象徴であると同時に、利休との不和を示す違和として大阪城で存在し続けることとなる。



「あ~っ、思い出しただけでムズムズする!! やっぱり悪趣味だぁあああ!!」

「初、はしたない!」


 

 ところが俺の嫌悪したあの黄金の茶室。

 組み立て式で分解してどこにでも持ち出せたらしく、何かと行事で使われ、天皇をお招きするのにもつかわれたという。


 す、凄いとか思ってないからな!

 せいぜいその悪趣味さをいろんな人間に見せて回って笑われればいいさ!



 天正十三年1585年、秀吉は朝廷から関白の位を授かった。

 これにより朝廷の臣として最高位を得たことになる。


 そして次の年、秀吉は太政大臣となり、羽柴姓をあらため豊臣姓を名乗りだす。

 天下人豊臣秀吉の誕生だった。



 天生十五年1587年

 京での政務をこなす居館としてかねてより建設されていた聚楽第が完成した。

 「長生不老の楽しみを(あつ)める」という御大層な意味の名を持つ聚楽第は、天守閣もあり城郭のかたちはしていたが、ふんだんに金箔や七宝があしらわれており殿上人の御殿もかくやという豪華さと噂に聞いた。

 

 俺がいる大阪城も想像を絶する豪華さだというのに、更にそれを上回る聚楽第を立てる秀吉に、もはや豊臣の治世の安泰を疑うものはいなかった。



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