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五話  お年頃な男の娘

 

 母上と勝家どのの婚儀が決まってから四ヶ月後の十月、大徳寺で信長さまの葬儀が行われた。

 喪主は羽柴秀吉。

 母上と勝家どのは葬儀に出ず、北の庄城に移動した。



 越前に向かう道の途中、湖北の地を通った。


 乗っていた輿が止まり何事かと外に出て見れば、両膝を地につけて手を合わせる母上の姿があった。

 母上の様子に仰天し何事かと山を仰ぎ見れば、はるか山頂に打ち壊された城の跡が見える。

 そこで俺は初めて、ここがかつて俺たちが暮らしていた小谷城跡なのだと気が付いた。


 ふと我に返れば、母上の隣で茶々も同じように手を合わせていた。俺は輿からちょうど降りてきた江の手をひき、母と茶々にならって手をあわせた。

 

 しばらく小谷の城に向かい皆それぞれの思いに浸った後、言葉少なに越前の地を目指した。




 北の庄城に入り、正式に勝家どのと対面した。

 勝家どのは齢六十過ぎで髪と顔半分を覆う髭は白かったが、見上げるような背丈と若造に負けない筋骨隆々の身体をした立派な武将だった。

 聞けば若い時は『鬼柴田』と名を轟かせていたぐらいで、それは六十を超えた今もなお頷ける勇猛ぶりであった。


 そんな厳つい勝家どのは、俺たちを主君信長さまの姪として敬って迎えてくれた。

 勝家どのは俺たちの義理の父になるのだから立場は上となる。

 母上がどんなに「勝家さまはこの娘たちの父となるのですから……」と何度言っても、織田家家臣として母上をはじめ俺たち三姉妹を『姫』として丁重に扱った。


  一線をひいた対応はどこか寂しいものはあったが、秀吉が信長さまのご子息たちを利用しているのに比べれば、愚直なまでの忠義心に胸が熱くもなった。




「姫さま、越前の地は和紙が盛んでございます」

「わぁ! これは見事ですね」


 この日は勝家どのが、色鮮やかな和紙でできた人形を俺たちにくださった。

 その模様、色鮮やかさ、どれをとっても目を見張る素晴らしさである。童が扱うおもちゃではなく、立派な芸術品だった。 

 俺たち三人それぞれ柄の違う人形をいただき、皆うっとりと己の人形に見惚れる。


 そんな俺たちの様子を見て、勝家どのは笑顔で額の汗をふきながらふっと漏らした。


「姫さま方のお目にかない、この勝家ほっといたしました」

 

 たぶん無意識にもらした一言だが、心当たりのあった俺はうっと息詰まった。



 勝家どのは母上や俺たちに不自由はさせないようにと、豪華な反物や帯をたくさん取り寄せてくれた。

 年頃の娘が気に入りそうなものも、勝家どののお年からすればとても頑張って考えてくれる。

 その気合の入りようはただ事ではない。

 

 だが、俺は中身は男だ。


 赤や金をあしらった豪華な着物や、桃や橙色など可愛らしい色合いの着物を贈られても心踊らない。

 もちろん勝家どのの気合の入った心遣いはとても嬉しいので喜んでいるふりはするのだが、往年の武将の鋭い観察眼をごまかすことはできない。


 更に俺も十四の年頃となり、あまりにも女らしい恰好をするのが少し恥ずかしくなった。

 髪を伸ばした小袖姿は変わらないが、色は紺や藤や藍など抑えた色の恰好が多かった。



 勝家どのはそんな俺を心配してくださる。

 面と向かって言うことはないが「もっと娘らしく華やかな装いをすれば良いのに。何やら遠慮されておるのかのう」と母上に漏らしているのを知っている。



 茶々は元々大人びていたけど、このころには出る所はしっかり出てすっかり女らしい体つきになっていた。

 更に両親譲りの恵まれた背丈に、母上によく似た美しい姿。迫力のある美女といえばよいのか。

 誇張ではなく、本当にすれ違う男たちは皆茶々に目を奪われては意味ありげなため息をついていた。



 比べて一つ違いの俺。

 相変わらず大きくなった今でも食が細く、背だけは両親譲りでひょろりと伸びた。

 が、女らしい丸みはもちろんのこと、男としても薄い貧相な姿に成長してしまった。

 男であることを極度に恐れたためか、体毛は薄く髭も生えず、男の証は幼子の頃のまま。

 下手をすればそこらの女よりもか弱いという始末。


 こんな俺だから、勝家どのは「もっとお肉をつけなさい」とか言ってくる。

 そこはちょっとぐらい気づかって遠回しに言ってほしい。


 顔は絶世の美女と名高い母上に似たのか、また美形ぞろいの織田一族の血のおかげか、茶々に劣るもののまぁまぁ評判は良い……と思う。

 化粧はまだしないが、腰まである髪を結わえ小袖の着物を着た俺は、どこからどう見ても姫だった。

 この現状に、いまだ俺のことを浅井の復興を担う嫡男として見ている茶々は、たまに苦い顔をする。

 何も知らされていない江にいたっては、俺のことを姉と信じきっている。


 ちなみに江は、小柄で丸く、天真爛漫な愛くるしい少女となっていた。

 どうせ俺は浅井三姉妹の地味な子ですよ!




 北の庄城でも、俺たちは姫としての教育を母から受けた。


 母上は二十代で初めて浅井の父に嫁いだが、このころの女性としてはかなり遅い嫁入りといえる。

 いわゆる行き遅れ……おっと母上の視線が怖いゲフンゲフン。

 

 信長さまの家臣であった前田利家どのの奥方なんて、十四のときに長女を御産みになったという。

 ……一体いつから仕込んだのか、おっと、茶々からの視線がなにやら痛い。


 

 つまり茶々ももう嫁入りしてもおかしくない齢であり、母上もそのことを気にかけておられたんだと思う。

 なんだかんだ言って信長さまがご存命の時は、母上をはじめ俺たちが下手なところに嫁がされる心配はなかった。


 信長さまのお子は二十二人いて、姫君だけで十一人いたという。それだけ姫君がいれば他国との取引(ほぼ人質として)に嫁がされた姫は多いと思っていた。

 だけど信長さまの姫君はほぼ全員、同盟国か家臣など信長さまの目の届くところに嫁がせたという。

 娘が嫁いだ後も、嫁ぎ先でいびられていると聞けばその家に圧力をかけて娘への待遇を改善させた。

 かの徳川家康の奥方とご長男は、それで命を落としたという。


 自分の一族には本当に情が深い(ごくあま)お人だったのだと思う。

 うん、俺もその情を受けた一人だったな……。



 だがその信長さまはもういない。

 秀吉に対抗するつながりを強くするため、嫁に嫁ぐ必要も出てくるだろう。

 勝家どのはそんなことのために嫁には出さぬと厳つい笑顔で言ってくださるが、この乱世の時代はいつどうなるかわからない。



 ただでさえ女装した男の俺はどうなるのか。

 勝家どのはとても親身に俺たちに接して下さる。

 「実は男なんです!」て言っても、柴田さまは俺のことを殺さないと思うし、正直なところもう女装している意味はないような気もする。

 

 

 今思い返してみれば、清州にいたとき信包様も信長さまも俺が男だって気づいていたんじゃなかろうか。だって幼子が九年間も隠し通せるとは思えない。

 あんなに身内に優しい信長様だもの、妹である母上のことを想い俺のこと目をつぶっていてくれたんではないかと勝手に思っている。

 それに時々、男に戻って勝家さまや織田家家臣団の武勇伝をお聞きしたいという思いも湧いてくる。


 だけど自分が男であることを意識するたびに、串刺しにされた幼い兄上を思い出して身体が恐怖にすくんでしまう。


 そんなわけで、この北の庄城でもずるずると姫として暮らし続けていた。

 

 

 


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