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三十三話  立花軍の猛攻



 

 夜襲から明けた次の日。

 あれほどひっきりなしにあった攻城の手は、ぴたりと止んだ。

 援軍を待っているのではと警戒もしたが、昼を過ぎても特に兵が増えるでもなく、城外は不気味なほどに静まり返っている。


「食料でも尽きたのでしょうか?」

「さすがに五日しか経っていないし、それはないでしょう」


 籠城側が勝つ状況の一つに、攻め手の食料が尽きてしまったというのもある。

 城に閉じ込められた状態の籠城側のほうが不利に思えるかもしれないが、一万もの兵が何日も、長期戦ともなれば一ヶ月ほどの食料を、調達したり運んだりするのはとても難しい。

 更に、城内にいれば台所でいろいろな料理ができるのだが、野営となれば携帯食や乾燥させた米を湯で戻しただけの味気ない粥などしか食べられない。そんな食事が延々と続き士気が落ちてきた兵たちの目の前で、暖かい汁や握り飯を食べてみせれば面白いほどに気力が削げていくと聞いたことがある。

 ……えげつない。だが、めちゃくちゃ効くんだろう……。


 この籠城戦の常識をひっくり返したのが豊臣秀吉で、財力に物をいわせ食料を大量に持ち込み長期戦にもちこんで、逆に城内の兵たちが餓死するのを待つという有り得ない戦法で勝利してしまった。他にも、城の周りに堤防を築き、川をせき止めそこらじゅうを水浸しにし、城内に疫病を流行らせて勝利したということもあった。


 おぉ、この大津城攻めに秀吉のような武将がいなくて本当に良かった……。思わず鳥肌がたってしまった。



 結局その日は一度も攻撃を受けることもなかった。戦が長引けば小休止という日もある。

 前日に夜襲が成功していることもあり、その日の大津城内は皆余裕のある態度で過ごしていた。


 いや、ひとつ城内で騒動があった。

 皆が余裕を取り戻すと、城内に黒田伊与の姿がないことに気が付いた。

 思い返せばここ数日、誰も姿を見ていない。


「黒田さまは、最後まで開戦に反対されていた」

「もしや、敵方に寝返ったのでは……」


 表立って声に出すわけにはいかないが、人伝いにそのような不穏なうわさが拡がっていく。

 高次どのはすぐに重臣を集め、黒田伊与の行方を誰か知らぬか問うた。

 すると。


「伊与に放り込んでござる」

「は?」


 京極の猪武者、赤尾伊豆がこともなげに言ってのけ、意味を理解しかねた高次どのがもう一度問い返せば。


「あの男、開戦前に奥方さまの元へ使者がおとずれた際、一人でなにやらこそこそと会うておりました。敵に通じておる疑いもあり、伊与丸に放り込んでおりまする」


 伊与を伊与に放り込むと言われれば一瞬混乱するが、この大津城には、湖上に突き出た本丸の隣に、『伊与丸』という蔵がある。この蔵にわたる通路は一切なく、船で行かないといけない孤島のような建物だ。

 つまり一度閉じ込められてしまえば、外から助けが来ない限り、脱出することのできない水上の牢である。


 事情を知った高次どのの心境は、いかなるものであったか。その場にいなかった俺にはわからない。まぁ、ろくなもんじゃなかったろう。

 高次どのはすぐに伊与丸へ人をやり、数日ぶりに黒田伊与は助け出された。

 夏場とはいえ、水上の蔵に数日閉じ込められていた老臣だったが、意外と衰弱の気配はなかった。逆に顔を真っ赤にして額に血管を浮かせながら、赤尾伊豆やそれに加担した家臣たちを力の限り罵倒したと聞く。


 もう、…………何やってんの。


 ちなみに今回の騒動の首謀者である赤尾伊豆は、戦の最中ということ、先の夜襲の手柄と相殺でお咎めなしとなった。

 城内も勝ち戦の興奮がしらーっと冷め、冷静になったともいえる。


 伊与を伊与に放り込む……、本っ当に笑えないからっっ!!




 あくる十二日。

 今までの攻撃が児戯と思えるほどの猛攻撃が始まった。

 攻め手の先鋒は立花軍。

 塹壕を掘って矢弾を防ぐ竹束を配置し、立花道雪が発案した「早込」という方法を用いて、従来より三倍も速い鉄砲銃撃をくりひろげた。

 たまらず京極家の前線は鉄砲狭間を封鎖。

 立花家の家臣に、一番槍で前衛を突破されてしまう。



 翌十三日。

 立花軍の猛攻に耐える大津城の、ちょうど城下のあたりで落雷のような轟音と衝撃が響き渡った。

 途端に侍女たちの顔色が変わり、おろおろとしはじめる。


「こんな時に落雷でしょうか? 縁起でもない!」

「立花家の先代当主は、雷神とも呼ばれた男と聞きまする。もしや立花軍には、雷神の加護があるのでは……」

「そのような馬鹿な話があるものか! はよう調べてまいれ!!」


 雷とは、古来より神の怒りや祟りと恐れられている。

 戦の最中に陣内に落雷などあれば、兵の士気は木っ端みじんとなるだろう。侍女たちも落雷に怯えているのではなく、雷が京極家にとってどのような意味をもつのか考えては怯えていた。


 廊下に出た侍女が空を見上げるも、夏の空には雷を鳴らすような雲は見当たらないという。

 雷でないのならばそれに越したことはないが、ならこの音の正体は何だというのか。


 と、不気味に思っていると、再び轟音がして思わず身がすくんだ。

 しかも今度は、さきほどよりも音が近付いているような気がする。かまえて聞いてみると、落雷というよりは何か巨大な物が当たっているような音にも感じる。


 まさか、すでに三の丸、二の丸が落とされ、自分たちのいる本丸が攻撃されている状態なのだろうか――!?


 思いついた理由に血の気がひく思いでいると、原因を確かめにいった侍女が慌てて戻ってきた。


「奥方さまっ!! 山の中腹より、大筒(おおづつ)での攻撃を受けているとのことでございますっ!!」

「なっ、大筒っ!?」


 報せをきいて、俺と侍女たちは皆とっさに顔を見合わせる。その表情を見る限り、たぶん皆の思いは同じだ。

 その場にいた女たちを代表し、興奮と疲れでいまだ息の整っていない侍女に俺が尋ねた。


「大筒とは、何……?」

「あっ。わ、わたくしも知らないのですが、聞いた話によりますと――」


 大筒とは、後の世で大砲と呼ばれる南蛮由来の大型武器である。

 乱暴に言ってしまえば巨大な鉄砲で、火薬の力で人の頭ほどある鉄の玉を吹き飛ばして攻撃するものである。


 元々立花家は豊後の大名、大友宗麟の家臣であった。大友家は南蛮貿易が盛んであったため、日本で初めて大砲を手に入れた、もっと言えばこの時に大砲を持っていたのは大友家とそれに仕える家だけだった。

 その威力はすさまじく、国を滅ぼすこともできる攻撃力ということで『国崩し』という名もつくほどである。


 だがこの大砲という代物、とっっても使い勝手が悪かった。

 まず持ち出そうとするともの凄く重く、移動に時間と手間がかかる。

 そして当たれば一撃で何でも木っ端みじんにできるのだが、火薬をくうわりには飛距離もそんなになく、そして飛んでもなかなか当たらない。

 合戦で敵陣のど真ん中に打ち込めば、人馬に当たらなくてもその威力で多大な影響を及ぼすことができる。

 大友家は大砲を城に装備して籠城戦などに用いたというし、立花軍も徳川軍との衝突した際に使うつもりで運んでいたと思われる。


 はっきり言えば、大砲は攻城戦にはめっきり向いていない。

 的である城は大きく動かないが、まず距離も高さも足らずに城まで玉が届かない。

 最初だけなら敵の気勢を削げるかもしれないが、運ぶ手間と必要な火薬の量を考えれば割に合わない。

 後から聞いた話なのだが、大津城に使われた大砲の轟音は京都まで響いたらしく、町民たちが弁当を持参して、ひょろひょろ飛ぶ玉が城に当たるかどうかを賭けながら見ていたという。

 それぐらい使えない、……はずだった。


 ならば何故、それを熟知している立花軍がこの大津城戦に持ち出してきたか。それは――――



 突如耳をつんざくような轟音と、激しく揺さぶられるような衝撃に襲われ、悲鳴を上げる間もなくその場に倒れこんだ。

 思わず頭を庇った腕に、ぱらぱらと天井のかけらが落ちてくる。

 咄嗟に部屋が崩れるかと恐怖に身をすくませたが、衝撃はすぐにおさまり小さく息を吐いた。


 侍女たちが言葉もなく、俺をかばうために身を寄せ合う。

 誰も口にしなかった、いやできなかったが、とうとう大筒が本丸のどこかに直撃したようだ。



 立花軍が攻城戦にあえて不利な大砲を使用した理由。

 それは大津城の特殊な立地条件にあった。


 大津城は本丸が城下よりも低い位置にあり、なおかつ近くには長等山がそびえたつ。

 立花軍はこの山の中腹に大砲を用意し、本丸よりも高い場所から打ち下ろしてきたのだ。

 しかも歴史上において何ともありがたくないことに、日本で初めて城に大砲を撃ち込まれたのが、この時なのである。

 この着弾は京極家に、いやこの戦況に大きな影響をもたらした。


 戦略を変えた立花軍は、大津城の守りの要であった広大な堀を全軍で埋め立てた。

 それにより大津城の一番外を守る、三の丸を高く囲む石垣があっけなく突破されてしまう。

 封鎖していた関も破られると、外の三の丸、次いで内の二の丸が、一日にあっけなく陥落。


 残るは、本丸のみとなった。





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