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二十一話  キレ者なれどキラワレ者

 


 慶長四年の一月、かねてより予定されていた茶々と秀頼の大阪城への移動が行われた。

 大阪城は堅牢なつくりをしており、自分亡き後の妻と子を想った秀吉の遺言であった。


 政の場も伏見城から大阪城へと移った。

 政をつかさどるのは徳川家康を筆頭とする『豊臣五大老』。


 そしてもう一つ。

 石田三成を筆頭とする『豊臣五奉行』である。


「……五大老と、五奉行?」


 高次どのに教えてもらったのだが、正直なところよくごっちゃになって何度か聞きなおした。

 簡単に言うと『五大老』は『有力な大名たちの集まり』で、『五奉行』は『豊臣家の家臣たちの集まり』なのだそうだ。

 聞いたそのときは理解するのだが、後で「五奉行どのたちが……」と話を聞けばどちらのことだったがやっぱり混乱することが多々あった。

 でも俺以外の人もけっこうごっちゃになっていたみたいで、高次どのが家臣たちと話していても「五奉行どのが……」「いや、それは五大老どのの話であろう!」と家臣同士でもめることが結構あった。

 もっとわかりやすい呼び方にしてくれればいいのに……。



 豊臣家臣である五奉行の筆頭、石田三成はとても頭の切れる男で有名である。

 大陸に残っていた武将たちが無事に国元に帰れたのも、この三成が緻密な計画を立てたおかげだという。 


 だが残念なことに、彼は嫌われ者としても有名だった。


 噂で聞くには、会う人会う人全てを不快にさせる何かを持っている人なんだそうだ。

 秀吉自身が人たらしだっただけに、そんな人物が政の要となっていることが不思議だ。

 だがあの高次どのが三成に会った後は珍しくいらだちを隠そうとしないのを見るに、相当な人物だということは理解できた。


 更にうち京極家は近江の名門なのだが、三成は近江の寺の小姓出身であるにも関わらず京極家に対して敬うこともせずに他の武将と同等に扱う事が、京極家の家臣たちには許せない。

 これは茶々から聞いたことなのだが三成は忠義の男といえば聞こえはいいが、とにかく秀吉が一番の男だそうで、秀吉以外は尊敬に値せず部下の一人でしかないという思考らしい。

 ということでうちの京極家はみな三成を嫌っている。


 更に三成の仕事とは、各武将の評価を秀吉に報告することだった。

 何の手心も加えずにそのままの評価を報告するため、三成の報告で処罰をくらったり領地を減らされたものは三成を恨んだ。

 更に更に三成は五奉行としての役目についていたため、城内での仕事が主で戦に出ることがなかった。

 命をかけて戦に出た武将たちからすれば、安全なところで過ごしていた三成に評価を下されることは納得がいくものではない。

 かつて仲が良かった加藤清正ですら、大陸から帰還した際に出迎えた三成に対し「われらは長年戦場に身を置き兵糧も少なく苦労した。内地でぬくぬくと過ごしてきたそなたとは違い茶など持たぬゆえ、冷え粥でもてなしてやろうか」と言い放ったという。


 こんなわけでそもそもの本人の資質と、嫌われ役となるお役目をちゃくちゃくとこなした結果、三成のまわりは敵ばかりであった。

 茶々といい三成といい、自分を売り込むことには長けていた秀吉も身近な者に関しては失敗ばかりだったといえる。



 とはいえ俺は三成に直接あったわけではないのでそこまで悪感情を持ってはいない。

 それよりも俺は徳川家康が嫌いだ!


 秀吉の死後に三姉妹でゆっくりと会えるはずだった機会を奪われたことを、俺はずっと根に持っていた。

 江の夫である秀忠は家康に逆らうことができないようで、江と約束したことも家康の一言で反故にされることが多々あるのだという。

 家康なんて小心者で何かあるとすぐに爪をかんだり身体を揺すったりするくせに、息子や嫁の前では尊大な態度をとるところが何かよけい小物っぽくて嫌いだ。



 そんな徳川家康は、秀吉の死後ちゃくちゃくと動いていた。

 まず大陸から帰って来た武将たちと懇意にし、「三成どのの評価は不当である。彼には武辺の者の気概はわからぬ」と言葉をかけて低評価を受けた武将たちを自分の元に取り込んでいった。 

 更には秀吉が勝手に行うことを禁じていた『大名たちとの縁組み』、徳川家と有力大名である福島家や伊達家との婚姻の斡旋を、他の大老や五奉行に無断でいくつか行った。


 これには豊臣家の忠臣、前田利家や石田三成が激怒した。

 家康以外の四人の大老と五奉行の連名で家康を糾弾したが、さすがは狸爺といったところか。家康は「婚姻の届け出を出しておりませんでしたか、これはうっかりしておりました。それではこの縁組はなかったことにいたしますので、どうかご容赦を」とはぐらかし、数々の違反は不問となった。


「ちぇっ、少しぐらいはお灸をすえられた方が家康どのも懲りて大人しくなるだろうに……」


 この騒動の終息を聞いてつい不満がもれる。

 いや、家康を嫌いだからって彼は江の義父。あまり重い罰をくらうのは江のためにもよろしくないが、少しくらい……ねぇ。


 酒を飲んでくつろいでいた高次どのに同意を求めようと視線をやれば、彼はどこか上の空で俺がいることすら忘れているようだった。

 俺は高次どのの邪魔にならないようにじっと息をひそめて控える。

 最近の高次どのは疲れているのか、俺と二人きりでいるときは何か考え事に没頭していることが多々ある。

 そしてしばらくすると。


「……あぁ。初」

「はい。どうぞどうぞ」


 ふっと我に返ってそばにいる俺に気が付き、俺の膝に頭を乗せて横になってしばらく目を閉じる。


「……やはり微妙に固いな」

「女の柔らかさを私に求めないでください……」


 こんな間抜けなやりとりとして一日が終わるのが、高次どのが近江にいるときの最近の流れだった。



 家康の数々の行いはあちこちから非難を受けて然るべきものだったが、それに反する石田三成があまりに嫌われていたために大きく取り扱われることはない。

 この頃には「家康派」と「三成派」の派閥すらでき、豊臣家は二分していた。

 家康派の中には、秀吉子飼いの武将であった加藤清正や福島正則すらいるという。安土や大坂で仲睦まじい「羽柴家」を見ていた俺は正直信じたくなかった。


 政の中心がそのような事態だから、それに仕えている高次どのの疲労はいかほどか。

 俺の膝に頭を預けて「見た目は完全な姫なのに膝が……」とかアホなことを呟いている高次どのの肩を、内心ため息をつきながらも黙って子供をあやすように叩いてやる俺だった。




 俺のくだらない感傷をよそに、事態はかなり切迫していた。


 家康派と三成派が衝突せずにいられたのは、中立派として織田からの重臣・前田利家が仲を取り持っていたからだ。

 何度か派閥間で諍いが起きるたびに利家がおさめ、嫌われている三成を支持することで周りを諫め事なきを得ていた。


 しかし利家はこの年の二月に病を患うと、秀吉の命に逆らってばかりの家康を誅そうとまで考え出すようになった。

 元々「三成どのが家康どのを襲おうとしている」と噂が流れていたこともあり、家康の用心深い性格で警護はとても固く利家もうかつに家康に手を出すことはできなかった。


 病が進んだ二月の末に利家は、挑発して刺し違える覚悟で家康の元を訪れた。

 今までの中立派としての立場をかなぐり捨てたようなこの行いに正直仰天したが、かつて利家は信長さまの元で「かぶき者」と呼ばれて破天荒なことをやらかしていたらしく、年老いて落ち着いたと思われていた彼の本質が戻っただけともいえば納得できた。

 だが利家の決死の特攻を家康は事を荒立てることなくやり過ごし、世間には二人が和解したと伝わった。


 秀次の件以上にきな臭かった中央だったが、これでどうにか持ち直したと安堵したのもつかの間。


 三月にもはや起き上がることもままならなくなった利家を家康が見舞いに行って数日後、前田利家が亡くなった。

 利家は中立派であると同時に、家康の監視役でもあった。

 利家の死に家康が関与しているという考えが頭をよぎる。

 また中立派の利家がいなくなれば、豊臣家の分断はまぬがれなくなるだろう。

 中央の様子を聞きたいが、最近また高次どのは近江大津城に帰らずに京都・大阪で過ごしている。



 元から何を考えているかわかりにくい人だったが、最近はとくに高次どのが何を考えているか俺はわからなくなっていた。

 高次どのは三成を嫌っているが、三成は秀吉と茶々の息子である秀頼を擁護しているため俺は断然三成派だ。

 高次どのにとっても秀頼は甥であるから三成につくと思うのだが、正直高次どのにはっきりと問うのが怖い。

 大津城には龍子どのがおり高次どのの考えを聞きたいのだが、彼女も公家特有の考えが読めないお人なだけに何だか俺だけが取り残されているような気がしていた。



いまだ関ヶ原の合戦が理解できてはいませんが、京極家はろう城戦が主なので自分なりに消化しつつぼちぼち投稿していきます。

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