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十五話  跡継ぎ問題

 


「秀吉はまた備前の名古屋城に側室たちを連れて行くのでしょう? 今度こそ高次どのも側室を一緒に連れていってください!」

「これから大陸に遠征に行くというのに、そんな悠長なこと考えてられるか!」


 俺は高次どのからがばっと身体を離すと、思わず顔を見上げた。


「ま、まさか。高次どのは男しか抱けないお人……っ!!」

「だったら今ここでお前を抱いてやろうか!」

「ひぃやぁああああ!!」

「違うわ! 落ち着け!」


 高次どのはあろうことか俺の額をべちりとはたいた。


「何故そのように頑なになっておるのだ」


 眉間にしわを寄せて俺を見る高次どのを見ていると、今まで溜まっていた想いがじわじわ溢れてきた。


「自分が産めないから早く側室にやや子をなんて考え、自分勝手でと最低だと自分でもよくわかっています。だけど私たちが夫婦となってもう四年も経つのです……」

「……家臣どもに何か言われているのか」


 俺はしっかりと首を横に振った。


 確かにいつまでも子を授からないことで、城内の家臣たちから無言の責めを受けている。

 男でありながらのうのうと正室に嫁いだ身だから、子を授からないことに関してはいかような責めも甘んじて受けるつもりだ。


 それにこんな無言の責めなど、他の家に比べたら生ぬるいものだ。


 京極家の大殿となる高次どののお父上はすでに鬼籍となっており、母上となる方も大阪や京都で耶蘇教の布教活動をなさっており大溝城にはおられない。


 舅や姑がいない。

 これも茶々が、俺が京極家に嫁ぐのに好条件と考えたひとつにあたる。


 これにより大溝城には高次どの以上、もしくは同等の発言力のある者がおらず、面と向かって俺を非難する者はいない。

 我が父浅井長政は、反目しあう父の久政を小谷城に置き続けたため、家臣が二分するような形になりかなり苦労なさったという。


 だが、高次どのが側室をいつまでもとらないのは俺が癇気を起こして許さないからだと、城内はおろか城下町にまで噂になっている。

 これに関しては秀吉の側で華やぐ茶々の影響で、「あの淀どのの妹だから……」と広く浸透してしまっている。茶々のことだって「秀吉にわがまま放題をしている」とか「北政所さまをないがしろにしている」

とか根も葉もない噂なんだけど。


 とにかく、娘をぜひ側室にと望む家臣たちから、やってもいなことで恨まれるのは正直つらい。

 高次どのが早く側室を娶るなり養子を定めるなりしてくれたら、少しは俺への風当たりも減るのにな、とか思ってしまう。


「そんなに急がなくても、俺の父上は六十近くで俺を作ったのだ」

「あと何十年待てばいいのですか!」


 出た、六十近くで子供を作った父上の話! そもそも隠居して戦に出る事のなかった父親の話を持ち出すのは違うでしょうが!


「例え子が出来なくても、弟の高知(たかとも)の次男か三男を養子にとれば良いだろうが」

「いつ次男か三男ができるのですか……」


 高知どのとは、高次どのと九つ違いの弟である。

 今は高次どのの元で共に秀吉の家臣として頑張っている。

 次男か三男をもらいうければよいとか言っているが、高知どののとこはまだ長男すら産まれていない……。


「やはり、わたしではなく茶々が嫁ぐのが一番丸く収まったのに……」

「何を言っている」

「茶々なら、高次どののお子を授かることもできたっ! そもそも、高次どのは茶々のことを――」

「初っ!」


 高次どのが上げた声に我に返った。

 これは自分の心の中だけにしまっておくつもりだったのに、と血の気がひき思わず自分の口を押える。

 高次どのの視線が怖くて顔をそらすが、両肩に手を置かれ許さぬとばかりに顔を覗きこまれた。


「初、一体どうしたのだ? 俺が茶々どのに懸想しているという噂でもあるのか?」

「い、いえ。噂ではなく……」


 頭に浮かぶのは、北の庄城で微笑みながら茶々を見つめていた高次どのの姿。

 だけどそれを口に出せば、いろいろな人を傷つけるような気がして口をつぐむ。

 何とかごまかそうとしたのだが、高次どのの静かな迫力にまけて白状してしまった。

 

 返ってきたのは大きなため息だった。


「……初は馬鹿だな」

「なっ!」

「あれは勝家さまが俺と茶々どのと顔合わせをするために誂えた場。勝家さまの顔を立てるために愛想よくしていたが、あの時の俺は秀吉に追われていて色恋沙汰など考えている余裕はなかったわ」

「え」


 考えていたのとは違う、あまりにも殺伐とした高次どのの答えに愕然とした。

 あの時俺が感じていた暖かい空間は何だったのか。


 思わず呆然としていた俺の前で、高次どのは何やら微妙な顔をして頬をかいた。


「……初よ、お前今まで俺が茶々どのを好いていると思っていたのか」

「え、いや……まぁ」

「しかも茶々どのも俺のことを想っていると?」


 きまり悪く目をさまよわせていると、またもや高次どのが大きなため息をついた。


「お前にとって姉上どのは、お優しくて他者のためならば己を犠牲にするような人物なのだな。俺から見ればあの方は立派な武将だ。己の地位を築くために知略や自分を使うことをよく心得ている。俺はあんな恐ろしい方に懸想なんぞせんよ。秀吉さまは周りに位が高くて美しい姫たちをはべらせているが、あんな息詰まるような状況、俺ならどんな報酬をもらおうともお断りだ」


 高次どのがあまりにもしみじみと言われるので、思わず吹き出してしまった。


「お前を適度にいじって疲れを癒すほうが、俺はよっぽど良い」

「おい!」



 そんなこんなで、俺の長年の誤解も解けつつ高次どのと腹をわって話し合った結果。

 次の戦では側室を連れて行くことを約束させた。


 これで跡継ぎ問題が解決してくれるといいなぁ。

 ……ん? 

 そういえば高知どのが高次どのと九つ違いなら、彼は義父が七十近くの子……?

 今、高次どのは二十八。

 俺、焦り過ぎか?

 いや、そんなはずは……、あれ?



 俺たちがどうにか京極家の跡取り問題を解決しようと前向きになったのとは反対に、秀吉は自分の跡継ぎが産まれることを諦め、甥の秀次を養子にとり関白職と聚楽第を譲った。



 文禄元年(1592年)

 二月、江の二度目の嫁入りが決まった。

 相手は秀吉の甥であり、昨年関白殿下となった秀次の弟、豊臣秀勝である。

 江十九歳、秀勝どの二十三歳で齢も良く、また次代の天下人の弟とあり俺たちにとってもこの上ない婚姻であった。


 だが江の婚姻をゆっくりと祝う暇もなく、次の月には各武将たちが備前名古屋城に出陣していった。

 秀吉は今回も茶々や龍子どのをはじめ側室たちを引き連れていったという。

 側室たちはそろいもそろって豪華な装いで、まるで物見遊山にでもいくような様子だったと噂に聞いた。

 戦だというのにこの秀吉の浮かれたような行軍は、何やら不快な違和感をぬぐえなかった。


 とはいえ、うちも高次どのがようやく定めた側室を連れ、備前名古屋城へと出陣していった。


 側室の名前はお(さき)という。

 てっきり重臣の娘を側室に上げるのだと思っていたが、高次どのが選んだのは身分の低い山田という武士の娘で、お崎自身もとても控えめで儚げな女人だった。


 正室として彼女に挨拶をしたのだが、始終俺に怯えているような感じで、小動物のような可愛らしさを感じる。

 たぶん正室である俺からの女の嫉妬とか、俺の姉が天下人の側室であることとか、俺と彼女の身分の違いとか諸々に怯えていたんだろう。


 俺が男だと明かし、正室から高次どのの寵愛を奪ったとか、そういうことを心配しなくていいと告げようかと思った。

 だが高次どのが「よけいややこしくなるから男だという事は隠しておけ」と顔をしかめて言ったので、俺は女の正室としてそのまま君臨している。

 思えば、俺の周りは母上をはじめとして位が高く気の強い女性ばかりだった。

 何かこう新鮮というか、初めて守ってあげたいと思える存在に出会ったような気がする。


 そんなことを高次どのに告げると彼は微妙な顔をして「そういえば、初は男と女のどちらが好きなんだ……?」と聞いてきた。

 失礼な、何を疑っているんだ!


 正直なところ、自分が男だと自覚しているものの誰かを色恋の相手として見る事はなかった。

 周りの女性が強すぎたこともあるし、自分が男として不完全な存在でもあるし。

 なら男が好きかというとそうでもない。

 高次どのに対してももちろん色恋の感情なんてわかない。

 まぁ親愛の情といえばいいのか、茶々や江とも違う特別な感情はあった。


 そんなことを伝えれば「そうか」、と頭を撫でられた。

 何故頭を撫でられたのかわからず、思わず触れられた頭に手をやる。

 理由を何度問うてみても、高次どのはただ笑ってはぐらかすだけだった。



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