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十話  初夜とか、初夜とかっ…!

若干からむような場面があります、苦手な方はご注意ください。

あとがきに今話をまとめてます。

 


 純白の打掛を羽織って輿にのる。

 幼い時、母上が父浅井長政に嫁いだ時の話をせがんでは、母上の花嫁姿に心浮きだたせたものだ。

 だが当時は女児の姿で生きているとはいえ、まさか己が花嫁衣装を身にまとうはめになるとは思わなかった。

 ずしりと重い打掛けと角隠しが、そのまま俺の心にも重くのしかかる。



 昨日は大阪城で花嫁を見送る儀が行われた。

 秀吉を家長に、北政所さま、龍子どの、そして茶々と江と身内だけの宴をひらいた。


 茶々は俺の花嫁姿が立派だと誇らしげに微笑み、江は「姉さま、とてもお綺麗です」と涙を流した。

 江はいいかげん、俺が男だと気づいた方が良いのではないだろうか。



 うだうだと考えている間に、花嫁行列が大溝城に到着した。

 灯をかかげた侍女に手をひかれて輿をおりれば、ほうぼうから「おぉ……」とざわめきが聞こえる。

 近江小谷城に嫁いだ母上の再現のようで、心の中で泣いた。


 花嫁に用意された部屋で一夜を過ごし、今日は京極家の親族の前で花婿と花嫁が並んで盃を交わす。

 金屏風の前へと侍女に手をひかれ、先に座っていた高次どのの隣に座らされた。


 角隠しの被りのために高次どのの顔は見えない。

 この豪華な茶番のことを、彼はどんな気持ちで執り行っているのか。


 盃を交わすとき指と指が触れ、思わず手をこわばらせてしまった。

 隣から忍び笑いが聞こえ、酒を口に含む前にかっと顔が熱くなる。

 慌てて口をつけて新郎に盃を付き返せば、正面から「初々しいこと」とか「さすがお市の方様の忘れ形見、お美しいものよ……」などの囁き声が聞こえた。


 目の前にいる花嫁が、女だと純粋に信じている人たちに申し訳なくてたまらない。

 つらくなって目を泳がせれば、俺の返した盃を飲み干している高次どのの喉仏が目に入った。

 そういえば俺、喉仏あったっけ……?と現実逃避をしながらどうにか宴を過ごした。





 湯を浴びて身体を清めまっさらな夜着に身を包み、二人分の布団が敷かれた隣でただ座って夫となった人を待つ。

 薄暗い部屋で枕元の明りが頼りなく揺れる中、敷かれた布団が嫌でも目に入り身体がこわばる。


(大丈夫、高次どのは俺が男だってわかってるんだから。初夜なんぞ形だけなんだ、落ち着け俺!)


 別のことを考えて気を紛らわせようとした頭に浮かんだのは、北政所さまから教わった初夜の作法で、思わず顔を押えて声もなく呻いた……。 



 やがて静かに襖があき、高次殿が入って来た。

 つい肩がびくっと跳ね上がる。

 畳をすべるゆったりとした足音が近づくにつれて俺の緊張は最高潮にたっし、呼吸すら忘れて自分の膝をひたすらに見つめた。


 衣擦れの音がして、俺の隣に高次殿が腰をおろしたのがわかった。

 緊張で膝の上で握りしめた手が小刻みに震える。

 嫁入りして初めて高次どのと言葉を交わすのだ、とにかくまずは謝ろうと腹に力を入れた。


 必死の思いで顔を上げ、高次殿の顔を見た。


 …………あれ?


 気が付けば、布団の上に押し倒されていた。

 何が起きたかと固まっていると、高次殿の手が徐々に胸元をはいだす。


(あれ、あれ? なんだこの展開!?)


 胸元を妖しい手が好き勝手に動き回る。

 なす術もなく固まっていると、寝間着の襟をかきわけ、武将らしい無骨な指が侵入してきた。

 地肌に触れる予感に、目を固くつぶり息を飲む。


「……ひっ」


 俺の平らな胸に、とうとう高次どのの指が触れた。

 形というか膨らみを確認するようにぺたぺたと軽く叩かれる。


 ようやく気が付いたかと、詰めていた息をそろそろと吐く。

 そのまま大きく深呼吸をしてがちがちに入っていた全身の力を抜いた時だった。


「ひぃいいいいっ!!」


 油断していたところで、布地の上から股間を撫でられた。

 別に妖しい意味でなく確認のための動きであったが、ぞぞっと全身に鳥肌がたった。


「…………ついてるような、そうでないような?」


 薄暗いために覆いかぶさる高次殿の顔は見えなかったが、困惑している空気は伝わった。というか、股間を触った後の手をしげしげと眺めるのはやめてください。


「わ、わたくしは、おとこでございます!!」


 やっと出た声はみっともなく掠れていた。

 更に、男に抱かれそうになった恐怖でじゃっかん涙まじりだった。


「そのように聞いている」


 俺の必死の訴えに返って来たのは、あまりにもあっけらかんとした声だった。

 思わず渾身の力で、上にいる高次どのをおしのけて飛び起きた。


「な、なら何でこんな無体な事をっ!」

「あのように美しい花嫁姿を見たあとでは、おのが手で確かめんことにはそなたが男だとは信じられん」


 そう言って高次どのは、俺の股間を触った手を顔の前でわきわきと動かして見せた。


 何なの、もうやだこの人……。


「しかしまだそなたが男だとは信じられぬ」

「え。今触ったでしょ……その、」

「あまりにも小さくてわからなんだ」

「うわぁああっ、人が気にしていることをずばっと!!」


 気が付けば、高次どのの憎たらしいほど整った顔に枕を投げつけていた。

 だが渾身の力で投げた枕は、顔にあたる前に軽々と受け止められてしまった。


(あ、いかん。つい……)


 仮にも夫となる相手にとんだ無礼をはたらいてしまったことに気が付き、冷や汗が背中を伝う。


 投げた後の手を所在なくさまよわせてると、いきなり腕をつかまれた。


「それにこの細腕、薄暗い中でも浮かび上がるほど白く嫋やかだ」

「っ!」


 剣を振ることもなく、琴や書をたしなむだけだった俺の手はたしかにか細く頼りない。

 高次どのの腕に目をやれば、日に焼けところどころ傷の残る腕は、筋張っていて数々の荒事を乗り越えた男の腕をしていた。


 口ではどんなに男だと言っても、みっともない自分の身の上が恥ずかしくなった。

 更に掴まれている腕がじんじんと痛み出し、落ち着いていた目頭がまた熱くなってきた。


「だがまぁ、そなたが男だという方が納得はいく」

「え?」

「かつて秀吉どのの城を落とした俺に、織田の姫様を下さる。これで本当に初どのが姫なら、古参の将でもない俺に対し過ぎた扱いだ。そして……」

「……わっ!」


 掴まれたままの腕をいきなり引かれ、体制を崩して前のめりになる。

 だが何とか踏ん張って、高次どのの胸の中に倒れこむのだけは阻止した。


 突然の行為に、こぼれ落ちそうだった涙もどこかに引っこんでいた。

 何をするのかと睨みつければ、息がかかりそうな距離に綺麗な笑顔があってまたもや動揺してしまう。

 男らしくも妖しい色気をはなつ笑顔に、思わず目をそらした。


「俺と初どのの間に子ができれば、織田、京極、浅井の血を受け継ぐ子となる。近江の民への影響は馬鹿にはできん」


 (できないからっ! 絶対二人の間に子供なんてできないからっ!!)


 耳元で囁く低い声に、思わず顔をそらしたまま全力で首を左右に振る。

 なぜか耳まで熱くなる自分に混乱していると、忍び笑いとともに身体を離され、やっとからかわれていたことに気が付き更に顔が熱くなった。


「妹君と佐治一成どのの前例もある。いずれ難癖をつけ京極家を取りつぶす気かと、常に疑わねばならなかっただろう。初どのが男であるからこそ、逆に裏がないと安心できる」


 飄々と笑う高次どのを見ていると、もしかして慰めてくれているのだろうかとそんな拍子もないことをつい思ってしまう。 

 と同時に、今回の婚礼の被害者は俺ではなく、男を正室として押し付けられた目の前の男だと思いだした。


 さっと居住まいを正すと、両手をついて深々と頭を下げた。


「この京極家にとって、わたくしは招かれざる者であること重々承知しております。どのような扱いを受けようとも覚悟しております」


 固く目をつぶったまま頭を下げていると、笑う気配と共に頭をぽんぽんと軽く叩かれた。


「そう気にするな。そもそも我らは同じ近江小谷城に生まれた従兄弟ではないか」

「……そうでしたね。私も高次どのも、小谷城で産まれたのでしたね」


 屈託なく笑う高次どのにつられ、つい俺も笑い返してしまった。

 (本当に不思議なお方だな)

 そんな感心をしていると。


「まぁ、初どのが本当に男かどうかは、おいおい確かめていくとしよう」

「え」

「縁あって夫婦となったのだ。仲良く い た そ う ではないか」 

「え"」



 その日から、俺と高次殿は何とも奇妙な夫婦となったのだった。



初はしっかりと花嫁姿で京極高次のいる大溝城に輿入れする。

京極一門の前で婚礼の儀を行う。

初夜で緊張する初は、謝ろうとして高次にからかいたおされて拍子抜けする。

かつて秀吉の身内に危害を加えようとした高次からすれば、初が男である方が裏がなくて安心できると説く。

そんな流れの話でした。


近江に影響を持ち続ける名門京極家に、織田・浅井の姫である初が嫁いでもし男児が産まれれば、秀吉にとっても都合が悪いような気がするんですよね。

そもそもが、身内に危害を加えようとした男の命を許したあげくに部下として使い、活躍したら報酬も城も与えるという懐の深さにびっくりです。

戦国時代の方々の考えは本当にぶっとんででわかりません……。


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