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一話  男の娘、誕生

 


 永禄13年(1570年)、近江国小谷城にて、浅井長政とお市の方に子供が生まれた。

 茶々を姉に、お江を妹に、後の世で「浅井三姉妹」と呼ばれる俺。

 幼名を鐺丸(なべまる)という。



 そう、なべまる。



 俺は、男としてこの世に生をうけた。





 俺が産まれた時、前妻の子である兄の万福丸と実の姉茶々がいた。

 更に妹に江、義理の弟の万寿丸と、跡継ぎにも子宝にも恵まれていた。

 たくさんの兄弟に囲まれていたわけだが、どんなふうに小谷城で過ごしていたのか全く覚えていない。


 なぜなら生まれ育った小谷城は、俺が三つの時に落城した。


 戦の相手は母の実の兄、あの織田信長である。

 父も勇将と名高い武将であったが、奇跡とも呼べる数々の要因により織田信長にはかなわなかった。


 俺が産まれた年に父は姉川の戦いで信長軍に負け、小谷城に逃げ帰った。

 籠城戦の最中に江が産まれ万寿丸が産まれ、そして三年にもおよぶ戦は小谷城の落城と、父の自刃というかたちで終わりをつげた。



 父と母は戦の最中に、兄の万福丸と生まれてすぐの万寿丸を寺に預け、信長から隠した。

 そして信長の妹である母上と、娘たちの保護を願い出た。

 信長はそもそも戦が始まる前から妹と娘たちを織田に戻すように何度も促していたため、すぐに迎えをよこした。


 小谷城が攻められ、壊され、燃やされる中、母上は信長の家臣たちに付き添われて城下へ逃れた。

 小さな三人の娘を連れて。



 ……三人の、む す め。



 母上は浅井に嫁いだとはいえ、かの信長の妹。

 夫の死に、ただ嘆き悲しむだけの女ではなかった。


 なんと俺を女として手元に残し、織田へ戻ることを選んだのだ。

 実の兄とはいえ、あの織田信長を欺いてだ。


 当時の俺三歳。

 女装すれば確かに幼女には見えるけど、ばれたら母上すらもどんな目にあうかわかったものではないというのに!

 母上は本気で隠し通せると思っていたのか、それともばれたとしても俺の命が助かるという確実な勝算でもあったのか。


 母上は小谷城が落ちるとき、父と共に死ぬことを願ったらしい。しかし父は母上が生き残ることを願い、それを許さなかった。

 父に置いて行かれた母上は、例え目の前で殺されることになったとしても、父の形見である俺を手元に置いておきたかったのかもしれない。






 小谷城は山の要塞ともいわれ、城下に行くには急な山道をおりなくてはいけない。

 この時織田信長は迎えをよこしたが輿は出さず、自分の足で歩いて来いと母上に命じた。

 戦が始まる間から信長は母上に帰って来いと何度も文を出していたそうで、従わなかった母上に対するけじめだったのかもしれない。


 織田の家臣に囲まれ、母上や茶々、そして赤ん坊の江を抱っこした侍女たちとこけないようにそろりそろりと山道をくだる。

 

 俺は何もわからぬまま、わざわざ女児の恰好に着替えさせられていた。

 小さい時は男児も女児も似たような着物だが、歩くのに邪魔にならない程度の髪飾りをつけられた。

 

 慣れない髪飾りを必死に無視し、ごろごろと転がる石につまずかないように足元だけに集中してただひたすら歩く。

 そうでないと城が燃えたり壊される音や、いまだ戦う武将たちの怒声に身体がすくんでしまうから。


「あっ!」


 一段と大きく城が爆ぜる音がして、つい気を取られた俺は小石に足を滑らせて転んでしまった。


「大事ないか。それがしが抱えて行こう」


 横にいた甲冑姿の侍が、俺を抱き起そうと手を伸ばしてきた。


「う、う、うわぁああああ!!」


 こけて擦りむいた膝がじくじくと痛い。

 だけどその痛みよりも何よりも、目の前に迫りくる甲冑に包まれた腕がひたすら恐ろしくて、俺は泣きながら悲鳴を上げた。


「なべ、立て! 立って己の足でしっかりと歩け」


 俺と一つしか変わらない茶々が、とっさに侍から俺を隠すように間に滑り込んできた。

 膝をつき、怯えて動けない俺の目をしっかりと覗きこむ。

 茶々の顔には疲れが見えるのものの、その表情には怯えも焦りもなかった。

 それがとても頼もしく見え励まされた俺は、茶々に助け起こされた手をそのまましっかりと握って歩いた。




 やがて織田の本陣にたどり着く。


 物心がつく頃には、俺の中にある父の記憶はあやふやなものでしかなくなった。

 小谷での記憶は、真っ暗な夜空に燃え盛る小谷城が、かろうじてぼんやりと記憶に残っている程度だ。


 だが、母上たちと一緒に織田信長に会ったこの時のことは、今でも鮮烈に覚えている。

 いや、一生記憶に焼き付いて忘れることが出来ないだろう。


 かがり火がたかれた陣幕の中、鎧に身を包み炎に照らされたその姿は、まさに魔王の一言であった。

 戦の最中という興奮と喧騒のまじりあった異様な空気の中、それすらも吹き飛ばすような圧倒的な存在感。どこにあっても、いついかなる時であっても、織田信長はただ織田信長であった。


 母上も茶々も、父上を殺した信長を気丈に睨み付けたという。江はまだうまれたばかりの赤ん坊だったから、何が起きているのかさっぱりわかっていなかった。



 女児姿の俺は……。



 魔王の覇気にびびって漏らしていた。





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