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第4章 その1

 よほど心の乱れが顔に現れていたのか、訓練が終わった伊賀は五十狭芹彦から声を掛けられた。

「五十日鶴彦、どうしたの? 昨日から落ち着きがないよ?」

 上からにっこりと覗きこまれた伊賀は、昨晩の潔斎場でのできごとを思い出し、頬を真っ赤に染めて口ごもった。

「べっ、別に何でもない……」

「本当に? もしかして、あいつに何か言われたんじゃないかと思って、心配してたんだけど」

 五十狭芹彦には何となく二人の間に何があったのか、予測できていた。伊賀は朝からいつになく気を張っていて、武渟川別だけでなく部下にも厳しく接していたし、武渟川別など、始終、伊賀に視線を送っているのだ。しかも、それは昨日まで好敵手への闘志だったが、今や伊賀を見守るような熱っぽい眼差しに変わっている。

 大方、武渟川別が唐突に伊賀に想いを告げたのだろうと五十狭芹彦は考えたが、迷った挙句、伊賀が五十狭芹彦に話し始めた内容はそれ以上のものだった。

「……じ、実はさ、あいつに戦が終わったら妻になってほしいって言われたんだ。わけわかんないよ。今までそんな素振りも見せなかった奴が、いきなり俺を好きだなんて。俺のせいで縁談を断ってたんだって考えると、なんかいたたまれない。もしかしたら、あいつ、初陣の前で頭おかしくなっちゃったのかな」

 真剣に考え込む伊賀を見て、五十狭芹彦は吹き出した。武渟川別が勢い余って求婚してしまったことにも驚いたが、それを受け止められず動揺している伊賀もなかなかの強者だと思う。

 五十狭芹彦は苛々しているらしい伊賀に訊ねた。

「で、五十日鶴彦はその求婚が嫌だったの?」

「嫌っていうか、突然のことでびっくりして、しかもあんな時に言わなくってもって思ったら腹が立って……」

「あんな時?」

「いや、それは何でもない!」

「ふーん。それじゃあ、武渟川別を憎いと思ってる?」

「え……?」

 伊賀は思いがけない問い掛けに目を瞬かせた。腹立たしくはなったが、別に武渟川別を憎いとまでは思っていない。

「なんか、裏切られたって気はした。でも、憎いわけじゃないよ」

 すると五十狭芹彦は笑顔になり、伊賀の頭を軽く撫でた。

「そっか。ま、それなら未来の大将軍にも救いはあるかな」

 どういうこと、と聞き返そうとした時、訓練場に早鐘が鳴り響いた。緊急の軍議を開くという合図の鳴り方である。

 五十狭芹彦と伊賀は駆け足で王宮に戻った。


 緊急で召集がかかったのは、大和の西側の葛城山沿いに密かに阿多姫の軍勢が南下してきていることが斥候の報告で明らかになったためだ。

 山間部を通ってきているので、斥候が見落としていたらそのまま平野部に出て一気に水垣宮に攻め入られるところだった。

「敵方はまだこちらに発見されたことは知らない。平野部に出てくるところで迎え撃つ作戦を採用しようと思う」

 大彦が地図を示しながら告げた。

「おそらく敵は我々を挟撃するつもりなのだろう。西の逢坂方面から阿多姫の軍が、本隊の武埴安の軍は平城山を越えて直進してくると思われる。そこで、大王軍も二手に分ける」

 そこまで大彦が言うと、大王自らが後を継いで指揮官の名を告げていった。

「大彦を我らが本隊の総指揮官とし、彦国葺を副指揮官とする。武渟川別と五十日鶴彦を本隊の第一、第二中隊長に任ずる。本隊は南山背へ出陣し、必ず武埴安を撃て。そして、五十狭芹彦、お前は指揮官として阿多姫を撃て。残りの将軍は王宮防衛に努めよ」

 将軍や武人たちが一斉に頭を下げた中、ただ一人、五十狭芹彦だけが姿勢を正したまま大王をじっと見ている。

(俺が、阿多討伐の指揮官だと……?)

 なぜよりにもよってこの組み合わせなのだ。せめて本隊の指揮官に任じられたかった。

 一向に平伏しようとしない五十狭芹彦を見て、大彦が不審に思ってその理由を尋ねる。

「五十狭芹彦、王命を承ったのか? なぜ頭を下げぬ?」

「……いえ、大変失礼いたしました。あまりの大事に思いを馳せてしまいましたので」

 やっとのことで言い訳を述べ、五十狭芹彦は皆と同じように額ずいた。

 そして、軍議が終わり、慌ただしく出陣が始まろうとしている。将軍たちが部屋を去り、大王は豊城入彦を呼び止めた。

「何か御用ですか?」

「うむ。お前は五十狭芹彦の部隊について行け」

「わかりました。副隊長としてでよろしいですか?」

「ああ。それと、五十狭芹彦の動向を見張れ。確証はないが、あいつは阿多姫と通じてるようだから、どんな行動に出るかわからんぞ」

「隼人の女首長に味方するかもしれないということですか?」

 感情や考えを他人に容易に見せない五十狭芹彦が、そんな危険な恋をしているなど考えにくいが、確かに彼と阿多姫からは親しげな雰囲気が漂っていた気がする。豊城は疑問を抱きつつも、予知能力と感の鋭い父の言葉に従うことにした。

「そこまでは私も予想できない。だからお前に任せるんだよ、豊城」

 吉報を待っていると言い残し、大王は奥へ戻っていった。

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