猪少女 アンネローゼ・ケスティング#3
彼らの目の前に現れたのはウォーロックを模したような巨大な装置だった。周囲にはマットレスが敷き詰められていて落下した際の怪我を防止するようになっている。その事から判るように落ちる事が前提の訓練器具である。
それは所謂ロデオマシーンの凶悪版とでも云えるものだった。一応手綱は付いている。が慶司曰く此上で弓の練習までしていたらしい。
「剣でも弓でも好きな武器でいいよ、まあ馬上で使う武器が好ましいかな、この機械に乗ったままで振るう練習をするんだ」
「では槍で……」
「まあナンシーならそうだろうね」
模擬戦用の武器を携えて乗り込むナンシー、準備が整った所で慶司から指示が飛ぶ。
「その頭の部分にある魔術陣をするんだ」
「わかりました」
シュー、という稼動音と共に器具が緩やかに動き出す。だが滑らかな動きもほんの十数秒で変化を見せる。
プシュッという音と共に無軌道でのロデオ軌道を作り始める。
「クッ、これは」
「最初はその手綱をもって動きに慣れるまで両手でも構わないよ」
「ハイッ」
ガタンッ、シュー、プシュ、と繰り返される稼動で動きが激しくなる。体勢が崩れれば一瞬で投げ出される。乗馬を普段嗜んでいたと云えどもこのようなロデオドライブは体験した事などある生徒はいない。
「きゃあ」という気の強いながらも可愛らしい悲鳴をあげて振り落とされてしまう。
「うむ、なかなか保った方だな」
「そうですね、乗馬暦の長さでしょうか、私達が最初乗ったときは数秒で振り落とされましたから」
「ですが、こんな訓練役にたちますの? それ以前に乗りこなして武器を振るうだなんて可能ではないとおもいますですの」
「ふむ、皆には最初に実は見本を見せている」
「はい?」
「まあ、ナンシーも見ておいて損は無い」
上着をカミュに預けて慶司が先ほどのロデオマシンに弓を持って乗り込む。
「まあ見本ということで同じ難易度にしておこう」
魔術陣を起動させると手綱も持たないでガチっと内股で本体を挟み込み平然としている慶司。ロデオ軌道がどんどんと激しくなるにも関わらず力を抜いたり入れたりと巧みに体の移動と重心のコントロールを使って姿勢を保っている。左手に弓を持ち右手に矢まで取り出している。
「まあ、こうしてだな、体と重心のコントロールが出来るようになると姿勢の制御によって剣の腕前も上達する、まあ剣だけでなく武術全般なのだが」
「…………」
慶司の凄さはあの竜王格闘杯で知っているつもりだった、だがあの大会は無手の大会であり、いくらあの敵国の騎士で有名だった男を倒したといえども馬上や武器を持った技術ではという思いがあったのだろうか、アンネローゼは正しく本当の意味で慶司の強さの一端を垣間見たと思った。それどころでは無い事を知ることになるのだがそれはまた別の話である。
「それで慣れると、このように不安定な足場でも立ち上がったりすることがこのように可能になるので努力して欲しい」
「できませんよ師匠のようになんて!」
「まあ目標は持つべきだと思うから、それぞれ目標は違うだろうけどね」
「当たり前です」
「判りましたわ、努力いたしますわ」
「え、ナンシーさん、無茶な目標は立てなくてもいいと思うよ」
「目標とは到達できるか出来ないかではなく決める物ですわ、現にあそこでやっておられる方がいらっしゃるのですから、あの方にできて私に出来ないと決め付けるのは早計ですことよ」
「いえ、あの師匠はちょっと例外だと思った方がいいですよ」
「そういえば校長先生の事を師匠とお呼びされてますわね」
「ええ、ホメロウ君と私が一番最初の弟子なのです」
「ではこの私アン、ナンシーもその弟子の末席に加えていただきますわ」
ルーサーは別に弟子入りという事もしていないのだが、クリスに続いてこれで4人目の弟子の誕生かとロデオの上に立ちながら頭を掻き毟る慶司。
「え、先生の弟子入りって可能だったんですかっ、なら僕もお願いします」
とこうなるのは目に見えていたので了承する事になる。
「但し、弟子入りしたからには、厳しく行きますよ?」
「「はい」」
「では二人はまず座学の方でカミュ君達と同じ点数を取るように」
「「グェ!」」
蛙が潰されたような声を発して後ずさるが、ホメロウとカミュにニコっと肩を捕まれてしまう。これで強制的に座学の勉強をさせられる事が決定した。そもそも強さを求めているのに座学の重要性を理解してい無さ過ぎるので丁度いい機会だった。
「と云うわけで、これから勉強会にしなさい」
「「うぇ」」「「はーい」」
慶司からの指示に奇声を上げる者、喜んで移動しようとする者がいる、言わずもがな前者は、ルーサーとアンネローゼ、後者はその他となる。何故に座学と聞いて喜べるのか、ルーサーとアンネローゼは不思議で堪らない。
「だが一度口にだした弟子入り……上等ですわ」
「弟子とはこんな落とし穴が……」
失意の余りに肩を落として下を向きながらブツクサと呟きながらも大人しくホメロウ達の後に続く辺りは素直である。
「それでは少々出かけてきますから頑張りなさい」
「「「はい」」」
屋敷の一室で勉強会となり主に成績の良いホメロウにカミュそしてクリスが初回でもあるので興味を持ちそうな魔法を題材にして勉強を進めだした。
ルーサーは唯の遅刻常習犯であり理解力がちょっと劣るだけ、そしてアンネローゼに至っては自分の主義として剣こそが全てという信念によって集中力に欠けていただけで理解力などは優れているという真に残念な落ちこぼれだった。
大人しく魔法の勉強をして1時間が経過した頃になると慶司が休憩にしようと云ってお菓子を持って部屋へ来る。先ほどの勉強会という言葉でホメロウ達が喜んだのはこれがあるのを見越しての事だった。
普段からもクッキーや飴などが用意されているが、最近はさらに南方で取ったチョコを作ったりと種類も増えている。時間があるとさらに今日のようにプリンが付いてくるので幸せバロメーターが一気に上昇する。
「これはなんなのですの!」
「美味すぃ!」
「こんなおお菓子お城でも!食べ、食べれませんでしょう!」
「すっごい!」
いくら武術全振りのアンネローゼと云えども女子である。そして運動をすれば必然としてお腹は減るし、こうして勉強すれば脳が糖分を求める。そこにホットケーキやプリンなどが並べられれば心が躍ってしまっても誰も攻める事など出来ない。
「とうさん、ケーキはないの」
「流石に時間が間に合わなかったからね、次回は用意しよう」
「わーい」
この会話を聞いた後では必ず次回の参加を決意しないなどという選択肢などありえない状態になっているアンネローゼ。ちょっと意識が飛んでいたのだろう。
「で、やっぱり必要よね」
「そうですわね」
「クリスも一緒よ」
「そうですわね」
「まあ悪くないものだしな」
「そうですわね」
「よかった、じゃあ明日にでもお出かけましょうよ、丁度休みだしね」
ソフィアの提案に「そうですわね」で返事をし、カミュが死なばもろともとクリスを誘った所でも「そうですわね」と返事をしてしまってから何をと気が付いた時には何やら予定が決まっていた。
もしや明日もこの食べ物が! などと一人でワクワクとしだすアンネローゼはまさに残念少女だった。どちらかと言えば自分に近い考えや思考を持つはずのカミュやクリスの様子をみてもまだ親しいとまでは云えない仲では仕方が無いのかもしれないが、浮かれるなど考えなかっただろう。
「じゃあ明日、校門の所で10時に待ち合わせね」
「「「了解した」」」
そうか集まって訓練をしてからか……その時のアンネローゼはそう一人で納得していた。




