たこ焼き祭りと後日談
―竜聖母の神殿―
あの方は本当に狡いというか、酷いというか……
「たこ焼きでーす」と先程届けにきてくれたのは精霊ですよ、まったく世の中で精霊を配達に使ってしまう程の方などあの人以外に存在して欲しくはありませんが、こうして気を利かせてくれるのが憎らしいですね。
でもできればケーキが良かったのにと思っていたのはつい先程までの事、なんですかこのあっつあつの美味しい食べ物は、たこ焼きと言ってましたか……この芳醇なソースの香り、ふんわりと広がる出汁の香りとで匂いでまず食欲を呼び、そしてこのパリっと焼けた皮の中のトロっとした生地。面白い食感ですがこれがあのデビルとは……流石ですわね。
やはり先日のキッチンというセットは料理を作るのに必要です、ですがまだ手作りで慶司さんの手を煩わせるのも……うう、何故私は竜聖母なのか悩みます。
誰か相談できる相手が居れば……
慶司程になればハーレムを作らない方が罪である。だがこればかりは慶司の意思次第。そこがまた惹きつける原因になるのだから性質が悪い。
でもと、マリシェルは思う、こうして気にかけてくれるのは嬉しいのだなと……そして何故か最後には納得している自分がいる。それは竜聖母としての資質のような物なのかもしれない。
だが慶司を慕う複数の存在が居る事も彼女は知っている。
この先慶司に迷惑が掛からなければいいのだがとも思いながら、美味しいたこ焼きを頬張って堪能して過ごす様は普通の女性のようであった。
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―ブルトン王宮―
「まさか慶司さんが食べれない物を送りつけるとは……」
「何か問題でも起こしましたか」
戦々恐々とした表情で慶司からの贈り物である、たこ焼きを目の前にしてシャーリィとミランダが意見を交わし合っていた。原因は、たこ焼きと伝える所を、ソアラが「デビルヤキだったかなあ、あれ?」などと言いながら、たこ焼きをシャーリィの部屋へと訪れて手渡すと、「忘れちゃったテヘ、でも慶司からだよそのデビル」と言い捨てて去っていったのが原因である。
そんな無茶なお願いなど、最近した覚えはない二人、怒られるならもっと前に怒られるだろうなどと考えるぐらいである。しかし箱からは凄く良い香りもする。食欲を沸き上がらせるような匂いで仄かではあるが湯気も立っている。
「と、とりあえず空けてみましょう」
緊張の面持ちでミランダがまず意を決してデビル某の入っていると言われた、たこ焼きの入った箱に手を伸ばした。
「こ、これは、マヨネーズにソース……ですね」
「マヨネーズっとソースっって竜具屋で販売されてる調味料よね」
「ええ、癖になる味で大好評です、サラダなどに時折使っていますよ」
「とにかく慶司さんからの贈り物なのだから……パク……うにゅう」
「そうですね……にゅ?」
「「お、美味しい」」
どうしてこれがデビルなのか一瞬判らなかったが、ミランダは中に入っている具に気が付いた。
「なるほど、この具はたしかにデビルですが港の方では食べられたりする町もあるとか」
「このプニプニがデビルなんですか」
「触手を持っていて人を襲う怪物級の大きさになる物がいるのですよ、新大陸に向かう船が時折沈められたという報告があります」
「なるほど、魔物にならなかったら生き物も小さいですしね」
「そのようですね」
クラーケンのような実話がこの世界では本当に事件として存在している事は慶司も知らなかったのだが、全長10m程の固体が水面下から魚船を襲う事故などは外洋で時折起こる。そんな巨大な蛸の親玉と慶司が遭遇して倒すのは後日の別の話である。
「最初は驚きましたが、さすが慶司さんの料理ですわ」
「いや、システムキッチンの件で忙しさの余り怒られたのかと……」
「例の厨房の一新案の話ですね、現物も見ないで発注したというので心配はしてましたが」
「あの慶司様の道具ですよ?」
「そう言われると説得力があるのですが」
「問題ありません、こんどはこのデビルヤキの正式な名称と作り方を教えて貰いましょう」
「それは良いですわね、これはなんというか庶民に絶対人気の出る味だと思うの」
「孤児院の方へ販売権利を頂けないか掛け合いましょうか」
「いいわね」
この二人の会話が切っ掛けとなり、後日に慶司が新たに事業資金を出して屋台用の会社を作る事になる。そして【玉ちゃん焼き】という商品名を与えられた、たこ焼きはブルトン王国と竜の支配地域で孤児院系などの関係に販売が許される屋台の人気商品となった。
その利益が全て福祉関連の事業に充てられたのなど考えるまでも無い事であった。
余談ではあるがシルフィによってソアラの特別訓練が実施されて訓練施設で悲鳴が上がったというのは、【玉ちゃん焼き】のネーミング決定のその後の話だったいう。
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―リヒトサマラ―
ムーサは月を縁側で月を眺めながら慶司からのお裾分けを食べていた。使われているソースとマヨネーズは新しい調味料として竜具屋で販売しているものだ。これでまた忙しくなりそうな予感がすると思いながらお茶を啜りつつ溜息を吐いた。
「これが流行るって事はまた忙しくなりそうだね」
「判りますか」
「そりゃ、これを実現させるには例の商人用に販売する冷凍馬車の受注が増えるってことだろ」
ムーサの元へは慶司がパーティーの合間を縫ってたこ焼きを持ってきていた。
それでこの会話になるのであるからムーサも慣れた自分に気が付いて苦笑するしかない。
「実際慶司の作る魔術付与の陣は低コストで冷凍が可能な物だからね、あれがあれば輸送不可能だった商品が出回るようになるのも容易になるのは想像がつくさ、そうなると商売人は商いの機会が増える、そこで注文が入るのは当たり前であって考えるのはその先さ」
「そうですね」
「これは何処用だい」
「今はまだ考え中ですが、リタイヤした冒険者かもしくは孤児院の経営用にと」
「悪くないんじゃないか、使ってる材料は簡単なもので調達も難しくない。それだけに真似はされやすそうだが、まあ一筆お墨付きもらっておきゃいいだろう」
「独占するのもどうかとは思うんですが……」
「なにアイデアを出して作ったものがその利益を受け取るのは悪くない、まあ元々竜具屋の商品がなきゃ売れない食い物って点で販売までするのは必然こっちに利益がでる、大量の販売があれば取り締まるのも難しくないから問題は無い」
「じゃあ、その辺の話が煮詰まったらまた持ってきますよ」
「うむ、今度はデザート付きで頼む」
「判りました」
【幻日環回廊】を開いて帰る慶司を見送って、また忙しくなるかと思いつつそれが楽しみになっている自分もかなり慶司に毒されているなあとムーサは思い、ヤレヤレと首をふった。
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慶司がムーサに、たこ焼きを届けた以外の場所は全て光速で移動できるソアラが届けたのだが、グルテン、黒狼の隠里、エトとそれぞれ慶司の知り合いへのお裾分けであった。
新作のケーキや食べ物など、こうして時折ではあるがソアラが届けるのが通常になりつつある。なにせ移動速度ではNo.1を誇る、但し多少オッチョコチョイなのは忘れてはいけないが……
グルテン、黒狼の幹部、エトのミシェルはその場に居ない事もあるのだが今回は全員に配達する事が出来た。ソアラ本人としてはたこ焼きの名前を忘れた事などは愛嬌だ程度の認識であったので、後日地獄が待っているなどとは思っていない。
たこ焼きも食べ終わった頃になり全員が帰宅した後になって、エルウィンとソフィアが白い器をもって現れた。
「これは、プリン?」
「うむ、全員分はちと無理じゃったのでな」
「せっかくだから食べて欲しかったの」
「ありがとう、大事に食べさせて貰うよ」
表面を少し焦がすように作る焼きプリンだ、慶司が作るとどちらかといえばブリュレに近い物になる。その違いは選ぶ牛乳や生クリームの違い、裏ごしの過程なども関係するが、今はそれよりもエルとソフィアの作ったプリンの甘さを慶司は喜んでいた。
「まあまあの出来だとは思うのじゃが」
「凄く美味しいよ、ありがとうエル」
「美味しいの」
ちょっと奇妙な取り合わせではあるけれど、そこには家族があった。書類だけで家族になれるのではない、こうして日々のやり取りが家族を作るのだ。何よりも慶司達はその事がわかっているのだろう。妹のような容姿のソフィアは出来が良いといえどまだ幼い。
エルウィンは竜でありアルザスを統べる長でもある。
慶司は異世界からの訪問者で竜を凌ぐ戦闘力を持っている。
そしてソフィアは神薬によって変異した森人と人間のハーフである。
三人が揃って異能者であるが家族である事は紛れも無い。そんな奇妙な暖かさが三人を包んでいた。




