あっつあつを召し上がれ。
慶司がこの世界にきてやっと定住と云えない状況ではあるが、家を持ったというのは、エルウィン達にとって大きな変化をもたらす事になった。
何よりもまずその食生活の変化は凄まじい、元々が豪華だったのに屋敷を構えた事によって深みが増した。
その原因は慶司の拘りと将来を見据えた開発に起因する。
慶司の作ったシステムキッチン設備は笑える程に魔法によって料理用の設備を整えていた。現段階で全て手作りの物ばかりであるのがその執念の証とも言えよう。既にワンセットのフルーオーダーが入っているのだが、発注元は言わずともしれたブルトン王国であった。
魔術式ガラストップの4口コンロ、魚用のコンロ、換気システム、魔術式濾過システムの付いたシンク、冷凍室、冷蔵室、オーブン、スチームレンジ、食器洗い乾燥機。調理用のテーブル、ミキサーなど調理に必要な物が全て用意されていた。
余りにも気合が入っていて普通ならドン引きだが、この恩恵を受けるのはエルウィンとソフィアで、他のメンバーも間接的に時折ケーキが食べれたりする機会が増えている為にその有用性について認めざるを獲ない。そして既に将来は必ず注文しようなどとも考えている。
現在アドニス夫妻が購入を検討している他、何故かマリシェル、グラディスからも仕様説明を求められている。その点でブルトン王国は実物も見ないでワンセットのフルオーダーをするあたり竜具信仰者のミランダを始めとする侍女隊からの信頼は凄まじいといえよう。だが竜具の導入後のブルトン王宮の清掃関連から始まった改革は生活スタイルを一新している。侍女が信奉者になるのは当たり前の事だ、導入前には少なかった休息時間が増え、同じ作業でも楽にでき、しかも竜具は髪の手入れなどにも役に立ち自然と身なりまで清潔に保てるという副産物まで齎してくれていた。
その影響で頑張る魔術ギルドだったが慶司の発想には一歩及ばず全てが後手に回っている。最近では何故に自分たちの研究よりも慶司の特許が注目されるかに家庭からの突き上げで思い知らされている彼らである。まさか邪険にしていたなどと妻にも言えずにいるのはまた別の話である。
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たまには休息も必要だぞ、そうエルウィンに言われた慶司は朝から姿を見せず、今度はどこへ行ったのやらとエルウィンが溜息を吐いていると、ソフィアが心配するなと話しかけて来た。
「おかあさん、心配ないの。おとうさんは遊びに行ってくるって言ってたの、それにすぐに戻るって言ってたの」
「そうか、妾が寝ている間に既に出かけていたのじゃな」
「そうなの、お母さんもゆっくり寝かせてやれって言ってたから」
「なるほどなのじゃが、ソフィアは今まで何処に行ってたんじゃ」
「えへへ、おとうさんに頼まれた物を買ってきたりしてたの」
「おお、それは偉いのじゃ」
エルウィンがソフィアの頭を撫でるとソフィアはうれしそうに笑みを浮かべた。
「で何を頼まれたのじゃ」
「んーと卵新、鮮なのが欲しいって」
「ふむ、もしやケーキかのぉ」
「わたしもそう思ったんだけど違うんだって」
「ふむ、でもプリンが食べたいのぉ」
「じゃあお願いしてみるの」
「そうじゃの、妾がつくるより主様のあのトロっとした滑らかなプリンが食べたいのじゃ」
「でも、ソフィおかあさんの作るあの表面の焼けたの好きだよ」
「まあ主様直伝のレシピで作る焼きプリンじゃから不味くはないじゃろうが」
「おとうさんに作っておいて驚かせるの」
ふむ、悪くない考えじゃの、とエルウィンとソフィがプリン作りを開始した頃、慶司は一人海の底を歩いていた。
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「意外と特定の獲物を探すのって難しいもんだな」
「ちょっと待ってなさい。調べてきてあげても宜しくてよ」
調べてくれるのは確かなのだが変なツンデレ調になっているロミー、海の中だけに現在は彼女だけが慶司と一緒に泳いでいる。慶司は魔法で周囲に空気の層を作って海底を歩いている。
「この岩場の奥に居るわ」
「了解」
銛で突き刺して獲物を仕留めた慶司は袋にしまうと次の獲物を探してさらに海底を進む。
慶司にとってのノンビリというとレジャーになってしまうらしい。しかも何故か獲物を探しに自ら出かけているのだから意味が判らないだろう。
岩場に群れを成している海老の一種を見つけて慶司は後ろから捕まえて袋に放り込むと目的は達したと水面に向かって浮上していく。
「ロミーありがとう今日は助かったよ」
「別にこれぐらいの事でしたら何時でも構いませんわ」
何故かこの世界は水関係の人員がツンデレ要員である、というより普段がお淑やかでちょっとツン、そして慶司の前でデレっと態度が軟化するのは基本仕様のようである。
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「ただいま」と帰ってきた慶司が鼻をヒクヒクとさせる、この甘い匂いは……と考えているとソフィのダイブアタックが敢行された。
「お帰りなさい、おとうさん」
「ああ、ただいまソフィ、例の物は買ってきてくれたかい」
「うん」
「ありがとう」
「えへへ」
「主様、戻ったか」
「おはようエル」
「うむ、それにしても何処まで行っていたのじゃ」
「海までちょっとね」
「態々海まで行ったのか」
「まあ港からはちょっと離れてだけど、市場には並ばないから仕方なくね」
「フム」
さっそく下ごしらえをするよと慶司はキッチンへと向かい、捕まえてきた獲物を袋から取り出した。
「む、珍しい物を食べようとするのじゃな」
「おとうさんそれ食べれるの」
「美味しいよ、こっちでは食べないみたいだけど、刺身でも食べれるぐらいだから」
「生でも食べるのは海の地域ではある事だとは聞かなくも無いが」
「まあ少ないだろうね、調味料が少ないというか醤油が無かったからね」
慶司が下拵えとして塩で揉んでいるのは巨大な蛸だった。こちらではそのままデビルテンタクル、デビルフィッシュ、などと呼ばれていて、ウネウネとしている事で嫌われている為に食用としては人気が無く市場に並ばない。だが漁村などでは一部の地域で美味とされていたりと扱いの差が激しい食材だけに自分で取ってくるしかなかったのである。干物は販売されているがそれでは慶司の目的にはそぐわない。
蛸はぬめりをまず取る必要があるがその前に頭の中の腸を取り除く、食べられる部分は切り取って別にしておき食べれない墨の袋などはより分ける。その後目や嘴などを包丁を入れて切り取り、塩で揉んでいくのだ。
こうしてぬめりが無くなった蛸は塩を入れた熱湯で足の先から徐々に入れてやる、するとクルっとカールしながら触手の部分が丸くなっていく。そうして最後まで丸くなった後に鍋で数分煮れば普通に茹でた赤い蛸になっている。
これをブツ切りにして食べるのもいいのだが、必要分意外を急速冷凍した慶司は小麦粉、と卵、芋の摩り下ろし、出汁、リュトルの酢漬けなどと混ぜ合わせ、どこから取り出したのか金属板に穴を開けたような、たこ焼き用の鉄板を持ち出してきた。
「なんじゃ、その凹みだらけの鉄板は、不良品ではないのじゃろうが」
「これは、たこ焼きを作る為に必要な鉄板だよ、しばらく油で馴染ませるから待ってて」
そう云うと慶司は鉄板をコンロの上に固定して魔術コンロで熱し始めた。十分に熱してから油を轢いて馴染ませるのだ。まあ使っている間に味もでるだろうし、調理用にと態々グルテンに頼んで特注した一点モノである。
「それじゃ、そろそろ呼びに行って来て」
「はーい」
と飛び出すソフィア、どうやら事前に打ち合わせをしていたのだろう、迷わず屋敷を飛び出していった。
数分後校内にいる知り合い全員が集まって、たこ焼きパーティーが始まっていた。
焼くのは慶司とソフィアとエルウィンそしてカミュが手伝い。他のメンバーは楽しく食べていたが、最初は中身がタコと驚き慌てていた。どうしても苦手な人用にと慶司は海老入りも用意しておいたが、一度食べると偏見よりも美味しさが勝るなんて事は良くある事で、全員が美味しそうに食べていた。
削ったカツオ節と慶司特製の複数の野菜と果物を煮詰めた濃厚なソース、そしてマヨネーズの香りがたまらない。もう一つの皿には上にかかっているのはカツオ節だけでソースが無いのに香ばしい醤油の匂い、横には出汁と生姜の刻みや葱の薬味が添えられている。慶司が用意したのは普通のソース風のたこ焼きだけでなく、醤油ベースの出汁を使った味のものと、明石焼と言われるのと同じように出汁に浸して食べるスタイル用にちょっとふわっと焼き上げたたこ焼きの三種類だった。
店にあるような大きさの鉄板で次々にできる、たこ焼きは大盛況で皆の胃袋に納まっていく。慶司達も作りながら摘みつつ少し多めに焼いてはソアラが飛び出していく。5度程ソアラが行き来したのは知り合いの所までの配達であった。突然のたこ焼きの差し入れには驚いているだろうが、喜んでくれるといいなと慶司もエルウィンもソフィアも微笑みながら、あっつあつのたこ焼きを頬張りながら食べていた。
ゆっくりノンビリというのは人によって過ごし方が変わってくるが慶司の望んだ休日のスタイルはこれでよかったのだろう、ソフィアは楽しそうに笑う父親の顔をみて自分も笑顔になっている事に気が付いていた。
産んでくれた両親とは死に別れてしまったが今は最高に幸せだよ、ありがとうおとうさんおかあさんとソフィアは慶司とエルウィンに心の中で感謝を込めていた。
出来上がったたこ焼きを運んでいくソフィア。
慶司達はその姿をみて微笑む。
「次のたこ焼きできたよー、あっつあつを召し上がれ」




