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シルフィのドレス

 慶司の使う戦闘技術を習っているのはホメロウ達だけではない。一応週に1度の実技の時間で慶司の受け持つコマはある。だが本当の意味で弟子と言えるのはホメロウとカミュ、そしてそこに加わってきたクリフとソフィアだけと言っていいだろう。初期には希望者も居たのだが、全員が授業で行われた振り子式の訓練で脱落していた。こればかりはファンクラブと言えども身の危険を感じたのか申し込んでこなかった。学院が誇る4人が勢揃いしているのに勿体無いとはいえど致し方ないだろう。

 ホメロウがこの夜間訓練について「今やってる訓練より厳しいのは当たり前じゃないか、ハッハッハ」と笑いながら答え、「これぐらいなら温いでしょうね」などとカミュも涼しげに答えたのも影響している結果ではあるが、誇張ではなく、昼間にやっているのはこの半分の高さであり速度もそこまででは無いし、障害物も用意されていない。


「よし、じゃあ、とりあえず組み手を見てみようか」

「「「ハイ!」」」


「組み合わせはホメロウ、カミュ、そしてクリフとソフィアでいこう」


 男女の違いはどうしたと思われるかも知れないが実戦でそんな事は言えない、そして力も重要だが何より技と目が重要なポイントになる為に男女差よりもそちらが優先されるのは最もな事になる。


 剣を持たせればこの4人の中ではクリフが一番強いが無手に限れば現状ではカミュ、ホメロウ、そしてソフィア、クリフの順だろうと慶司はみている。どんぐりの背比べ位の違いではあるが、あの特訓を耐え抜いてきたカミュとホメロウの根性は才能を今のところ凌駕している。クリフは未だに要領が掴めていないのと若干だが動きがぎこちない。ソフィアはその体のスペックに心が追いついていない状態である。良く例えられるが普通車にF1のエンジンの積まれた状態で一般人が運転しているようなものだ。


 攻め始める側だけを決めて交代に組み手を行う、只管ひたすらに【流水(りゅうすい)】と【流転(るてん)】を練習する。まだ攻めの【流水(りゅうすい)】も完全ではないし、いくら不完全とはいえど、なんでも全てをそのままの【流転(るてん)】では受け流せない。それを実戦で掴んでいくしかない。


 一度休憩させると順番に攻撃と防御を取らせて慶司自身が相手をしていく。全てを寸止めで攻防するのではなく威力を緩めて当てる。中にはフェイントなども混ぜ合わせて相手をし、特にそのままでは裁けないような攻撃も組み合わせる。どうすれば交わし辛いのか、攻撃するときは敢てルージュのような型やキャサリン並の蹴りをいれたり投げを仕掛けたりと動きを読ませない。そして攻防に関しても全てを【流転(るてん)】ではない方法でよけきって見せたりカウンターを単純に合わせたり、最小限の見切りや片腕を攻撃に合わせて横から打ち当てて逸らしてしまうなどと多彩な方法で相手をする。


 そうする事で【流水(りゅうすい)】や【流転(るてん)】の弱点になる部分も教え、そうした動きの相手をどう破るのかを考えさせる。考える事でどうすればいいのかの答えを自分で見つけさせる、そして見学している事で何が自分に足りないのかを教え込む。


 4人が力尽きて倒れても平然としながら慶司が水筒から水を飲んでいる横でエルウィンは自分の愛しい相手が改めて強いものじゃなあと関心している。昔の自分ならどう戦うかのぉと頭の中でシュミレートするが勝てる気がしない。今の体格では確実に無理な相談になる。


 何故かよこでグヌヌとかウムムとか唸っているエルウィンを眺めながらなんだこの可愛い生物と慶司が思っているなどとエルウィンは気がつかない。


「なんだか面白そうだ」

「おいおい俺も交ぜろよ、ハッ」

「「え?」」


 突然現れたと言う訳でもないのだが、フレアとエクレアが組み手に混ざろうと声を上げた瞬間に、後ろを指指してあげた。


「ちょっとまて冗談だって」

「わ、わっかんないかなあ精霊ギャグだよな、フレア」

「そうそう、これはギャグだよー、本気じゃないよーシルフィ」

「フフフ、そうですか?」

「「うんうん」」

「まあ、精霊と組み手はちょっと厳しいな」

「そもそも今日の役目は組み手と言っても、私の楽しみにしていた例の装置ですよ」


 二人の背後からお怒りモードのシルフィが現れる。精霊相手の組み手をちょっと厳しいの一言で済ませているが、一般人には駄目絶対の相手である。本気のフレアの組み手もエクレアの組み手もやれば最後初撃で死亡する確率の方が高い。


 そもそも精霊相手に組み手ができる方法を考えた慶司が規格外の存在だ。


 現在慶司の趣味である発明はアイデアだけを出して作らせている瓶詰&缶詰企画とそして自らが暇を見ては作っている自律動人形オートマタの作成である。


 実際自律動人形(オートマタ)を作ったり石造魔ゴーレムと呼ばれる物は作れない。魔法で命を創造する事までは出来ないと慶司も判断したし、命令を聞きコンピューターのような判断機能を持たす事も夢は無いが不可能だった。だが精霊を宿すのだったらどうだろうかと一つのアイデアとして研究を進めているのである。


 竜族と精霊の大きな違いは肉体を持っているかどうか、竜玉の存在の有無、通常に住む次元の違いなどがある。何よりその肉体の有無が大きいのだが精霊とは通常肉体を持たない者だ。それをカバー出来るのが慶司の自律動人形(オートマタ)であった。魔力の消費を抑えつつも戦う方法を生み出すと言う点での改良が進められていた。手袋や武器などを既に完成させて先日の戦闘にも使用しているが、魔石を粉末状にまでして糸や布に塗布する事で布自体に魔素や魔力を貯めれるようにした魔布を慶司が開発したのだ。


 現在この紙のバージョンも作られていて使い捨て竜具としての開発も行われている。

 簡単に言えば紙や布そのものが電池や燃料の貯蔵庫になるのだが、元々は自律動人形(オートマタ)の中で金属に魔石を入れるのが流石に整形には厳しいとなった時点で慶司のアイデアによって生み出された物だった。金属に魔石を当初は塗りつけていたのだが、剥離しやすかった。であれば布に塗布してみようとしたところでシルフィに試させた。すると魔素の洋服のようになり、そのまま物も掴める事が判明したのである。


 いわば布を擬似的にではあるが肌を魔力で構成するに近い効果があった。魔素を持つ人などには触れたりできたが何も無い無機物には今まで触れる事が叶わなかったシルフィにとっては最高の発明品で、一日千秋の想いを募らせていた。


 なので、先程の登場のようにちょっとした出来心で不作戯ふざけたフレアとエクレアが逃げ出す迫力をもっていたのも仕方が無いのであり、タイミングが悪かった、もしくはご愁傷様と云った具合だ。


 この開発がうまくいけばコントロール型の獣型訓練具の開発も行う予定になっている。

 全ては慶司とシルフィの情熱の合作といっても過言ではない。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 ついにこのときがやってきた。

 シルフィは慶司の用意した服に袖を通していく、あくまでシルフィの体に纏っているように見えるのは彼女がイメージした服のようなものだっただけの幻影のような物に過ぎない。その精霊であるはずの自分が洋服を着る事ができる事に感動を覚えていた。


「素晴らしいの一言では表せない……」

「こう言うと何だけど、すでに自律動人形(オートマタ)からはだいぶ思想がずれているから、魔布を利用した服だけど、敢て【精霊着装】と名前を変えて呼びたいね」

「【精霊着装】」

「何か他に呼び方があればそれでいいんだけど」

「いえ、【精霊着装】で」


 切れにくい燃えにくいと言われる糸を撚る所から魔石の粉を練りこみ布にして染色、そして縫製までした一点もののドレスだが気に入って貰えたと判って慶司も一安心。服装は大事だ、洋服を大事に思わないような女性はいない、もう一度いっておこう大事な事だからな、洋服を大事に思わない女性はいないぞ?


 そして上機嫌のシルフィはお約束のごとくこう述べた。


「では稽古を始めましょうか」


 元々が稽古用のつもりで仕立てたので問題はないのだが、妙にやる気に満ちているシルフィ。

 普段でも内部に入って動かす木人のような自律動人形(オートマタ)で訓練に参加してくれていたのだが、精霊が本気で動ける状態での訓練となるとどうなるのだろうか。


「では、見取り稽古といこう」

「そうですわね、確かに自由に動ける私だとちょっとまだ力加減が難しいかもしれません」


 対精霊戦闘、これは予想していなかった、もしや武力だけで対峙するなど愚行意外の何物でも無いのではなかろうか、そう思える程に対策が浮かばない。考えれるのはシルフィには悪いが対魔物戦闘の想定でしかない。


 まずシルフィだからソアラ程の高速ではない。だが後衛職のような立ち回りである彼女が戦闘時には素晴らしい体捌きを見せるのを慶司は知っている。


 むしろ早いだけのソアラより柳のように揺れ動くシルフィの方が数段相手としてはやりにくい。


 全員が見守るなかで開始の合図がフレアによって告げられた。


 こちらも拳と足には魔布を巻きつけてあるので攻撃は通るし捕まえる事も可能なのだが、ここまで対峙して緊張するのは何時振りだろうかと思うほどだ。


 そもそもシルフィ達って存在自体が魔法……だよな?、と慶司は即座に【竜撃ノ拾八識無我りゅうげきのじゅうはっしきむが】を発動した。これは本能的な物だったのだろう。


 即座に発動させた身体能力の底上げがなければ確実に一撃が入っていた。


「結構厳しい状況だな」

「初撃だけは油断して頂いてたので入るかと思いましたのに」


 かなりノリノリの状態になっているのでこれは一本勝負がつくまで終われそうに無い。ちなみにシルフィはおそらく唯単に、腰を沈めてこちら側へ移動してきただけ、但し初動も何も無しの状態でだ。


 人間ならば、否、生物ならば何であれ初動を消すというのは厳しい。拳の攻撃一つ、歩みの一つに置いても呼び動作と言うものが存在する。それを切り詰めて発動する無拍子という打撃系の到達点のように思われているそれと同じ事、それが全ての動作においてなされている。


 構えがどうだというのではなく、筋肉の動きがないのはまず当然として、目の動きやその他予備動作などが一切省かれた行動である。


 本当に機械との戦闘にでもなればこのようになるのではという戦いである。


「主様が一方的に攻められているなんぞなかなか見れぬな」

「シルフィは怒らせない、シルフィは怒らせない」

「あいつは鬼だ、あいつは鬼だ」


 過去にシルフィから御仕置きをされている精霊たちはドン引き状態。ソアラは既に逃亡していた。慶司が気が付いていたら逃げたほうが後が怖いよと教えてあげただろう。


 だが一方で師匠は無敵と信じる弟子たちは慶司が攻められていようとも何か考えがあるのだろうと只管に二人のやり取りを視る事に集中している。


 特にソフィアは父親でもあり憧れの慶司が最強と疑わない。


 無拍子で繰り出される攻撃を受けながら躱したり逸らしたりし続けている事が通常では在り得ない。彼らの目の前では既に次元の違う戦いが繰り広げられているのだ。


 竜王格闘杯(D・L・F・C)での決勝よりも数段上のレベルの攻防であり、打撃中心のシルフィの攻撃を慶司が捌き続けている。


 時折【流転(るてん)】も使ってはいるが攻撃への転換まではシルフィの猛攻が許さない。しかし、幾ら無拍子を放てる(自然にそうなっている)だけで慶司は倒す事が出来ない。慶司の右手によってずらされた攻撃が慶司の左肩に当たる。初めて攻撃が慶司に当たった、そうシルフィも観戦者もが思った瞬間にシルフィが吹っ飛んだ。


 全員が唖然とする。魔法でも使ったのじゃあないかと思いたいが、生憎身体強化意外に魔法の使われた流れは感じられない。


「何、今の」

「判らん、だがこの勝負、慶司の一本」


 シルフィが投げ飛ばされたのは何故か慶司の後ろである。

 投げられたシルフィは精霊だからノーダメージではあるが腕を取られた状態であり、降参するしかなかったので勝負はここまでとなった。


「まあ主様が負けるとは思ってないがの、今のはなんじゃ」

「【流転(るてん)】の応用だよ」

「なんじゃと?」


 慶司は普段やっている【流転(るてん)】は躱か逸らす事、もしくはその力を体の軸を使う事で相手に返す事に使用している。幾度かは見せていると慶司は思ったが、発動を呼び込みさらに慶司も無拍子での動きで投げに移ったので何が起こったのか判らなかったのだ。


 なにより相手には失礼かもしれないが、慶司の一番重要にした点は、シルフィの【精霊着装】が破けたりしないように投げる事だった。


「流石に、まだまだ全力を出させられませんでした」


 少し悔しそうではあるがシルフィも納得はしたようで、いつもの冷静な状態に戻っている。何気にシルフィは日々ホメロウ達の特訓に一番付き合っているので格闘術に興味が沸いていた。より精霊社会での地位が高まりそうだなと慶司は思ったが口には出さない。口は災いの元はどのような世界《社会》でも有効な諺だと思っている。


「多少動きの早い部分もあったけど、あの特訓をしているのだから目で追うぐらいはもう出来ている筈だと思うがどうだった」

「素晴らしかったです」

「拙者も必ずや師匠のように捌ける腕前を持ちます」

「か、感動しましちゃ」

「やっぱりお父さんは最強だね」


 じゃあ次はと慶司は反射神経の向上を目指す器具に向かって訓練が再開される。アドニスが気合を入れた料理を作って連絡を寄越すまでその日の特訓は続き、訓練施設からは様々な女性の悲鳴が上がっていた。

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