愛娘は可愛い、可愛いは正義
少し時間を遡ったマルテア騎士国郊外の川辺。
アルゼ・バクスタートによって騎士国の軍隊は撤退しつつもウィルソルカンポを始めとする魔蟲を処理しながら川辺へとたどり着いていた。周辺の村に被害が出ないようにと撤退しながらの指揮は素晴らしい物で、宰相の地位に居ながらも、元々は騎士団でNo.2で実質の責任者だった頃と同様の才能を発揮していた。そしてその撤退している軍を追うウィルソルカンポ達はさらにその背後から迫るバルトホルスによって蹴散らされていた。
「で、馬鹿野郎、戻ってくるには早い気がしますが」
「ああ、ちょっとな借りを作っちまったが、なんとかなったわ」
「は?」
「いやな、あの巣の破壊をしてくれるってんで任せてきた」
「誰にですか」
「あの竜王格闘杯の優勝者がいただろ、アイツだ。なかなか面白い野郎だったぜ」
「ちょっとお待ちなさい」
「ああん」
「失礼な態度など取っていないでしょうね」
「何いってんだ、俺は王だぜ? まあ終わったら王宮には来いよとは伝えたが」
「……、なんと言ったんですか」
「確か何でいるのか知らないが『大よそ竜の使いかなにかだろう、ここは任せた、必ず王宮に来いよと』だったかな、あ、後『礼はしてやる』って言っておいた、ほら律儀だろ、礼はせんといかんからな」
「その物言い……どこが礼をする者の態度ですか」
「いやだってな、巣の規模を間違えただろうとか、巣の状態を知らないで挑んだのだろうと言われたからだな」
「事実ですよね」
「事実だからといって非難されたくないのが人と云う物だぞ」
思わず天を仰いだ。ウィルソルカンポ達を殲滅した上でようやく一息つけるかと思ったら問題《トラブル本人》がまたやってきた、まさに【疲労宰相】の二つ名に相応しいだろう。
彼の今の心境はまたやりやがったこの馬鹿野郎であり、王よりも親友として戦場を駆け巡った仲間として部下としての気分に戻っている。
「馬鹿だとは思ってましたが、仮に、その方が竜の使いで来て助力してくれたとしたら、挨拶ぐらいはまともな物でお願いできないですかね」
「いや、まともだっただ」
「黙りなさい」
「お、おう」
「そもそも……」
この後2時間程軍の天幕内部で正座させられながら懇々と説教が続くのは別の話として省略したい。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
マルテア騎士国でのウィルカンポの巣穴処理から2週間程経過したある昼下がりに一通の書状が慶司の下へと届いた。先日冒険者ギルド経由でマルテア騎士国宰相の名で討伐の感謝状と討伐代が送られてきていたのだが、律儀にも正式な書簡で礼状が国王の名で届いた。
「とてもあの王からとは思えないな」
「ふむ、ではその書簡はだれからじゃ」
「宰相かもしくはその他の優秀な臣下からって所かな」
「ずいぶん厳しい評価じゃな」
「まあ、独り残って奮戦を続けた王様って事では評価はするけど、調べた結果はやっぱり原因はあの王様が退治するって意気込んだのが原因だったみたいだからね」
「うーむ、騎士国のぉ、あの国は王がハーフであるが元がロゲリアからの独立じゃったからな、国交はまだ結んでおらん、国といえど一地方領主のような扱いじゃ。まあ成り立ちからして冒険者の多い国でな、骨のある奴が多いのか、その筋からの情報でもかなりのレベルまでの魔獣なら自分たちで対処しよるのじゃ」
「それが元でウィルソルアントまで倒せると思ったのか」
「まあいいお灸にはなったじゃろう」
「だといいけどなあ」
「これを機会に国交に関しての話し合いを持ってもいいかもしれんが、まあ向こう次第な部分も大きいのじゃ。ブルトンのシャーリィのような例は難しいじゃろう」
「調べた限りだと聖教会の力は低そうだけど、奴隷なんかは認めているし、実力主義的な国だからなあ」
「うむ、人がトップでは無い国じゃからと言っても奴隷んぞ認めている国と正式な国交は結べぬからの、貿易は商人たちの経済活動でもあるから認めたとしても、な」
全部の奴隷というシステムが悪いとは思わない、それこそこの世界での仕組みではある。だが獣人差別の結果としての奴隷システムというのは慶司にとっては受け入れがたい考えでしかない。
「まあ建国してまだ50年と少しじゃったか、ある意味ロゲリアから離れる為じゃったと考えればそのうちにそういった制度も変わるのかもしれぬ」
寿命で死んだ竜族はいない、下手をすれば寿命がないのかもしれんなと言う位であるから昨日今日不老不死になった慶司と違い、既に4000年もの月日を過ごしてきたエルウィンにとって50年というのはついこの間の出来事でしかない。
慶司から見ても一代目の王(ハーフの森人とハーフの虎紋族とのハーフであり珍しい森人と虎紋族の能力を受け継いでいると判明しているので長寿なのだろうが)だとして長く騎士国が存続するかどうかは不明ではある。しかし、国は王だけで成り立たないし、側近に優れたハーフの森人がいるのはこの書簡からも判る。
「どうだろうね、本人はなんというかカリスマはある猪突猛進の戦専門の馬鹿だけど、周りの臣下はなかなかの人物が揃っているみたいだよ」
「ふむ、一度行ってみるのも悪くないが」
「でも残念な事に学校やその他諸々で忙しいから当分は無理かな、この招待にも申し訳ないがと返事をしておいて」
「了解した、任せるがよいのじゃ」
理事長室、校長室兼任のこの部屋で書類を捌いていく。最近はエイミーが教員の纏めもやってくれるようになりつつあり、この部屋では慶司とエルウィンだけで書類の山に埋もれながら処理をする日々が多くなっていた。時折休み時間や放課後などになるとソフィアがやってくる、最初は色んな事が一度にありすぎて緊張からか辿々しい感じだったソフィアも徐々に本来はこうだったかという、溌剌な少女になっていた。
新薬の最初の成功例であり、書類を調べた結果ではあるが他の新薬投与者とは違う性質を持っている少女。あの聖騎士と違って吸収能力などは無いが身体能力は獣人などを超え、魔法の資質も元が森人のハーフであったのでか非常に優れていた。成長すれば竜族とまでは行かないがそれなりの冒険者として名を上げるだろう。それは学園の授業でも発揮されているようだ。
そして、慶司とエルウィンの養子として迎え入れられているのでこの部屋にもよく訪れる、扉が勢いよく開かれるとそれはソフィアの登場を意味していた。
「おとーさん、おかーさん」
「どうしたのじゃ」
「えへへ、呼んでみただけなの」
相変わらずエルウィンの体の大きさは変わらない、いや少々だが胸は本人も気にしていたのか竜の体を取り戻すよりも先に変化させていたので多少は変わっているが、背の高さはそのままだ。何がどうしたいのか慶司にも……不明だが、あえてそこには触れなかった。だがこうして並ぶとちょっとだけソフィアが背が低いだけで銀髪の少女が並んでいるというのは親子というよりは姉妹といった感じがしてならない。
周囲がみれば羨む程の美女二人を連れていると思われても仕方ないという程の状態だが、これが旅の頃だと、さらにエイミー、ルージュ、その他にもブルトンの王女なども居たのだからとんでもない状態だったのだと今更ながらに慶司は思う。
幸いな事に今のところはそれらよりも武力的な面での活躍が目立っているので、その方面の二つ名はついてはいるが、美少女ホイホイなんて不名誉な二つ名で呼ばれていない。正確には、羨ましいと思っている男性も存在はするのだが、あまりの慶司の強さから肖りたいと思う男性の心理の方が強いようである。
あれぐらい活躍する強さを持てば俺ももしかしたら!、と夢をみる男がいるのは当然の反応だろう。
少し話が逸れたが、ソフィアの美しさは学園でナンバーワンであり、実力もカミュにつぐ女子のNo2である。
理事長の慶司の娘である事からナンパな行為はされていないが、まだ開校から一ヶ月になるかならないかというこの時期で、既にファンクラブなる物まで存在しているという。
現在確認されているファンクラブは4つ、そのどれもが慶司の関係である事がある意味すごい。女子ではもちろんソフィアが最初だったが、やはりというか男性だけでなくお姉さま的な人気をもったのがカミュであった。そして男性ではホメロウ、クリフである。このクリフに関してはミランダのみが真実を知っているだけであり、入学後一ヶ月、まだ彼女であるという事は発覚していない。そのせいか、若干名ではあるが怪しい道へ突入しそうな男子がいるのは余談ではあるが存在し、一部腐った女子生徒も生み出しそうである。
異世界まで来てもそういった世界は存在するのかと嘆きそうではあったが、実際にその手の趣味趣向というのは人間社会でも古代から存在する事は慶司も知識としては知っていた。だが自分にその矛先が向いたら全力で排除しようとのみ新たに誓いなおしていた。
この部屋にくるソフィアの目的は慶司とエルウィンの顔を見るのもあるのだが、なんといっても自宅で独り待つよりは何かを手伝おうという心からの行為だった。
ならば同年代の友達とでも遊びなさいという所だが、彼女の選択はこちらに来ている。慶司としては拒む理由も無いが、たまには友達と遊びに行けばいいのじゃないかと考えてしまう。実際に女生徒同士であれば狩などの冒険者ギルドのアルバイト的な物ではなく、町へ足を伸ばして食事をしたり買い物をしたりといった付き合いもあるはずだ。
といっても無理強いもできないのでカミュへ頼もうとしたのだが、残念な事にカミュが女性らしさより訓練一筋なタイプである事を慶司も失念していた為、話をしているうちに頭を抱える羽目になったのがつい最近の出来事だった。
ご飯も慶司が作るか、もしくはアドニスが作ってくれるので町より美味しかったりするのが原因なのだが、その辺りは慶司の考慮に入っていない。もっと遊んでやれたらとも思うのだが仕事を投げ出す事も出来ない上に賢いソフィアは既に戦力として十二分に活躍している。
「なあ、ソフィ」
「なあに、お父さん」
「遊んできてもいいんだぞ」
「ここでお手伝いしてる方が楽しいもの」
「そうか、さすが童と主様の子じゃ」
「えへへ」
とこうなってしまう。まあいいかと慶司もそこでさらに踏み込まない、こうして誰かと一緒にいる。それが慶司とエルウィンという自分の保護者として親になった人物の傍に居る事が幸せだと感じるならそれもまあいいだろうと思う。実際まだソフィアの研究資料の内容は完全な物でなく、予想では寿命も無いだろうとさえ考えられていた。そう考えれば普通に友達を作ったとして、一緒の時間を歩めないかも知れない。その事はソフィアには話してはいないが、何か感じる所があるかもしれない。新しい種としてたとえ孤独であろうとも、慶司とエルウィンは自分の親であり、そして頼れる存在であると感じるのだろう。
「よし、今日は早めに切り上げて、ホメロウ達の訓練でも見に行くか」
「それじゃ」
「うむ、その後はみんなで食事会じゃな」
「アドニスさんに伝えてくるね」
「走って転ぶのではないぞ」
「はーい」
元気よく扉を開けて駆けていくソフィアを慶司とエルウィンは見送りつつ書類の片付けを始める。続けても全部が全部終わる訳では無い。必要最低限までやれば後は明日に回せるし、偶には弟子となったホメロウ達の訓練を見なくてはいけないだろうという名目でもって終わらせたのである。ソフィアとの時間をここだけで過ごすのに抵抗があったのだ。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「今日こそ成功させる!」
「頑張りましょう、師匠に一歩でも近づかなくては」
「おう! ぬぉぉぉぉおおお」
例のロープで振り子状態で落下する事によって加速を増して、ホルスの3倍の速度を体感できる訓練装置を使っての動体視力の向上と体感速度を慣らす事によっての思考速度の向上訓練をホメロウとカミュが行っていた。
「あ、師匠」
「ぬぁああ、え?、ふぉおおお」
当たっても問題ない障害物を設置して木剣で弾くという段階までやっているのだが、途中で気を抜いてしまったホメロウは顔面で受け止めたようだ。
「今、顔面でいったのぉ」
「紙といえど流石に痛いだろうなあ」
「なん……のこれ……しき」
ぶらーんと揺られながらなので声が近くなったり遠くなったりしながら揺れが収まるまでその場で待つ。
「師匠が来ていただけたなら組み手の練習でしょうか」
「わ、自分もお願いしたいのでつ」
「我輩も……お願い……したい」
目をキラキラとさせながらカミュとクリフが尋ねてくる。だが今日の本命は別なんだけどなと思いつつ、とりあえずホメロウの揺れが収まるのとソフィアが来るまで待とうと慶司は考えた。
気合が入りすぎたクリフに誰も突っ込まないのは、慶司達の優しい心遣いであったのは確かだった。




