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バレンタインデー#2

 突然自分たちの主であるグラディスが駆け込んできたかと思えば、次は慌しく飛び立っていった。しかもアルザスの支配者であるエルウィンを伴ってだ。


 さては魔物でも出たのかとグラニエスの赤竜達はざわめいたという。まさかプレゼント一つでそんな事になっているなどとは思わない。だが流石に魔物でも出没したのなら慶司殿がいるだろうと年長の者が言うと成程問題ないと落ち着いたのだから事の原因でありつつも抑止力として知らぬところで力を発揮する慶司の竜族から寄せられる人望は凄い物であった。確実に噂でクシャミをしている筈である。


「行き先は」

「ここはドレスムント一択じゃ」

「よし我が背に乗るが良い、今日は特別だ」

「フフフ、借りておこう」


 竜族最強と呼ばれるグラディスの本気の飛行速度は他の追随など許さない。対抗できるとすれば元の姿のエルウィンぐらいだ、エルウィンを乗せたグラディスは最大速度でドレスムントへと赴いた。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 さて平穏なドレスムント上空を掠めて飛来したグラディスの強襲飛行は意外にもドレスムントの市民達を驚かせなかった。これが昨年の夏以前であれば畏怖の念と驚きでもって迎えられたのだろうが「あ、竜だ」「かっけー」「赤色だね」「ちょっと何時もより大きいわね」といった反応で済む。


 これも慶司がドレスムントで数回に渡って竜族を上空で呼びとめお使いに使ったり、果ては竜王格闘杯(D・L・F・C)の時期には特例としてグルテンやホメロウ、カミュ等を送る為に立ち寄った事でどれスムントの住民達は慣れてしまっていた。


 とは言えどこの地は地竜であるエリスの支配地域であり、それなりの監視体制も敷かれている。そこに火竜の長グラディスが飛来したので即時にエリスへと報告は上がっていた。


「はあ、グラディス姉さまが……めんどい、いかない」

「ですが、其の背にエルウィン様も居たと報告が」

「な! どーしてそれを先に言わないのぉぉ」


 ガクブルと震えながらも走り出すエリス、とてつもなく器用な行動であった。


「ヤバイ、ヤバイ、挨拶に行かなきゃまたウチの神殿《家》が壊される」


 エリスの中でのエルウィンは現状人の姿で竜体を持たなくても畏怖の対象としてその心に刻み込まれている。当の本人はちょっと遊んで稽古をつけただけという認識なのだから可哀想なものだ。


「ぜぇ、ぜぇ、お姉さま方ご機嫌麗しく……」

「エリス、どうした、そんなに急いで」

「なんじゃ、何かあったのか」

「お二人揃っての来訪ですからウチが挨拶に伺うのは当然です、でもお兄様は?」

「主様は今回の我らの行動には付いて来ておらんぞ」

「なんだ、そんなに慶司に会いたかったのか」

「いえ、拳《語り合い》がまだでしたのでいらっしゃればなーんて」

「まあお主は我らの妹分じゃからな、よかろう、今日の目的を教えてやろう」


 ドレスムントに来た理由を知ると成程と頷いたエリス。


「ではウチも見識を広めるために同行させてください」

「まあ構わんがな」

「今から将来を考えれば悪くないじゃろう」


 こうして何故かさらに支配地域の長たるエリスが加わる事になった、そして如才ないエリスは一言。


「この場でヒルデガルド姉さまを呼んでおいた方が……」

「む、確かに既にこの場で長が3名」

「拗ねたら厄介じゃからな、良くぞ気がついた」

「では配下の者に言って即刻連絡させます」

「うむでは待つか」


 エリスが手配に行くと思わずため息を吐く二人だった。


「危ないところだったのじゃ、ヒルデの事を忘れておったわ」

「エリスが気がつかなかったら次の会議の時に嫌味を言われる所だった」

「だがそうなるとマリシェル様はどうする」

「うーむ」


 確実に拗ねるマリシェルの図が頭に浮かぶ、だが可愛い拗ね方だろうし、慶司のお菓子で何とかなるだろうという結論が二人の脳内でチーンッと音を鳴らす。


「「お菓子でなんとかなろう」」


 竜聖母の扱いが酷いようだが、愛されているとも云えると思う、いやきっとそうだ。だが以前のマリシェルは実は沈着冷静、知的で優しくといった印象が大きかったので人の事は言えないがエルウィンとグラディスが思い浮かべた内容もちょっと前では考えられない事だった。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 結局竜族の長4人が揃いドレスムントというより知り合いを訪ねる事となった。今一つ自分たちの立場を考えない行動をとる女性陣、もしも慶司がこのような所業を知っていたら懇々と諭す事だろう。


「フフフ、この4人で会議以外でお出かけするなんて楽しみですね」


 そして何故か一番上機嫌だったのは出不精、引き篭もり、一部で眠り姫とまで言われるヒルデガルドであった。


 何故か特に愛する物への贈り物という今回の主旨を聞いてより興味深くなったのだ。まあ最年長、未婚、年下二人が結婚済みというキーワードで推して知って頂きたい。



「と言う訳でやってきたのじゃ」

「はぁ」


 訪れたのは旧B&MWの工房。現在はグルテンと共に工房を合併させて武器や刃物だけでなく玩具や竜具の生産を行う下請け工場DMIが運営する竜具屋直営店となっている。対応したのは勿論新婚ホヤホヤのマルティンとマーガレットだった。


「慶司が何を喜ぶか……」

「愛を込めて贈り物、素敵ですね」

「ふむ、ちと照れくさいかもしれんが悪くないな」

「なら【幸福彫金師】としては力にならないといけないし、これも世に広めるべきだわ」


 と何故かやってきた4人以上に盛り上がっていく。既にマーガレットの指輪は恋人達の間では恋が叶う幸せ、竜族の加護を受ける結婚の儀式に使う指輪として広まりを見せ始めていたから、これがよりいっそう恋人達に受け入れられる習慣になると気がついたのだろう。この感覚は長いときを生きる竜族には無い閃きとでもいう物だ。


「して、何がいいかアイデアは無いか、情けないが妾達には思いつかぬ故」

「慶司さんにならエルさんがプレゼントした物だったらなんでも喜ぶとは思いますが」

「じゃがやはり気に入って貰える物がよかろう」

「ならコイツをお勧めするぜ」

「これは……」

「まあそれもいいですけど、やっぱり女性は大胆な行動をとらなきゃ!」


 マルティンも仲間はずれにされてしまったが、そこは女子の集まりというもの、姉を持っている事で其の辺りを理解しているマルティンは早々に退散していった。


「何!」「それはいいかも知れないな」「凄いことを思いつきます」「そういう手段も最後には残されているのですね」「これでイチコロですよ!」


 なにやら不穏な言葉まで飛び出しているが女は三人寄れば姦しいと云う。それが5人ともなれば威力や話題は男の入れる物では無くなっていくのも世の常である。

 斯くして慶司に渡すプレゼントは決まり緊急で召集された4人は解散の運びとなった。

「お兄様に……」「これで私も……」などと呟いている者達が居たがそこは後日のお話になる。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



「ただいま帰ったのじゃ」

「お帰り、急に出かけたから驚いたよ。ケーキ出来てるよ、エルいつもありがとう」

「ヒョ、気にする出ない妻として当然の役割じゃ」


 余りにストレートな言葉に変な声も混じったけれど嬉しさの余りの事象であって慶司としてはそこに触れない。完璧な対応ではあるが、内心で可愛いなあと思っている。あくまで冷静に振舞っているだけであり内心ニヤニヤと嬉しさがあるのは間違いなかった。


「そ、それでじゃな、コレが妾からの慶司へのプレゼントじゃ」


 綺麗な箱をそのまま慶司に差し出す。


「お、これはルアーじゃないか」


 そうマルティンに勧められたのは慶司が唯一こちらに来ても続けている釣具をプレゼントする事だった。そしてルアーは慶司が齎した技術のような物であってブルーノやマルティン以外は知らないし商店にも置いていない。プレゼントした一品はマルティンが幾度か試しながら作ったレインボーフィッシュ用の一点物の特注品であり慶司にとって嬉しい品である事は間違いなかった。


「ありがとうエル、大事に使わせて貰うよ」

「気に入ってくれたかの」

「勿論、釣りにも最近いってないから今度一緒に出かけよう」

「それはいいの」

「じゃあせっかくだから夕食も用意してあるし、ケーキは其の後でいいかな」


 そう、帰宅したら既に夕刻を過ぎていたのである。何気に解決したから良かったものの一つ間違えば放ったらかしであったのだが見事に夕食が用意されていく。


「美味しそうな香りなのじゃ」

「ホルホル鳥に塩とブラックペートを揉み込んでレッドカーとニック入りのオイルでじっくりと煮込んで、新芽の出た三菜と合わせて見たんだ。でオイルでもってあげたフライドジェガ、それに酵母をつかったパンもあるよ」

「うまし! やはり慶司の作るご飯に勝るご馳走はないのじゃ、ホルホルの肉がジュワっとしてて口の中で蕩けるのじゃ、しかもちょっとピリっとしつつニックの味も確りと移っていて幸せじゃ」

「良かった、ちょっとレッドカーとニックは好き嫌いもあるから控えめにしておいたんだ」

「ちょうど寒い時期じゃから体があったまって来るのじゃ、それとこのパンもオイルをつけてさらになんじゃこの黒い液体……よくわからんがこれもつけると美味なのじゃ」

「ああ、それは酢だね」

「酢? じゃが酢はもっと透明じゃったと思うのじゃ」

「それはやっと出来たちょっと特殊な酢で煮込んで濃くしたワインの酢だと思ってくれればいいよ」

「ふむ、なんだか不思議と酢といわれてもオイルと合わせるからかまろやかなのじゃ」

「意外と癖になる味でしょ」

「うむ」

「他にも種類は作ってるから楽しみにしてて」


 そしてデザートのケーキへが出されると驚愕の声を上げるエルがいた。


「なんじゃこれは! 美味いっ、美味しすぎるのじゃ!」

「苦労して探してきた甲斐があったよ」

「これは何じゃ主様」

「ガトーショコラなんだけど、まあバレンタインにチョコレートって風習は好きじゃなかったんだけど、せっかく美味しい物を食べてもらいたかったし、感謝のための一品だったから、ムーサに頼み込んで探してもらってたんだ」


 実際このケーキを作るために慶司がどれだけ努力したのか、実際はカカオの豆を南方より手に入れる事よりもそれ以外の方が何倍も手間だった。まずバターの作成、そして牛乳(生乳)からの生クリームの採取、カカオバターとココアパウダーの作成である。

 魔法や以前作った機械類がなければ余りにも面倒でやってられないと投げ出すような作業の連続であった。


 カカオマスで作れない事も無いがやはり違ってくる。本格的にお菓子を作ろうとすればするほど異世界との技術差は立ちはだかってくる。


 だがそういう手間暇をかけてでもエルウィンの笑顔が見れればそれでいいと慶司は思うのであった。



 そして就寝前、慶司が風呂から上がって部屋に向かうとベッドにリボンを巻きつけたエルウィンの姿を見る事になるのはお約束である。アイデアの出所はまさかのマーガレット。どうやら其の手の小説や手法というのは古典としてこの世界に根付いていたらしい。


「わ、妾がプレゼントなのじゃ」


 見事に固まった慶司の様子からしてサプライズとしては成功したようである。その後の様子はご想像にお任せしたい。

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