受験と騒動
聖教会の神殿を叩き潰した後に帰還した慶司が主に取り組んだのは花月に開校する予定の冒険者学院についてであった。
慶司の代わりにグラディスがその役目を引き受けてくれてはいたが飽くまで代理としての立場でしかない。
設立者でもあり第一回竜王格闘杯を目標として入学希望者が溢れるという事態にまで発展していた為に事態の収拾に乗り出す必要があった。
入学希望者がいなく閑古鳥が鳴くのに比べれば嬉しい事態ではあるが、入学要綱にそぐわない入学希望者が殺到したのがまず第一の問題になっていた。本来の冒険者学院の入学条件は銅のレベルの冒険者まで、年齢は10歳から17歳までとしたのだけれど、何故か一部の鋼ランク以上の冒険者が入学を希望してきたのであった。
もちろん全員断った。すると今度はその面々が嘆願書をもってやってきた。竜王格闘杯での慶司の活躍を見て弟子入りを願ったのだという。中には慶司を倒せば名前が上がると考えた不届き者も居たのだが、学校の意味を説明し、前者には納得をしてもらい、後者は実力をもって排除する事になった。
「食らえや!」
「話にならない」
身体能力を上げるまでも無い相手に本気を出すのも躊躇わない。それが慶司の対処法だった。武器を持たずに挑んできたので流石に武器までは使用はしなかったが、拳を避けると同時に手首を掴みながら相手の顎にむかって掌底を叩き込む。逃げ場を失った一撃の威力は押して知るべしである。
いっそ面倒だから全員と手合わせして叩き返す方が早いのだが、最初に突撃した男がアッサリと倒されたのもあるが、飽くまでも自分の名を売ろうと考えるだけあって順番にやってくる。全員で倒しても意味も無ければ武芸者として挑むなら一対一であるべきと云う所だろう。
「ルルロ・グレーズ参る」
「どうぞ」
もう面倒だから来る者拒まずで対処することにしてしまった慶司は【竜撃八識無我】を発動させていく。
急に殴りかかって来ないのならば一対一で向き合うだけだが成るべく手早く終わらせたかった。
虎紋族の男は脚力に自信のある者が多い、それは間合いが通常であれば圧倒的に優位に立てるのだ。この男も自分の間合いから自慢の足で間合いに入り込んでと考えたのだろう。【縮地】と似た歩法で飛び込んで来る。勿論すでに反応速度まで上げ思考速度まで底上げしている慶司には通用しない。
面倒だから魔法で底上げしているだけで普段のままでも余裕で反撃してしまう攻撃である。
飛び込んで来た相手に逆に合わせて殴りかかろうとした腕を掴むとそのまま投げ飛ばしてしまった。
丁寧に捻りながら自分から跳ね上がるように仕向けるとそのまま背中から落とし、さらに腕を捻り返して地面に這わせて腕を捻りながら肩を踏みつけて動きを止める。
こうなればもう勝負はついている。やろうと思えば肩を外すことも首を蹴り折る事まで可能な体制となる。
「参りました」
「拙者、ジンザ・クルファと申す。一手ご指南宜しくお願いいたす」
「どうぞ」
結局、一回で襲い掛かってきてくれないので最終的に100人以上は相手をした慶司だが全てが一撃もしくは1投げで勝負が着いていた。こうなると殆どの者が記念に挑むという流れになってしまっていたのも仕方が無いが100人を余裕で千切っては投げと処理する様は、またしても【不可侵領域】の名を広めるだけであり、慶司の望まない(噂として1000人抜きという誇張された伝説が広まった)事だけが残った結果だった。
この噂が後日広まった頃に慶司はそんなに倒したら流石に疲れるだろうと見当違いのコメントを残し、事実を知らない各地、とくにブルトンではさすが【竜の騎士】だと褒め称えられることになる。知り合い(女王やムーサ)に会うたびに実際に倒した数を話す羽目になったのは余談である。
こうして入学基準に満たない生徒にお引取り願ったのではあるが、予想を上回る生徒が受験に参加している現状に変わりは無かった。それ程までに慶司の竜王格闘杯優勝という肩書きが齎した宣伝効果は凄まじかったのだ。
募集1000人の受け入れ態勢の学校に3000人からの募集であり完全なキャパシティオーバーとなってしまっていた。とりあえず寮の増築計画を前倒しして緊急の手筈を済ませつつ基礎体力測定、格闘、知識問題の3種類のテストが行われた。
まず冒険者に必要となる重要な項目のみであり、最低限冒険者になるには必須の技能ばかりである。
とは云えど冒険者を育てる学院なので明確に体力が無いからといって落とす訳にもいかない。
なのでこの段階でふるい落とされる者は非常に少なかった。明らかに冒険者に向いていない者などを見つける作業と云っても良かった。格闘の試験でも似たような目的をもって行われている。努力で殆どの事はなんとか出来るので、それでも無理そうな者だけは除くのだ。ある意味諦めたらそこで試験が終了するのであった。
最後に筆記によるテスト。これも敢て難しい問題を出題する事で今後これだけの知識が必要になるぞという事を知らせる目的であった為にテストで篩に掛ける気は最初は無かったのだ。
本当の計画では一年毎に生徒数の見極めをしながら人数を増やしていく予定だった所を予定を変更し竜族や山人の協力の下で宿舎の緊急増築が行われた。
結果として全員の受け入れが可能にはなった。ただ3000人もの人数ともなればその能力の差はやはり一目瞭然である。中には銅のクラスでも優秀な生徒まで含まれていて、学校に入学するのは慶司の技術を教えてもらう為だけを目的とした者もいた。
だが慶司がこの学院を作ったのは冒険者が死なないようにする為が目標であって技術は勿論の事ではあるが思考の仕方、生存する方法を学ばせる為なのである。
基礎課程は早々に修了しそうな生徒もいる事で宿舎の建設だけでなく、同時に慶司は第二課程の為の施設を作る計画も前倒しする事にしていた。
場所は以前からマリシェルに勧められていた聖地の麓の大森林の中である。
必要最小限な区画のみを切り開いて学び舎を建築し、建物だけがセーフティゾーンの役目を果たす訓練施設。それが第二課程用の校舎であった。
勿論建築は竜族の協力の下で行われ、石材などは全て空輸。よって大森林に道は切り開かれなかった。食料は穀物などを除けば自給自足が基本となり、基礎課程のように町が隣接もしていない環境が作られた。
まさに生活が既に実技訓練であって生存訓練である。そして森を活かして罠の設置や追跡術の他総合訓練などが行われるのだ。
ともあれ、基礎課程を終えなければこちらの施設に来る人物などは居ない、よって建物は一時的ではあるが竜族の若者、若者と云えど500歳は越えた者なのだが、数名が警備に当たってくれる事となった。
グラディスの配下だけでなくエリスの配下やヒルデガルドの配下、そしてアルザスの者まで警備員として来てくれて、一種の若者のサロン代わりになっていた。全員が慶司を憧れの対象として見ているのは各種族の長とも親しいだけでなく実際エルウィンと結婚しているという事がやはり関係している。
中にはちょっとした慶司のお願い事の手段として有名な空中巡回中の遭遇をした者もいて、何故か迷惑を掛けた筈の行為が一種のステータス的な自慢にまでなっていたのだから世の中何がどう受け止められるようになるのかなんて分からないものである。
さて少々話しが逸れてしまったが。こうして冒険者学院は順調な滑り出しを見せることが出来た。
あとは花月の日まで、既に故郷から離れて受験に来た生徒達を入学の手続きを済ませ寮を順次開放していくなどの作業をしながら元の世界でのバレンタインデーとなる萌月の日を慶司は過ごしていた。




