フルトリア王国へ
フルトリア王国。
大陸の北部中央にある大国である。
大国といっても人族の王国の中ではという注釈が必要だ。
大きさはブルトン王国の国土からすれば2倍程の広さだが竜族の支配地からすれば10分の1にも満たないのである。
フルトリア王国は東にエリミアド王国、西にブルトン王国があり常に戦争をしている国である。
特に現国王になってからはエリミアドの国土を切り取るなど勢力の拡大に力を入れている。
実はこのフルトリア王国、国土こそブルトン王国の2倍はあるが、国力という面でみると戦争を続けすぎてブルトンの半分程しかない、軍事力だけでみれば対等だとも言えるのだが、農地は戦争のせいで耕すものが少なくなり、一部の貴族が奴隷を使った大規模農園をしているだけで一般の農家は働き手をとられ非常に貧しいのだ。貧富の差が激しくなれば国力は低下する。こうした現状を国王であるフェリプは全く知らない。
彼の野心はまずはエリミアドの併合であり、国土を広げることなのだ。
そんな貧しい国なので聖教会が力をもっているとも言える。
死後の許しを得るには信仰を深めよと言えばいいのである。
そして金を持つ者は地獄に落ちるから寄付をしろと囁く。
そうすれば許しが与えられるのだと。
聖教会へ寄付をするという行為、これは何か問題があれば解決手段の一つとして有力な方法なのだ。
実際に王位を授ける聖教会の力があれば裏から手を回してもらえるのだ。
そしてそれは貴族の信仰者が増えれば増えるだけ強力な力を持つのである。
さらに自分達を特別なのだと認める力は支配者にとって必要なのだ。
聖教会が王を神から認められた存在だとする事で、王より支配権を得ている領主である貴族が成り立っているのである。
こんな国であるからか景色は閑散としていて荒れ果てている。
冬場である事を差し引いても酷い状況だと慶司達は感じた。
以前軍隊の駐屯で調べたときには気にしなかったが、国境の森を越えてしまうと荒れた農耕地が目につくのだ。
「酷い景色だと思われますか」
「そうですね、今まで旅してきた中で一番荒れている土地だと思います」
「仕方ありませんよ、いつから戦争してるのか、なんの為に戦争してるのかさえもう誰もわからないんですから」
「そんなに前からですか」
「少なくとも戦争が始まってからの人間しかこの地にはいませんから」
「理由もなく戦争をするか…」
「今の王は戦争を特に好みますからね」
「休戦は一度もなかったんですか」
「いえ、小規模ですが幾度かは休戦協定も結ばれましたが、政治的な駆け引きから破られていますね。今の王はエリミアドの王位継承権を遠いながら持っているのでそれを戦争の理由にしていますよ」
「戦争の為に国土が荒れてては意味がないのににゃ」
「彼らはそこに住む人のことなんて考えていませんよ」
「まぁじゃから竜族がこの地方の王族と国交を開くなどありえぬ事だとも言えるんじゃがな、巡回をすれば矢が飛んでくる地域じゃ、いくら大したことが無いといえど気分も悪いじゃろ、大物でも出ない限りは巡回もかなりの高さからしかせんからなぁ」
「そうですね、ですからこの国の都市附近では傭兵が常に魔獣退治に狩り出されてますね。
冒険者よりこの土地では傭兵が力をもっているので気をつけてください。
あとは竜族の討伐がない分今夜からは恐らく見られたことの無いような魔獣に出会う可能性もありますので…」
「赤竜はこっちの方へは回らないからな…どんな魔獣がでるんだ」
「そうですね、ウィルガレルなんかは山の辺りまで行かないと出ないとは思いますが、時折里を襲ったなどの情報がありますし、ペルマやウィルマとウィヌルの率いたドヌルなんかもそこそこ見ますよ」
「おいおい、ウィルガレルなんて洒落にならないだろ」
「ええ、ウィルガレルは討伐不可の魔獣です厚い毛皮と皮膚で矢が通じなくて槍も通さないと言われてますからね、奴に出会ったら全力で逃げるしかないんです」
「まあ安心せよ、主様がおるからの」
「丸投げにゃ」
「丸投げだな」
「流石に…ウィルガレル討伐となると人では無理だと思いますよ」
「そんなに凄いんですか」
「ええ、他にも強力な魔獣はいますが…山間部では最強の魔獣だと思います。体長も2.5メル程になりますし、竜種を除けば最大の大きさですよ」
「エル…さすがに相手をするのは面倒そうな奴だぞ」
「じゃが倒せるじゃろ」
「まあ倒せるだろうけど」
「え?」
「まあ気にしないほうがいいぜ、慶司なら竜でも倒せるからな」
「そうにゃ、気にしたら負けにゃ」
イデアからすれば人があの化け物を倒すなど信じられないのだが倒せると言う。
慶司の印象は得たいの知れない人物ではあるが優しげな表情の青年としか見ていない。
こんな人物が果たして歴戦の兵揃いの黒狼でさえ相手にしない化け物を倒せるのだ、もしかしたら強力な魔術道具でももっているのだろうか…などと考えていた。
北の端にある隠里までまずは案内しなくてはいけない、イデアはできるだけ村には立ち寄らず済ませる予定を組んできた。街道は使うが村には立ち寄らない。
黒狼自体がハーフや獣人が多いので元々寄らないのだが、今回は一緒に連れて行く面子の半分が獣人である。ハーフだけならまだしも獣人の扱いは最低である。
全員ではないがやはり差別意識がある為に同じ扱いをする訳にはいかないので、宿や料理屋に入れないなどと言った事もありえるのだ。
ハーフは傭兵や冒険者としてはなんとか認められている為に泊まれるが、獣人は泊まれないのだ。
説明をしていると慶司の顔が険しくなるのが解った。
成程、この話を聞くだけで怒る人物であるなら信頼もできるのかも知れないとイデアも思ったのだ。
一日目の晩ご飯はエル達のお願いで慶司が作ることになった。
なぜお願いになったかと言えば先日の式典の後の晩餐会で料理をしすぎた事で暫く料理を控え始めた慶司が最近になって飛びまわっていた為とセリーヌの修行の為に料理を作らなくなってきていたのである。
これは非常事態であった。
なんといっても旅の楽しみの一つだったのだ。
忙しい慶司には申し訳ないと思いつつも美味しい料理が食べられないのは残念な事でしかない。
一方の慶司にしてみれば、料理を作っても作らなくてもといった風であったため、実は要望があれば幾らでも作るのには厭わないのだ。控え始めたら偶々セリーヌが作る事もあってエイミー達に任せただけなのだ。
そんな事もあって今日の夕食は慶司の手料理となった。
材料はジェガが大量に手に入ったのでジェガ料理となった。
普通ならこのジェガは蒸かしたりして塩で食べたりスープに入れて煮込んだりするぐらいしか食べ方が無いのである。
実際今までにジェガでも慶司が作ったのはサラダとか肉じゃが風の味付けの物やシチューである。
何が出てくるのだろうかとエルなどは楽しみにしていた。
一方イデアは前回の料理は確かに美味だったが、ジェガは所詮ジェガだという思いがあった。
創意工夫を旨ととする慶司はジェガを大量に使うとなればと考えた。
まずは茹でたジャガイモを潰して脂身の多いベーコンと混ぜ合わせる。そこにギネの球根の微塵切りとマッシュ苔とスープの素Bを入れ、卵を一つ落として塩、胡椒を入れてから捏ねて形を作って、脂を引いたフライパンで焼き蓋をして蒸した。ジャガイモをメインにしたモチッとした食感である。これにチーズを載せてホワイトソースをかけた物が一品。かりっと厚揚げにしたフライが付け合せで出されてきた。
スープは普通のコンソメスープにクルトンが入ったものと、焼きたてのパンが出された。
パンは慶司が旅用にと用意したパン用の金属型で焼かれた食パンである。
イースト菌は無い為に発酵させるのに時間がかかる乾燥麹を使用しているが厚みのある金属で焼かれたパンはふんわりしていて信じられないぐらいの美味しさである。
「この食感…モチってしててこれがジェガなんて…」
「うむ、このソースとチーズも濃厚じゃし絡みつくような味わいじゃな」
「このパンなんて今まで食べたパンの中で一番美味しいぞ」
「やっぱり慶司の晩御飯が一番にゃ、このジェガの中に入ってるお肉もジュワッって味が広がるにゃ」
「外がコンガリサクッとしてたら中がモチモチでジュワだぜ…これは沢山食べたいな」
「栄養価が高いから…量に気をつけてね」
その日から出たジェガの料理はどれも一工夫されていた。
羊の腸詰めの中に挽肉、ジェガ、塩、コショウを詰めたものとニギン、ベパを煮込んだポトフ風。
パンの粉砕したものをまぶして作られたコロッケ。
パンの生地自体にジェガを磨り潰したものを練りこんでチーズやベーコンを入れて焼き上げたもの。
茹でたジェガを丸めて素揚げにし野菜と一緒に煮込んだ物。
小麦と捏ね上げた物を茹でてトマトソースとベーコンを絡めて出された料理。
蜂蜜と混ぜ合わせて卵黄を塗って焼いた物がオヤツになったり。
主食になったりおかずにしたりと様々な形になって出されてたが、それはまた後日の話である。
三日目の晩にその襲撃者は訪れた。
街道の隅で野営している慶司達にであったのは偶然である。
それまでドヌルやウィルヌの襲撃もあったために慶司達も魔獣には備えていたのだが今回はウラヌスが慌ててやってきた。
(ご主人様、強い魔獣がきます)
(ウィルヌとかよりも、かな)
(今まで戦ったのより強大です)
(わかった、じゃあ皆を任せたよ)
(アルテとヘリオスに任せましたので我輩は御主人様と供に)
(わかった)
「獣が来るみたい、エル皆を一応起しておいて」
「了解したのじゃ」
ウラヌスがこういう時に命令より自分の意志を表に出すのは珍しい事だ。
それだけの強敵が来たとみていいのだろう。
前にウィルヌスを退治したときはコンパウンドボウが効かない相手だったのだ。
(ウラヌス、気をつけるんだぞ、足止めも効かないような相手だったら即座に逃げるのも手だからね)
(解りましたご主人様、ですがこのウラヌス徒日々を過ごしていたわけでは御座いませぬ故)
(うん、期待してるよ)
家が動いてるような印象を持つほどにソイツは出かかった。
これが退治されずに残っているのだから恐ろしい。
ソアラを召還して周りを照らさせる。
(わお、でっかいね、なにこれウィルガレルじゃないの)
(ソアラアイツの頭上でぐるぐる回っておいて、叩き落されないようにね)
(私を捕まえられる奴なんていないよ!)
(油断は大敵だ、ほらっ、ていっ)
(うにゃあああ、こんな事ができるのは慶司だけだよ)
(それでもだ)
(ハイ)
「さてと…これはちょっとやそっとじゃ倒れなさそうだな」
(ご主人様、ここは我輩が後ろに回りこみ、注意をひきつけますので其処に一撃を)
「解った…じゃあそれでいこう、【明王憑醒】」
(では、行きます)
「アウォーンッ」
ウィルガレルの横を通り過ぎるかと思っていたらウラヌスは一直線に突っ込んでいく。
ちょっと待てと一瞬思ったがウラヌスが無謀な事をするとも思えないので踏みとどまった。
次の瞬間慶司は驚く事になった。
だが対峙していたウィルガレルのほうがより一層驚愕しただろう。
己より小さな知らない生き物が突っ込んでこようとしている。
噛み付こうとしたところを前足で払いのければ大抵の動物は死ぬのだ。
だが飛び掛ってきた白い生き物はなんと空中を駆けたのだ。
そして己の後ろに回りこむところで尻尾に一撃加えていった。
屈辱である。
まさか己の半分にも満たない生き物に傷をつけられるなんて予想できなかった、経験した事が無いのだから当然であるが、思いもよらない出来事だったのだ。
ウィルガレルは怒りと供に後ろを睨みつけようと動いた。
そしてそれが致命的な隙となってしまった。
飛び上がって空中を駆け抜けたウラヌスに一瞬だけ見惚れた慶司だったが、その後の気持ちの切り替えは見事だった。
「【【流水抜刀繊月】」
ウィルガレルがウラヌスに注意を向けた瞬間に飛び上がって首を切り落としたのだ。
抜刀速度を上げるために風の魔法で剣速を最大限まで早め風の刃と供に振りぬく一撃であった。
首を切り落とされて尚もウィルガレルは数歩進んだ。
地面には抜刀と同時に放たれた風の刃の跡が残っている。
(さすがです御主人様、一撃とは思いませんでした)
「俺の方が驚いたよ、どうやって空中を駆けたの」
(実はシルフィ様にお頼みしまして魔法を覚えておりました。未だ飛ぶのは無理ですが、空気を踏み台にすることで駆ける事は出来るようになってます)
「それってアルテもヘリオスもかな」
(はい、全員できるようになってます)
「素直に賞賛に値するね、驚いたよ」
(褒めていただけますかっ)
「もちろんさ」
(ワフ)
まさか飛ぶ事を目指してるとは思わなかったが…とうとう魔法まで使えるとなれば本当に麒麟のようである。
(シルフィ、有り難う)
(いえ、その何故かウラヌス達には私も呼び出せたようでして、頼まれましたから)
(うん、おかげでウラヌス達が空を翔ることが出来たみたいだしこれからも宜しく。あとこの獲物をリヒトサマラへ送るからムーサへ連絡してくれるかな)
(はい、お任せを)
血抜きの処理をした後は【幻日環回廊】を開き風の魔法で浮き上がらせて運び込んだ。さすがにムーサは慣れたもので、これだけの獲物を見ても驚きもしなくなった。
「ふむ、なかなかの獲物じゃないか、これは良い値で捌けるな」
「またお任せで申し訳ないけど宜しく頼むね」
「任せておけ、これは薬剤ギルドと冒険者ギルドを使えば殆ど捌ける仕事だからな」
「それじゃお願いします」
「ああ」
元居た場所へ戻ると唖然としたイデアがいた。
少し遠めにだが見ていたらしい。
「さっき倒してたのって、ウィルガレルですよね」
「うん、そうだったみたい」
「あの巨体が無いんですけど」
「うん、ちょっと運んで処理してもらってるんだ」
「はぁ……」
さも其れぐらいは当たり前と言った感じの対応だとイデアもそんな物かなと思ってしまう。
エル達ももう終わったかと言った風で平然としているからだ。
しかし、地面に残った斬撃の跡と血の跡があってウィルガレルが倒されたのは事実なのだ。
「納得しかけましたけど、なんか違うと思う」
「慣れじゃな」
「慣れにゃ」
「こんなもんだろ、慶司だし。あ、でも一般人なら即死だからなそこは気をつけろ」
「うん、余り気にしないで貰えると助かるかな」
「そうですか…慣れなんですね」
「うむ、これぐらいで驚いていてはこの先大変じゃからな」
「慶司が倒せない敵を想像するのが大変にゃ」
「そんなのがいたら大変だろうな、ハッハッハ」
これで納得するべきなのだろうかと考えたが、イデアは考えても答えが出ないので忘れる事で割り切った。
そもそも一人でウィルガレルを倒したなどと誰かに言っても信じてもらえないのだ。
たった五人の旅なのに平然と街道附近や森で野営を繰り返しその後も目的地へと旅を続けるなかウィヌルの群れが現れても慶司達が平然と処理をしていくのだ。
黒狼の副官としてそれなりの腕を自負するイデアだがこの中の全員よりも腕が低い事に驚きを禁じえなかった。
普通に見えたエイミーでさえ弓で次々と殺す腕前を持っている。
小さいと思った慶司の妻は弓に加えて魔法の腕前が凄かった。
ルージュは赤竜の牙の名に恥じない動きで次々と倒し。
慶司に至っては腕が4本になって暴れまわっていた。
時折見せる魔法も凄まじい威力で黒狼のブルトン支部が壊滅したのもブルトンの黒狼が怠惰になっていたのではなく、慶司達によって倒されたのが納得できるだけの強さだった。
これをどうにかしようとしていたのだから、ブルトンの頭目が無能の謗りを受けてもしょうがないだろう。
そんな思いと共にこの人が一緒なら聖教会やフルトリアを倒す事も可能では無いかと思えてくるのだった。
この後で本日は2回更新しますが資料集ですから読み飛ばして頂いても大丈夫です。




