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奴隷商人と貴公子

 目の前で一人の青年が叫んでいた。

 女性を一目で落す程の顔立ちが怒りで歪んでいる。


「貴様等、女王陛下の布告を知らぬのかっ。我が国において既に奴隷は存在せぬのだ」

「女王かなんだか知らないが、俺たちはエリミアドの奴隷商人だ。商売で約束の品《奴隷》を受け取りに来ただけだぜ、そこをどきな、そいつ等は俺らの商品だ」

「まかりならぬ、この国にいた奴隷は既に存在しない、よってお主達の連れ去ろうとしていた者は解放されていてブルトンの国民の一人だ」

「聞き分けの無い野郎だな、おい叩きのめしてやれ」

 青年は一瞬にして奴隷商の首に剣を突きつけた。体つきに似合わない鋭い剣裁きであった。

 かなりの細身のエストックであったが腕前はセリーヌ並みと言ったところか。

「剣を抜けばその首叩き落す」

「クッ」

「クソ、テメエには関係の無い事だろうがっ」

「違うな騎士とは己の信義と正義を貫くものだ、私は陛下の話を聞いて生きる道を見つけたのだ。その布告を破らんとする者を許す訳にはいかぬ」

「クソ、覚えてろ」


 奴隷商の子飼いの腕に礫だけを当てて、様子を伺ったいた慶司だが奴隷商も一旦引き上げる様子である。

 後ほど停泊した船を警邏に調べさせれば問題無いだろう。


「さて、君たちは解放された身だ。此処の領主は不在だが庁舎にいけば保護してくれるはずだ」

「騎士様にお礼を…」

「いや、私はこれから国外に行かないと行けないんだ、そもそも偉そうに言える立場でもないんだ。元々私の家は此処の領主だったんだ、だから君たちを助けてこなかった側の人間だ」

「そんな……でも貴方は今私たちを救ってくれたじゃありませんか」

「ああ、勘違いしないで、私なんて妾の子供でね、本当は処分を受けるような身でも無いし、国外に行くのは私の意志でね、冒険者になろうと思ってるんだ。幸いな事に私は知らずに王都防衛の軍に居てね、父上だった領主の罪を知らないまま従軍して活躍できたから褒美を貰ってるぐらいさ。でも私の父だった人が罪を犯していた事に違いはないんだ、そして君たちが苦しんでいた事もね。だから当然の事をしたまでさ。だから私には気を使わないで行きなさい」


 青年はニコッと微笑みを向けて庁舎へと促した。

 なかなか出来た青年であった。しかし先程までの剣を持っていればそれなりの立場だったと思うのだが。

 それを捨ててまで冒険者とは…変わった奴だと思った。それにセリーヌ達も知らないようだが、それが少し引っかかる。


「さて、そちらのお方………」

 ボフンッ

「さ、先程はごじょりゅく、御助力感謝いたす」


 慶司の方を向き直った瞬間に取次筋斗しどろもどろとなった。

 従軍したと言っていたし自分達の事を知っているのかも知れない、其れぐらいは慶司も察する事ができた。

 だが顔を赤らめてまで尊敬されるのは些か歯がゆい物がある。


「いえ、俺は大した事はしてませんからいいですよ」

「あの、慶司様ですよね」

「ええ、ですが申し訳ない俺の方に君との面識がなくて」

「いえ、当然です、自分は元第三騎士団所属、クリス・ベネットと申します」


 第三騎士団は王都周辺の都市に駐留する部隊である。

 そこで剣術が上手いからといってセリーヌたちが知らない事だったありえるのだ。

 立場も複雑のようだし色々あるのだろう、慶司からすれば其れぐらいの感覚である。

 貴族の妾の息子で継承権は無い、そこで将来を騎士として歩ませる。

 当然の選択、そして偶然がもたらした幸運でこの青年はここにいるのだ。

 ならば此方から不必要な事は言うまい。


「では、俺達も少し用事があるのでこれで」

「あ、あの握手をして頂いても宜しいでしょうかっ」

「別に構わないが…」


 こうまで2枚目に顔を赤らめて挨拶されるのは少々恥ずかしいものがあった。


「これから私はグラームへ赴き慶司殿の学院に入るつもりです」

「そうなの、冒険者を目指すと言ってたから、どこでかなとは思ったけど…君の腕なら必要ないぐらいじゃないかな」

「いえ、自分は騎士としてはそれなりに鍛えた心算ですが慶司殿を見てまだまだだと思い知らされました。今後の身の振り方を考えていた時に慶司殿の学院の話をお聞きして、雷に打たれた思いがしました、私の生きる道はこれだと。

 功績をもって領主へという声もありましたが、既に母もおらず家を出た自分がいまさらボアード家など関係もありません。そこで冒険者となり慶司殿の学院で学ばせて頂き修行を積んで世の中の役に立つ人間になりたいのです」

「うーん求める物があるかどうかはわからないけど、そう言う事ならちょっと待ってね」

 慶司は書簡と羊皮紙を取り出して推薦状をその場で書いて封をしてクリスに渡した。

「腕は見させてもらったし、冒険者学院に行くならこの書状を受付で渡すといい」

「有り難う御座います、では私はこれで失礼します」

「ああ、それじゃあまた」

(シルフィ一応奴隷商の船の動向を探っておいてくれ)

(了解しました)

(ソアラ、君にはこの青年に危害が及ばないか見てて)

 念のためにと先程の奴隷商人達はシルフィに任せ、ソアラに青年の護衛を任せる。

 国外からの奴隷商人の自由にさせてるとは思わないが、慶司は庁舎、エルとエイミーが保護施設、ミレーヌ達は教会へと向かう事になった。


 庁舎で状況を確認すると、出航する船は指示通りに直前で確認を行ったいる為時折逮捕者が出るらしい。

 国外からの商人に対しても同等の処分を行っているとの事だった。

 慶司は責任者に南部の都市開拓について説明を行い、今後開放された人々に説明をして、希望者がいればそちらへ兵士を護衛につけて送り出すようにと書かれた指令書を渡した。

 サクスンでも女性や子供などについて問題になっていた為早速実行に移される事になった。


 慶司達は教会に集まり今後の話をした。

 巡回予定地は此処までで終了となる。


「おかげさまで様々な問題も解決しましたわ」

「先生のお蔭でこんなにも早く物事がいい方向に向いましたね」

「まだまだこれからがブルトンは大変ですよ」

「そうじゃの、国としても宗教としても大変な時期を迎えるじゃろう」

「やはり慶司様はこのままフルトリアへ行かれるのですか」

「ええ、彼女達との約束でもありますし、問題解決にはフルトリアへ向かうしか無いと思いますから」

「ではこの都市でお別れですね、私も及ばずながらこの国を変えるために努力致します」

「私もこのままミレーヌ様の護衛をしながら一度王都へ戻ったら、開拓都市へと向かおうかと思ってます」

「騎士団はどうするんですか」

「騎士団は私がいなくても動けるように鍛えてますから、止めるのではなく警備隊をつれて行こうかとおもってるのです。あの都市はこの国に絶対に必要になるものです」

「セリーヌさんお見合いはどうするつもりにゃ」

「お、お見合いは…諦めます、先生の下で色々教わりましたがやはり…」

「却下ですわ」

「ミレーヌ様」

「そんな逃げの気持ちで赴いてどうします、まずは王都で帰還の報告、そしてお見合いですわ」

「そうだぜ、逃げちゃあだめだ、大丈夫さ、セリーヌは美人だし、ずっと料理も頑張ってきたじゃないか、アタシが保障するぜ」

「私も保証するにゃ」

「うむ、セリーヌの料理は此処のところ中々の味付けになっておった、免許皆伝じゃ」

「そうですね、確かにあの都市を大事に思ってくれるのは嬉しいですが、まずは己から幸せにならないと駄目ですよ」

「私も個人的にはあの都市で孤児院のような事をしたいのですよ、ですが私が外れる事で聖竜教の初期の立ち上げに問題があってはなりませんし、陛下の次の目標である騎士学校の設立にも着手せねば…ミレーヌにはその次期官僚を育てるための騎士学校を手伝って欲しいのですよ」

「私などが何か出来ますでしょうか」

「何を言ってるのですか、慶司様とヘンドリック様を師と仰げるものはこの国に二人といませんよ、それに旅にセリーヌを護衛にとつけたのはこの旅で色々と学んでもらう為です。貴方なら慶司様達から今後のこの国に必要な人材がどんな者なのかを掴んだはずですよ」

「わかりました、このセリーヌ、己の出来る限りの事をしたいと思います」

 悩みがなくなり新たな目標ができたセリーヌは顔つきも変わっていた。

 慶司達と旅をすることで、今後必要な何かを掴んでいたのだろう。

「そうなると、若干ですが、昼間の青年が羨ましくもありますね」

「昼間といえば、あのクリフじゃったか」

「クリスにゃ」

「慶司殿の学院に入るのであれば更にあの者は伸びるでしょうね」

「いや、冒険者学院でそんな剣術ばかりを教えるんじゃないですから…」

「でも慶司殿の授業も受けるのでしょう」

「一応は基礎格闘技の一部は受け持ちする予定ではありますが…いま弟子の子達に訓練をかねて試してる所ですよ、人に教授するなんて事はありませんでしたから」

「ミレーヌも羨ましがる前にその特訓の内容を聞いたほうがいいぞ、例えばじゃが30メルからロープで縛られて突き落とされるようなのがあるのじゃが」

「「えっ」」

「たしかホルスの3倍の速度を体験するとか言ってたにゃ」

「ホルスの三倍…」

「臨死体験がどうとか」

「面白そうだな、今度グラームいったらやってみるぜ」

「あの青年大丈夫かな…剣はするどかったがかなり細かったしな」

「問題ないですよ、それはあくまで同じ技を習得したい人向けの特別なメニューですから」

「冗談ではありませんのね」

「まあ、単純にですが獣相手に戦うとして、人間の攻撃速度よりも彼等の方が速いんですよ。それを避けるためには反射神経と目を鍛える必要があるんです。人間相手でも騎士と騎士が戦う場合なんて近い速度での攻撃がきますよ」

「言われてみればホルス同士で互いに接近すれば…」

「それだけで2倍の速度ですし、槍の速度も加えれば3倍なんてあっという間ですよ」

「成程、修行内容としては妥当ではあるのですね…やるかやらないかは別として」

「まあ、普段の授業は組み手や単純な動体視力の向上だけの予定ですよ」

(慶司さん、奴隷商人が動きました)

(ありがとうシルフィ)

「ちょっと問題が起こったみたいですね、シルフィから連絡がありました、ちょっと出かけます」

「なら妾達も行くぞ」

「うん、宜しく」


 慶司達はシルフィに案内してもらって現場へと急行した。

「ハッ、中々の団体さんだ、腕がなるぜ」

「ルージュと俺が突入、エルとエイミーは保護施設に近づく洩れた敵を捕縛して」

「「「了解」」」


 30人程の集団だったが、あっけない程に叩きのめされてしまった。

 取調べで判明した事だが襲撃後近くの漁村まで逃げて出航した船に奴隷を運ぶ予定だったらしい。

 この襲撃者を含めて奴隷商の全員が逮捕されてロンデの西にある鉱山所送りとなった。

 5組の奴隷商人達が徒党を組んで計画したらしく、港に停泊していた船は空き舟となってしまった。

 接収された船は処分する事になったのだが、そこで竜族に頼んで新しい港まで運んでもらう事になった。

 流石の慶司も海路の無い所を運ぶ術は持っていなかった。


 今までのブルトンの騒動にくらべれば簡単に収まった事件だったと言える。

 この事件を解決して慶司達は一気にケルンへと向かう事になった。

 ミレーヌとセリーヌの二人に別れを告げた慶司達は一旦郊外へと離れた。

 今回は竜族の強力の元で一気にケルン城砦の近くまで運んでもらうのだ。

 エリスの配下が担当してくれたので、竜族側の港の進捗具合も確認してみた。

 なんでもエリスが此方の港を見に来たらしく大慌てで作業を進めているらしい。


「しかし、竜族に運んでもらうのは初めてだが、空の上ってのは気持ちいいもんだな」

「そうそう無い事じゃからの、しばし外の景色を眺めて楽しめば良いのじゃ」

「ウラヌス達も外を眺めてるのにゃ」

「高くても怖がらないんだよな、ウラヌス達って」

「うむ、実に気持ち良さそうなのじゃ」


 ケルンへ着いた慶司は一旦街の宿をとってギルドへと赴いた。

 良く考えれば忙しくてギルドへも顔を出していなかった。

 反省しつつ受付へと向かい伝言の確認をする。

 イデアは街にいるらしく、宿の名前が残されていた。

 一応の滞在の確認としてカードの提出をした、明日には出発だから仕事は請けないがフルトリアへ移動する為の一応の作業である、ついでに必要のないブールを一旦換金する必要がある。

 慶司も身分を隠す必要もないので通常のカードを出した。

 毎度御馴染みになってしまったが受付の顔色が一瞬驚愕に包まれる。

「たしかにお預かりしました、臨時メンバーのルージュさん宛てに連絡が来ていますのでこちらを、それとですが…あの…握手をしてもらっていいですか」

「えっとはい」

「有り難う御座います、こちら新しいランクのカードです、それと届いてるメッセージがあります」

 慶司はものすごく嫌な予感がした。

 ルージュへの伝言はおそらく赤竜関連だ、これは問題ない。

 が、態々ギルドを通して慶司宛に連絡があった時にろくな事なんて無かったのだ。

「ありがとう、じゃあこのブールをフルトリア通貨にここで換えることは可能かな」

「はい、ギルドでの引き出し金額内でしたら認可されてます」

「じゃあ、このメッセージを確認してるので、この分を宜しく」

「わかりましたっ」

『さて、慶司様、このたびのブルトン王国と竜族の国交を結べた件は全て慶司様の活躍の賜物といっても構わないでしょう。報告によれば反乱軍の討伐においても互いの被害を最小限に留め戦われたと聞いております。さらには奴隷解放に伴う改革案と港の新設など貢献については感謝の念に堪えません。

 これにはブルトン女王と協議の結果最高位の称号を送るべきだろうと結論に達しました。

 よって慶司さんの冒険者ランクを白金として感謝の印とさせてください。報酬は別途振り込みました。

 これは私とシャーリィ女王からの感謝の印ですのでお受け取り頂ければと思います。

 マリシェル

 追伸

 裏面を見てくださいね。』


 やはりである。

 勘違いですよと前回の褒章の際に伝え忘れた慶司の落ち度と言える。

 大きく肩を落としながら、これからは全て偽造カードで過ごそうと思った。

 追伸、裏面といわれたのでメッセージの裏を見たが何も無かった。

 となればカードの裏面である。

 マリシェルの絵姿が彫られていた。

 カードの材質も変わって白金だからだろうか、よく考えたら白金ランクなんて誰も持ったことが無いはずである。

 そのためだけにこの裏面を作っていたのか、それとも今回用に用意したのか…ちょっと考えると微笑ましいことである。

 竜族のこういうところが慶司は好きなのだ。


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