渾名
慶司達一行が王都とシャーリィに別れを告げケルン城砦に向かった頃一人の男がフルトリアの大地を疾走していた。
「情報は手に入ったが…聞いてないぞクソッ」
聖教会からの指令を受け取り王都での諜報活動をしていた男だが何者かに追われていた。
逃げ出す事ができたのは5人の仲間の内で一人だけであった。
女王の布告内容などは何れ知れることである。
この男が探ろうとしていたのは先の反乱軍で何があったか、大きな火柱が上がった、黒いトカゲが襲ってきたと探っていて、ではその火柱を上げた人物はと探り出そうとした時に襲撃を受けたのである。
丁度賄賂を贈っていた商人が情報を持ってきたところだった…
竜人がいた、たったそれだけしか手に入らなかったが、聖教会へ情報は届けなければならない。
「まだ、追ってきてるのか…」
「……」
躱せたっ、そう思った瞬間に男は死んでいた。
彼を始末した女性は懐を探り密書を取り上げ、内容を確かめてから燃やした。
「なるほどね、ふっ狗がうろちょろとしてるから何事かと思えば追われてたのか」
「頭目に連絡しますか」
「ああ、これをもって報告してきな」
正体不明のこの女性達の活躍によって慶司達の正体が教会に知られるのが先伸びになったのは偶然である。女性達は死体を始末すると何事もなかったように一人を除いてブルトン方面へと街道を歩みだした。
―旧デブル公爵領―
最初に慶司達が立ち寄ったのは前回の反乱があった土地である旧デブル公爵領であった。
表立っての聖教会派ではなかった為に問題がないように見られそうだが、聖教会を黙認していただけであり、フルトリアに近いこの地では活発な布教がされていた。
「ふむ、なかなか荒れておるの」
「騒がしいですね、これでは暴動と言われてもおかしくないですが…」
「しかしミレーヌ様、これは」
「うーん、この暴れ出しそうな連中って奴隷にされてた奴等なんじゃないか、それで、敵対してるのが何故か兵士達だよな」
「その後ろに隠れてるのは商人達と司祭っぽい人達にゃ」
「一度話しを聞く必要がありそうですわ」
「ちょっと聞いてきましょうか」
言うが早いかスタスタと騒動のど真ん中へと歩みを進める慶司である。
「ちょっといいか、俺達は王都から巡察に訪れたんだが、何を騒いでいる」
「俺達はその後ろにいる奴等に捕まってる仲間を助けるんだ」
「騒ぎが起こったと知らされて我々は静めに来たのですが」
「よし、ならばまず兵を仕切る者とそちらからも代表を出してくれ、それと兵士達はその後ろの人達を『保護』しておいてくれどこにも行かないようにな」
「保護だと、馬鹿な、そいつ等は!」
「まず、話し合いだ、ミレーヌさんお願いできますか」
「はい、では聖竜教会の巡回として来ましたので権力は私にはありませんが公平に話をお聞きしましょう、ですがこちらの男性は女王陛下の護衛も勤めたお方です安心してお話なさい」
「我等はこの者達があばれなければ問題はないのだが」
「俺達はあいつ等が連れ去ろうとしてる仲間が助かればそれでいい」
「連れ去ろうとしてるというのは、どういうことでしょうか」
「俺らは先日まで奴隷だった、こっちにいるのは開放された連中だ、比較的まともな人間に扱われてたから女王様の布告にともなって開放されたんだ。だがなあの後ろに控えてる連中のところでは雇い直しをするでもなくそのまま働かされていて、国外へと逃げようとしている連中で、仲間を連れ去ろうとしてるんだ」
「では彼らは反逆者、という訳ですね」
「兵隊さん、こちらの人達の話を聞く限り取り締まるのはあっちの『保護』してある連中のようだけど」
「うむ、そのようだ。突然の騒ぎだったので見誤ってしまうところだった」
「では、そのまま連行して行って下さい、それとこの方々から場所を確認して開放のために協力をしてあげて下さいね」
「なんじゃ、もう解決したのか、妾の出番がなかったぞ」
「簡単に解決したほうがいいにゃ」
「しかし、やはり命令に従わない者もいるのですね」
兵士に連れ去られていく商人や司祭風の男達は抗議の声を上げている。
その姿を見て悲しそうにミレーヌは呟いた。
「あんた達のお蔭で助かった、だが既に逃げ出した奴等がいるんだ」
「簡単には国境を越えられないとは思うけどなぁ、今回の布告に伴って国境を抜けようとすれば必ず捕まるぐらいの巡回はしてるだろう」
「そうだと良いのだが、頼む、もしこのまま巡回を続けるなら俺達の仲間を助けてやってくれ」
「大丈夫です、私達は聖教会と旧国教会の事だけでなく奴隷関連の問題が無い様にと派遣されてる巡察士ですから」
「ありがてえ、ありがてえ」
元奴隷だった男が立ち去りながら何度も頭を下げていた。
慶司は彼が去るのを見つめながらミレーヌに声を掛けた。
「ミレーヌさん、旧国教会との話はどれ位で終わりますか」
「そうですね、今回の改革についての意見の遣り取りですから急いでも早くて3時間は掛かるかと…」
「解りました、ではちょっと俺は出かけてきますから戻るまで待ってて下さい、思った以上に商人達の逃げ出したのが早すぎるので対処してきますよ」
「はぁ、ではお待ちしておりますね」
「【色即是空】」
「ふむ、かなり高度な術になったの」
「あれ、えっと慶司様」
「じゃあ出かけてきます」
霞んで見えなくなったような錯覚を起すほどになっているのは、以前は只の水蒸気だったのが今では細かいレンズのような状態で出現させて光の反射角度を変えている為である。
完全に姿を消す魔法は無理だと判断した慶司が改良を続けた魔法で、このように急いで都市部から飛び立つ為に改良をしたのである。
「それでは教会へと向かおう」
「流石は加護を受けたお方ですわね、反乱軍との戦争のお話も聞きましたが」
「驚かれるのも無理はありませんよ、私も当初は驚いたのですから」
「いつの間にか竜人だとか言われるようになってたにゃ」
「慶司ならそれぐらい言われても不思議はねえよな」
「フッフッフそうじゃろ」
エル達は教会へと歩きながらそう慶司を評していた。
くしゃみでもしてそうな慶司は【竜翼】も展開して急ぎケルン城砦へと向かった。
驚いたのは砦建設中のラドリックである。
突然の訪問で何があったかと思ったのだ。
だが話を聞いて直に理解をして国境の警備巡回を増やす事を約束してくれた。
そこで慶司はラドリックに一筆もらって2通の書状を作ってもらった。
じゃあ、後ほど伺いますから、そう告げた慶司は森に走り消えていった。
「司令官、あんな所からどちらに行かれるのでしょうか」
「流石に俺にも解らんが、慶司殿の事だからな、なにかあるのだろう」
そうラドリックも答える他は無かった。
そのまま慶司はサクスンとロンデへと向かって其処の警邏主任にラドリックからの書簡を渡して出航する船については必ず出航直前の荷物検査を行うようにと命令を伝えた。
もし命令を無視した出航船があれば必ず緊急連絡として王都へと連絡するように厳命がなされたのである。
まだこの土地までは布告以外の指令は届いていなかったのだがこの慶司の機転によって丁度出航して逃れようとしていた商人達が捕まえられた。
奴隷を持つ事が当たり前となっていた人間にはそれが当然の権利だと勘違いしてしまう者が多く、阻害する国が悪いと喚き散らしていたという。
しかし、彼らにとって運が無かったのは反抗するにも既に聖教会派の貴族は掃討されており自分達の主張をする事が出来なかったことだ。
大急ぎで国の三箇所の出口を塞いでしまうと慶司はデブル公爵領へ戻った。
流石に既に会議も終わって全員が待っていた。
「どうじゃった主様、上手く手配はできたのかの」
「うん、国境を更に巡回してもらえるように手配したよ」
「え、もう行ってこられたのですか、ケルンまで…」
「一応港から新大陸方面やフルトリアへ行く人も居るだろうと思ってサクスンやロンデも回っておいたよ」
「「三箇所ですかっ」」
「あーえっとうん、この竜族の加護のマントを使うと早く飛べるんだ」
「まだまだ驚くべき事が残ってたんですね」
「我等は本当に幸運なのでしょうね」
ミレーヌとセリーヌはお互いに頷きあった。
このような破天荒な冒険者が味方に居るのは幸運以外にありえないのだ。
旅路を急ぐ慶司達はそのまま周辺の村に関しては駐留中の兵士達へと委ねてケルンへと向かった。
無論、王都のシャーリィ達に連絡をして各領地を監視している兵士への商人達や聖教会関連の取り締まり強化も進言済みである。
その日の晩は街道で野営をすることになった。
旅慣れないミレーヌに村の宿で泊まる事を進めたのだが問題ないと言ったので先を急いだのだ。
流石に雪がなくとも寒さはある。
いくら空調符があると言えど体も冷えるだろうと思って慶司が用意したのは煮込み鍋であった。
元々国教会は食事にも制限がないらしい、聖教会は建前上は肉を禁じていて魚しか食べないなどと戒律があるが無意味なものを嫌った国教会の創設者は食べ物に感謝をすればよいとの教えであったらしく食材に制限が無かった。
そこで慶司はモツ鍋を作ったのである。
ニックの球根とリュトルの摩り下ろした物を入れてスープの素Cと醤油で味付けをして葉物野菜とニギンやジェガを使って調理したのである。
グツグツと煮える鍋からはニックとリュトル、そして醤油の醸し出す香りが漂い始める。
一度湯を潜らせたモツはニックの球根とリュトルの根で臭みも無くプリプリとしていて美味しい。
取れたての腸に肉も詰めてあって濃厚な味わいが噛み締めた瞬間に口に広がるのである。
コラーゲンもたっぷりとれて美容にもいいらしいですよと告げたら全員の目が輝いたのは言うまでもないだろう。
鍋の最後には饂飩を入れて煮込み全員が満足して口に運んでいた。
残ったスープは雑炊にして次の日の朝ごはんに出すことにして冷蔵用の袋へと入れられた。
「こんな食事を続けると、王都に戻った時が大変ですわ」
「ミレーヌ様、普通の野営ではこんな事はありませんからね」
「ええ、わかっています。それでもこの食事は感動を与えました。この料理にはそう、生きる喜びがありますわ」
「そんな大した物は入れてませんが…どうせ食事を頂くなら美味しい方がいいじゃないですか」
「確かに仰る通りですわね」
「私の先生ですからっ」
「あら、セリーヌが何か習っているの、剣はヘンドリック様が師であったはずだけど」
「フフフ、料理の先生なのですよ」
「そうなの、それはまた…セリーヌが料理を習うなんて意外ね」
「これも素晴らしい男性と巡りあうための修行なのです」
「そ、そうなの、確かにこのように料理ができれば、只でさえ人気のある貴方なのだから引く手数多になるわ」
「今日もそう言えば手伝ってたにゃ」
「なかなか熱心じゃからな」
「それはもう、素敵な人を見つける為ですから、今度王都に戻ったらミランダさんが紹介してくれるらしいです、近衛から選りすぐっておくと仰ってくれました」
「近衛でセリーヌとつりあうだけの方となると…ツェルケ卿の子息かしら」
「どんな人なんですか、たしか近衛騎士団長の方ですよね」
「ええ、あの方に似て中々の剣の腕前で隊長をされておられますね、そろそろ結婚してもおかしく無い年齢だったはずですから」
「ツェルケ卿の御子息…」
「他にも数名は貴族の子息や剣の腕を見込まれた方が近衛騎士団にはいらっしゃいますから」
「ミランダさんなら近衛騎士団と面識が深いし問題は無さそうだよね」
「そうだな、アタシも連中と訓練してたけど中々の腕を持った奴らが多かったし、ミランダはうん…近衛の連中からも慕われてるから良いのを選んでくれるさ」
「良い相手が見付かるように祈ってますわ」
「有難う御座いますミレーヌ様」
お茶も飲み終えて全員が寝床に向かい、最初の見張りとしてルージュとエイミーが残った。
「さっき微妙に言い方考えてたにゃ」
「そりゃな、ミランダに蹴散らされてるとは言えないだろ、ありゃ慕うってのより恐れてるぜ」
「慶司もミランダは強いと言ってたけどそんなに強いのかにゃ」
「アタシより強いな、軽く手合わせしたけど勝てる気がしなかった。慶司とは違った強さだ」
「流石侍女隊を率いるだけあるにゃ」
「あの侍女隊ってのも侍女ってより護衛部隊だな、全員隙が無い動きをする」
「そういえばブルトン王国でも侍女隊だけは獣人のハーフが普通にいたにゃ」
「恐らく護衛部隊としての優秀だから普段はああやって侍女で周囲を固めてるんだ、近衛は見せかけで本命は侍女隊ってことだな、うちらの赤竜の牙並みの強さはあるさ」
「世の中には強い人がいるもんだにゃ」
「そうそう沢山も居ないが、あれは特別だと思いたいな、アタシやエイミーのいるグラニエス方面なんかは獣人の里としても有名だがドレッセンの山を越えたあたりにも里があるからそこの出身かとも思ったんだがな…あれだけの腕だ、有名になってもおかしく無いと考えればまだアタシもしらない隠里でもあるのかも知れないな」
「犬狼族の隠里伝説は有名だけど、他にもあるのかにゃ」
「そもそもこの北の地で獣人のハーフがあれだけの部隊を作ってるんだ、それなりの規模の里じゃないと無理だよ、赤竜だって基本はブラームの村やその周囲の里があるから成り立ってるんだ」
「それを考えたら黒狼だってちょっと不思議にゃ」
「まあな、傭兵に身を落す奴がいても暗殺者を生業にした集団だからな」
「最初は黒狼の話と聞いてた伝説の犬狼族の隠里の話がごっちゃになったにゃ」
「ああ、それはアタシもさ、でも片や伝説で義賊の英雄、もう一方が只の暗殺集団じゃあな、しかも御伽噺だからな、義賊の伝説なんてそれこそ歴史にさえ残らないほど昔の話だからな。そんな奴等の里があれば騎士団でも作って活躍してるさ」
「たしかに猫又族とは違って犬狼族は仲間意識が強いから纏まって行動するから不思議じゃないにゃ」
「だろ、強さを求める虎紋族のアタシ達が赤竜の牙を作るんだからな、犬狼族だってチグル出身の奴は赤狼組で活躍してるか何かのチームを組んでるからな」
「それを考えたら猫又族は自由にゃ」
「でも赤竜の牙にも猫又族出身の奴は多いぞ、警戒能力がアタシ達より優れてて薬草関連の担当者は殆どが猫又族かハーフの連中だよ」
「猫又族は薬草採取しながら育つからなのにゃ」
「そういえば慶司が薬草採取はエイミーが一番すぐれてて教えまで受けたって言ってたが、やっぱりお前があのキーファのエイミーでいいんだよな」
「にゃ、たしかにキーファ村出身にゃ」
「そうか、やっぱり普通の奴が白銀の翼にいる訳がないよな、ガキの頃にキーファ村に薬草採取の天才がいるって聞いてたんだよ」
「そんな大した事してないはずなのににゃ」
「なんだ、知らなかったのか、【歩く薬草辞典】って呼ばれてたぞ」
「なんだか嬉しく思えない呼ばれ方だにゃ」
「良いじゃないか、アタシも二つ名持てるぐらいになりたいなあ、というか【一撃必殺】なんて二つ名を先にカレルが持ったなんて悔しい」
「でも慶司がルージュの方が強いだろうって言ってたにゃ」
「うう、でも二つ名はやっぱり欲しいな、特攻隊長は二つ名じゃないし、【電光石火】みたいなのが欲しいな」
「慶司に名付けてもらえばいいにゃ」
「ん、成程、それを広めるのか」
「きっといい二つ名を考えてくれるにゃ、自分は呼ばれるのを嫌がってるけどにゃ、【不可侵領域】って言われると恥ずかしがるにゃ」
そんな心配を話していたのだが既に近衛兵との訓練で二つ名が付いている事を知らなかったのは本人だけであった。
翌日慶司に話すと。
「あれ二つ名って、ルージュは今【疾風迅雷】って近衛兵で呼ばれてるよ」
「え、知らなかったんだけど」
「まあ、蹴られてやられた側がつけた名前だからね」
「アハハ、ほら訓練でも本気で来いっ、って言われたら気合いれちゃうじゃないか」
「それで瞬きする間に倒されるからって付いた渾名が【疾風迅雷】だからね」
「そ、そうか…悪くないよな」
「うん、蹴りの鋭さを表現した解りやすい二つ名だと思うよ」
「そうかアタシの二つ名は【疾風迅雷】か、フフフ」
二つ名を貰うのが嬉しかったのか暫くルージュはニヤニヤと顔が緩み続けた。
【歩く薬草辞典】と呼ばれていた事が判明したエイミーは恥ずかしさで頬を染めていたが、こちらは慶司からも揄われる事は無かったが二つ名の恥ずかしさを理解したのか慶司の【不可侵領域】と呼ばれる事に同情的になった。
その他にも慶司は二つ名が増えそうである。既に侍女隊からは【美食料理人】兵士達からは【竜の騎士】などと呼ばれているのである。
ケルン城砦に到着したらまた騒がれるのだが、慶司はまだ知らない。
(改)がつくのは後書を後ろに下げている為です。
物語の変更などはありません。
ポイント評価、レビュー、感想お待ちしてます。
せおはやみ




