初めての魔法入門
(のう、主よ飛んで行けばよかろうに)
「飛べないし」
(そう言えば魔法も魔術も主は使えなかったのだな。良かろう我が教えて進ぜよう。なに、そんなに難しい事でもないのでな、歩きながら練習すればよいのじゃ)
気軽に話しかけてくるのは竜玉になった竜だ。尊大な話し方をするのはどうかと思うのが普通だが慶司も竜族だから仕方ないかと思っている。ファンタジーで竜が偉いのは定番の設定だろうと思っているし、なにより意外とこちらの事を考えてくれている。
(魔法は己の体内の魔力をもって事象改変を発現する方法じゃ。個人によって強さや得手不得手じゃなんだと差がある)
魔法については慶司も習いたいと考えていたので説明を続けてもらう。竜玉曰く、竜族魔法など種族によって使用出来る者と出来ない者があるのも魔法の特徴なのだとか、竜族魔法以外にも精霊魔法といって魔素を精霊に操らせる別体系の魔法もあり、これは精霊と契約がなされないと駄目らしい。竜玉によるとある意味、刀に宿らせた竜の力と似ているのだとか。
(次に魔術だがこれはその場に漂う魔素を魔力でもって形成し事象に干渉するという方法じゃな。言ってみれば世界の力を使うことになるので負担は少ない。デメリットとしては陣や魔術文字を理解せねば使えぬし発動が遅いことじゃ)
大きくわけて3種類ある、ファンタジーの醍醐味とも言える魔法。
異世界に送られたからといって、すぐに使えるほど便利ではないらしい。
歩いて聖地まで行こうとするのは中々に時間が掛かるる事だと竜は説明してくれた。
魔法が使えない為に明かりのない夜に移動も出来ない。慶司は安全の確保も考慮し早めの休息を取る。
川原から少し離れた斜面に簡易テントを張り、一応側溝で囲む。
安全を確保出来無い考え本当は木の上にでも上がって過ごそうと思ったのだ、しかし竜玉の主から周囲を見張ることも可能だと言われたのでゆっくり休む事を優先した。流木を刀で細かくして焚き火を作り、餞別としてもらった迷い家のご飯と味噌汁、それと干物を焼いて夕食にした、少々味気無い食事となったが貰った物を試しに食べてみておいたのだ、もしも不満が生じた際には何らかの手段で食料を手に入れる必要がある。問題無く食事を終えた慶司は貰った食事の内容に満足していた。米に加えて干物と味噌汁、これがあれば日本食に困るという考えはこの時点で無くなっていた。身体能力よりもこの事に感謝している事をしればお地蔵様も呆れたかも知れない。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
(それでは、まずはお主のことじゃが、魔法も魔術も使えんとはちと不思議なのじゃがの。おまけにその強さよ…なんともアンバランスじゃのお)
食事を終えた後で竜玉の主から話題を振って来た。
確かに不思議に思うだろう、慶司は簡単にでも説明しておいた方が話しも早いと考えて異世界からの訪問者である事を告げる。
「まず簡単に説明するとだな、この世界の人間じゃないから俺」
(やはりそうか、下級の魔術やちょっとした魔法ぐらいは人間でも通常は行使できねばこの世界で生きていけぬからの……してなにがあってこの世界に来た)
慶司は此方の世界に送られるきっかけから簡単に説明していく。お地蔵様やなんだと理解されにくいものは神として説明をした。そして恐らくであろうが変異魔素により変貌をとげた黒竜を止めることが目的だったのではないかと。
「ところで、なぁとかおぃとか呼びにくいんだが名前はあるのか?」
(そう言えばまだ名乗っておらなんだの。我が名はエルウィン、白銀の竜にして霊峰アルザスを統べる者……じゃった)
「じゃあエルでいいか、しばらくの間一緒に旅をするんだ、宜しくな」
(まぁ乗っ取られたとはいえ我が肉体を倒せし者じゃし構わんが…エル…まぁ悪い響きではないの……)
若干暗い感じだった声音も元に戻りつつあったが原因は慶司のその態度だろう。
(人間が竜と知って尚も友としての関係を持つなど竜族始まって以来の出来事だろう…フフフ、お主の強さを知ったら我が一族の者どもが仰天するであろうな。慶司よ此方こそ宜しく頼む)
「それで、魔法が体内の魔力を使うのは解ったが解っても魔力って何だと思うのだが…」
「まぁ魔力の存在からして知らなかったわけじゃからな。そこで我の偉大なところよ!」
ちょっと嬉しそうに語りだすエル。
(我が力を宿せし刀があったじゃろ、それを使えば竜族固有の魔法が使えるわけじゃ)
どうじゃとばかりの声音であり、実際に胸を張って偉そうにしている雰囲気が醸し出されているが内容を聞けば確かに其の通りなのだろう、刀を使って魔法が使えると云うだけでなく固有の魔法までとなれば誇って当然だ。
(竜玉を左手にもって右手で刀を構えてみよ。竜はこの竜玉より生まれるのじゃがな、元より魔力の強い竜族が魂を固定化し、より強い魔法を使うために元の竜玉にさらに魔力を費やして生み出した魔力の塊でもある。であるから我より慶司に微力な魔力を、刀より竜族魔法の知識を送る)
力の存在が体に入り込もうとする、徐々に入ってきたそれは体の中にあった同じ力と融合していく。血液の流れを確認するかの如く一旦確認出来ると成る程気の様な物と認識できた。
気を魔力とするために微力な魔素を自然と取り込んでいるのだなと理解した。
エルから受け取った魔力を体内の魔力と融合してさらに増やす呼吸を深く長く体内に魔素を取り込み循環させる。
(ぬ、その魔力の高め方はなんじゃ、人間の魔力とも思えぬ量になっとるぞ!?)
余りにも簡単に魔力を高めた慶司にエルも驚く。
(魔力は十分じゃな、ならば使い方は刀の知識を使ってみよ、流れ込むように知識が伝わるじゃろ。そうじゃな、咆哮はちと危ういでの…簡単なところで火の魔法とするか。触媒として焚き火もあるし簡単じゃ)
初歩の初歩として使える火の魔法であると刀からの知識で理解は出来る但し竜族としてのだが。
人間に竜族の魔法を教えている時点で可笑しいのだが二人は全くもって気にしていなかった。慶司は知識が無いから使えるならばといった構えだし、エルの方は所謂天然という具合だった。
(本来の竜族固有の魔法は竜族の体内にある魔力をブレスや咆哮といった方法で体内生成するんじゃが、人間が口からだしておったらチト見た目に悪いからの…我が補助する故、意識を焚き火にむけてみよ)
焚き火の炎が揺らめくと一塊の炎が分離して空中を漂う
(これが炎の魔法の基礎みたいなもんじゃ。魔法は想像するちからと魔力を与えることによって発現するのでな。下位や上位というのは簡単に言えば保有する魔力をどれだけ与えるかじゃ。どれだけ強力な想像力で具現化させるかの違いということになる。魔力の量だけで言えばお主なら上位魔法ぐらいは簡単に使えるじゃろう)
簡単に実現させているが刀の能力というよりも慶司のポテンシャルが高い、そしてそもそも人間で上位の魔法など使えない事をエルは失念している。しかしそれも慶司の魔力保有量があっての事でエルに落ち度は無い。
(しかし、何事も初心者がいきなりそんなことをすれば想定外の力で己をも傷つけかねんからの。飛翔の魔術なんぞも含めてゆっくりと練習するがよい)
火の玉を生み出しては岩にぶつける、10秒程直撃した場所で燃える。
これで属性を変えていけばある程度の基礎魔法となる。
エルの知識から得た情報によれば属性として火、水、土、風、雷、光。
さらに回復を目的として作られた肉体強化などの魔法や、エルフやドワーフと思われる種族が使う属性魔法が存在しているらしい。
種族にもよるが大まかに属性と魔力量によって名称などがつけられている。
属性を掛け合わせる魔法や魔術なども存在しているため、名称を付けるのはイメージを形にしやすいという理由もある。
簡単に言えば火と風と土の合成魔法で爆炎の魔法を作り出すといった内容だ。
複数の属性を組み合わせるのは中々に難しい部類に入るという。
爆炎の魔法などはその場で爆発してしまったりと、高等魔法となるため一般人は使わない。
さらにそういった魔法は魔力の消費が多い為、人間としては魔法ではなく魔術として研究が進んでいる分野となる。
竜族固有魔法と人間の扱う魔法が大きく異なるのだがこの時点ではエルの知識のみしか慶司も知らないためそんなものかと納得した。
「光とかあったら夜便利だなぁ」
ポツリと慶司が呟く。
(ふむ…じゃったら次は光の魔法を使うが良い。イメージは小指の先程の太陽みたいなもんじゃ長持ちするから人間もよく使っておる。魔術としても簡単じゃから魔石をつかったものがあるの。リヒトの魔法として覚えておけばよい)
「リヒト」
呟いたらLEDのような光の球体がふわふわとイメージどおり頭上に上がっていく。
触っても問題無いのか解らなかったので薪でつっついてみた。問題は無さそうだが長時間触れさせていると若干の熱はやはり帯びているようで先端が焦げてきた。
(ちと魔力の込め過ぎじゃの…リヒトの魔法はそんな焦げるような魔法じゃないからの。一個じゃなくても良いのじゃ。込め過ぎるとそのようになるでな、半分ぐらいの魔力でよいじゃろう。)
リヒトの明かりで虫が集まって来るので消す、すると余った魔力は魔素として溶けていく。
代わりに次は土の魔法を使ってみる。
土の魔法の使い方はその場にある土を使うことも出来る。
さらに鉱石のような物を魔力で具現化することも可能だが、構成が甘いと使い終わると消える上に魔力の消費量も多い。
そういった事情から、その場の土を壁にして固定するなどの方法が一般的な使い方となる。
慶司はその場の石と土と組み合わせ竈にしてみた。
土と水と火を組み合わせれば、もっと色々な造詣をする事も可能だと竜の知識が教えてくれる。
風の魔法は移動の補助や単体の攻撃以外でも、他の魔法とも相性がよく威力を上げる事が出来る。
水の魔法は水流の操作から霧のようなものまで形を変えて様々な応用に使われる。
だが竜の知識からは、氷を出すとなると風と雷を複合させた魔法になるらしく難しいとの事だった。
雷は簡単に考えれば電気なのだ。
維持や形成が難しい魔法で単体で使うと自らも痺れてしまうなど難があるのだとか。
現代人でも電気を想像してそのものを考えて浮かぶとしたら雷やプラズマぐらいしかそのものを見たことが無いと考えれば理解出来る。
100円ライターなどの着火装置もそうなのだが、知ってると理解してるのは違いがある。
そして、攻撃魔法として使用する際には、水の魔法との複合が一般的で単体使用はないと竜の知識からの解答だった。
鵜呑みには出来ないが、雷の魔法については、他の魔法に慣れてから練習することにした。
ちなみに竜族は、雷魔法と生命魔法を組み合わせ、肉体を強化し、俊敏に動くという出鱈目が出来ると言う。
つくづくとファンタジーだが、そもそもあの巨体で動けるのは、元々肉体強化の魔法が常時発動している為だと説明された。
(お主は人間版の竜族と言った存在じゃのぉ、獣人でもそこまでの身体能力はあり得んしのぉ)
ファンタジーな存在にお前は不可思議な存在だと言われていれば世話は無い。だが慶司はそんな事は気にせず自分の事では無い話題に食いついた。
「なに獣人っているの?」
(おるよ、猫又族、虎紋族、犬狼族、これが獣人として人と暮らしておる。特徴は人族より身体能力が高い事と、獣人は部族や仲間を非常に大切にするのじゃ)
ファンタジーの定番としては最近人気の獣人、猫に虎に犬と大盤振る舞いだろう。あとは亜人として長命種の森人。これはエルフと同じのようだ、説明を聞けば寿命が長く魔法や魔術が得意だと言われればそう当て嵌まる。
(しかし森人は人と関わりを持とうとはせず都市を作って森に住んでおる。人嫌いではないのだがな…種族として特殊な魔法で木を成長させる事ができるのも特徴と言えよう)
物語のエルフと言えば森を愛し人間より高貴だと自称する者だがそうでもないらしい。
(同じ長命種でも、山人は鉄などの鉱石の加工をする力の強い種族じゃ。土系統の種族魔法が使えるから都合も良いんじゃろうな、鉱石の抽出や加工を生業としていて、人の町にも住んでいる)
山人が所謂ドワーフ、ダークエルフがドゥエルブと言われる事からドワーフとなったらしい種族でこの世界では山人とやはり種として別に存在しているのだろう。
(長命種は三種類いてな、最後は魔族と言われる存在じゃ。こやつらが一番変人なのだが研究ばかりしておる。寿命も他の長命種より長い事もあり、魔法研究の分野でも魔術研究においてもこやつらが一番すぐれている。じゃから魔族と言われるようになったんじゃが…)
驚いたことに魔族までいるのだが悪魔だとかそういった括りではない。何よりエルの口調が呆れた奴等だと言わんばかりで続いている。
(魔術都市を建設してやってからと言うもの、そこに篭ってひたすら研究してる。時折馬鹿が我のところに来て研究させてくれと申し込んでくるような変人ばかりじゃよ……体を調べさせてくれとか誰が許すものか…魔力も魔法も強いがこやつらの体力は人間以下じゃ。なにせ年がら年中研究しているからな)
引き篭もり研究者が魔族とはこれ如何にといった風だがこの世界の常識として覚えておいて損は無さそうだ。
(精霊は時折魔素をもってして現るのじゃが人とは付き合いは少ない種族じゃな。我もこれまでに5人の知古がおるだけじゃが、本来の魔力の強さは竜族を凌ぐからの長命種の中では一部精霊を崇めておる者もおる)
竜族でそれなりの身分だと自称するエルでさえ5人しか知り合いが居ないのは……エルの問題なのかそれとも精霊の問題なのか分からないが流石ファンタジーの世界、裏切ってくれないなと関心して慶司は喜んだ。
(最後に人族じゃな、この世界で一番数も多いが寿命は長くない。技術や知恵もあるが一番能力の個体差があるのが特徴かもしれん。種として肉体などは強くないが、芸術や文化を生み出す力、そして富を得る力は優れている。商売をすることで勢力を広げ、今では各地に王国を築いているのじゃが……)
言い辛いのか若干声の張りが無くなる。まあ慶司も人間だから気にしているのだろうと本人は至って平気な風で話を促す。
(残念なのは、唯一自らの種族どうしで争うと言う事じゃ。これは人族のみの業じゃのぉ…他の種族では見られんが時折戦争をしておる王国もあるのじゃ)
どこの世界も変わらないらしい。それよりもお地蔵様の心配は予想通りなのかも知れない。
(種族ではないがあとは獣や虫が魔素を取り込んで生まれる魔獣、魔蟲がおる。海や川にも同じように魔素を取り込んだ魔魚がおるな。さらにはちと厄介な者もおる。滅多に出会わんだろうが魔物じゃ、魔素のみから時折生まれる存在じゃが、まあ我等竜族が処分して回っている故問題は無いがの)
「竜が魔素に取り込まれたり、人やその他の種族が魔素に取り込まれるなんてことはないのか?」
変異魔素に取り込まれた黒竜との出会いがエルと知り合った切っ掛けでもあったので慶司は尋ねてみた。
(今まで竜族が普通の魔素に取り込まれるなどということは無かった筈じゃ。元は領民の訴えで我が調べに来たのじゃが、通常ではありえん濃い魔素の反応を感じ、最初は異変の原因は解らなかった…突如襲い掛かってきた下級竜種のワイバーンが既に取り込まれておった。そやつは咆哮をもってして倒したんじゃが、奇襲の際に傷を受けてしまってたのじゃ。その傷からどんどん魔素が流れ込み、気がついたら肉体が変異しておった……)
通常ならば負けぬのにと悔しさを滲ませながらエルは続けた。
(魔力防壁や肉体強化も使えなかったのじゃ傷を受けたら最後のようじゃな。種としてドラゴンが侵食を受けた事、急ぎ竜聖母には伝えねばならん……気になる事もあるしの、我が狂った原因も解明せねばなるまい)
本来魔力を体に宿す存在は、魔素を体に取り込んでも魔力に変換されるだけで肉体の変貌は起こらない。獣や虫が肉体を変異させるのは、魔力を元から持っていないからだ。魔素を取り込むと吸収した細胞が変貌し、体内に魔石を生成する。その際、大きさや濃さが生命力を増幅することで通常の獣より強くなる。さらに一部の魔獣は知能も上がるとエルは説明をした。
変異魔素とはこの世界では解明されていない一種のウィルスである。魔素をウィルスが取り込んだ物で構成され、通常であれば獣の中で魔力として消化されてしまう物が大半だ。だが今回エルが遭遇したのは寄生ウィルスの突然変異ともいえるもので、対応としては焼き尽くすぐらいしかなかっただろう。慶司は推測でしかないが、下級竜種であるワイバーンでは対処できないほどに侵食され、さらに変貌を遂げたウィルスが仲間を増やす行動に出たのだと考えた。
その攻撃をエルは受け感染したものと思われる。変異魔素と言われるものは通常の魔素のように漂わず、一箇所に集まり自然に影響を受けた物だ。ウィルスという知識が無く、それが原因で魔素に侵されたなどという研究もされて無かった為エルは認識できなかったのだ。
認識ができないということは対応する魔法が無いということになり、一つ間違えばアウトブレイク寸前だったと言える。
慶司がウィルスに侵されなかったのは色々と要因が考えられた。まず傷を負わなかったこと、そして不老不死の肉体と抵抗力を備えていた事。さらに感染させるにも黒竜を支配していたウィルスが竜族への感染体だった事だ。と考えたがその原因を調べるにも物が無いために不可能ではあるが……
(しかし体が無いというのも不便じゃの。先程はお主は一人で美味しそうにご飯を食べておったし……)
それは不便だろうけどもご飯の事でかと若干呆れる慶司。
(のぉ慶司よ、魔力が不足しておる、ちと血をよこすのじゃ!)
竜族は魔素を体内に取り込み食事にしてると聞いていた。
なるほど竜玉の状態ではご飯は食べれないよな、そう慶司も納得して鯉口を切り親指を当てて少し血を与えてやった。
「しかし吸血鬼じゃないんだから血で魔力補給するとか…」
どうなのよ? と言いかけたところで慶司は固まった
2014/09/02加筆修正
数箇所エルウィンの名前が名乗る前に書かれていた部分を修正しました