手合わせ
「ならば、これぐらいで行こうか」
キャサリンは弟とも云える少年の成長に対して喜びと共に蹴りの速度だけではなく動き自体を変えていく。いくら慶司の鍛えた弟子と言えどキャサリンの脳裏には幼い頃というよりつい一年程前にも扱いた記憶のある少年という思いが先程まではあった。だから自分の蹴りを逸らした上で反撃までされた事は驚愕と喜びを齎したのだ。多少の成長は期待していたが、ここまでのモノとは想定すらしていなかった。
「ッハ、やるじゃねえか。一体どんな手口で強くなったのか知りたいね」
「「……」」
どんな手口か、そんなのは最初にあの高さから落とされた時にまさか色々な物を失ったなどとは云えないのはその場の弟子だけの認識ではなかった。もし敬愛する慶司の特訓でなければ、地獄を経験したら強くなりますよと答えたかも知れないが沈黙は金である。そして他の弟子も思いは同じだったのだろう。その様子がキャサリンには不思議だったので少し首を傾げてしまう。
「ん?」
「敢て言うなら弟子になれた幸運ですね、その日々が我輩を変えたので」
「そうですわ、まさに運命が我らに試練と云う名の日々を与えてくれた事に感謝せねば」
まだ数日ではあるが戦闘と努力する才能を持ち合わせた少女であるアンネローゼも高らかに慶司との出会いを語る。彼女に限ってはこの特訓を唯一本気で楽しみにしている節があった。王宮の近衛や侍女がみたら卒倒しそうな光景だろう。母親である女王は笑って居そうだがなと慶司は思ったが語らぬが華である事は多い。
キャサリンからすればこの段階でますます慶司の訓練と手合わせが楽しみで仕方がない。だが訓練も仕事の一つであり後輩を育てる事が大好きな(得意とは誰も言ってくれない)彼女は更に技のキレとスタイルを普段の物を少し織り交ぜ始めていく。
2本の訓練剣を利用した超高速の攻撃は1対2にも関わらずホメロウとアンネローゼを押し込み始める。
ここで後衛から援助でも入れば一息つけるのだが、キャサリンだけが訓練相手ではない、赤竜の牙自体が対戦相手なのだと思い知らされているのはキャサリンに対峙している2名だけではなかった。
カレルも竜王格闘杯では【一撃必殺】という二つ名がついた猛者であり、赤竜の牙の副団長でもある。アンジェリカの指導によって赤竜の牙の面々は近接職だらけになりそうな部分を矯正されて弓と魔術道具など多芸を仕込まれていた。
そしてルージュは特攻隊長であり、単純な戦闘力だけならカレルを上回る。愛される馬鹿と言われていてもその戦闘力は本物で、こちらも姉のアンジェリカから戦闘手段は多彩に持てと仕込まれた一人だった。
カミュ、クリスの中衛にはカレルが、ソフィア、ルーサーの後衛の相手はルージュが勤めている。たった3名でこのメンバーを押さえ込んでいるのも学院の生徒からすれば流石といった評価なのだが、実際にはこの3名でさえも押さえ込むのが精一杯なのが凄い事だといえよう。
余裕の表情で相手をしているカレルなど内心では舌を巻いているし、ルージュに到ってはソフィアが魔術道具を使用した上で尚且つ肉体強化などを行っていないからこそギリギリ押さえ込んでいるので冷や汗をたらしての攻防になっている。
こうして分断されてしまっているのでチーム戦闘という側面のみだけだと経験と戦闘力の高さで押しているように見えるが、こうしないと駄目だと思わされる程に特待生チームが学生にしては異常な程の戦闘力を有していると示していた。
白熱した戦いを演じてはいても訓練であるからには終了を告げる鐘がなればそこで終了となってしまう。
多少は肝を冷やされても経験と地力の差が出て決着はつかず、終了と共に地面に倒れこんだ学生チームと比べると赤竜の牙の面々は軽くウォーミングアップを終えた感じで、まだまだ戦えるだけの力があったのは一流の冒険者ならではの風格が漂っていた。生徒で唯一立っていたソフィアも流石に疲労の色は隠せない為にルージュも面目躍如といった所だろう。
チーム戦は一度だけでは終わらない、其の都度、何処が悪かったのかを話し合い、そして反省をする生徒の元へと教官がアドバイスを与え次に活かす。役割を変えてさらに数度訓練は続けられていく。
そしてチームに分けられた事であれほど白熱した争奪戦になった原因はこうした訓練にたいする勝利の欲求よりも、放課後や休日における冒険者ギルドの依頼でつく単位がチームで評価される事と、実際に森に入って訓練する実技授業においての評価に繋がると発表されたからである。
慶司達によって安全を保障された森での採取や第二課程の内容ではないものの踏破訓練などが行われるので自分の力量と同じ程度のメンバーを組む流れができていた。
一部は仲間意識だけで組む者等も見受けられたが、互いの実力をある程度これまでの授業で見ていれば自分より力量が上の人間と組むと一見有利に見えて実はそうでは無い事に気が付く。更に云えば実力があって人格にさえ問題がなければ必然と上位のメンバーは上位で固まるのが普通だ。
よって出来上がるのは特殊なチームを除けば平々凡々とした集まりが大半を占めた。
打倒特待生チーム、実力はパットしないが自意識の過剰な生徒が結成したある意味では目標があるチーム。前回の騎士志望の貴族程ではなくとも自分の力量を見定める事が出来ない、否、認める事が出来ない生徒は意外と多かったらしい。
「勝負だ!」
「御免蒙りますわ」
「なんでだー!」
こうなるのは予想の範囲内。実際に特待生程ではないが彼らも優秀な生徒ではある。実家において剣技等の手解きを家庭教師等をつけて学んできた下地というものがあれば当然自分たちは他と比べれば優秀である、にも関わらず特待生に選ばれていない、それが彼らの自尊心を傷つけたのだ。
軽く受け流すアンネローゼ達、既に数回に渡って訓練で対峙した結果の反応としては致し方も無い。彼女達と打倒特待生チームでは個人個人の力量のみならずチームとしての連携においても格段の差があった。そうなれば上を目指す為の訓練にならないのだ。
「数回勝った程度で上にいるつもりかあ」
「いえ、実際話しになりませんでしたでしょう」
「こちらとて日々の訓練で着実に強くなっている、そもそも我らは……」
「家の事は知りませんが、私達はほぼ毎日にように授業が終わった後にも特訓を致していますが?」
「ぐ……依怙贔屓だ」
「訓練施設は開放されておりますよ、ただ格段に内容が激しく違いますが」
「だが走りこみにおいても、剣技の勝負でも我らと差はない筈!」
「まさかと思いますが……気が付いてない?」
「何がだ、何に我らが気が付いていないと」
「私達が日々の生活で普通に訓練していると思われているとは思っていませんでしたので」
「どういう意味だ」
「こういう意味です」
そういうとアンネローゼがホメロウの方へと目配せをする。ホメロウがその視線を受けて上着を脱いで手や足に装着された器具も一緒に彼らの下へと投げた。投げられたそれらは重みのある物特有の鈍い音を発しながら地面に落ちた。それがどうしたと打倒特待生を目指す彼らが上着を拾った瞬間に彼らは驚愕の表情をみせた。
服を脱いでその筋肉を誇らしげに見せるホメロウは放置しておかれたが、実際にその服は鉛などが仕込まれた特製のものであり手首などに撒かれた物にも同様の仕込みがされていた。通常に訓練をするだけではどうしても群を抜く彼らに慶司が課した特別製の道具である。5セト(20kg)の重量を常に身につける事で負荷を掛けていたのである。個人によって差はあるが大体同じ重さの加重がされている。
「なんだこれ……」
「それは負荷を常に掛ける事ができるようにと身につけている物だ」
「そういうことですので走る際にも私たちはそれを身に着けた状態です」
「こんな物をつけて走ったりしているだと、馬鹿な」
「事実ですわ」
「事実だな……最初は地獄かと思ったが慣れればどうということは無い」
「嘘だ!」
「嘘だと言われても実際に今見たではないか」
「認めんぞ!」
「ではどうすれば認めるのですか」
「勝負しろ」
「堂々巡りですわ」
これは困ったという視線をアンネローゼが慶司に向けるが慶司からすれば特待生は特別としても打倒特待生も同じ生徒であり頑張っているのであれば手助けはしてあげたい。
「本当はもう少し先にしようかと思っていたんだが、チーム対抗戦を行うのでそこで決着をつけなさい」
俄然やる気を見せた両方の生徒をみて慶司は満足した表情をしながらも予定を早める手配に内心では苦笑をしていたのであった。