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矜持

 静謐に包まれた王宮の廊下に扉を叩く音が響き渡る。


 だが其処には本来は立ったまま警護する兵士がいる筈であり、巡回の兵も常に見回っているのが普通にも関わらず何故か床に倒れる兵士2名以外に人影も無かった。


「……どうぞ」

「失礼……」


 部屋の中にいるのはエリミアド女王リーゼロッテその人であった。通常であれば部屋をノックして自らが何者かを名乗らぬ相手が来るはずがない。まず扉の前で詰問があり、例え臣下の貴族であろうとも公爵であろうともまずはその場で一旦止められてしまう。だが先ほどそのような様子が無かったということは異常事態を示している、そんな事態であっても彼女は落ち着いた様子を保っている。


 女王としての矜持、まさにあのアンネローゼの母親だと慶司はつい微笑んでしまった。


「ふむ……初めて見る顔ですが、部屋の前の衛兵は大丈夫でしょうか?」

「一時的に気を失って頂いただけでして、窓からお伺いするか、正面からか迷ったのですが、あなたのお子さんの気性からして正面からの方が良いかもしれないと考えさせて頂きました」

「……あまり褒められた気もしないのですが、要件を」

「はい、実は女王陛下がお探しの方の居場所について」

「あの子の居場所を知っているのですか!」


 思わず立ち上がった女王、いかに気丈に振舞っていてもやはり心配だったのだろう、そこには自分の娘を心配する母親がいた。


「はい、どうご説明するかなのですが……」


 まず慶司は己の身分、そしてカードの提示をし非礼を詫びた後で、現在アンネローゼが学院で過ごしている事と安全を保障する旨を伝えた上で、今回の訪問の仕方がこのようになった理由を述べた。


「では娘は、アンネは無事なのですね。それよりも……毎回の事ながらあの子には……」

「素直な方ですよ、まあ素直すぎるだけで頭の回転もかなり良いようですが」

「フフフ、稀代の英雄に認められているならあの子も嬉しいでしょう。正式に留学するよりは確かに今回のような方法の方が安全ですね。それだけに少し衛兵達が不憫ではありますが、処罰を今回はしないでおきましょう、貴方程の腕前の人間相手では万の軍でも押し留めれないのですから」

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

「こちらこそ、ご迷惑をかけますが……」

「ではこちらの石をお渡ししておきますので、もし何かあればこの石に魔力を通して下さい。それで連絡を貰えれば彼女に知らせることもできます」

「では預からせて頂きます」


 その後で軽く挨拶程度の会話を交わした慶司が部屋を去ると衛兵が入れ替わるかのように慌てて飛び込んできた。リーゼロッテは思わずその様子をみて笑いかけてしまったが、気を引き締めて対応した。彼女のいる階層すべての兵が倒されていたと聞いたときは本当に変な青年だと思ったが、同時に娘もあの者の庇護下にいれば安全だと本当の意味で破顔していた。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 先祖代々続く戦争。彼女はできれば停戦をしたいのだが、先代が貴族に命じて奪った土地を遠い親戚である現フルトリア国王が奪い返し、さらには王位継承権を要求した事によって和平など夢の話となっている。


 そもそも女王制を敷いてから数世代も経つのに関わらず他国のそれも男性が王位継承権を求める事自体が難癖であったが、初戦に彼が取り戻した領地をさらにこちらが押し返した事も必要なことだったが貴族の暴走でもあった。


 戦争反対を訴えているのは彼女と数名の貴族のみで、それも沿岸地域のフルトリア戦に関わらず利益を欲する貴族ばかり。愛国心という意味では主戦派の方がもっているというなんとも云い難い状況になっていた。


 さらにブルトンと違うのは国軍という大きな規模の軍隊を持っていない事だろう。

 国軍では無いが一番の騎士団を擁してはいる。他はすべて貴族軍となり召集をかけて戦に挑むというフルトリアと同じ構造の社会であった。それもその筈でフルトリアがエリミアドから独立した国だったので当然とも言える。


 娘の行動が騎士として最前線で戦う為であると知る母としては受け入れがたいのだが、女王としてみればこれほど嬉しいことは無い。だというのにやはり母の心としてはいっそ冒険者としてでも自由に生きて欲しいと願うのだ。


 先ほどの青年が竜王格闘杯(D・L・F・C)の優勝者【不可侵領域(アンタッチャブル)】であり、そしてブルトンで活躍した【竜の騎士】ブレッシング・オブ・ザ・ドラゴン。そう考えるといっそ王位を奪っていってくれないかと夢想すらしたくなるのは致し方ない。


 既に夫が軍を率いて遠征した折に戦死した事もあり強い者が娘の婿になってくれるのは夢とも言える。叶わぬことでも夢をみたい、和平を……国民に平和とそして娘の代において苦労さえしない世の中を……

 女王の望みは娘の幸せを願う母の願いだった。


 そんな彼女の元に急報が来たのは慶司が去った後の対策を近衛兵を纏める騎士と打ち合わせをしている最中であった。


「失礼いたします、国境からの飛伝が届きました」

「ふむ、こちらへ」


 また援軍の要請か、それとも攻め込んだのか、どちらにせよ貴族を相手にしなくてはならないと考えると彼女は憂鬱になりなながら飛伝の内容を二度見してしまった。


「これは、なにかの偶然だろうか……主だった貴族を至急集めよ!」

「ハ!、して用向きは……」

「和平である」


 突然フルトリア側から齎された和平への申し出、現地の指揮官の判断では出来ない案件でありそして彼女が待ちわびた申し出であった。


 聖教会が原因か……


 一応は草を放っている事でフルトリアの内情もかなりの遅れはあるが掴んでいる。しかしながら聖教会の本部が襲撃をうけて崩壊したというのも噂程度であったし信じられない出来事だったのだが、仮にその事件が本当だとして聖教会の件だけであの欲望に満ちた王が兵を引くとは思えない。罠……その可能性も考慮にいれつつ彼女は和平への可能性に多いに期待し、一瞬だけだが先ほど来た青年のお陰ではなどと思いもしたがまさかな、とその考えを否定した。


 その考えは惜しいと言える。確かに聖教会を一時的に潰しただけではフルトリアの動きも止まらなかっただろうが、支持基盤の弱体化に加えて、奴隷の大量流出、そしてブルトンへの輸出の減少などが起きていた。これにより貴族の力まで弱まった事で戦争所の騒ぎではなくなってしまったのだ。まさか奴隷の大量流出に加えてフルトリアの経済的な打撃にまで慶司が関係しているとは思わないので気がつかなくて当然であった。


 リーゼロッテは戦争継続派の貴族に対応すべく謁見の間へと向かったのだった。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 緊急の呼び出しを受けた貴族たちも実は戦争の継続が困難になっているなどとは女王は思わなかった。元から戦争反対をしていた貴族をも含めて徐々にではあるが奴隷がいなくなっている事によって戦争をできなくなっていたのはフルトリアだけでは無かったのである


 だがまさか奴隷が逃げ出しているから兵を引きたいなどとは貴族のプライドがあって言い出せないし、その上戦争継続を唱えていたという立場もある。だから彼らに女王から告げられた和平交渉は渡りに船、であるにも関わらず即座に頷かないのが貴族の貴族たる悲しさだった。


「まだ領地は取り返しておらず、褒章も頂いておりませんのでな……和平と言われましても困りますな」

「和平を申し出た、ということなのであれば賠償金はそれなりに頂かなくてはいけません」

「うむ、領地もしくは向こう数十年にわたっての食料供給でもさせましょうかな、ハッハッハ」

「まああの小僧も我らに恐れを為したと云う事でしょう」

「うむ、戦争を継続しても構わぬという態度を見せねばなりませんな」


 実際の実情を隠しながら大貴族達が好きに言い放つ、こうなれば戦争反対だった陣営からも賠償金を取れとの声が上がりだす。


 実に頭が痛くなる事だった。膠着しているだけであってこちらが押し込んだ訳ではないので戦争の継続能力が完全になくなっているのではないのだ。


 それにこのまま戦争を続けるともなれば疲弊している国力をさらに低下させる事は明白なのに貴族の見栄だけで語っている部分が多い。


 女王という立場でなければ叱り倒したいような俗物ばかりだと彼女は辟易していた。だがふと慶司との会話を思い出す。もしもあの青年がこの事態まで見越していたとしたら……


 【竜の騎士】ブレッシング・オブ・ザ・ドラゴンとまで云われる青年で王城の自室まで単独で訪れる事のできる人物……そのような者が果たしてこの事態をしらないなどという事がありえるのだろうか……

 そう考えればこの事態にもなんらかの助言が得られる可能性があるのではないか。


「夫々の言い分は理解した、しばし時間を置くので結論は明日にする」


 自室に急ぎ戻ると彼女の到着を待っていたかのように慶司がその部屋の中にいた。


「申し訳ありません、色々とあったようなので此方で待たせて頂きました」

「いや、私の方から連絡をさせて貰おうと思っていたので問題は無い、しかし警備の近衛は居たが」

「まあ色々と方法がありまして」


 そう言いながら窓の外を指差すが、実際は【幻日環回廊(げんじつかんかいろう)】を使用して現れたのとシルフィを一応女王の動きを見て貰っていたからこその対応だったのだがそこまでは告げなかった。


 女王も慶司が普通では無いと考えており、何らかの方法で監視されていた可能性も考慮していた。何より自分たちが為し得なかった事をやり遂げている。慶司の情報網は自分の娘を突き止める程でもあるし、この場で対立する意味が無い事を承知で対応したので穏便な雰囲気で収まった。


「ここに来て頂いていると言う事は詰まり何かしらお話があると言う事ですもの、構いませんよ」

「では、早速ですけども奴隷についての情報はお持ちですか」

「奴隷というと獣人の方々や刑罰での奴隷がおりますが……」

「前者の方ですね」

「……王族としては扱いの難しい問題です」

「そうですね、ですが王女の様子を見る限りでは偏見などは見られないようですが」

「ええ、ですが、それが今回の件に関係してくるのでしょうか」

「フルトリアが和平を結びたいと言っているのはその奴隷が居なくなっているからです」

「そんな情報……」

 聞いていないというのは恥ずかしい事だし、否定する意味合いもない。その上慶司が自分たちを上回る情報を持っているのが確実なだけにまずは頷いておくしかなかった。

「そして、その状況はこのエリミアド王国でも起こっている」

「そんな報告はっ!」

「上がらないでしょうね、大体が奴隷商人が他国などで違法で手に入れた者が多い。待遇も国が定めていた法に準じていなかった者ばかりですよ」


 いくら奴隷といえど扱いが国の定めた物から逸脱すれば所有者は罰せられる。だが領地ともなれば貴族が好きにやっている事などは奴隷だけに留まらないのでどうしてフルトリアのみならずこちらの国の方まで関係するのかと首を傾げた。


 と同時に貴族との力関係において優位でない現状も知られていると思えば情けない事ではあるが、そういった犯罪行為も取り締まれないのかと言われているようで恥ずかしさで一杯になってしまった。


 良くも悪くも王族であってその辺りはバランス感覚が重視はされても大規模な改革まではできないという諦めが見えている。慶司の言わんとする事がその為に解らなかったとも言える。


 慶司はこの国でも同じ状態だから貴族は戦争がしたくても出来なくなっていますよと暗に伝えたのと同じだったのだ。


「慶司さんは……竜の支配地にいらっしゃるから余計に歪に見えるでしょうね」


 ふと口に出てしまったが、慶司が竜の支配地に居るからこそという感覚がリーゼロッテにはあった。それ故にまずこの場に慶司がいる事などから考えて捨て去るべき常識の範疇で会話しているのではないかと慶司は考え直した。


「女王、それは確かに思う所ではあります。ですが、問題はフルトリアと同じ状況に陥った貴族も同様に戦争継続の力が無くなりつつあると言う事なのですよ」


 まさか、先ほどの会議は全て……いや可能性は多いにある。誰よりも彼らの欲深さに苦しめられてきた女王が気がつかない筈がなかった。


「もしも……もしもこの国が変わるのに力が必要となった時に……」

「今のままでは判りませんが、可能性はありますよ?」


 慶司の優しい笑みは女王に希望を与えたのであった。

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