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好きなんだからしょうがない

同窓会のつもりでいいからと、軽い気持ちで参加した合コン。

そこには、数年ぶりの再会となる幼なじみがいた。

幼い頃は貧弱でか弱い男子だった彼が、今や逞しく成長していた。

一途に思い続けていたという彼の気持ちに、彼女の心が揺れ動く……。


「はあああああーっっ……」


 車の助手席で最大級の溜め息をつく美緒。


「……どうした?」


 運転しながら、チラリと横目で助手席の彼女に視線を向ける透。


 今日は、幼なじみ以上恋人未満という微妙な関係になって三ヶ月目にして初めてのドライブデートの日、のはずなのだが。


 美緒の自宅をスタートして、早一時間。


 車窓には広大な海という絶好のロケーションであるにも関わらず、二人の間には沈黙という重苦しい空気が流れていた。


「天気が良いね」


 ふと、美緒の口から棒読みしたセリフのような言葉が漏れる。


「うん」


 透は頷く。


「……」


 後が続かない。


 それは何故か?


 こうして二人きりでのドライブデートなのだから、当然喧嘩しているわけではない。


 どちらかが体調不良なのを我慢しているのか、その割にはお互い顔色が悪いわけでもない。


 美緒は、透のその端正な顔立ちを思い浮かべながら、車窓に視線を向けていた。


 さらさらの髪、奥二重の瞳、形の良い唇……もし彼が自分の彼氏だとしたら、勿体無いくらいだと感じる。


 こんな、どこにでもいるような普通のOLしている私なんかのどこが良くて誘ってくれたんだろうと、今更ながら考えていた。




 望月美緒(もちづきみお)は、背中の真ん中まである長い髪と、少し大きめの瞳がチャームポイントの元気な社会人三年目で、二十二歳のOLをしている。


 そして、運転中の佐伯透(さえきとおる)とは、幼稚園と小学校時代を隣同士の家で過ごした、所謂(いわゆる)幼なじみという関係で現在は大学四年生である。


 透の父親の転勤がきっかけで、中学入学の年と同時に離れ離れになっていたのだが、大学が近いということで彼は一人、元々住んでいたこの街にアパートを借りて戻ってきていたのだった。


 そんな二人の再会のきっかけは、半年前に友人が企画した三対三の合コンにまで(さかのぼ)る。


 初めは、相手が大学生と聞いて気乗りはしなかった美緒だったが、高校のクラスメートの集まりだから同窓会の気分で来たらいいと誘われ、それならばと参加した。


 すると、その相手の中にクラスメートでない透がいたというわけで……名前を聞いたときは、一瞬目を疑った。


 小学校時代は、小柄で色白で弱々しくて頼りなかった透。その彼が今、長身で見た目も逞しくなって現れたのだから。


「ええーっ!あ、あの透っ!?」


 当然、美緒は彼の変化を過剰なまでに驚いた。


「うん……」


 ボソッと呟くように答えたところは幼い頃の名残を感じさせたが、すっかりイケメン君に成長していた。


「俺って、そんなに変わった?」


 透が美緒を見て訊ねたその視線は、少し意地悪そうに見える。


「う、うんっ。もうびっくりだよっ!」


 美緒が慌てて答えると、


「……びっくり、か。それはどういう意味のびっくり?」


 透は、自分を唖然とした顔で見つめている彼女を、ジッと見つめ返しながら聞く。


「ちょっと、佐伯君、だっけ?さっきから何を美緒ばっかり見てるの?」


 美緒の一番の友人である早苗が、すかさず口を挟む。


「ま、待ってよっ。実は彼、小学校まで家がお隣同士だったの」


「えーっ、それって俗に言う『幼なじみ』ってやつじゃないの?」


 早苗が興味津々といった表情で聞いてくる。


「まさか透ってさあ、会った時から美緒だって気付いて……うぐぐっ!」


 隣から何やら言いかけたのは、美緒達の高校時代のクラスメートで、今は偶然にも透と同じ大学の友人である貴史の口を慌てて塞ぐ。


「偶然とはいえ、そういう裏があったなんて。すごくロマンチックじゃなーい」


 早苗がニヤニヤしながら答える。


 全く他人事だと思って!


 そう思う反面、変わった彼にドキドキしている自分もいたりして。


「だったら、私達はお邪魔よねーっ」


 その言葉を合図に、透と美緒以外の友人達が一斉に立ち上がる。


「えっ!?な、何っ?あたしも行く……」


「あーっ!もう、アンタはここにいるのよっ」


 立ち上がりかけた美緒を素早く止める早苗。


 そして、四人の友人達は二人を残して席を移動してしまった。


 ……それ以降の二人がどうなったのか。


 それは、現在のドライブデートから判断すれば、自ずと想像はつくだろう。




「分かんない……」


 夕陽に染まる海を眺めながらポツリと呟く美緒に、


「何が?」


 と聞き返す透。


「……こうしている意味」


「……」


 そう答えた美緒に、透は返事をしなかった。

 

「また、肝心なところで黙るし」


「……どうせ、また俺のこと頼りないとか意気地無しとか言うんだろ?」


「そうよ、よく分かってるじゃないっ」


 美緒はそう言いながら、クルリと運転席を振り返る。


 その時、車が数台停められるパーキングが見えてきて、透はそこでハンドルを切った。


 他に車はなく、また行き交う車もまばらで、ほぼ二人きりの世界だ。


「少し外に出てみない?」


 透が外を指差しながら美緒に聞く。


「ま、まあいいけど」


 その返事で彼は車のエンジンを切ると同時に、降りようとドアに手をかけた美緒を制止する。


「待ってて」


 先に運転席から降りると、そのまま助手席の方へ回ってきた。


 ガチャ。


「どうぞ」


 そして茶目っ気たっぷりの笑顔を向けて、美緒の顔を覗き込みながらドアを開ける透だ。


 ドッキーン!


 美緒の心臓の鼓動が、今までにないくらい早くなる。


「あ、ありがと」


 短く礼を言いながら車から外へ出ると、潮の香りと共に柔らかな海風が髪を靡かせた。


「……綺麗だな……」


 ふと目を細めながら呟く透に、


「うん、そうだね」


 美緒は、うっとりと海を眺めながら答える。


「もしや、先天性筋金入りのバカか……」


 助手席のドアを閉めながら、透が溜息混じりに言った。


「は?何それ?」


 眉間にくっきりと皺を寄せる美緒をよそに、


「俺が言った綺麗ってのは、美緒のことを言ったんだ」


 一瞬、時が止まったかのように固まる。


「ま、またまたーっ、冗談上手いんだからぁ」


 そして、笑いながら透の肩を叩く美緒。


「いってー……俺は、素直に感想を述べただけなのにさ」


 顔をしかめる彼の顔は真剣に怒っているようだったが、


「お、お世辞でも嬉しいよ。ありがとね」


「信じてくれないんだ」


「だ、だって、こんなあたしのどこが……」


 そう言いかけた美緒の腕を、透はいきなりグッと掴んだ。


「な、何すんのよっ!」


 そんな透の手を振りほどこうとする美緒の腕を引っ張り、半ば強引に自分の方へ引き寄せた。


「きゃっ……」


 美緒の短い悲鳴は、あえなく透の広い胸の中でかき消されてしまう。


「あんまり俺の言葉を信じてくれないから、その仕返しっ」


 ぎゅっ。


 美緒の背中に回した腕にも力が入る。


「は、離してよっ!」


「やだね」


 必死になってもがく美緒を見下ろしていると、さらに意地悪したくなってしまう。


「もう分かったから!し、信じるからっ!」


 美緒としては、いつ人が来るんじゃないかと気が気でないのだ。


「ホントに?」


「ホ、ホントだってば!もうっ、何でこんな事するのよっ」


 美緒の問いかけに、


「だって俺、ガキの頃から……」


 透は、一度言葉を切ると深呼吸をする。


 それから、やがて意を決したようにこう呟いた。



「……好きなんだからしょうがない……」



 美緒の驚いたように見開いた大きな瞳は、真っ直ぐに透だけを見つめている。


 また透も、そんな彼女を真っ直ぐに見つめ返す。


 そして、どちらともなく笑顔になった。




 夕陽が、あと少しで地平線から消えてしまいそうになった頃。



 やがて、二つの影がスローモーションのようにゆっくりと重なった……。



 それはまるで、幼なじみ以上恋人未満からの卒業を意味する儀式のようにも見えた。



 夜空に浮かぶ月さえも、まるで二人を祝福するかのように明るく照らしていたのだった……。



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