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半年目のサプライズ

付き合って半年の彼氏は寡黙な人。趣味が読書で、週末のデートでさえも相手をしてくれない有様。

そんな折、近付く彼女の誕生日に彼は密かに作戦を練っていた……その作戦とは?


 私には、付き合って半年の彼氏がいる。


 とはいえ、部屋で二人きりになっても殆ど会話がない。


 だから、未だ初チューもないし、その先だってない。


 それは何故か?


 答えは簡単。


 彼ってば、超が無限大につくほどの読書好きだからだ。


 その証拠に、手には常に文庫本がある。


 ただ、どんなジャンルが好きかは知らない。


 聞いても教えてくれないからだ。


 そして、一度読み始めると、凄まじいまでの集中力で口も聞いてくれなくなるのだ。


 お陰で、友達からは「そんな男といつまで付き合ってるんだ!」とか「早く別れろ!」とか散々言われてる。


 ……分かってる。


 初めの一、二カ月はまだ我慢できた。


 しかし、半年経っても相変わらずで進展もないんじゃあ、さすがの私も耐えられなくなってきた。


 そろそろ潮時か……そう考えると少しセンチメンタルな気持ちになるが、今なら傷も浅く済むかもしれない。


 私は、ようやく決意した。




 そして、恒例の週末デートの日。


 とは言っても、お互い一人暮らしをしている部屋を交互に行き来しているだけの事だ。


 順番では、今回は彼の部屋だ。


 私は、いつもと違う気持ちで玄関の前に立つ。


 一人暮らしには広すぎる2LDKのマンションとも、今日でお別れか。


 ピンポーン。


 ありがちな音と共に、中からドアが開かれる。


「おはよう」


 といっても、時はすでにお昼。


 彼の、いつもと変わらない声のトーンと変わらない素顔。


 今日初めて会うから、おはよう。


 それなのに、このゆったりとした雰囲気が、あたしには心地良くて好きだったりする。


 ……なーんて。


 今日は、そんな気持ちも封印しなきゃいけないんだ。


「……おはよ」


 私は、いつものように答えながら中へ入る。


「ん?」


 と、一歩踏み出そうとした足が止まった。


「どうした?」


 そんな私に気付いた彼が聞いてくる。


 何?この甘い香りは……いつもだったら、男くさい汗くさいような感じなのに。


「何だかいい香りがするなーと思って」


 私が答えると、彼が珍しくニコリと笑顔を見せた。


 ド、ドキッ!


 え?


 笑うと、こんなイイ顔するんだ。


「例えば、どんな香り?」


 はっ?


 逆に、彼から質問された。


 慣れないことに私は戸惑いながらも、


「うーん……フルーツの香り、かな」


 と、首を傾げながら答えた。


「ふっ。なかなか鋭いなー」


 どういう風の吹き回し?


 今日は会話が成り立ってる。


 私の決意が少し、いや、かなり揺らぎ始めようとしていた。


 今まで決して有り得なかったことが現実に起きている。


 一体、どうしたというのだろう。


 私の発した危険信号に、ようやく気付いてくれたのだろうか……なんて今更遅いんだけど。


「で、入らないの?」


 不思議そうに私を見つめる彼。


「あ、はい。お邪魔します」


 前を歩く広い背中を見つめながら、黙って後ろをついていく。




「……っ!!」


 そして。


 奥のリビングへ入ったとたん、私は絶句した。


 いつもの見慣れたモノトーン調のソファーセット。


 そのテーブルの上には、ケーキやシャンパン、さらには大皿の華やかなオードブルが置いてあった。


 な、何っ、これっ!?


 私は、隣にいる彼を驚いたように見上げる。


「あれ?その顔は、すっかり忘れてるようだな」


 苦笑しながら答える彼。


 へ?忘れてる?


「今日は、美咲の誕生日だろ?」


「!!」


 私の目が最大級に見開かれる。


 ……奇しくも、今日は自分の誕生日だった。


 ここ数日、どう別れを告げようとばかり考えていたから、年に一度の記念日が頭からすっかり抜けてしまっていた。


 でも、彼はちゃんと覚えていてくれたんだ……読書中に私が言った事を。


「ふ、ふんっ!誰かさんのせいで、どうでもよくなってたわ」


 思わず、プイッとそっぽを向く。


 嬉しいくせに素直になれない自分に苛立ちながら。


「あーあ……せっかく昨夜から仕込みして作ったのにな」


 小さな声で、でも私にはしっかり聞こえるように呟く彼だ。


 え、ええーっ!!


 さ、昨夜から仕込みだって!?


「し、仕込み?」


 驚きの連続で、拗ねてる暇もない。


「そう、シャンパン以外は俺のお手製だぞ」


 自慢げに私を見下ろして言う。


 このケーキとオードブルを、私の為に作ったというのっ?


 ううっ……泣きそう。


「……ずるい、ずるいよ……」


 今まで一度だって楽しいこと一つも無かったのに……どうしていいか分かんないよ。


 と、じきに、我慢していたものが私の頬を伝う。


 そんな私を見た彼は、何も言わずにそっと肩に手を置くと、自分の方へぎこちない感じで抱き寄せた。


「俺って不器用だから、初めの頃は正直どうしていいか分からなかったんだ……」


 おもむろに話し出す彼に、あたしは泣きじゃくりながら聞き入る。


「俺には、ただ美咲が傍にいるだけで幸せっていうか、それだけで良かった」


 ううーっ……。


「だけど、二カ月を過ぎたあたりから、何となくこれじゃあダメなのかなと……本を読んでる振りして美咲を観察してた」


 え?


「……読む振りして、ひっく……観察?」


 私には、てっきり興味が無くなったのかと思ってたのに。


「そしたら、殆ど喋らない俺に、美咲が色々と話してくれただろ?」


「そ、それは場が持たなかったからよっ」


「美咲の話を聞いてるうちに、色んな事が分かってきて……何かしてあげたくなって」


「で、それが今日の誕生日?」


 私の問いかけに、彼がコクンと頷く。


「予告したら面白くないから、いっそのことサプライズにしてやろうかと思ってさ……」


 そう言って、ここ三カ月の経緯を話してくれた。




「何せ短期間だったから、上手くは出来なかったけどね」


「そ、そんなの関係ないよっ」


 そう言いながら、二人並んでソファーに座る。


 私の中でモヤモヤしていた気持ちはすっかり取り除かれ、今や清々しささえ感じられる。


 単純なのかな、私って。


 彼がシャンパンのコルクをポンと開け、グラスに注いでくれる。


 シュワシュワと細かい気泡がとても綺麗に見えた。


「はい、これは美咲のシャンパン」


 そう言って、グラスを手渡してくれる。


「ありがとう」


 満面の笑みで受け取る私。


「美咲、誕生日おめでとう。乾杯っ!」


「……乾杯っ!」


 カチン。


 グラスが心地良い音をたてる。


 ケーキの上には、私の好きなフルーツばかりがトッピングされていて、文句のつけようがない。


 玄関を入った時に感じた香りは、このケーキからだったのね。


「何だか、急に幸せになった気分……」


 ケーキもオードブルもどれも美味しくて、私にはもう十分すぎるくらいだ。


「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったなー」


 彼もご機嫌な様子。


「今まであんまり喋らなかったから、てっきり倦怠期じゃないかと思ってた」


「げっ。 そこまで思われてたんだ」


 たちまち暗い表情になる。


「だから、もう潮時かなって……」


「う、うわっ!もう勘弁っ」


 彼が両手で頭を抱えてる。


 私は隣でクスッと笑った。



 ……ふと、そんな彼の顔がキリッと真面目になる。


「どうしたの?」


 聞き返すと、


「えーと。もうそんな事を考えられないように……これ、プレゼント」


 彼が少し照れたように、ズボンのポケットから小さな箱を取り出す。


 その蓋には、ピンクの可愛いリボンがついていた。


「こ、これって……」


 あたしが呆然と箱を眺める。


「これは、俺の気持ち」


 そう言いながら小箱の蓋を開けると、中から小さなダイヤのついた指輪が顔を出した。


 そして、その指輪をゆっくりと取り出す。


「……受け取ってくれる?」


 私は、返事の代わりに何度も頷いた。


 ううっ……今日は良いことばかりが起こるし、罰が当たりそうだ。


「良かった……それから最後にもう一つ」


 私の右手の薬指にはめながら、彼がさらに続ける。


「え?」


 まだあるの?


「ていうか、さすがにこれ以上は……」


 あたしの中の許容範囲は、すでに限界を越えていた。


「……このマンション、俺一人じゃ広すぎると思わない?」


 やたらとニヤニヤしながら聞いてくる彼。


「そ、そうね」


 それは私も感じていた。


「何故だと思う?」


「狭いのが嫌いだとか?」


「は?この期に及んで、何言ってんの」


 今日の彼が本当の姿だとしたら、とても意地悪な性格だ。


 だけど、それは私に対しての最上級の優しさの裏返しだと思う。


 ここまでのサプライズ、普通なら考えられないもの。


「え?違うの?」


 真顔で聞き返すと、


「……そうだな。その理由は、来年の誕生日にでも教えようかな」


 私を横目でチラリと睨む彼。


「えっ!一年間もお預けっ!?」


 残念そうにうなだれる私の両肩に、彼が自分の両手を置く。



「……」


「……」




 そして、しばらく見つめ合い。



 やがて、ゆっくりと彼の端正な顔が近づいてきて。



 私は、ごく自然に目を閉じる。



 昼下がりの暖かい日差しを浴びながら。



 私は、今までにない幸せを噛みしめていた。


 

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