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放電魔女と充電ロボット  作者: 月打
第一章 出会い

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第3話:帝都のスーパースター

 死臭の届かない繁華街まで戻ると、ようやく目的地である店が見えてきた。

 店はレンガ造りの二階建てで、蔦の絡まる外壁に年季の入った看板が揺れている。

 帝都でも規模のある雑貨店だった。

 二階では嗜好品や美術品を扱っており、そこに似顔絵が置かれているという。

 リリスは早速、店内に足を踏み入れた。

 店内は豊富な品揃えの雑貨が所狭しと並び、多くの客で活気に溢れていた。

 一階は調理器具や掃除道具といった日用品が主で、頑丈な木製の棚には色とりどりの布地やスパイスの小瓶が整然と置かれている。

 客たちの話し声と床板の軋む音が心地よい喧騒となり、石鹸と乾いた紙の混じった独特の匂いが立ち込めていた。

 一階の店員に「イヴァヌエルの似顔絵を買いに来た」と伝えると、二階へ上がるよう促された。

 二階は一階と比べると天井が低く、こじんまりとした造りになっていた。

 並んでいるのはアクセサリーや装飾品といった、実用性よりも趣味性を重視した品々。

 リリスはカウンターに座っている店員に声をかけた。

 店員は自分と同じ十代後半くらいの少女だった。


「イヴァヌエルの似顔絵をいただきたいのですが」

「あなたには売らないわ」


 一切の迷いのない即答だった。

 困惑して尋ねる。「……どうしてですか?」


「イヴァヌエル様を呼び捨てにしたからよ」

「……」

「あの方を慕ってる人じゃないと、この貴重な似顔絵は売れません」


さらに、くどくどとした説明が続く。


「あれはね、幻の技術都市ラプターの技術が使われているっていう、驚くほど精巧な品なの。まるであの方がそこにいらっしゃるかのような生き写しの完成度、これ以上の貴重品はないわ。それなりの数が市場に出回っているとはいっても、だからって誰彼構わず手渡していい代物じゃないのよ。……私の言いたいこと、わかる?」


 なるほど、とリリスは合点がいった。

 すぐに言葉を改める。


「失礼しました。私は違いますが、その方が大好きな友人に頼まれて買いに来たんです」


 すると店員はようやく顔を上げ、仕方ないわねとばかりに肩をすくめた。

 本来の接客らしい態度に戻り、事務的に問いかけてくる。


「ご希望のサイズや、ポーズなどの指定はありますか?」


 リリスはクロイのメモを読み上げ、細かな注文を伝えた。

 店員は席を立ち、奥にある棚へと向かう。

 待っている間、手持ち無沙汰になったリリスは、何気なく窓際へ寄った。

 二階の窓から、階下の通りを眺める。

 最初はどこにでもある平穏な午後の風景だった。

 しかし次第に、遠くからざわめきが聞こえ始める。

 それは人々の叫びや歓声が混ざり合った、地鳴りのような響きだった。

 何事だろうとリリスが身を乗り出した、その時。


「イヴァヌエル様よ!」


 一階の店員が慌ただしく階段を駆け上がり、二階へ向かって叫んだ。

 声が興奮のあまり裏返っている。


「イヴァヌエル様が、すぐそこまでお出ましよ!」


 すると、似顔絵を探しに行っていた二階の店員が「なんですって!?」と声を上げる。

 彼女はリリスのことなど忘れて、そのまま一階へと飛び降りていってしまった。

 店内にいた他の客たちも、雪崩を打って外へと駆け出していく。

 あまりの出来事に、リリスは呆然と立ち尽くした。

 店内に、彼女一人だけがぽつんと取り残されてしまう。

 今さら店員を呼び止めることもできず、リリスは溜息をつきながら再び窓の外へ目をやる。

 人だかりは、リリスのいる店へと刻一刻と近づいてくる。

 とうとう店の真ん前にまで到達したとき、そこはもはや騒乱の渦と化していた。

 数十人の群衆のほとんどは、若い女性だった。

 みんな悲鳴のような歓声を上げ、少しでも中心へ寄ろうと必死に押し合いへし合いしている。

 広い通りであるはずなのに、人の壁で一寸の隙間もなくなっていた。

 やがて群衆の隙間から、一団の男たちの姿がリリスの目に入る。

 馬に跨った数人の騎士たちだった。

 皆、戦場の重い鉄甲冑ではなく、意匠を凝らした濃紺の礼装を纏っている。

 胸元には金糸の刺繍が施され、腰には細身の飾剣が光る。

 洗練された立ち振る舞いは一糸乱れぬ規律を感じさせ、彼らがただの兵士ではなく、選りすぐりの精鋭であることを雄弁に物語っていた。

そして、その一団の先頭に、彼はいた。


「イヴァヌエル様!」

「こっちを見てください、イヴァヌエル様!」


 狂乱する少女たちの声が飛び交う中、彼の存在感が浮き彫りになる。

 辺りは凄まじい群衆でごった返している。

 それなのに、彼だけが切り取られたかのように鮮明に、リリスの目に飛び込んできた。

 見る者の息を止めるほどの、類稀なる美男子だった。

(……あの人が、イヴァヌエル)

リリスは、クロイから聞かされていた情報を頭の中で反芻した。

 まだまだ二十代前半という若さながら、帝国聖騎士団長を務め、さらにはその美貌ゆえ、今この瞬間、帝都で最も熱狂的な視線を集めている、時代の寵児。

 その名声は国内に留まらず、近隣諸国にまで轟いているという。

 まさに今、この世界で最も「旬」な男と言っても過言ではないらしい。

 彫刻のように整った目鼻立ち。

 肩に触れるほどの長さに切り揃えられた、艶やかな銀髪。

 そして瞳には、宝石を嵌め込んだかのような、深い琥珀色が宿っている。

 そのすべてが作為的なまでに黄金比を描き、完璧な均衡を保っている。

 本物のエルフを見たことはないが、もし目にする機会があるのなら、きっと彼のような姿をしているに違いない。

 リリスにそう思わせるほどに、彼の美貌は凄まじかった。

(……これだと、あんな騒ぎになるのも無理じゃないか)

 同性ならずとも、男性ですら目を奪われかねない。

 いつの間にか、イヴァヌエルの一団がリリスの正面を通り過ぎていた。

 その横顔が遠ざかり始めた頃、リリスはようやく我に返る。

 徐々に落ち着きを取り戻す。

 あまりにも人間離れしていたため、かえって冷静に受け止めることができた。

(所詮は住む世界が違う人。私には何の関係もない)

 そう自分に言い聞かせ、無感情にその背中を眺めていた、その時だった。

 不意に、イヴァヌエルが首を巡らせる。

 そのままリリスと彼の視線が、ぴたりと重なった。

 思わず息を呑む。

 射抜くような琥珀色の瞳が、正確にリリスの存在を捉えていた。

 だが、それはほんの一刹那のことだった。

 偶然、振り返った先に彼女がいただけだったのだろう。

 彼はすぐに前方に視線を戻すと、群衆に囲まれながら再びゆっくりと進み始めた。


「……」


 心臓が跳ね、全身に冷たい汗が滲む。

 リリスは深く息を吐き出し、遠ざかっていく彼の背中を呆然と見送った。

 理屈ではない、強烈な直感が彼女の胸を支配する。

(……あの人、怖い)

 得体の知れない恐怖をなだめるように、胸をなでおろす。

 ようやく一息つく頃には、少女たちの狂騒も、ほとんど聞き取れないほど遠ざかっていた。

 波が引いていくように、喧騒の響きは街の向こうへと消えていく。


◇◇◇


 イヴァヌエルが去ってから、十数分が過ぎた頃だろうか。

 ようやく店員が戻ってきた。

 頬を真っ赤に染めている彼女に、客を待たせたという自覚はなさそうだった。

 ただイヴァヌエルを間近で拝めたという自慢話を、とりとめもなくぶちまけ始める。

 その熱弁を十分ほど聞かされ、店員がようやく落ち着いた頃――

 ついにリリスの手元に、注文の似顔絵が手渡された。

 勘定を済ませたリリスは、その小ぶりな板絵を確認してみる。

 手のひらほどのサイズで、帝都の風景を背にした彼の上半身が描かれていた。

 身体を横に向けたまま、視線だけをこちらに流して見つめている構図である。

 確かに、似顔絵は信じられないほど精巧だった。

 単なる絵というより、その一瞬の時間を切り取って封じ込めたかのように、質感を生々しく再現している。

 だが、リリスは言いようのない違和感を覚えた。

 輪郭や形といった外見的な特徴に誤差はない。しかし、実物とは決定的な、そして致命的な違いがあった。

 それは、目つきだった。

 似顔絵の中の彼は、どこか慈愛に満ちた、優しい眼差しを向けている。

 けれど、さっきリリスが正面からぶつかった視線は、こんな色をしていなかった。

 彼の目は、どちらかと言えば――

 「怒り」の色を帯びていた。

 優しさとは正反対の、荒々しく、鋭い光彩を放っていた。

 目つきがここまで違うと、もはや別人にしか見えない。

(……でも、模写は完璧だし、普通ならこれで満足するはず)

 リリスは板絵を傷つけないよう丁寧に懐にしまい、店を後にした。

 足早に、孤児院への帰り道を急ぐ。

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