長編を書き終えて思ったことを書いてみた
私が初めて書いた小説が、およそ六年の月日を経て、ようやく書き終わりました。(脱稿したという意味で、まだ投稿中)。
そんな記念(?)にせっかくなので、書いてて思ったことを、ツラツラと書いてみようかなと思った次第です。
私の初めての作品は、話数760話ほど、文字数二百万ほど。改稿もしているので、変動の可能性大。
そんなそれなりに長い話を初っ端から書き始めてしまった私。(本当は大長編と書きたいけど、なろうには話数も字数も桁違いの方たちが多くいるので、なんとなく書きにくい)。
最初は、まさしく何も考えずに「書けるっしょっ!」と思って書き始めました。
魔法だの何だのが出てくるハイファンタジー作品なので、その辺りの設定は一応決めてから書き始めたものの、当然プロットなどというものはなく、思いつくまま。
書き方は、まさに「キャラ任せ」。キャラが勝手に動くという、聞いたときには意味不明だったそれを、体験したときには本気で感動しました。
設定も何も考えていなかったキャラたちの過去に「お前ら、そんなことがあったのか」と思いつつ書いて。キャラたちの行動に「待て待て、それでどうする気だよっ!」とハラハラしつつ書いて。
けれど何だかんだで、それなりの決着が付いてくれるという、ありがたい流れで。
そんな成り行き任せな書き方をしている私ですが、それでも長い話を書く上で、「あって良かった」と思えるものがあります。
全体的な話の流れ、最終話のイメージがあったこと。
途中に入れたい話、出したいキャラやアイテムのイメージがあったこと。
プロットとはとても呼べない、ボンヤリとしたイメージですが、これらがあったことで、迷子になることなく、最後まで書き切れたんだと思っています。
特にあって良かったのが、“中継地点”となる話。
最終話はあまりにも遠すぎて、それだけを目標に書こうとしたら、絶対に途中で迷子になっていたでしょう。さらには、私のモチベーションも続かず、どこかで挫折していたかもしれません。
けれど、途中でいくつもの“中継地点”があることで、目指す目標をひとまずそこに設定できました。
中継地点にたどり着いてホッとして、書き終えて満足して、そしてまた次の中継地点を目指す。そんな風に、できるだけ目標は近くに置いて書いていました。
そしてこの「目標を近くに置く」というのは、私自身のモチベーションの維持以外にも良いことがありました。
それが、キャラの行動です。
キャラの行動にハラハラした、と書きましたが、ハラハラしてもうまくいい所に落ち着いてくれれば良いんです。けれど、気付いたら「なんだかよく分からない方向に進んでるぞ?」ということもありました。
これは私が悪いと言えば悪いんですが。
「こういう話の流れにしたい」と思いつつ書いていると、自然にキャラたちはそっちの方向に動いてくれました。そこに至るまでに寄り道や回り道が多くて字数や話数が嵩んでも、それでも考えている方向に動いてくれたんです。
ただ、中継地点となる目標をうっかり忘れて、キャラたちが動くままに勝手にさせておくと、気がついたら変な方向へ進んでしまうこともありました。
そういうときは、ごめんねーと思いながらキャラたちを引き戻していたんですが、なんとなく罪悪感がありました……。
ただ「変な方向へ進んでいる」と気付けるのも、やはり目標が近いところにあったからだろうと思っています。
他にも、旅をする話のため、書いてる途中からだけどざっくりだけど地図を書いたこと。移動に要する時間や滞在時間など、時間の確認をしっかりやったこと。
当たり前なんだろうけれど、これをやることで、話の中の今の立ち位置、のようなものが分かりやすくなりました。中継地点をどこにどう据えればいいのか、話の先が見やすくなりました。
その一方で、反省点も多数あります。
話の最初から登場人物が多すぎるとか。
本題に入るまでが長いとか。
ストレス展開だらけとか。
何も考えていなかった設定を、その場で適当に書いてしまい、後になって自分の首を絞めてるとか。
ちなみに、その“適当”を、キャラが上手く消化してくれたものもある一方で、そのまま放置状態で、今現在も「どうしようかなぁ」と悩んでいるものもあったりします。
色々ありますが、読者のことをまったく考えず、自分が思いついた話を書きたい、読みたいという気持ちだけでスタートさせたのが、たぶん一番の問題でした。
もっとも、この「一番の問題」をこれからもやっていくんだろうな、というのが容易に想像できるのが、また問題ですが。
けれど、「自分が読者である」というのは、ブクマやPVが少なくても書き続けられる理由の一つだと思っています。良いところで止まっていて「続き読ませてよ〜」と思えば、自分で書くしかありませんから。
最後の方になると、私自身が集中できず、キャラもうまく動いてくれず、書くのが苦しい時期もありました。
そういうときは、他の作者の方との交流に助けられました。活動報告で愚痴を言って「私もだよ」「がんばれ」と言って下さる方の存在の、なんて有り難いことか。
それでも最終的に必要になるものって、「気合い」と「根性」じゃないかなと思ったり。
苦しくても辛くても歯を食いしばって、パソコン・スマホ・iPadを前に頭と指を動かす。長編を書ききるために必要になるのはその精神だなぁたぶん、と書ききった今、思っています。
結論がひどい自覚はあります笑




